第94話 旧ホラディウス侯爵邸の決闘
新京特別行政区
貴族街
元ホラティウス侯爵邸
日本側の狙いも旧ホラディウス侯爵邸にあるのは、予め邸を監視させて追い出された物見の報告ですぐにわかった。
こちらからなら旧ホラディウス侯爵邸まで徒歩で10分程だ。
問題はここから先を封鎖している機動隊だが、他の屋敷の中を通る選択肢はない。
屋敷の中は貴族に取ってのプライドを掛けた領土であり強引に通ろうとすれば血を見ずにはすまない。
これが公爵家や侯爵家ならその権威でどうにかなるかも知れないが、たかだが子爵家如きにはどうにもならない。
日本側の誤算は上記の理由により、貴族邸からの妨害行為は無いと思っていたことだ。
貴族の屋敷内なら日本の公権力に取っても治外法権なのだ。
貴族同士に取って、こんな時に物をいうのが贈り物と普段の付き合いとロマンである。
また、ガイヤール子爵の襲撃事件は王都よりも情報が伝わるのが早い新京の貴族社会には伝わっている。
反応は主に二通りで、忠義の士ベルントを称える者とガイヤール子爵に同情する者に別れていた。
アラン達15名は自分達に友好的な貴族屋敷を伝って旧ホラディウス侯爵邸に近づいていった。
忠義の士ベルントを称えていたのと同様に、ガイヤール子爵の仇を取ろうとする彼等にロマンを感じていた家も多かったのだ。(注:死んでない。)
ようするに面白そうな事に一枚噛みたかったのだ。
「さあ、諸君後少しだ。
狙うはベルントの首ただひとつ」
日本はこちらを法的に罰することは出来ないが、力ずくで排除、拘束することは出来る。
見つかることは目的の失敗に繋がる。
アランは最後の屋敷の扉を開くが、脳裏に疑問がわいている。
「なんか上手く行きすぎてないか?」
ザインスハイム伯爵邸(公安調査庁拠点)
「妙な連中が動いてますよ」
邸内のモニターで監視していた松井調査官が報告する。
「ああ、そっちか。
グループBに指定して監視を強化」
アラン達がそれぞれの屋敷を通してもらったのは裏がある。
友誼、ロマン、打算、それぞれの思惑は当然有ったのだが、それ以上に総督府から彼等を通しても不問に付すお墨付きを貰ったからだ。
中に入れるのは許可したが出すのは許可しない。
勝手に連中同士が戦ってもらう分には構わないのだ。
連中の動向は自分達の屋敷を出たところから把握していた。
機動隊が包囲しているのは、ベルント達が逃げないようにする為だけだ。
平沢上級調査官達はすでに別のモニターで観戦モードだ。
「グループA半数に減りました」
「外に音が漏れないのは便利だな」
旧ホラディウス侯爵邸
屋敷に侵入した途端に轟音が鳴り響き、アラン達は驚愕に襲われた。
「若様、『沈黙』の魔術です」
「先客がいたみたいだな。
バルトロイの連中か」
床に転がっている気を失っている身なりのいい男から判断する。
旧ホラディウス侯爵邸に最初に突入したのは、バルトロイ子爵の手勢15名だった。
狙うはベルントの首ひとつ。
お抱え魔術師が屋敷に『沈黙』の魔術を掛けて、外部に音が漏れないようにした。
上意の宣言の元にベルントを討ち取ろうと駆け寄ると、四つの火炎球で吹っ飛ばされた。
屋敷にいたのは、ベルントの門弟魔術師四人だった。
同じバルトロイ子爵家に忠誠を誓う者として、手加減したのだ。
ちなみに動員を要請したティミル男爵家からは、
『分知されたリナルディ男爵家と違い、当家は独立した男爵家である、心得違いがあってはならない』
と言われて断られた。
そんな緊迫した空気の中、ノコノコとアラン達が現れると状況は変わる。
「バルトロイの人殺し!!
むざむざとベルントの首を奪われるな!!」
「ガイヤールのうそつき野郎!!
落とし前付けてやれ!!」
ベルントそっちのけで切り合いを始めた。
外から見ていた平岡達は、唖然とする。
「こいつら隣接した領地なのまずいんじゃないか?」
「伝統芸能って、やつなんでしょうか?」
乱戦のなか、武芸に長けたアランがバルトロイ子爵の手勢を斬り捨てて、数を減らしていく。
アランに向けて、ベルントが『炎の槍』を放つ。
「『フーニス』」
アランが『力ある言葉』を唱えると、暴風が屋敷の中を駆け巡る。
『炎の槍』は暴風に撒き散らされて、男達の体が壁に叩き付けられる。
吹き散らされた炎が庭の植木や建物に燃え移っている。
屋敷の壁が一部崩壊し、公安調査庁の監視カメラや盗聴器が幾つか使用不能になる。
魔力が体から抜けて、アランはふらつくが、バルトロイの手勢とベルントの門弟も二人地に伏している。
「お見事。
しかし、その魔剣二度目は無理であろう?」
『盾』の魔術で暴風の直撃を避けていたベルントが再び手のひらに魔力を集める。
門弟の二人もだ。
ガイヤール子爵は討ち取れなかったが、その嫡男なら価値は十分にあった。
「ああ、火事はまずい」
「放水を要請します」
公安調査庁からの要請に従い、旧ホラディウス邸への道を封鎖している常駐警備車の上部の放水装置から一斉に放水される。
その水圧はあっさりと屋敷の壁を破壊し、中にいた人間達をなぎ倒した。
門弟も『盾』の魔術で数秒防ぐが、圧倒的水圧で魔力が尽きて壁に叩き付けられる。
植木や家屋の火災も消火されていく。
外に姿を見せた公安調査庁の実動部隊が突入して、M84 スタングレネードを投擲し、無力化された者達を拘束していく。
門弟の一人も『盾』の魔術を発動させたが、強烈な爆発音と閃光の前には意味を持たず、目の眩み・難聴・耳鳴りを同時に起こされて倒れ込んだ所を手錠で拘束されて、目隠しとボールギャグという口枷を咥えさせられた。
喋ることも口を閉じることも出来ない為に『力ある言葉』が唱えられない。
戦争中に魔術師のゲリラ活動に悩まされた第一更正師団の教訓を元に編み出された対魔術師戦術だ。
門弟達はそのまま外に引きずり出されて、待機しているハイエースに放り込まれて拉致られていく。
偽装の為に実動部隊は全員機動隊のヘルメットやプロテクターをしている。
「今、放り込まれたの女の子ですよ?
