第5話 長征07号事件 5
「大陸の海軍は潜水艦を探知することも出来ずに殲滅されたからな。
情報としては知ってても、実物を見たことがあるのはここの連中が最初じゃないかな?
新香港海警局も保有してないからな。
ところで放射能漏れはどうなった?」
「原子炉に通じるパイプが軽く傷ついて小さな穴が開いてました。今は塞いでるから大丈夫ですよ。
まあ、応急処置ですが」
そう言って右手に持ったガムテープを見せてくる。
それを見た瞬間、湯大尉は呉中尉に向けて拳銃の銃口を向けた。
「いや、詰め物を固定するのに使っただけですよ?
隔壁もちゃんと閉めましたから」
陸上自衛隊
偵察小隊
赤井一尉は偵察隊員と武警隊員10名ともに洞窟の入り口に到達した。
マーマン達の掃討され、ほとんどが死亡している。
そんななか、王冠を頂く大柄のマーマンが巨大な三ツ又の矛をこちらに向けている。
マーマン達の王であろう。
すでに傷だらけで、体の至るところが流血している。
「オマエ達モアノ船ヲ求メテキタノカ?」
「人の言葉がわかるのか?
その通りだ。
お前達にはあの艦は何の価値もあるまい。
なぜ、こんな戦いになった?」
「アノ船ハ我ラノ王国ノ入リ口ニ鎮座シ塞イダ。
我ラハタダ王国ニ帰リタカッタダケダ。
王国デハ、多クノ同朋ガ、我ラノ帰還ヲ待ッテイルノダ」
なんという無駄な戦いだったのかと赤井は愕然とする。
「我々はあの艦をどかして持って帰ろうとしただけだ。
無駄な戦いだったな」
「ソウカ、多クノ同族ニ助ケヲ求メ、命ヲ失ワセテシマッタナ。
ケジメヲ」
王の想いを知った自衛隊隊員達は誰も撃てなかった。
赤井一尉は銃口を王に向ける。
厳粛な空気が流れる中、唐突に王は背後から一太刀のもとに斬り伏せられた。
「遠からんもの音に聞け!!
我こそは、ノディオン前公爵フィリップ!!
先帝陛下より賜りし宝剣にて、敵王撃ち取ったり!!」
『長征7号』から出てきたフィリップが剣を高々と掲げて誇らしく叫んでいる。
その後ろからは、ボルドーや湯大尉達が呆れ顔で着いてくる。
「日本軍諸君。
援軍大儀であった!!」
誇らしげな父とドン引きしている自衛隊隊員の顔を見比べて、ボルドーは頭を抱える。
「父上、もう少し空気をお読みください」
日本国直轄領
新京特別区
大陸を統括する総督府のある新京特別区は、完全に人口的に造り出した町だ。
皇都が灰塵と化した現在では、王都に次ぐ規模を誇る都市となっている。
南区には自衛隊の第16師団の司令部が置かれ、第16即応機動連隊、第16特科連隊が駐屯して防衛を担当している。
そして貴族達に賦役を命じて建設した巨大な外壁が新京を守っている。
港湾部には日本本国に食料や鉱物資源を送り込むための大規模な港が建設された。
また、備蓄倉庫、工場、労働者の為の住宅地を形成するコンビナートとなっている。
空港までここに作られているので、自治体の名称は港区になっている。
文字通りの意味で日本本国の生命線である。
新京国際空港にチャーター機が着陸し、新香港からやってきた林主席が機内から降り立った。
新香港武装警察長官常峰輝武警少将を随員に、駐新京新香港領事館職員に用意された馬に牽引されるキャンピングトレーラに乗り込む。
通称、キャンピングキャレッジ、もしくは家馬車と呼ばれる最近イチオシの馬車兼住居の車両だ。
内部は応接仕様になっており、林主席と常少将はソファーに座りながら領事館職員から渡された新聞をテーブルに広げて目を通していく。
『日本人大陸移民210万人突破!!
