第95話 ドワーフ難民 前編
大陸東部
新京特別行政区
総督府
総督府の大会議室では、行き詰まる植民政策の方針転換を話し合っていた。
「現在、移民船を寄港させる港は9も開港しております。
下港する本国からの移民は、一日に七千人。
都市の建設業者、自衛隊、大陸民の賦役労働者のおかげで、相当なハイペースに進んだ結果です。
しかし、その為に自衛隊の部隊の新設並びに配備が間に合わない状態となっています。
残念ながらこの大陸では、モンスターの侵入が懸念され、都市は防壁で囲う総構えで建設するしかなく、都市と都市を面で繋ぐことは地形的にも無理なのが現状です。
寄って、各都市に自衛隊の駐屯地は必須だった訳です」
現状の認識を秋山補佐官が説明する。
続いて立ち上がった秋月総督が語り出す。
「本国と協議の上、沿岸植民都市建設を凍結する。
代わりに新京より西に100キロ地点に浦和市の建設予定地を移す」
そのネーミングはどうにかならなかったのかと、言った本人を含めて思っていたが、市民の要望なので仕方がない。
予定された地には、それなりに立派な駅舎と線路に沿った幹線道路があるくらいだ。
野球場の建設だけは念入りに要請されたが、今回変更となった移動先が移民政策の転換期になるのは理解できた。
「いよいよ内陸部への進出ですな」
副総督の北村大地が感慨深そうに語るが、彼は大陸に来てまだ2年も経っていないので、列席者が揃ってジト目で見ている。
「しかし沿岸植民都市の建設を凍結し、移民数の増加を抑えるのは理解しますが、事態の解決にはなってないと思うのですが?」
北村の補佐官青塚が立ち上がり疑問を発言する。
「第10植民都市浦和市を含む内陸部の都市の規模は、百万人を想定している」
列席者は驚きの声をあげている。
新京特別行政区の同規模、他の植民都市の2倍となるからだ。
「つまり新京と同規模の町を複数造ると?
確かに時間は稼げますね。
しかし、防衛隊の不足はどうにもなりませんよ」
陸上自衛隊大陸東部方面隊総監に就任した高橋二等陸将は、頭を抱えるしかない。
「さいたま市だけでは収まりませんな。
広島市も視野に入れてると?」
青塚の質問に答える前に秋月総督の机のインターフォンが鳴り響き、会議が中断される。
「なにかね?
何、ドワーフが?
わかった」
受話器を置いた秋月総督はため息を吐いている。
「諸君、福原市にドワーフが大挙して押し寄せてきた。
敵対意志は無いようだが、青木陸将。
対処と報告を宜しく頼む」
福原市
現在のところ日本の勢力の北端にあるこの市には、ドワーフが多数押し寄せていた。
大半が着の身着の侭で老人や女子供の比率が高い。
「武装は?」
「少数なら戦士団に所属はしていたり、自衛用を所持している者はいましたが、こちらの呼び掛けで武装解除に応じました。
武装と言っても斧やナイフがほとんどで、手持ちの大砲等も所持していました」
「手持ちの大砲?
鉄砲じゃなくて?」
福原市を防衛する第16特科科連隊連隊長阿部裕二一等陸佐は、幕僚の五島高志三等陸佐ととも預かった武器が保管された格納庫に入る。
大量の斧が陳列する中、珍妙な形の大砲が幾つも置いてある。
グレネードランチャー並みに口径の大きい砲口は、確かに手持ちの大砲と言えた。
もう1品はランドセルに大砲が付いた形状だが、人間が背負える重量と形状とは思えない。
「ショルダーキャノンというやつじゃないかな?
ドワーフの体力と肩幅ならちょうど良さそうだ」
「肩掛け式の大砲ですか?
