第122話 ラカンティア農場の戦い

 大陸南部上空

 航空自衛隊

 CH-47 チヌーク


 新京警視庁から派遣された宇野警22視も頭を抱えていた。

 たまたま視察で訪れていた中島市で、緊急任務だと自衛隊の基地までパトカーで連行され、ヘリコプターの中に放り込まれたのだ。

 待っていたのは所轄の刑事四名と完全武装の銃器対策小隊だった。

 そして肝心の任務は亜人達との紛争地域で邦人の逮捕だという。


「悪夢だ」

「いい加減諦めて下さいよ警視。

 自衛隊の部隊も合流するんだから大丈夫ですよ」


 年長者であり、補佐役の山岸警部補が宥めているが、他の面々はうんざりしていた。

 そんなCH-47 チヌークを護衛するようにF-4戦闘機が2機飛行していた。


「さっさと爆撃して解決してくれればいいのに」

「警察官が言っちゃ駄目でしょ、それ」






 大陸南部

 ラカンティア子爵領

 ラカンティアファーム社農場

 警備指令室


「ポルチーニ茸の栽培エリアにリザードマンが侵入、罠に引っ掛かって檻に閉じ込めました」

「丁重にお帰り頂け!!

 外の連中を刺激するな」

「袋茸の栽培エリアに複数のリザードマンが侵入!!」


 大陸警備保障の警備主任新沼は次々と侵入してくるリザードマンの対処に追われていた、

 リザードマン達は、破壊活動や人間に対して暴行や殺害に及ぶこと無く、栽培エリアから社員や警備員を威嚇で追っ払い、占拠することに留めている。

 武装警備員達は銃器を所持しているが、リザードマンに死者を出せば領境やファームの外にいるリザードマン達が強行手段に訴えてくるだろうとの判断で、トラップや銃器による威嚇を行いながら後退を続けている現状だった。


「ありったけの弾丸で、ファームと周辺の連中を片付けちまえばいいのさ。

 領境の兵隊達が全滅する頃には自衛隊の援軍も来るだろう?」

「うるさい!!

 事の当事者は黙っていろ。

 誰のせいでこんなことになっていると思っているんだ!!」


 リザードマンの皮を剥いで怒らせた警備員のリーダー宇喜多に言われると無性に腹が立った。

 転移後の食料不足のおりに農家から農産物を強奪する愚連隊を率いていた宇喜多は、自衛隊や警察が本格的に治安回復をはかると、早々に警備会社に愚連隊の舎弟達と就職した。

 自衛隊や警察だとさすがに前歴を調べられるが、人手不足に嘆き、規制を緩和した警備会社の調査はザルであった。

 就職してからも上司、同僚相手に生意気な口を聞いていたら、舎弟共々大陸の辺境に飛ばされてしまった。

 だが大陸では冒険者の真似事とモンスターを退治し、素材を剥ぎ取る副業は天職のように思えていた。

 他の警備員もやっていることだが、亜人には手を出すのは犯罪だと教育してきた新沼主任の言葉を聞き流していたのが災いした。

 リザードマンが攻めてきた事で事件は発覚し、警察に引き取られる迄は大陸警備保障の管理で拘束されることになっていた。


「ほら、俺達を拘束しちゃうから警戒線が突破されて侵入を許しているんだろ?

 俺達が追っ払ってやるから、ドア開けて銃を寄越せよ」


 その口車に乗りたくなるほど現在は追い詰められていた。


「お前らの首を差し出した方が早いかもな」

「おっ?

