第101話 パスタ

 大陸南部

 エウローパ市

 都市憲兵隊参謀本部


「自衛隊と呂宋からは部隊の出撃の連絡がありました。

 高麗国からは各都市から1個中隊を派遣したとのことです。

 途中合流はせずに在外駐屯地において合流を実施されます」

「西華は今回の事態には間に合わないから終息後を見越した支援部隊を送ると」

「スコータイ、サイゴン、ドン・ペドロ、アルベルト、ブリタニカ、ガンダーラ、アル・キヤーマからは小隊単位の機械化部隊が派遣されます」


 援軍の総数は約1400名。

 エウローパを防衛する都市憲兵隊200名に予備役動員の600名。


「敵軍の数と会敵予想は?」

「確認できる貴族軍は14。

 騎竜200、騎士1400、歩兵7000、大砲42門を確認。

 また、後方に支援部隊と思われる兵員3000」

「会敵は二日後と予想されます」


 援軍は到着出来ても効果的な陣地に配置出きる時間が無さそうだった。

 指揮官のバウマン少佐は市の外郭を守る陣地に立て籠る作戦しかない。

 動員された予備役に機動的な戦術は無理だし、正規軍も満足な機械化は出来ていない。

 ただし、港に停泊させたフリゲート『ヴァンデミエール』からの地対空ミサイルや艦砲射撃は期待できた。


「役に立つかはわからないが、ブリタニカからの紹介で傭兵を雇いいれた。

 30人ほどだそうだが」


 まさに焼け石に水だ。

 しかもまだ到着もしていない。


「いざとなれば、航空自衛隊が空爆を実施してくれる。

 どうせなら戦端が開く前にして欲しかったが動きが鈍い。

 今回の紛争理由で、やる気が出ないらしい」


 それは矢面に出されるエウローパ都市憲兵隊も同様だったが、彼らには母都市防衛という明確な戦う目的がある。

 損害はともかく、最終的な勝利は揺るぎない。

 貴族軍を掃討した後は、莫大な賠償を彼等の遺領にふっかける気だった。




 翌日の夜、貴族軍はエウローパ市から距離10キロの位置に陣取った。

 日が登り、エウローパ都市憲兵隊の長距離攻撃が可能な範囲ではあるが、貴族軍に先制させる為に攻撃は控えられた。

 やがて白旗を持った騎士が一人、馬に跨がりエウローパ都市憲兵隊の陣地に来訪した。


「エウローパ都市憲兵隊の指揮官バウマン少佐だ。

 貴殿の所属と名前、使者の御用向きを承ろう」


 騎士は兜を脱ぎ、堂々と宣言する。


「我はパプリーアス子爵が嫡男、アーネスト!!