なんともはや……」
隊員の一人が報告書を持ってくる。
「保護したドワーフの人数が59,890名。
全員が痩せ干そって、食料支援を求めている。
女、子供が全体の七割を占めている」
第16特科連隊は近隣の吹能羅の町に第二大隊を分屯させている。
福原駐屯地の800名の隊員だけでは、対応仕切れない可能性がある。
警察も五つの警察署から千名近い応援を出してくれている。
「食料に関しては問題ありません。
本国に送る為に輸送船や倉庫に積んである分を供出すればですが。
市長の許可がいります」
「そこが一番の問題じゃないか。
取り合えず駐屯地の備蓄から分配しろ。
移民用の宿舎は埋まってるよな?
スタジアムや公民館だけで足りるか?
取り合えず市長と相談が必要だな。
アポを取ってくれ」
ドワーフと言葉による意思疎通が諮れないので、事情聴取も行えていない。
通常の大陸語と違うドワーフ語の通訳は誰も出来ない。
隊員達は身振り手振りや絵を描いて、ドワーフ達の誘導や支援を行っていた。
問題は福原市の市長は日本国民戦線の党員であり、本国に送るはずの食料を渋ったことだった。
市長も保身や責任の所在ではなく、本国を救うのだという使命感の持ち主だから説得にも応じてくれない。
それでも本国には送れない生鮮食品の余剰分は、最大限供出してくれている。
自衛隊も半年は駐屯地に籠城できる食料を備蓄しているが、押し寄せたドワーフの前には
「四日も保たないか」
「移民局からも断られました。
あちらはあちらで連日移民が来てますので」
他の関係各機関で、余裕があるのは防災用の備蓄がある市役所の防災部くらいだ。
だが市役所から送られてきた食料はあまりに少ない。
駐屯地の周辺ではドワーフ難民に対し、連隊が保有する野外炊飯器を総動員して炊き出しが行われている。
多少は遠慮しているようだが、もともと大食漢揃いのドワーフが相手では誤差の範囲だ。
それが老人や女子供でも自衛隊の若い隊員以上に食べるのだ。
阿部一佐は駐屯地の外に野営用のテントを張って、指揮所にしていた。
「消費尽くされるのは困るのだがね、阿部一佐」
「他の駐屯地にも支援を要請してますからご心配無く」
視察に訪れた福原市市長原田健一が嫌味を言ってくる。
「そうじゃない。
備蓄分を含めて、集めた食料は本国国民の生命線なんだ。
こんなところで難民支援なんぞで、浪費していいものではない」
「だからと言って、施しを与えなければ暴徒化するかも知れません。
それよりはマシでしょう?」
「いざとなれば自衛隊にはアレらを駆逐できる戦力はあるのだろ?」
市長のあまりの言いように阿部一佐は言葉を無くす。
可能かどうかなら可能だ。
だがさすがに自衛隊にそのオプションはない。
市長の言葉の真意を聞く前に、五島三佐が数人のドワーフを連れてくる。
「ようやく代表が現れたようだな。
お名前と肩書きを伺っても?」
「フーゴ・オーギュスト、ヴィッシュフラドの町の町長をしている。
周りの連中も同じ様に逃げてきた町や村の長達だ。
日本語は交易の為に多少話せる程度だ。
難しい言い回しは勘弁して貰いたい。
大陸語なら普通に話せる」
大陸語なら自衛隊幹部や原田市長等の市の職員もある程度は話せる。
ドワーフ館の一人ずつ自己紹介とともに五島三佐が、彼等の町や村の位置を地図に書き込んでいく。
予想はしていたが、やはり北部ドワーフ侯爵領内の町や村だった。
フーゴ町長はその中でも最大の町の町長だった。
「随分と離れた場所から来ましたね」
「王国側の町や村では、我々の食扶持は賄いきれない。
むしろ連中なら門を閉ざし、街道を封鎖し、矢を射かけてきただろう。
若い者は猟師の縄張りを荒らさない範囲で、獲物を狩りながらこちらに向かっている。
この近辺で最も食い物があるのは、この町だからな。