 やってみろよ、ヘタレ主任」


 上司を上司と思わない宇喜多の言動には事件前からうんざりしていた。

 かと言って、ラカンティア子爵領邦軍もあてには出来ない。

 破綻した貴族の私兵軍の装備は最低限、給料も安くなり士気は低下していた。

 だがこの農場が潰れれば、プランテーション化していたこの地の収益が無くなるのだ。

 領邦軍の指揮官達はそのことを理解しているので、退かれる心配はしてなかった。

 但し、命まで掛けて戦ってはくれるとは新沼も考えていない。


 ラカンティアファーム株式会社は、ラカンティア子爵領で設立された現地法人である。

 その農場は地球から転移する際に輸入が途絶えた茸の一大生産拠点となっていた。

 大陸の日本領や華西民国や南部独立都市の茸の70%を生産し、同時に大陸独自の茸の生産、研究の施設も同地に建てられていた。

 商業的にも食料事情からも撤退は許されない。

 幸い総督府から、自衛隊と警察から武装部隊が派遣されたと連絡が合った。

 しかし、ラカンティア子爵領邦軍との連絡役であった隊員から報告が無線で届く。


『リザードマン側に動き有り、複数の上半身は馬、下半身が魚のモンスターを湖側から出してきました。

 モンスターの背後にリザードマンがいるので、使役しているものと思われます』


 新沼はすぐにモンスターのデータから正体を照会させる。


「出ましたケルピーです。

 魔獣の一種で、人を食い、水の魔法を使います」


 地球の伝承では、水霊・水魔の一種だがその容姿や能力から研究者によってケルピーと命名された。

 大陸では単純に水馬と呼ばれていた。

 映像ではケルピーの周囲に水の球が複数発生し、湖岸を警備していたラカンティア子爵領邦軍の兵士達にぶつけて、弾き飛ばしている。


『警戒線が破られました!!

 リザードマンの大軍が侵入します』

「無理をせずに農場に戻れ!!」


 ラカンティア子爵領邦軍は総崩れとなって逃げ惑っている。

 数百のリザードマンが農場に迫る。


 ケルピーも地上を移動できるらしく、湖の水で水球を作り宙に浮かせて接近してくる。

 一匹のリザードマンが白旗を振りながら農場の正門にやってくる。


「降伏の使者か?」

「話し合いの使者だ」


 宇喜多の戯れ言を一蹴し、新沼は警備指令室から正門に向かう。


「ここの警備主任の新沼だ。

 要求はなんだ?」

「我は湖沼伯爵領の戦士パウラヒ、わかっているだろうが皮を剥がれたり、殺された同胞の遺族に対しての金銭的補償。

 並びに犯人の引き渡しだ」

「補償に関しては、会社も応じる可能性はある。

 だが引き渡された犯人はどうなる?」

「同胞と同じ目に合って償ってもらう。

 最低でも全身の皮を剥ぐ!!」


 犯罪者の基本的人権も守らないといけない日本国としては認められない条件だった。


「犯罪者は我々の法に寄って裁かれる。

 引き渡しには応じられない」

「ならばこの農場は破壊する。

 そうすれば事件の元凶たる犯人を含む貴様等がこの地に残る理由は無くなるだろう。

 抵抗はするなよ?

 我等としても無駄な死者は出したくない」





 警備指令室には新沼が交渉している間に、ラカンティアファームの常務徳永が宇喜多達の前に現れていた。


「このままでは農場が蹂躙されてしまう。

 君らもそのまま捕まって、皮を剥がれるぞ?

