第123話 無条件降伏

 さて、とうの自衛隊の派遣部隊だが実のところラカンティアファーム社農場の外壁に到着していた。

 輸送ヘリであるCH-47 チヌークで直接乗り込んでは、リザードマン達を刺激するのではと領都郊外に着陸し、徒歩で移動したのだ。

 同行している警察部隊も一緒だ。


「我々が到着しているってことは連絡済みなんですよね?

 なにやらもう始まっているようですが」



 陸上自衛隊第9先遣隊第三小隊隊長水村一等陸尉は、新京警視庁のラカンティア亜人殺害事件捜査本部本部長なる肩書きを付けた宇野警視に問い質す。


「私は中島市でいきなりヘリコプターに放り込まれて、ようやく事態を把握できたところだ。

 てっきり連絡はそちらでしてくれてると思ってたよ」


 農場からは奇怪な叫び声や銃声がこだましている。

 山岸警部補が警備司令室やラカンティアファーム社の社屋に携帯電話で連絡を取っているが、誰も出ないようだ。

 ゲートからは農場でギリギリまで働いていた地元民が逃げ出してくる。

 向こうもある程度日本語がわかるので


「タスケテー!!」

「アッチ、タタカッテル!!」


 と、駆け寄ってくる。


「仕方がない。

 事態の終息の為に突入する。

 水村一尉、いいですね?」

「え?

 ここ民間施設ですよね?

 勝手に入ったらまずく無いですか」


 貴族の屋敷に押し入るなら兎も角、日本企業の施設に押し入るなど、後で何を言われるかわかったものでは無い。

 自衛隊と警察は性格の異なる組織だと浮き彫りになる。


「ここまで来といて今さら何を言ってるんですか?