年寄りと女子供を優先して先行させた」
さらにドワーフが押し寄せて来ると聞いて、原田市長も阿部一佐も渋い顔をする。
原田市長が日本側を代表して質問する。
「そもそも領主である侯爵殿は何をしてるんですか?」
フーゴ町長は複雑な顔をして答える。
「ことの起こりは半年前に侯爵領最大の炭鉱で、闇司祭が異界より、魔神を複数召喚した」
「魔神?」
「召喚!!」
幕僚達は様々な方向でフーゴ町長の話に食いついている。
この魔神というのは、異世界からやってきた知的生命体の俗称である。
大抵は人間種からすると、姿形も異形で言葉も通じてなく戦いになる。
不可思議な術や武器を使ってくるので、犠牲は常に大きくなる。
「話を聞いてると、姿形がたまたまこの地の人間種と同じだけであって、我々も魔神の1種にカテゴリーされてるんじゃないですかね?」
原田市長の言葉を誰も否定出来ない。
「生存者の話によると、魔神どもは召喚とともに鉱夫達を脅し、呪文らしき言葉と怪しげな光を出す道具を使い始めた。
だが勇敢なる鉱夫達は、一歩も退くことなく戦いを挑み、報告を受けた侯爵樣も自ら陣頭に立ち、ドワーフ戦士団を率いて炭鉱に乗り込んで行った。
最も魔神共の強力な火炎魔法で炭鉱は爆発。
誰も帰っては来なかった。
炭鉱から姿を現した魔神は魔物を放ち、畑を荒らしながら周辺の町や村に迫ったので、先祖伝来の地を捨てて避難し、今に至るのだ」
その場にいた日本人達は異世界転移を経験している。
皆が自分達に置き換えて考え始めた。
「魔神と称される者達は、突然に縁もゆかりもない異世界に召喚された。
そこに自分達とは姿形の違う生物いた。
コミュニケーションを取ろうとしたが、言葉が通じない。
武器らしきを物を振り上げ、うなり声を上げながら接近してくる魔神に何らかの火力を使う武器を使用してしまう。
彼等はその場所がどんな場所か理解してなかったのだろう。
坑道内の炭塵に着火し、大爆発を起し被害が出てしまう」
原田市長の話す推測は、フーゴ町長以外の地球人は共感出来てしまった。
勿論ただの推測なので、フーゴ町長の証言がそのままな可能性もある。
「異なる文明は出会うと必ず衝突するですか?
行って確認するしか証明出来ませんな」
「連隊長、君らは勘弁してくれよ。
この街だけじゃない。
道中の難民の対処も考えれば、とても現地には着けないだろう?」
「確かにきついですね。
吹能羅の第二大隊からも応援は求めますが人手が足りません。
難民キャンプの増築は市外に造るとして、フーゴ町長、そちらからも人数は出してもらいますよ」
ドワーフの職人としての能力は、他の追随を許さない。
森を切り開かせ、簡易な家屋を造ることなど朝飯前だった。
炊き出しで食事を終わらせたドワーフ達に、街道沿いに木を伐採させ、材木に加工し、小屋を建築させていく。
さらには自衛隊や市民ボランティアが保有する重機が、建築速度を加速させる。
夜を徹した作業で、赤子のドワーフくらいは寝かさせることが出きる小屋の数が仕上がっている。
これだけの人数のドワーフがいれば、数日もあれば、街道沿いには簡易な小屋が連なる難民街が出来上がってくるだろう。
市役所のビルから眺めていた原田市長と阿部一佐は、その早さに驚嘆している。
と、同時に警戒もしている。
「住み着かれても困るんだがね」
「街道沿いにある廃屋や廃城も利用しましょう。
他の貴族領や天領にも押し寄せてるはずですから、連絡をとって引き取ってくれる場所を探しましょう」
「それはそうと、早急に解決して欲しい問題がある」
「それは?」
「連中を風呂に入れろ。
あの悪臭は市民から苦情が来ているレベルだ」
確かに些か阿部一佐も気になっていた。
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