第2話 長征07号事件2
陸上自衛隊
中国人達が海上からハイライン侯爵領に向かっている頃、日本人達は陸路を輸送蒸気機関車で現地に向かっていた。
赤井照長一等陸尉率いる偵察小隊は30名。
車両は在日米軍から購入したM1126ストライカーが2両。
偵察用バイクが4両、軽装甲機動車1両の30名の部隊を貨物として列車に積載している。
隊員の小銃はM16。
大半の装備は在日米軍に在庫を掃き出させて調達した代物である。
これは、第16師団全般に行き渡っている。
自衛隊用の列車なので、ブリーフィング用の車両も備え付けられており、副隊長の酒井二尉と路線図や街道が書かれた地図を壁に貼って眺めていた。
「新香港から王都、日本の直轄領新京を結ぶ大陸横断列車を施設部隊や土建屋が総力を挙げて3年掛かりで完成させたばかりだが、道路の方もなんとかして欲しいな」
「年貢の迅速な輸送の為の効率重視。
まあ、当時の我が国の食糧事情は切実でしたからね。
この大陸でもすでに炭鉱は小規模ながら存在したから蒸気機関車なんて使うことが出来たわけですが」
改めて地図を見渡す。
すでに新香港を出発して3日目。
王都を経由し、現在も敷設中の南部線でいけるのが1日分の距離。
残りの2日は街道沿いに車両で移動となる。
「ヘリを使えればすぐだったんですがね」
「北部方面の年貢輸送に重点を置かれて、こちらの燃料の割り当ても少ないから仕方がない。
化学防護隊も出発したらしいから安全だけは確保しとかないとな」
ハイライン侯爵領
ハイライン家館
ハイライン侯爵領は、新興の開拓領である。
かつては100万を越える民を抱え、皇国でも屈指の領土を保有していた。
しかし、戦争に負けると責任をとって公爵から侯爵に降格。
当主フィリップは、隠居を申し渡され家督相続を強制された。
ここまではいい。
皇族、貴族全てが一律に処されたからだ。
だがハイライン家は領土を転封されて今の家名に変えられてしまった。
その上こんな未開拓地に一族や朗党、公都を追放された領民の運命を託さぜるを得なくなっている。
元ノディオン公爵フィリップはこの様な状況が憤死しかねないほど不満だった。
「ボルドーは何をしている!!
もう4日も帰っておらんぞあの馬鹿息子は!!」
傍らに控えていた家宰のリヒターが恭しく答える。
「お館様は海岸で怪しげな船が発見されたと兵を率いて巡回に出ております」
「そんなことをしている場合か!!
この大事な時に……」
「何かありましたか?」
長年仕える家宰のリヒターに手紙をみせる。
現在、新京に造られた中学校なるものに留学中のハイライン家の長女からのものだった。
貴族らしい装飾語たっぷりの手紙だが、要約するとこうだ。
「最近、サークルなる集まりに入って宴席に招かれては姫様扱いをされて嬉しい」
「将来卒業したら領内に学校や病院を造りたいな」
「あ、お兄様元気?」
楽しそうで何よりだとリヒターは思ったが、前当主様は苦悩して手紙を握りしめている姿に困惑する。
「あやつめ、貴族の誇りと優位性を放棄するようなことを!!