 モンスターに襲われてる邦人施設の救援なんだから問題無いでしょう?」

「総督府からはリザードマンを人として扱えと」

「じゃあ、賊です、賊。

 邦人を襲う脅威を排除する為に乗り込むんです。

 それならいいでしょう!!」


 宇野警視は段々自分に求められた役割がわかってきた。

 自衛隊を含めて、めんどくさい政治事情に屁理屈を捏ねくりまわす為だ。


「我々が先に行きますよ。

 その方がやりやすいでしょう」


 山岸警部補が捜査官と銃器対策部隊がゲートを潜っていく。


「じゃあ、我々も行きますか」


 自衛隊も後に続く。

 だがすぐに足を止めることになる。


「あぁ、どうなってますか?」

「どうなってるんですかね、あれは?」


 農場では武装警備員がリザードマンに発砲し、リザードマンが武装警備員に斬り付けている。

 そこは理解できる。

 だが一方でリザードマンが武装警備員を守り、武装警備員がリザードマンと共に戦っている。

 また、武装警備員が武装警備員に発砲している。


「我々は誰を制圧、逮捕すればいいんですかね?」


 山岸警部補の言葉に水村一尉は反応に困る。


「1発デカイ音をかましてやろう。

 特殊閃光弾を使え」


 宇野警視が言い出した特殊閃光弾は、銃器対策部隊が装備しているM84 スタングレネード(特殊音響閃光弾)のことである。

 今回は隊員一人に付き、1個を持ってきている。


「目標は?」

「日本人同士で銃撃戦をしているあそこだ。

 双方に1発ずつ投げ込め!!」


 それは負傷した新沼警備主任を守る為に発砲している武装警備員とパウラヒ達リザードマンの共同戦線と装甲化された日野ポンチョから攻撃を続ける宇喜多達の陣営だった。

 他にも銃撃戦を行われているが、日頃の怨恨に火が付いた結果であり、小規模なものだ。

 銃器対策部隊の隊員が特殊閃光弾を双方に投擲すると、激しい轟音と光が武装警備員やリザードマンを襲う。

 それ以外の争いもその轟音に驚き、完全武装の警察や自衛隊が到着したのを悟り、矛を納めていく。


「制圧しろ!!」


 銃器対策部隊と自衛隊隊員達が武装警備員達を制圧していく。

 リザードマン達は自衛隊の姿が見えた時点で、退いていく。

 深追いは禁じられていた。

 しかし、リザードマンと違い、ケルピーは退かずに攻撃を続けてくる。


「あれは排除しろ」


 水村一尉は、近くのケルピーをAk--74小銃で射殺する。

 小隊の隊員達も分散しながらケルピーを始末していく。

 警察の銃器対策部隊は人間の確保を優先していく。





 パウラヒはスタングレネードが爆発した瞬間に気を失いひっくり返っていた。

 銃器対策部隊の隊員が銃を向けるが、まだ意識のあった新沼警備主任が止める。


「だめだ……、そいつは交渉役だ」




 宇喜多は銃撃戦の最中に警察や自衛隊が農場に入ってきたのに気が付いていた。

 警察の隊員が何かを投擲する構えを見せた時に日野ポンチョから飛び出して難を逃れていた。

 その後は全力疾走で、現場から逃げ出していた。

 このまま留まっていても逮捕されるのがオチだからだ。

 しかし、その逃走経路はリザードマン達の撤退路と重なっていた。

 リザードマンの投げ槍やケルピーの水球のマトになっていく。

 後方から追い掛けてきた山岸警部補達の捜査官達が追い付き、リザードマンやケルピー達に銃器対策部隊でも使用が確認されている。

 ベレッタ90-Twoを発砲して追い散らす。

 宇喜多の身柄を確保したがすでに死体となっていた。


「はあ、こいつが主犯の宇喜多か。

 連中に引き渡してやれば良かった」


 任務的には遺体でも回収しないといけない。


 最終的には武装警備員は七人の死者を出していた。

 肝心の虐殺犯の死者は宇喜多だけで、残りは逮捕された。

 そして、リザードマン達は







 大陸東部

 新京特別行政区

 大陸総督府


「リザードマン達の首魁セルン湖沼伯爵が日本国に対し、一方的無条件降伏を通告してきました。

 湖沼伯の首で種族を赦して欲しいと」

「虐殺したのこっち側なのに体裁が悪すぎるだろう・・・」


 大陸総督府では、秋月総督をはじめとする職員達が忙しく動き回っていた。


「午前中までに来年から始まる杜都市の植民に対する書類を片付けなければなりません」


 秋山補佐官の言葉に秋月総督はうんざりした顔をする。

 現在植民が行われている杜都市は、仙台市民を中心とする植民都市だ。


「来年になればひと息つけるんだがなあ……」

「いよいよ民間の武装警備員に派遣を求める段階です。

 大陸警備保障には他社より多目の供出を求める予定です」


 懲罰と他社と交流させることによる業務改善を求める為である。


「ラカンティアファームは委託した大陸警備保障が勝手にやったことと言い張っています。

 また、同社は栽培していた茸に多大な損害があり、試算させたところ大陸で流通している茸の生産量が8%に及び、茸の高騰が避けられない状況です」

「おかげで本国並びに財界からラカンティアファームを不問にせよ、との圧力が来てるよ。

 食料生産は我が国の最優先事項だが、会社首脳陣の辞表は最低限必要と言ってやったら、辞表が1ダース届いたよ。

 事業自体の邪魔にならなければそれでいいらしい」


「会社の立て直しの為にも高給取りは邪魔だと判断したのでしょう」

「生産の邪魔にならない範囲で、税務署や保健所、衛生局、労働基準監督署等の職員を定期的に派遣しろ。

 常に我々が監視してるぞとのメッセンジャーだ」

「子爵家も今回の件で補償を求めてきています。

領邦軍に死傷者が出てますからね。

 ラカンティアファームへの負債を減額させる方向で話は進んでますが、子爵家側は目に見える現金的な補償を望んでいたようです」


 総督府としては、勝手にそっちでやってくれというところだった。

 執務室の内線が鳴り、秋山補佐官が受話器を取る。


「秋山です。

ああ、来られましたか、失礼の無いように関係各所に通達を流して下さい」


 秋山補佐官の通話に秋月総督が内容を察して、溜め息を吐く。

 本日来客予定のセルン湖沼伯爵が送迎に用意させたCH-47チヌークで到着したのだ。

 セルン湖沼伯爵からは、今回の事件が紛争化したことにより、無条件降伏を申し出てくれていたのだが、総督府としては悪いのはこちらなので互いに水に長そうということで話がついていた。

