第3話 長征07号事件3

 陸上自衛隊


 偵察小隊

 陸路を行く自衛隊偵察部隊の車両は予想以上に走りやすい道を進んでいた。


「急拵えの用だが、道が整備されてて助かったな」


 赤井一尉の言葉に酒井二尉も感心したように頷く。


「侯爵領に入って途中から急にですね。

 岩とか倒木が道の外に片付けられています」


 まるでの車両が通ったことがあるみたいだった。

 赤井一尉は各車両への無線マイクを手に取る。


「各車、良く聞け。

 この調子なら夜明けには着けそうだ。

 最低限の人員を残し、睡眠を取って鋭気を養え。

 朝から忙しくなるぞ」


 もちろんこの時点では、原子力潜水艦捜索するという意味以上のものはなかった。

 なにしろ相手は原潜だ。

 ガイガーカウンターが強く反応するところに行けば直ぐに発見できる筈である。


「あとは遠巻きに化学防護小隊に任せればいいさ」

「ですよね~」


 酒井二尉もまったく同感と楽観視していた。

 だが先頭の偵察用バイクで先行していた隊員から通信が入ると、雰囲気が変わる。


『爆発音並びに銃声が聞こえます。

 現地は戦闘中、戦闘中です』


 赤井一尉は受信機のマイクを持ったまま各車両に通信を繋ぐ。


「各員、よく聞け。

 どうやら我々の上前を跳ねようとしている輩が現地にいるらしい。

 総員、戦闘準備!!

 目標を奴等に渡すな!!

 原潜は日本が確保する」


 一旦、通信を切ると酒井二尉が進言してくる。


「敵は明らかに重火器を使用しています。

 友軍なのか確認する必要があるのでは?」


「どのみち三時間はわからん。

 それまでに確かめさせろ」



 移動速度を早めて3時間で戦闘があった地点に到着した赤井一尉一行は、困惑する物体を発見する。

 それは爆発のような現象に引きちぎられた何らかの生物の尻尾であった。

 暗視装置で周辺を確認していたら見つけたのだ。


「直径がメートル単位、長さが15メートルか?

 くそ、何がいたんだここに?」


「爬虫類系ですね。

 鱗とかあるし、ドラゴンでしょうか?」


 隊員達の脳裏に転移直後に起きた事件が脳裏によぎる。




『隅田川水竜襲撃事件』


 転移直後の混乱に陥っていた日本は、食料や燃料を統制的に管理することにより、連日のようにデモが巻き起こっていた。

 そんな時に東京湾に水竜の群れが12頭侵入する。

 隅田川を遡上し、各橋につがいと思われる2頭ずつが縄張りとし、近隣住民を餌にせんと上陸をしてきたのだ。

 深夜から明け方の間の移動であり、日中は水底で眠ってたので対処に遅れたのだ。


 勝鬨橋、佃大橋、中央大橋、永代橋、隅田川大橋、清洲橋の6つの橋で、駆けつけた各警察署や第9機動隊の警官が有らん限りの銃弾を叩きつけて、8匹を仕留めるが残りの4匹が北上しながら集結。