 我が婚約者、トリビオン伯爵が令嬢ローザを辱しめたエウローパ市アントニオ・ヴェッサローニに対し、一騎打ちを申し込む者である!!」


 バウマン少佐は自らの市長を心の中で罵り、アーネストに問い返す。


「貴殿の背後にある軍勢はなんだ!?」

「あれらは我の立会人である!!」


 総勢一万人を越える立会人にバウマン少佐は目眩を覚えた。

 貴族側もまともにやって地球側に勝てるとは思ってない。

 市長が一騎打ちに応じて首が取れれば、それで手打ちにして兵を退かせる。

 また、一騎打ちの立会として、より近距離にエウローパ市とその守備隊に近付く為の策だ。


 エウローパ市の将兵達も市長の首一つで済むなら、それでいいんじゃないかという空気になっていた。

 一応は市長の意向を聞こうと携帯電話で、連絡を取ろうとするが出たのは市長の秘書だ。


「あの……」

「その市長は一騎打ちの話を聞くとトイレに行くと称して、行方不明に」

「逃げやがったか、あのパスタ野郎!!」


 叫ばずにはいられなかった……






 大陸南部

 エウローパ市郊外

 エウローパ都市憲兵隊仮設司令部


 プレハプで建造された司令部の長机で、各都市から派遣された指揮官達は真剣に頭を痛める。


「もう俺達帰っていいかな?」


 そう発言したのは、高麗国から派遣された国防警備隊の柳基宗少佐だ。

 百済サミット襲撃事件の百済港防衛戦で、勇名を馳せた柳少佐を臆病者と謗る者は一人もいない。

 と、いうか派遣された将兵の大半が似たようなことを考え共感される始末だ。

 派遣人員最大の兵力を預けられた柳少佐の厭戦気分にエウローパ都市憲兵隊の指揮官バウマン少佐は、


「うちの馬鹿がすみません」


 と、頭を下げている。


「それで、肝心の市長はどこに行ったのですか?」


 呂宋軍警察から派遣されたエンリケ・マルティン大尉の質問にバウマン少佐は苦悩の顔を隠さずに答える。


「昨日までは公邸にいたのは確認出来ています。

 市長個人保有のクルーザーと、愛人の姿も消えてるので海上にいるものと捜索を続けています」

「なんでそんなのが市長に当選したんです?」


 マルティン大尉の疑問に自衛隊の長沼一等陸佐は苦笑する。

 アントニオ市長は、転移前から日伊合弁の自動車会社の社長として辣腕を奮っていた人物だ。

 日本国内に保有する財産だけでもそれなりで、エウローパ市設立に多大な出資をしている。

 大組織を運用出来る人材だったのだ。

 エウローパは多国籍な人種が集まっている。

 もちろん経験者が優先されているが、都市憲兵隊はドイツ系、沿岸警備隊はフランス系が牛耳っていた。

 そして、イタリア系は市政府、官僚に活路を見いだして住み分けたのだ。


「それであの、パプリーアス子爵家の坊っちゃんには何と説明したんだ?」


 自衛隊水陸機動中隊隊長の長沼一等陸佐の質問にバウマン少佐がまた顔を歪める。


「市長は留守ですと、伝えたところ、最高責任者がいないなんて有り得ないと憤慨してました。

 他にも決闘希望者が多数いたようですが、一番槍の順番が決まっているので、大人しくしてくれてます。

 しかし、これで向こうも引っ込みが付かないでしょう」

「マナーに五月蠅い貴族様で助かったな。

 まあ、連中もわざわざ目立つようにゆっくり来てくれたからなあ。

 我々が電話などですぐに情報が伝達されることも知ってるだろうし、我々の戦力なら連中を殲滅するのも容易いこととも知っている。

 だから一騎討ちか。

 それに合わせて、一万人の立会人とやらに陣地から7キロまで接近されてるぞ?。

 王国の大砲なら最大射程でも1キロ程度だが、例の新型砲が混じってたら陣地どころか市内にも弾が届く」


 王国軍と貴族の私兵が採用してた大砲ライヒワイン砲は、鋳造の青銅製前装式滑腔砲である。

 日本との交流で、多少の改良が施されたがそれでも最大射程は二キロに届かない。

 対して、皇軍残党が使用したピョートル砲の最大射程は10キロメートルに及ぶ。


「正面の予備隊に造らせた陣地どころか、市街地が危ない。

 先制攻撃で完膚無きまでに殲滅するべきでは無いか?」


 自衛隊の隊員が一番物騒なことを言ってる姿に一同唖然としている。

 何より同席している同じ自衛隊の石出二等陸尉や柴田一等陸尉の方が焦った顔をしている。

 長沼一佐からすれば、自衛隊単独で戦った方が気楽で確実なのだ。

 敵軍はこちらに陣容が知られないよう前線を陣幕を広く張って隠している。

 だが予め木等に設置した監視カメラでバレバレなのだ。

