第102話 扇動戦

 エウローパ市近海


「隊長、フックでクルーザーの牽引完了です」


 見ればAAV-7水陸両用車回収型のフックにワイヤーで、クルーザーの先端を縛られている。


「港までクルーザーをエスコートしろ。

 それで船内の女性の身元確認は?」


 船内から出てきた隊員が気まずそうに報告してくる。


「一人は、モーリッツ男爵の娘で、もう一人はハーベルト公爵第一夫人だそうです」


 ハーベルト公爵家はエウローパ市に隣接する領地を持つ貴族で、今回の貴族連合軍には加わらずに仲裁の立場を取っていた。

 夫人は夏のバカンスにエウローパ市に観光に来ていた。

 動員できる常備兵力は三千を誇る。

 対してモーリッツ男爵は貴族軍に参加している武闘派貴族だ。


「なんで親が攻め込もうとしている町にその貴族令嬢がいるんだよ」


 これ以上、事態をややこしくする状況に長沼一佐は、目眩を覚えた。

 クルーザーが水陸両用車に牽引される中、総督府に判断を仰ぐ。


「市長を車に放り込め、牽引を切り離す」

「あら、港までエスコートしてくれるのでは無くて?」


 命令に被せて来たのは船室で『保護』した公爵の夫人だ。


「事態がややこしくなりそうなので、貴女方は市長にクルーザー借りただけで、二人でクルーズしてただけ。

 と、いうことにしようかと思いましてね」

「その方が双方傷が少なく済むわけね。

 乗りましょう。

 お礼に外に父の軍が来てるけど闘わないよう一筆書いておきましょう」


 その発想は無かったと長沼一佐は感心した。


「明日も食料を届けさせますので、こちらに留まっていて下さい」

「料理人も付けてちょうだい。

 彼いないと作れないから」


 夫人が市長を指さし、長沼一佐は呆れる。


「手配しますから、大人しくしてて下さい」


 クルーザーを切離し、港に到着してからホテルでアントニオ市長にシャワーを浴びさせる。


「いやあ、手間掛けさせちゃって悪いね。

 こんな事態になってるとは夢にも思わなかったよ」


 さすがにこの期に及んでは、無駄な取り繕いはしない。

 バスローブ姿で偉そうなのが微妙にムカつく。

 ホテルに到着したバウマン少佐も額に青筋を浮かべているが、恭しくお伺いを立てる。


「それで、一騎討ちの件ですが」

「えっ?

 しないよ。

 君達だって、私にさせる気は無いんだろ?」


 その通りなのだが、市長の明言が必要なのだ。

 この一言があれば三日も四日も無駄にする必要はなかったのだ。

 その間に三千の兵士に塹壕に籠られ、土塁も多数造られてしまった。


「敵軍を殲滅しちゃってよ」


 軽く言ってくれるアントニオ市長に長沼一佐は反発を覚える。


「市長、戦争を軽く考えてませんか?」

「何を今さら、君らだって散々戦って来たじゃないか」

「確かにそうですが、防衛なり、国益なりが掛かっていたからです。

 今回は戦う前に敵に対して市長からの謝罪や補償が有ってしかるべきです。

 その上でまだ戦うと主張するなら存分に相手に出来ます」

「我々の方が強いのに?

 殲滅してしまえばどれも必要無いじゃないか。

 殲滅した上で、残った彼等の領地に賠償を要求する。

 どこに問題があるのかね?」


 人として問題があると長沼一佐には思えた。

 この市長の捜索に尽力したことを後悔していた。

 これなら行方不明のままにしておけば良かった。

 自衛官として、これ以上は政治的発言になる。

 アントニオ市長を睨み付けるだけで、口をつぐまないといけない。


「部隊に戦闘準備を命令します」


 立ち上がってホテルの部屋から退室する。

 アントニオ市長は睨まれて怯んでいたが、気を取り直してバウマン少佐に命令する。


「敵の撃破は可能だな小佐」

「はい、可能です閣下」

「身の程知らずの大陸の劣等人種に自分達の立場を教えてやれ!!」





 大陸南部

 エウローパ市


 エウローパ市市長、アントニオ・ヴェッサローニをホテルに送迎した海上自衛隊出向の水陸機動中隊隊長の長沼一等陸佐は、不快な顔を隠そうともせずに、その建物を退館しようとした。