本国人口一億二千万人割れ時代の到来!!』
これは論評する気は無いので、次の記事に目を通す。
『百済市の市長選出。
課題は45万人高麗国の大陸への窓口になれるか?』
高麗国は日本と一緒に転移してきた旧大韓民国の巨済島、南海島、珍島の3島と日本海にあった島々や日本に観光や仕事でに来ていた南北朝鮮人15万人を取り込んで建国した国だ。
その高麗国も大陸に進出してきた記事だ。
百済市も南部貴族の港町を接収して出来た町だが、現在の住民は近代的な生活をおくれないと批判が政権に殺到しているらしい。
『北サハリン、日本企業との提携で豊原市から稚内までのパイプライン開通。
近日中にサハリン3の開発に着手』
北サハリンの基幹事業の油田開発は、日本に輸入が増加することになる。
日本本国は既に一般乗用車はほとんど走っていない。
ようやく人口七百万の北海道だけは、転移直後レベルまで回復する見通しとなった。
高い食料生産が日本で最も裕福な地としてな地位に押し上げたのだ。
「次は我々の東シナ海油田だな。
沖縄経済と結び付き、日本から見放されないようにしないといけない」
『新香港政府、ハイライン侯爵領への貿易港建設の契約』
最後のは『長征7号』を崩落した洞窟から運び出す為に結ばされた契約だ。
港の建設には侯爵領の住民が雇われる。
ノディオンを追放された住民への謝罪と公共事業の意味も込められている。
「なかなか痛い契約だったが、将来に期待させてもらおう。
地球的な港では無く、この大陸のレベルに合わせたものとは日本からも言われてるからな」
「しかし、『長征7号』は惜しかったですな。
損傷が酷くて潜水が不可能とは、皮肉が効いています」
まったく常峰輝武警少将の言う通りで、修理の目処さえ立たない有り様だ。
核兵器は日本に引き渡すのは取り決め通りだったが、『長征07号』を新香港の戦力として期待していたのだ。
「まあ、他にも使い道は色々あるだろう。
電力事情の多少の足しにするとか、ミサイルのプラットホームとかな」
そこはこれから官公庁が集中する中央区にある大陸総督府のある城での会議で決められることになる。
大陸総督府の城には連日のように大陸各所から貴族や街の代表者が陳情に訪れている。
開発の誘致や日本人とのトラブルの裁定、本領安堵の免許更新、再発行、モンスター退治の自衛隊の出動の要請など多岐に渡る。
総督府の執務室には多数のファンタジー小説やオカルト雑誌が本棚を埋め尽くされている。
少しでも現状を理解してもらう為と頭を柔らかくしてもらう為だ。
他には江戸幕府に関する資料が本棚の一角を占めている。
「まさか、首獲りの恩賞を求められるとは思ってなかったな」
大陸に存在する統一国家である王国を傀儡にする男、秋月春種総督は机の上で頭を抱えている。
新香港の主席との会談などより気が重くなる。
何しろハイラインの代表がこの部屋にこれから生首を持って来るというのだ。
日本の古い文献を漁り、このような文化があったことを知られてしまったのだ。
「今後もこのような事態が続いたらどうしましょうか。
部屋が生首で溢れるような事態は、ちょっと避けたいのですが。
ああ、ここがよろしいかと」
秘書官秋山も困り顔で書類を渡してくる。
「元皇国皇族天領アンフォニーか。
男爵領になるのかな?
ハイライン侯爵領からも比較的近くて、将来的な南北線の駅建設の候補地の一つか。
まあ、申し分ないんじゃないかな?