 そこでここに武器庫の鍵がある。

 連中を蹴散らしてしてしまえば最低限日本の法で裁かれる程度だ。

 そのまま他の貴族領に逃げ込むのも手だな?」

「面白い乗ったぜ。

 逃走資金も用意しといてくれよ?」






 大陸南部

 ラカンティア子爵領

 ラカンティアファーム社農場

 装備品保管倉庫


 リザードマンより引渡しを求められている武装警備員宇喜多は、拘束を解かれた他の武装警備員五名を連れて装備品保管倉庫を訪れた。

 当然のことながら装備品保管倉庫を警備する武装警備員が、宇喜多達を見て拳銃を構える。


「邪魔だ、どけ!!」


 倉庫を警備する武装警備員達には、盗賊やモンスターはともかく、同じ日本人である宇喜多達を撃つ度胸は無い。

 たちまち拘束されて、拳銃を奪われていた。

 倉庫のカードキーや暗証番号を入力して解錠すると、思い思いに武器を手にとる。

 武器の装備が許可されたとはいえ、民間企業である大陸警備保障には保有数に制限はある。


「拳銃は二挺は持っていけ」


 保管されている拳銃、SAKURA M360Jを一人一人に手渡し、弾丸を込めていく。

 また、豊和M1500ライフルも持ち出す。


「さすがに予備は無いか?」

「俺達の分だけですね。

 弾は鞄に積めときますよ」


 耐刃防護服やヘルメットを被ればリザードマン達には見分けが付かない。


「新沼の野郎にも借りを返さんとな。

 前からあいつは気に食わなかったんだ」


 宇喜多と仲間達は下卑た笑いをしながら装備保管倉庫から退出する。


「保坂、速見、車を調達してこい。

 逃亡に使うんだから、ガソリン満タンの荷物摘めるやつな」


 すでに農場にはリザードマン達が多数侵入している。

 宇喜多達を見掛けると、威嚇してくるが遠慮なく発砲されて蜂の巣にされる。




 銃声に驚いたリザードマンの戦士パウラヒと大陸警備保障の警備主任新沼は同時に振り向く。


「交渉はここまでだな」

「残念だ」

「しかし、随分流暢に人間の言葉を話せるんだな?

 他のリザードマンは会話が成り立たなかったのに」

「十年以上前には皇都や領都に留学してたからな。

 おかげで交渉やら偵察に借り出される。

 しかし、だからこそお前達地球人の恐ろしさも理解している。

 あの巨大で綺羅びやかな皇都を瓦礫と灰に変えたのだからな」



 新沼は避けたかった武力による鎮圧を行うしかない。

 最も可能だとはとても思えなかった。

 この時点で新沼は、警備に当たっていた部下が身の危険を感じて発砲せざるを得なかったのだろうと考えていた。

 だから接近していた大陸警備保障の警戒車として改造された小型バス、日野ポンチョから出てきた武装警備員が自分に向けて発砲してくるとは思わなかった。

 耐刃防護服を着ていたが、左太股と右上腕部、腹部の被弾して倒れた。


 パウラヒがその腕力で抱えていた分厚い鉄の盾で身を護り、その陰に新沼を引きずり込んで守る。


「仲間割れか?」

「あ、あいつらが要求されてた……、犯人だ。

 逃げる気だ……」

「わかった、喋るな」


 パウラヒは背後に合図を送ると、控えていたリザードマンが骨笛を吹き鳴らす。

 笛の音を聞いたリザードマン達は持ち場を放棄し、音源を囲むように動きだした。

 すなわち宇喜多達が乗った日野ポンチョを包囲するように動き出したのだ。

 銃弾の射程には及ばぬが、建物の蔭を利用して接近し、投槍を繰り出して装甲化された日野ポンチョの車体にすら穴を開けてくる。

 車内の武装警備員達が銃弾で、リザードマン達を数匹仕留めるが数が多い。

 農場に運び困れたケルピーによる水球もぶつけられて、車体が激しく揺れる。


「蜥蜴野郎が、いい気になるな」


 民間の警備会社だから手榴弾の保有は許されない。

 しかし、ダイナマイトは所有出来る。

 本国と違い、大陸での開拓事業でふんだんに使われている。

 非公式にだが、対モンスター用にもだ。

 宇喜多は窓からダイナマイトを投擲し、ケルピーやリザードマン数匹を爆発に巻き込む。

 他の部下達も各々にダイナマイトをばら蒔き、包囲網が、ボロボロになる。

 宇喜多に同調していない武装警備員や敗走してきたラカンティア子爵領邦軍の兵士達も随所で戦いを始めている。


「ま、まずい止めないと」


 無秩序に始まった戦いに新沼はパウラヒに抱えられながら戦況を伺う。

 味方に呼び掛けたいが、負傷のために声がでない。


「け、警備司令室に連れて行ってくれ」

「我は別にこのまま戦さを続けてもかまわんのだがな」

「犠牲が増えれば自衛隊が来るぞ」

「ふむ、さずかにそいつは敵わんな」


 リザードマンのパウラヒも地球人の軍隊と本格的に戦うのは、種族の存亡に関わる。


 

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