 新大橋で第二機動隊が迎え撃ち、2匹を始末するが、2匹には防衛線を突破された。

 両国大橋でさらに1匹を本所警察署が仕留めるが、総武線隅田川橋梁を破壊。


 総武線車両が三両も川底に落ちる被害をだし、乗客・乗員300名もの死者をだした。

 最後の1匹も総武線車両に押し潰されて死んだ。

 最終的な死者は450名に及び、日本が異世界に放り込まれたと誰もが自覚させられた事件。


 この事件のあと、デモなどは潮が引くようになくなり、日本は異世界へのサバイバルに邁進できるようになった。


 青ざめる隊員達を尻目に赤井一尉は、銃声が聞こえる地点に目を向ける。




「まだ、戦闘は続いてるな。

 十分に注意して進むぞ、だが素早くだ」


 進行方向に手を振ると、レンジャーの資格をもつ隊員3名を先頭に、隊員達が横に広がりつつ木々の間を縫うように前進を開始する。


「105mmを持ってくるんだったな」


 赤井一尉は隊員達を支援する為の105mm砲M68A1E4、「105mm低姿勢砲塔」を搭載しているストライカー装甲車MGSを持ってこなかったことを後悔していた。


「40mmでもいけますよ」


 ストライカーICV(兵員輸送車)の車長の牧田二尉がら通信が入る。

 ストライカーICV(兵員輸送車)は、取り付けられたカメラの映像を車内のモニターで見ながら操作可能であり、射手が体を曝す事無く目標を攻撃できる。

 また、熱線映像装置が組み込まれており夜間の戦闘も可能となっている。

 今回は40mm擲弾発射器Mk 19が装備されている。


「よし、火力で圧倒してやれ」






 新香港武装警察



 湯大尉は困惑していた。

 最初にバリケードを破壊して、車両を先頭に掃射しながら前進したが、何十メートルもあった筈のバリケードが一部を除いてきれいさっぱり無くなっているのだ。

 さらにあれだけ銃撃をかましたのに死体がきれいさっぱり存在しない。


「血とかはあるんだが、誰も死なないとかありえないだろう」


 困惑して地面を探っている湯大尉を呼びつける悲鳴が聞こえる。


「大尉!?

 蛇がでっかい蛇が!!」


 眉を潜める湯大尉が顔を上げる。


「なんだ蛇くらいで情けない声をだす……」



 さすがに歴戦の湯大尉は悲鳴はあげなかったが、絶句して棒立ちになっていた。

 長城1が巨大な蛇にとぐろを巻かれているのだ。

 運転席がメキメキと音を立てて潰れていく。

 3人は乗っていたはずだが、三人とも飛び出して逃げ出している。

 銃座にいた二人もだ。


「グレネード!!」


 思わず叫ぶと隊員が放った一発が燃料や弾薬を積んだトレーラー部に直撃して爆発して、大蛇も炎に巻かれて炎上して息絶える。


「ふん、しょせんはでかいだけの蛇じゃないか」



 燃料と弾薬を半分も失い、後で責任を追及されるかもと内心の震えを隠すように強気に言う。


「大尉、あっちにもっとでかいのが」


 成竜1と成竜2が銃架から銃撃しながら小まめに動いては、巨大な蛇の噛みつきをかわしている。

 先程の蛇の数倍の長さだが、尾の部分が焼け焦げてなくなっている。


「奴等だ。

 みんな奴等に殺された」



 案内役の呉定発海軍中尉が、皆の恐怖を煽り立てるようなことを言ってくれる。

 さらにその周辺に無数の半魚人達が笛の音色とともに、巨大な貝殻で作った鎧や兜を装備して現れる。

 数は数百単位だろうか?

 AK-74の弾丸を各隊員が横に薙ぐように撃ちまくる。

 半魚人達も魚の骨や貝殻を削って造った投げ槍や弓矢で応戦しながら前進してくる。

 弾丸の効果が無いわけではなく、数十体の半魚人が倒れ伏すが、死んでいるのは少ないようだ。

 後退する武装警官達はそれでも目標の洞窟を見つけると、長城2とマイクロバスを洞窟の入り口の前に停車させて、壁がわりにして抵抗する。

 成竜1と成竜2はこちらには合流させずに来た道を戻らせた。

 いざという時には任務失敗の報告をしてもらわないといけない。


「これで暫くはもつだろう」


 隊員達の中には矢や投げ槍が手足に刺さったり、切りつけられたりと負傷した隊員が出ている。

 不思議と死者は出ていない。

 半魚人達が地上では動きが鈍いのが理由だろう。

 応急措置が必要だったが、半魚人の攻撃は終わっていない。

 車両の隙間から銃撃して、交戦している隊員もいるのだ。

 なんとか一息付けると思った湯大尉だが、大蛇が長城2に体当たりをすると、長城2が一メートルも真横に移動させられた。

 大蛇は長城2の銃座からの攻撃で後方に這いながら退くが、ここが突破されるのは時間の問題だ。

 銃撃もあの分厚そうな皮を傷つけるが致命傷は与えられていない。


「燃料は仕方がない、弾薬と食料を洞窟に運びこめ」


 隊員達が長城2の3番扉を開けて中の物資を洞窟に運び出していく。

 だが洞窟の中には先客がいたようだ。



「なんだ新香港の連中も存外にだらしないな。

 マーマンども片付けてくれると期待してたのじゃがな」


 洞窟の中で銃士隊を三隊に分けて、立ち撃ち、膝撃ち、伏せ撃ちの構えを取らせている。

 この地形では効果的な陣形だ。

 しかも、武警側は大半が両手に荷物を抱えたままだ。


「我々も少しは学ぶのだよ、理解したかな?」


 苦汁を飲ませ続けられた新香港の武警に圧倒的に有利な立ち位置にたったので得意気な顔をしている。

 ドヤ顔の元ノディオン公フィリップの後ろで困り顔をハイライン侯ボルドーが宥める。


「我々もここに逃げ込んできただけなのに、これ以上敵を増やすのやめて下さい父上」




 話は少し遡る。

 フィリップが陣幕を出ると剣兵、槍兵達が異形の者達と、そこかしかで斬り結んでいた。

 数が違いすぎるので、劣勢に立たせられている。


「ボルドー、銃士隊を洞窟に集結させて、皆が逃げ込むのを助成せよ」

「父上は?」


 言うが早いがフィリップは剣を抜き去り、マーマンを2体切り捨てている。


「殿軍は老人の花舞台よ」


 年寄りの冷や水かと思いきや3匹のマーマンを相手に一歩も引いていない。

 マーマンの繰り出してくる銛を避けて、右手で柄を掴んで引き寄せて、剣で首を刎ねる。


「急げ!!

 あんまり長くは保たんぞ」


 フィリップの意外な活躍に惚けている銃士隊長イーヴは、先込め式銃で、フィリップに群がっていたマーマンの額を撃ち抜く。


「イーヴ、父上を守れ。

 銃士隊は、洞窟前の敵を掃射。

 その後は剣兵、槍隊は洞窟を制圧せよ」


 自らも剣を抜いて、血路を切り開く。

 洞窟の中には黒い船を調査する為の魔術師や職人、人夫達が奥に残っている。

 一番近い村は馬で数時間の内陸にあるからまだ無事の筈だ。

 ならばマーマン達はここで撃退する必要がある。

 だが気がついたら横でフィリップがマーマン達と斬り結んでいた。


「父上?

 なぜ、こちらで戦ってるのですか?」

「ふん、さすがに儂も剣一本であれと戦うのは辛いは」


 フィリップの剣が指し示す方向に巨大な手足の無い爬虫類がこちらを睨んでいる。


「シーサペント?」

「まさか陸地までひっぱりだしてくるとわな。

 海岸は確かにすぐそこだが」


 あっというまにフィリップが先頭に立って洞窟前を制圧に走っている。

 銃士隊はシーサペントを牽制するので手一杯で、どうにか生き残りが洞窟に逃げ込んだ時には約1名を除いて、息も絶え絶えだった。


「なんじゃ若いモンが情けない。

 ほれ、陣形を整えろ。

 すぐに奴等がくるぞ」


 だが予想に反して外から奇怪な音や連続して発砲される銃声が聞こえてくる。

 さらに侯爵軍でも領民でも無い格好の連中が乗り込んでくる。


「なんだ新香港の連中も存外にだらしないな。

 マーマンどもを片付けてくれると期待してたのじゃがな」


 フィリップだけが事情を察し、憎まれ口を叩いている。


「我々もここに逃げ込んできただけなのにこれ以上敵を増やすのやめて下さい父上」


 ボルドーの苦悩は頭痛にまで昇華しようとしていた。


「まあ、聞け。

 新香港の連中が来たこと戦力は激増した。

 ここは争ってる場合じゃ無いから否応あるまい。

 なあにまかせておけ、儂に良い考えがある」


 銃士隊や武警隊員達が洞窟内に侵入しようとするマーマン達を狙い撃ちしている中、少し奥でフィリップがボルドーや湯大尉に作戦を説明する。


「まずシーサペントだが、あやつはマーマンの蛇使いに笛の音で操られている。

 蛇使いさえ葬れば暴れだしてマーマン共にも襲い掛かるだろう」

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