「いい男が酷い顔ね。

 あの種馬に何か言われた?」


 ロビーのソファーから声を掛けてきたのは、市長と同衾している所をついでに保護したハーベルト公爵家は第一夫人はローザマインだった。


「貴女も事態をややこしくしてくれてる張本人の一人なのですけどね」


 ハーベルト公爵家はエウローパ市と今回の紛争に参加した貴族達との仲介役を担っていた。

 よりにも寄って、その公爵夫人が市長と不倫をしていた等と公言できる話ではない。


「まあ、良いから座りなさいな、少しお話しをしましょう」


 これ以上関り合いになるのもどうかと思ったが、反対側のソファーにテーブルを挟んで座り、ボーイに珈琲を注文する。

 ローザマインは、珈琲がテーブルに置かれるのを待って話を始める。


「今回の貴族の貴族連合軍に参加してる貴族の大半に一騎討ちを求められてるのでしょう?

 それだけ遊ばれた令嬢が多いのでしょうけど、彼女等の大半は実家から煙たがられてる娘よ?

 愛人や侍女に手を付けて産ませたり、一族や家臣の娘を養女にしてたり」


 長沼一佐の脳裏に美人局と言う言葉が浮かぶ。


「その顔は察せたようね。

 一騎討ちを求められた男達の経歴も漁ってみなさい。

 市長を始めとした立派な経歴の持ち主の筈よ。

 チンピラ風情がいる筈も無い」


 確かに対象となった13人は、市長1人、市会議員1人、市役所管理職2人、都市憲兵隊士官2人、会社経営者3人、学者に1人、中堅どころの技術者3人と、それなりに要職にいる者達だ。

 一騎討ちの話が市長で止まっているからあまり注目してなかったが、興味のそそられる話だ。


「だいたいね、貴方方の創作物をそれなりに読んだけど、貴族に付いては結構誤解してるわよね。

 基本的に貴族の当主と後継ぎは、傍系や腹違いでも一族の女子は粗略には扱わずに、良好な関係を保とうとするものよ?

 将来の政略結婚の為の駒だし、嫁ぎ先で叛旗を翻されたら、養育してきた投資のお金が無駄になるしね。

 他の一族や家臣にしても将来の自分達の子息の士官先になるかもしれないから、丁重に扱うわ。

 男子の場合はこの限りでは無いわよ?

 御家騒動の種になるかも知れないから、譜代の家臣程嫌がるわね。

 逆に自分達の家に婿として、採らされるかもしれないし。

 そうなったら主家に乗っ取られるから」


 興味深い話ではあるが、ローザマインの話は関係の無い方向に突き進んでしまいそうなので、長沼一佐は修正させる。


「つまり今回の令嬢達は、それぞれの貴族家でも階級の低い者達であると?

 お付きの家臣がいると、お諌めしたり、スケジュールを調整して、出会わさないようにしたりしますからね。

 自由に恋愛が出来ている時点で、丁重に扱われていない?

 いや、自由恋愛自体が仕込まれていた?」

「全員が全員では無いけどね。

 一騎討ちで、対象を拘束し、一族に組み込み、地球の知識や技術を自領に取り込む。

 一騎討ちで負けても同情が込めれて、拘束や身代金は要求しないでしょう、貴方達は?

 連合軍が組織、派兵されるのも随分早かったでしょう?