 モニターを観ていた石出二尉は、敵に動きがあることを告げた。


「陣幕の内側で穴を掘りはじめて、その土で土塁を造ってます。

 V字型にこちらに両翼を伸ばしてますね。

 これではエウローパの都市憲兵隊では、荷が重いです。

 穴の掘りも異様に早いですから、魔法でも使ってるかも知れません。

 すでに千人規模の兵士が籠っていますね」


 塹壕に土塁、エウローパの正面を守るのは徴用された予備隊だ。

 彼等は普段は民間人として生活している為に、紛争のど真ん中に配置されたことに困惑している。

 おまけに武器はAKに豊和の様々な小銃だ。

 習熟に関しては、お察しのレベルだった。

 真っ直ぐ敵に向かって発砲してくれれば、上出来だったが、敵は真っ直ぐに攻めてくれないようだ。

 もちろん要所は正規の都市憲兵がフォローや指揮を採るべく配置されているがその数は少ない。

 重火器も少ないから塹壕戦になると数の差もあり、圧倒されそうだ。


「V字型の先端を馬出しにして、機動力で勝負か。

 都市憲兵隊のパトカーやテクニカルでは封鎖は出来ない。

 うちのAAV-7を先端に張り付けて動きを封じよう」

「お願いします」


 打つ手がないバウマン少佐としては、進んで前線に出てくれる長沼一佐はありがたい存在だ。

 塹壕の深さも馬や騎竜も隠れれるほどだ。

 先制攻撃での交戦は禁じられているが、睨みを効かせる為に自衛隊のAAV-7をV字型塹壕の先端に乗り付ける。

 しばし睨み合いが続くと、塹壕は方向を変えて掘り続けられる。

 やはり早さは驚異的で、たちまち水陸両用車の数を上回る起点が造られる。

 早さの正体はドワーフの傭兵隊だった。

 ドワーフ侯爵領の崩壊で、鉱夫だった彼等も傭兵として同胞を食わせる為にこの紛争に加わっていた。

 都市憲兵隊のパトカーやテクニカルもこれをカバーするように封鎖に加わると、陣取り合戦の様相を呈してきた。

 塹壕の構造が複雑になりすぎて、地図の作製が間に合わない。

 塹壕が2千の兵士が籠れる規模になると、さすがに前進が出来なくなり膠着状態となった。




  翌朝、エウローパ市近海


 一隻のクルーザーが洋上を漂っていた。

 エウローパ市市長、アントニオ・ヴェッサローニはクルーザーのデッキで全裸で朝陽を一身に浴びていた。

 船室では、二人の美女がシーツに包まれて寝ている。

 この数日は大変な日々だった。

 かねてより妻に内緒で口説いていた女性が二人、鉢合わせて修羅場になってしまったのだ。

 アントニオは誠意を尽くして、宥め、説得し、昨夜は三人揃って甘美な夜を過ごしたのだ。

 市には貴族の軍隊が迫っているが、予備隊の動員と同盟軍の到着で自分の仕事は終わっている。

 貴族軍が如何に大軍でも、地球系同盟軍の敵ではない。

 一週間ぶりの週末の休暇は当然の権利だ。

 誰にも邪魔されたくないので、携帯電話は自宅に置いてきた。

 さすがに今日の夜には帰らないと行けないが、昼過ぎまでは素晴らしい時を過ごせると、地球にいるはずの神に感謝の祈りを捧げていた。

 唐突に自衛隊のAAV-7水陸両用車回収型が、クルーザーに激突してくるまでわ。

 水陸両用車のハッチから完全武装の隊員が、グレネードでフラッシュボムを投擲する。

 強烈な音と光に転げ回るアントニオ市長を無視して、隊員達が乗り込んできた。


「デッキ、クリアー」

「エンジンルーム、クリアー」

「トイレ、クリアー」

 』ジャグジー付き浴室、クリアー

 豪華だな』

『船室に女性二人を発見、その全裸です』


 最後に長沼一佐がクルーザーに乗り込んで来る。


「安全は確認した。

 曳航の準備に移れ、女性は服を着せて身元を確認しろ」

『はっ、片時も目を離しません!!』


 余計なことは言わなくていいと思ったが、先に片付ける案件があった。


「アントニオ・ヴェッサローニ市長ですな?

 御迎えに上がりました」


 いまだに目を押さえたままのアントニオ市長は、一方的に怒鳴り立てる。


「なんの積もりだ!!

 私は休暇中の身だぞ!!

 あと26時間は働かない権利がある!!」


 この非常事態にそう返されるとは思ってなかった長沼一佐は絶句する。

 最初のフラッシュボムと船内制圧は、テロリストに市長が拉致された可能性を無理矢理、都市憲兵隊に説得されて行った嫌がらせ的処置だが手緩かったことに後悔した。


 何か言ってやろうかと思ったが、アントニオ市長はまだ耳がやられていた。

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