とても公的な治安機関のやる諸行とは思えませんね」
松井調査官の感想に平沢上級調査官も内心は同意しつつも有効な戦術なのは認めていた。
「あれは拉致ではない。
スカウト(勧誘)だ。
少なくとも書類上はそう明記される」
「いかがわしさ全開すね。
でもまだ親玉が残ってますよ?」
「ガイヤール子爵家にも首は必要だろ」
意識を朦朧とさせていたベルントは、本物の盾と側近の肉壁でわずかばかり回復が早かったアランに首を跳ねられていた。
その上で実動部隊の方に、ベルントの首を掲げる。
「テロリストはガイヤール子爵家が嫡子、アランが討伐した。
日本の警察とお見受けする。
我等も捕らえるかね?」
「我々はここにはいない存在です。
あなた方が何をしたのかの目撃者もいない。
まあ、討伐は事実ですから、こっそりと凱旋して頂けると有難い。
警察には道を開けさせましょう。
問題は……」
実動部隊の隊長の言葉にアランも思案に暮れる。
「こちらの手勢は問題ない。
だが面子の保てないバルトロイの連中はどうするかだ」
バルトロイ子爵家の手勢の生き残りは4名程度。
全員が床でスタングレネードの衝撃から回復せずにもがいていた。
アラン達が旧ホラディウス侯爵邸から退去すると、実動部隊の隊長は、生存者に構わず手榴弾を幾つか投げ込んだ。
ザインスハイム伯爵邸(公安調査庁拠点)
実動部隊にハイエースされたままのベルントの門弟4人は、ここザインスハイム伯爵邸(公安調査庁拠点)に運び込まれていた。
指輪や杖など、魔術の発動体は取り上げられている。
「やあ、五体満足無事で何より。
少しお話しいいかな?」
平沢上級調査官の言葉に最年長の門弟マキニスが代表して首肯く。
「まずは状況の説明からですね。
あなた方の師にあたるベルント氏は、ガイヤール子爵の手勢に討たれました。
これにより面子が保たれたガイヤール子爵家は本件から手を引きます。
問題はあなた方の処遇です。
最初に確認しておきますが、あなた方はガイヤール子爵の襲撃には関与した人はいますか?」
「はい、ジョエルとフィーデルは、竜別宮町で冒険者を。
私とヘレナはこの町でお抱えの魔術師をしていました。
師の元を巣だってから、三年は北部地域には行っていません。
問題はバルトロイ子爵領は私とヘレナの故郷であり、子爵家の手勢を手に掛けてしまったことです。
この事が伝われば、故郷の家族は私達に対する人質として捕まるでしょう。
いや、すでに師の関係者として捕まっているかも知れません」
平沢はすでに屋敷内にいたバルトロイ子爵の関係者の口は塞いだので、前者の心配はしていない。
だが後者の懸念は確かにあった。
王国には連座制を廃止にさせていたが、地方まで行き渡っているとは言い難がった。
今回彼等は師が逃亡して来たので、挨拶と潜伏の支援の為に集まった所を襲撃されて、応戦しただけだったのだ。
「わかりました。
その件はこちらで可能な限りなんとかしましょう。
それで本題なんですが、皆さん我々の職場に就職しませんか?」
大陸総督府
秋月総督が昨夜の騒動が記事となった新聞を読んでいた。
ガイヤール子爵嫡男アランが父と家臣の仇を見事討ち取ったというものだった。
「ガイヤール子爵は無傷だったはずだが?」
「世論向けにはその方が都合がいいので、敢えて訂正しませんでした。
暫くはガイヤール子爵には引き籠ってもらうよう連絡済みです。
王都の方には工務省次官のリナルディ男爵を通じて工作を要請します。
嫡男が名を挙げて、自身の安全もはかれると乗り気でしたよ。
暫くは表舞台には出ずに、遊興に耽るそうです」
ガイヤール子爵とは襲撃数日前にすでに話がついていた。
本人は半分隠居で、嫡男アランに仕事を押し付ける気らしい。
「バルトロイ子爵家は今回の損害から立ち直るのに暫くは掛かるでしょう。
数年は大人しくしてるでしょうが、火種は残ったままです。
あとはホラディウス侯爵邸の損壊に保険金が侯爵家亡命領に支払われました。
バルトロイ、ガイヤール両子爵家からも迷惑料が出ますね」
本領を追い出された侯爵の子息達は、王国政府から捨扶持を与えられて味方を集っている。
新京の屋敷もその資金を浪費しない為に退去しただけで、所有権を放棄したわけではない。
「ま、あれだな。
貴族間のしがらみなんて、族滅か婚姻でもしないと解決しないんだろうな」
総督府には移民政策での問題が山積みになっている。
結論は5月の半ばには出さなければなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます