第4話 長征07号事件4

 シーサペントが笛で操られていると聞いて、湯大尉は思わず呟く。


「インド人もびっくりだぜ。

 それから?」

「儂らは黒い船からミサイルといったかな?

 アレを六本抜き取った」


 湯大尉はSLBMが抜かれたのかと最初は戸惑ったが、話を聞いてるうちに魚雷のことだと気がついた。

 その違いを指摘し、疑問をぶつけてみる。


「魚雷には固定の鍵が掛かってたと思うのだがどうやって解除したんだ?」

「え?

 解除の魔法で一発だったぞ。

 まあ、厳重な鍵だったらしく、連れて来た魔術師が一人魔力切れを起こしていたがな」


 その後は別の魔術師が軽量化の魔法を掛けて、力自慢六人掛かりで外に持ち出したらしい。

 この魔術師二人含む八名は疲労困憊で戦力にならないらしい。


「ミサイルだか魚雷だか知らんが、要するに火薬の詰まった筒だろ?

 銃で狙い撃ちして爆発させれば、外の連中を一掃出来るんじゃないか?」


 湯大尉はその光景をイメージしてみるが、否定的に首をふる。


「狙い撃つ為には洞窟入り口の半魚人共を掃討してからになる。それに陣幕の中の魚雷をどう撃ち抜けばいいんだ?

 小銃で魚雷を撃ち抜いて爆発させられるのか?

 博打的要素が強すぎて賛成できん」 

「御主等の肩掛け式大砲ならなんとかなるんじゃないか?」


 フィリップに言われて武警隊員達の背中に目をやる。


「RPG-7が三本、RPG-22が一本、いけるか?」


 他にアテもないので、その作戦を採用することにした。

 洞窟がシーサペントの体当たりでも崩れない強固なことを確認して、後方に注意しながら洞窟内でRPG-7を発射する。

 洞窟入口で爆発が起こり、ハイラインの兵士達と武警隊員達は、洞窟内部で倒れ付しているマーマン達に銃剣や槍でトドメを刺しながら前進する。

 シーサペントが顔を洞窟に向けて、こちらを凝視している姿が目に入る。


「もう一発喰らわせてやるか」


 RPG-7を背負った武警隊員の背中を叩くと隊員は発射の構えをとる。

 だがシーサペントが少し顔を上げると、その口には魚雷が咥えられていた。

 魚雷が一本洞窟に投げ込まれるが、狭い洞窟内では確実に衝突必至となってしまう。

 RPG-7の発射された弾頭は止まらない。


「逃げろ!!」


 弾頭が魚雷を直撃すると、一目散で逃げ出していた湯大尉、イーヴ達を爆風が吹き飛ばし岩肌に叩き付ける。

 フィリップやボルドーが武警隊員や兵士達を助け出しながら爆発で一部が崩落を始めた洞窟のさらに奥に退く。

 数名の武警隊員や兵士達が崩れて来る土砂に飲み込まれていく。


「まさか敵に先にやられるとはな。

 わかっててやったのかな?」


 湯大尉を肩に担ぎ上げているフィリップも困った顔で呟く。

 イーヴを背負っているボルドーが応じる。


「放り込むのに手頃な鉄の棒としか思ってなかったのでしょう。

 蛇使いも驚愕してると思いますよ?」


 意識の戻った湯大尉は、武警隊員の無事を確認するが、四人が崩落に巻き込まれて戦死していた。

 ハイラインの兵士達も7名が還らぬ人となっていた。

 また、負傷して戦えない武警隊員14名。

 負傷者を含む17名が小銃を失っていた。

 搬送するさいに邪魔だと放棄させられたらしい。

 フィリップの判断だ。


「RPGも全滅か」


 洞窟に入った武警隊員は40名が、負傷者14、戦死4。

 小銃を保持している者は13名だけで洞窟内に敷いた防衛線で抵抗を続けている。

 崩落が止まり更に狭くなった洞窟内だから少人数でも持ちこたえれるのだろう。

 長城1、2の運転手や銃座にいた隊員は、車両から逃げ出すさいに拳銃以外持ち出せていない。

 予備の弾薬が入った箱も崩落の時にそのほとんどを失っていた。


「こちらも似たようなものじゃ。

 銃士17、兵士31、人夫や職人にも武器を持たせて40。

 かつては二万の軍勢を指揮していた儂が今ではたった百名あまりか。

 落ちたものだ」


 その指揮下の兵士に自分達も加えられてることに気がつき湯大尉は愕然としていたが、負傷者を救護していた葉曹長が小声で呟いてくる。


「大尉、これを」


 手渡されの放射能の上昇を示すガイガーカウンターだった。

 今までほとんど反応がなかったので忘れていたが、ここに来て微量だか放射能濃度が上がっているようだ。


「そういえばこの奥にあるんだったな。

 許容被爆線量ってどれくらいだっけ?」

「今までは洞窟が天然の防護壁になって、放射能被害を抑えていたのかもしれません」

「或いは九年のノーメンテで遂にガタが来たのかだな」


 湯大尉は、ふとこんな都市伝説を思い出していた。

 日本と一緒に転移してきた千島列島と樺太のロシア人達は、日本からの援助と引き換えに千島列島と南樺太を返還し、北サハリンに引き上げていった。

 陸自第5旅団は大幅な増強を受け第5師団に再建され、管轄を千島列島に移して各島の調査に乗り出した。

 中千島の新知島に駐屯の調査に来た第5施設大隊は、同島で旧ソ連時代に建設された潜水艦隊基地を発見する。

 同大隊がその後、何を発見したのかは知らないが基地周辺は民間人等の立ち入り禁止区域に指定された。

 一説によると、放棄されていた旧ソ連の潜水艦を日本が手に入れたのではないかと言われている。

 だが1994年のソ連崩壊以降、放棄されていたその原子力潜水艦は小規模だが放射能漏れをおこしていたという。


 洞窟をさらに奥に進み、洞窟内の海面に浮かぶ『長征7号』の姿を確認した湯大尉はこの艦を持ち帰っていいのか疑問を覚えてきた。

 銃声が段々大きく聞こえてきた。

 だいぶ押し込まれているのだろう。

 マーマン達の鎧や盾は確かに頑丈だが、仕留めることは難しくない。

 だが狭い洞窟内、積み重なった死体自体が魚肉の壁となって銃弾を防ぎ、その屍を乗り越えながらマーマン達が前進してくるのだ。

 もはや全滅は時間の問題と覚悟せざるをえない。

 そこに指揮官として、胸に装着していた秋葉原で購入したトランシーバーが通信を受信する。


「こちら成竜1の王少尉、聞こえるかどうぞ?」

「湯大尉だ。成竜1、作戦は失敗だ。

 退却して新香港の指示を仰げ、どうぞ」

「成竜1、その命令に対し、意見具申。

 我々は自衛隊と合流した、どうぞ」


 その言葉に湯大尉は希望を取り戻す。


「成竜1、現在位置で指示を待て」


 締めの言葉を言わずに湯大尉は、フィリップやボルドーを呼び出した。






 陸上自衛隊

 偵察小隊


 赤井一尉率いる陸自偵察小隊は行軍中に、銃架や窓から射撃しながら山道の坂道をバックしてくる三菱パジェロ二台を発見する。

 所属は車体に書かれた『新香港武装警察』の漢字で確認。

 追跡しているのが数百体のマーマンだと理解すると、戦闘開始の号令を掛ける。

 ストライカーICV(兵員輸送車)2両の40mm擲弾発射器Mk 19が火を吹き、武警車両に迫っていたマーマンの一群を粉砕する。

 こちらに気がついた別の一群が、陸自側に進軍してくるがマーマンは山登りが余り得意で無いらしく歩みは遅い。

 既に森の中に布陣していた偵察隊隊員達は、山道に密集しているマーマン達にM16の弾丸を集中させる。

 山道をバックし続けてきた武警隊員達も車から降りて、40mm擲弾発射器Mk 19で散り散りになったマーマンを狩っていく。

 マーマン達は銃弾の攻撃に、訳もわからずに右往左往し、身を伏せる術も知らない。

 巨大な貝殻で造った鎧や盾も最初の銃弾は受け止めるが、2発目、3発目と削られていき粉砕され、屍となっていく。

 そこかしこで、手榴弾が爆発する音が響き渡る。

 あまりの派手な浪費ぶりに、赤井一尉は弾薬の残量が心配になってきた。

 ちょうど、木陰で射撃をしていた酒井二尉に話し掛ける。


「ちょっと数が多いな。

 なんだってこんなに海の種族が陸地に集まってるんだ?」

「異常ですね。

 何か連中にも譲れないものがあるんじゃないですか?」


 ようやく逃走をはかるマーマンは無視して、前進してくるマーマンを掃討していった。

 掃討後に合流した王少尉から事情を聞き出すことになる。


「洞窟と無線は繋がるのか?

 その魚雷を爆破する作戦はこちらが引き継ぐ。

 洞窟内の人間は原潜に乗り込み、立て籠って崩落に備えろ」


 準備の間にフィリップから得た情報もトランシーバーで伝えられ、作戦に組み込まれていく。

 赤井一尉と酒井二尉は状況の確認を行う為に山裾まで徒歩で降りていく。

 双眼鏡から確認すると、シーサーペントは陣幕から魚雷を一本くわえるところだった。


「40mmは陣幕を狙え。

 AT4 (携行対戦車弾)は直接、シーサーペントの魚雷を狙え。

 酒井、蛇使いとやらは確認出来たか?」

「ターバンを頭に巻いて、法螺貝吹いてる奴がいます。

 たぶんあれでしょう」


 三名の隊員が、在日米軍から購入したAT4 (携行対戦車弾)を準備する。


「貝殻で造った王冠みたいのを被った奴もいるな。

 あいつが指揮官か。

 まとめて吹き飛ばしてやる」


 マーマン達もまだ洞窟入り口付近を中心に500は陣取っている。

 山道から40mm擲弾が連続で発射される。

 山裾からはAT4 (携行対戦車弾)が3発。

 陣幕の中に吸い込まれる40mm擲弾が着弾すると土煙が巻き上がり、直後に魚雷四発を誘爆させる。

 大爆発の炎が周囲のマーマンの大軍を飲み込み、生き残った者達も衝撃波で立っていられるものはいない。

 照準器で狙いを定められたシーサーペントがくわえる魚雷は最初の一発目のAT4 (携行対戦車弾)が直撃して爆発し、頭を完全に吹っ飛ばす。

 続いて2発目、3発目が着弾して、シーサーペントの巨体を爆発で切り裂いていく。

 炎上したシーサーペントの無数の肉片がマーマン達に降り注ぐ。

 近くにいた蛇使いも巻き込まれて潰されている。


「掃討戦に移行する。

 弾薬が無くなるまで殺れ。

 海に逃げる奴は無理にやらなくていい」


 森林を利用して隠れ潜んでいた偵察隊員達は、逃げ惑うマーマン達に向けて引き金を引き続ける。



『長征7号』艦内


 戦略原子力潜水艦内部に逃げこんだ湯大尉、フィリップ、ボルドー一行は、巨大な爆音の後に岩や土砂が『長征7号』に降り注ぐ音を不安げに聞きながら座り込んでいる。


「天井崩れたりせんじゃろうな?」


 フィリップの言葉はこの場の全員の気持ちを代弁している。

 だが湯大尉はそれを認めるわけにはいかない。

 誰かがパニックを起こして馬鹿をやらかさないように士気を鼓舞する必要は感じていた。

 今は呉中尉が艦内を点検しているので、湯大尉が説明の為に立ち上がる。


「この艦は海中を何百メートル沈んでも大丈夫に出来ている。

 安心してくれ」


 あまり海軍艦艇の知識に付いては自信がない。

 拙い説明で伝わったか不安は残る。


「なんと最初から沈むことを前提に造られた船なのか?

 頼りないのう」


 フィリップの指摘にボルドーは神に祈り始め、イーヴは自決を試みみようとして、周囲に抑え付けられている。

 その光景に湯大尉も天を仰ぎ見ていた。

 武骨な天井とパイプしか見えなかったが



 呉中尉が艦内にあった防護服を着て現れると、全員が艦の角に身を寄せて固まる。

 防護マスクを脱いだ呉中尉は、呆れた顔で聞いてくる。


「大陸の人間は潜水艦について知らないんですか?」

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