 南部亜人連合の設立の為にも今回はこちらに来て頂き、接待をすることになっていた。



 ヘリポートに着陸したCH-47チヌークから迎えに行かせた杉村外務局長と護衛の陸上自衛隊第9先遣隊第三小隊隊長水村一等陸尉と新京警視庁の宇野警視に先導されてセルン湖沼伯が降りてくる。

 随員のリザードマン達も降りてくるが、セルン湖沼伯の歩みはゆっくりだ。


「宿泊施設は……、大丈夫だよな?」

「突貫で造らせました。

 この分野に詳しい大陸の学者御済み付きで、かつて皇都にあった屋敷と遜色ないと」


 秋月総督の不安も無理はない。

 セルン湖沼伯は杖を付いて歩いているものの二本の足で歩いている。

 問題はその身長が三メートルを超えていることだ。

 尻尾だけでも二メートル近くあり、人間用の建物では行動に不自由が生じる。

 高さにしろ横幅にしろ、必要な空間が大きくなるのはケンタウルスで経験済みだが、今回は更に大きい。

 爬虫類や両生類は、自分で体温を作り出せない。

 哺乳類は自分で体温を作り、夜や寒いときでも体温を作り出すことが出来まる。

 別の言い方をすれば、哺乳類は体温を作るために食事をしている。

 爬虫類や両生類は、自分で体温を作り出さない仕組みの体で生きている。

 太陽の暖かさを当てにして体温を上げる動物であり、

 外気温によって体温が変化する。

 一概には言えないのだが、爬虫類は餌の豊富な地域で歳月を重ねると体が巨体化する傾向がある。

 ほ乳類が食料を体温に代えて消費しているのに対し、熱量に変換できない爬虫類は、体を巨大化させるのに使われる。

 リザードマン達もその特徴を持ち、最長老であるセルン湖沼伯の体も大きかった。

 セルン湖沼伯はこちらの慣習に従ってくれており、秋月総督と握手を交わす。


「この度は御足労をお掛けして申し訳ありませんでした。

 残った犯人は懲罰部隊に送り、『前線』で使い潰す予定です。

結果が出れば報告させて頂きますが、今回は未来についての話し合いが実りあるものになれば幸いです」

「総督閣下のご厚意により、遺族も補償を受け取れる戸とになりました。

 我らが種族も、日本とともに繁栄の道を探れるよい機会。

また久しく遠ざかっていた遠方への旅路を楽しませて頂きます」


 両者は共に随員を引き連れながら会談場に向かう。

 リザードマン達はすでに南部亜人連合への加盟は決まっている。

 ようやく四種族目だ。

 また、今回の事件の発端となった武装警備員の生き残り4人は西方大陸アガリアレプトに送られた。

 同地では重犯罪を犯した者達を徴用して組織された第二更正師団に所属させられる。

 恐らく生きては帰れないだろう。


「年内にスコータイ市でサミットが行われる予定です。

南部亜人連合やエルフ大公国、シュモク伯邦国、螺貝伯邦国からもゲストとして参加します。

 国際観艦式も行われるますが、湖沼伯閣下も御招待したいと考えていますが、御予定は問題無いでしょうか?」

「この老体も平時には暇をもて余してましてな。

 よろしければ御招待に預かりましょう」


 会談は終始、和やかな雰囲気であった。




 会談が終わり、秋月総督は新京警視庁に対して増加する日本人犯罪者に対する一層の取り締まり強化を命じるのだった。

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