地下資源に関してはどうだ?」
「亜鉛、石炭、鉛の二号鉱山。銅に関しては三号鉱山の採掘が開始されています。
現在は第6鉱山開発地域に指定されてました。
これは総督府直轄ですが、鉱山町に関する利権はアンフォニー領統治機関に委ねられるでしょう」
数字の割り振りはこの九年で発見された日本の管理下になった鉱山の順番である。
ちなみにアンフォニーが現在の調査対象としては最新のものだ。
南北線は南部地域に建設された高麗の植民都市百済と、北部地域に建設された北サハリンの植民都市ヴェルフネウディンスク市との間に曳かれた列車の路線だ。
首一つの恩賞として、ノディオン元公爵に与える隠居地としては惜しくも無い。
ハイライン侯爵の申請によれは、将来的にこの新京に留学中の妹に分家として相続させる予定となっている。
公安からの報告では、その妹君は親日で進歩的らしい。
「進歩的という言葉に多少違和感を覚えるが承認しよう。
安堵状の手配は?」
「完成しております」
「よろしい。
現地の総督府支所と駐屯の第六分遣隊への連絡はよろしくな。
しかし、やっぱり生首は勘弁してくれないかなあ」
大陸総督府城門
大陸総督府の城門に到着した林主席と常武警少将は家馬車から降りたところで度肝を抜かれる。
「新香港主席林修光閣下とお見受けいたします。
私はハイライン侯爵家の長女ヒルデガルドと申します。
この度は、父が新香港武装警察への援軍並びにマーマン王を討ち取った功績を認められてハイラインの代表として、大陸総督府に参上仕りました。
主席閣下とも御同席して頂ければ幸いなのですが、如何でしょうか?」
林主席としても金髪の美少女の姫君と同行することに依存はない。
ハイライン侯爵家と新香港の親密ぶりを日本側にアピールする良い機会でもある。
問題は人力車から車夫に手を引かれて降りてくる美少女ヒルデガルドの従者が、銀の皿に乗せられたマーマン王の生首を持っていることだろう。
ある程度の経緯を聞いているが、実際に見せられるとドン引きしてしまう。
「ご挨拶痛み入ります。
麗しき御令嬢と同行出来ることに依存はありません。
ところで、その首は例の?」
「はい、マーマン王の御首に御座います。
ハイラインより、塩漬けにされて日本の宅急便で送られてきました。
総督閣下に献上する為に持参した次第であります」
「そうでしたか……
残念ですが我々は手続きに少々時間が掛かりますので。
腐ってもいけませんから早めに総督閣下に献上することをお薦めします」
「そうなのですか?
では、失礼して先に謁見させて頂きますわ。
主席閣下もまたのちほど」
ヒルデガルドが生首を誇示するように城門を入り、職員や警備員を騒然とさせているのを見送り林主席は決断する。
「総督との会見は明日にしてもらおう」
「閣下、お気付きでしたか?
あの従者と車夫、日本人でしたぞ」
気力の抜けて脱力していた林主席に常少将が注意を促す。
「ふむ、何者か調べておけ」
ハイライン侯爵邸
「共食いの形跡が見られたそうです。
他にも座礁船から運びこまれたと思われる生活物資、財宝が確認されました。
何年も閉じ込められ、食料が尽き、死の王国と化したようです」
撮影された映像を観ながら、ハイライン家の屋敷で赤井一尉が鎮痛な面持ちで探索の結果をボルドーとフィリップに報告する。
「いずれは縦穴を掘って、兵や冒険者を送って探索しよう。
財宝の権利はこちらで良いのかな?」
ボルドーのボルドーの言葉に赤井は頷く。
「財宝に関してはこちらは権利を放棄します。
あと、縦穴を掘るのは慰霊碑の建設の資材調達のついでまでですよ」
「どうせなら祠や神社とやらも造っていかんか?」
フィリップの提案に赤井は考えてみる。
「総督府に可能かどうか提案を問い合わせてみますよ」
赤井達が侯爵家での晩餐を終えて用意された宿舎に帰っていく。
その様子を窓から眺めボルドーはフィリップのグラスにワインを注ぐ。
「洞窟や船の乗員の墓から、異世界の銃や肩掛け式大砲は回収しました。
倉庫に隠しています。
研究するにせよ、使用するにしろ、ほとぼりが冷めるまでは封印ですな」
「財宝も将来的な投資に使えるから回収は必須だ。
未開拓地はマーマンの王国のそばとは予想外だったが、上手く始末して港の建設費用も新香港に出させた。
今回一番利益を受けたのは我々だな。
アンフォニーには代官を派遣する必要があるな。
人選は近日中に決めよう」
二人はグラスを傾けて乾杯する。
「今回のマーマンやシーサペントの討伐は父上が家を飛び出して、冒険者をしていた経験が生きましたな。
そういえば父上、総督府の総督閣下に手柄首を送りましたが日本ではああいった風習はとうに廃れてると聞きましたが?」
「こちらを古臭い懐古趣味な田舎者と侮ってくれれば今後もやりやすかろう。
あとはそうだな、単なる嫌がらせよ。
ところで、儂もお前に言いたいことがある。
ヒルデガルドの教育についてじゃが……」
侯爵邸の夜は更けていく。
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