 普通なら万単位の派兵をここまで寄越すなんて、2ヶ月は掛かるわよ。

 連合軍の貴族家もアルバレス侯爵の門閥揃いだから、初めから仕組まれてたのよ」


 肝心のアルバレス侯爵はこちらに軍を派兵していない。

 長沼一佐の心の中では、怒りが込み上げてきたが、冷静に考える必要がある。


「連合軍の大半は徴用された農家や商家の三男、四男よ。

 騎士達もそう。

 日本の怒りを買って、殲滅されても使い潰しが効くからね。

 むしろ理不尽な仕打ちと、日本を非難するは世論も造れる。

 日本だって、本当は外敵より身内の方が怖いのでしょう?」


 長沼一佐は珈琲を飲み干すと立ち上がる。


「なかなか参考になりました。

 貴族の方々には、理では無く、利より損が多いと諭せば良いのですね。

 これで、話し合いの余地が出来ました」

「話し合いで済むの?

 ああ、パプリーアス子爵家のアーネストは別よ。

 パプリーアス子爵家は、今回の門閥とは関係ない被害担当として担ぎ出されただけだから」


 在エウローパ市自衛隊駐屯地に戻った長沼一佐は、駐屯地司令の佐川三等空佐にありったけのスピーカーやスクリーンを用意させた。


「野外で映画でも流す気ですか?」

「まあ、似たようなものです。

 映像は今撮らせています」







 大陸南部

 エウローパ市郊外


 夜になり、急拵えで誂えた野外シアターで航空自衛隊が空撮した各領地の様子が連合軍の前で映し出される。

 自分達の本拠地が目の前に映し出されて、将兵は動揺する。

 映像には時おり、過去の紛争で空爆される街、砲撃を浴びせられる城、銃撃に薙ぎ倒される軍勢の姿が未編集で差し込まれる。

 ここにいては殺されると、脱走する兵士が相次いだ。


 本陣では連合軍を率いてきた貴族や指揮官達が頭を抱えている。


「例え、エウローパ市の後楯である日本が出てこようとも、正義は我等にある!!

 我等、皆死すとも一歩も退くわけにはいかない!!」


 そう主張するのはパプリーアス子爵家のアーネストだ。

 他の指揮官達は、彼とパプリーアス子爵軍を被害担当にするべく、煽り、おだてていた手前、反論することが出来ない。

 彼だけは利益なき正義感だけで、ここまで来ていたのだ。

 もちろん彼の実家は、そのあたりを心得ている。

 総大将のガブチーク伯爵は、彼の家臣に目配せをし、引っ込めるよう首を振るが、最初に心折れた者達が出た。


「我がカリアゲル男爵家は全ての兵を動員し、この場に馳せ参じた。

 しかし、ここで全滅すると領内を守る者がいなくなってしまう。

 泣き寝入りは悔しいが、ここはアーネスト殿に後事を託したい。

 我等の無念わかってくれ!!」


 カリアゲル男爵家はこの場では、一番格が低く、貧乏なことで知られていた。

 それゆえ借金取りを追い払う為に身に付けた、いつでも涙を流せる特技はこの場では役に立った。


「お任せ下さい。

 このアーネスト、男爵の無念を心に刻み、皆とともに戦って見せます!!」


 誰しも


『こっちを巻き込むな!!』

『カリアゲル男爵逃げやがった!!』


 と、思いを渦かせていたが、口には出せない。

その夜のうちにカリアゲル男爵とは別に2つの貴族軍が陣を引き払い、3つの貴族軍が陣には留まるが戦闘には加わらない密使を長沼一佐の元に送った。


「空自からの脅しも効いたな。

 これで残りは7家、7千ほど、もう一押しだな」


夜が明けると、ありったけのスピーカーの音量を最大にして、長沼一佐は連合軍に対してメッセージを語りだす。


『連合軍に参加してる将兵に告ぐ。

 戦闘が始まれば、我々は諸君に対して死を与える。

 五体満足な死体は存在しない。

 遺族は諸君の死体を見ても、誰だか判別出来ないだろう。

 もっとも死体は全て焼却処分であるから、届けば幸いだろう。

 死は平等に訪れる。

 貴族も騎士も兵士も関係なく、平等にだ』


 強制的にスピーカーの大音量で起こされたばかりの兵士達はパニックに陥っていた。

 昨夜の映像を夢に見ていた者も多い。


「う、うわああああ!!」


一人の兵士が武器を捨てて逃げ出すと、恐怖は全軍に伝染した。



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