あの日本かぶれめ!!」
貴族の優位性とは青い血に由縁する統治機構の保障と財産に裏打ちされた教育や医療だろう。
それが平民に安売りされては貴族の存在意義が無くなるのだ。
先勝国が敗戦国の体制の存続を許したのは、異例のことであった。
日本からすると統治するのが面倒だったからだ。
代わりに貴族や王族にも賠償の責を課し、年貢として徴収した作物から半分を日本に納めている。
貴族の財力は大幅に目減りし、かつてのような贅沢は出来なくなった。
民に重税を課そうとしても四公六民法で、税収が固定化されて、各領地の軍事力強化も抑えられている。
「姫様は日本の社交界に出入りし、将来の領内の夢を語っているだけではありませんか?」
リヒターの言葉はフィリップの耳に入ってこない。
「仕方がない。
ワシがヒルデガルドの教育について、ボルドーに一言言ってやる。
海岸だったな?」
「こんな夜半にですか?」
「帰るのは昼になるかもしれん。朝食の用意は忘れるな!!」
颯爽と庭に出たフィリップは、お付の者の用意させた馬に家宝の剣を腰に刺し、護衛の騎士や兵士を連れて海岸に向かっていった。
ハイライン侯爵領
海岸地帯
黒い船の調査を続けていたボルドー達は、幾つかの頑丈な扉を苦労して開けながら残された品々を回収してその陣幕に持ち込んでいた。
「日本が使ってのとは些か型が違うが、短銃とライフル、弾は撃ち尽くした後か。
ふむ、よくできたナイフだな」
ボルドーの興味は武器にあったが、こんなものは領地の発展に寄与しないだろう。
「食器に電話か?
鉄のスコップは役に立ちそうだな、馬車に詰めろ」
あまり良い収穫はない。
貴重そうな物は幾つかのあったが、領地で代用可能な物やどう動かしてもまったく作動しない機械の類いばかりだ。
「船の装甲はどうだ?」
「それが表面部はともかく、肝心な装甲自体は斧や剣で斬り付けてもまるで歯がたちません」
銃士長のイーヴの報告にボルドーは眉を潜める。
「船は動かせそうか?」
「まったく、動かし方が判らないとのことです。
まだ幾つか開かない扉がありますが、中央部に特に厳重な部屋があって、斧で入り口を抉じ開けようとしましたが、斧の歯が欠けたそうです。
よほど貴重な物が隠されているのでしょう」
「或いは危険な物か。
再現も無理だな。
後は、なんだと思うこれは?」
何本も並べられた棒状のものは533ミリ魚雷六本である。
「さあ、日本が使っていたミサイルではないかと思われますが」
「あの空を飛ぶ矢か、実物は初めて見るな。
どうやって飛ぶんだろうなこれは?」
「皆目検討も付きません。
尻から火を吹きながら飛んで来るという話でしたが?」
「風車が付いているようだが、これで飛ぶんじゃないか?」
主従が検証を続けていると、馬を駆る音とボルドーを呼ぶ声が聞こえる。
「父上か、また厄介な……」
陣幕に入ってきたフィリップはボルドーを怒鳴り付けようとしたが、並べられた銃器や魚雷を見て冷静になる。
「おい、こいつはさっさと埋めるか、日本に引き渡せ。
きっと災いを呼ぶ」
「来て早々なんですか?
父上ならこれを利用しろと言うかと?
この日本の船を研究すれば……」
「日本じゃない。
その棒に書かれた紋章をみろ。
今は使われてないが、新香港の一部の奴等が使っていた旗印だ」
五星紅旗、自衛隊に陣借りしていた中国人という部族が使っていた旗だ。
ノディオンを引き渡す調印式の時にいた忌々しい連中だ。
すると、陣幕の外で叫び声や味方のものと思われる銃声が聞こえる。
「ほれ、災いが向こうからやってきたぞ。
ものども出合え、出合え、狼藉者を斬って捨てい!!」
フィリップは剣を鞘から抜き、陣幕から出ていった。
ボルドーとイーヴも慌ててその後を追って陣幕を出ていった。
新香港武装警察部隊
目標からややズレた海岸に上陸した武警部隊は予想以上の悪路に悩まされていた。
先頭に三菱パジェロ2両。
何れもサンルーフと屋根に銃架が備え付けられている。
窓にはアーマーシールドを張りつけ、打撃武器からの防御を考慮されている。
各車両には五名の隊員が乗車しており、即応性と機動力に申し分はない。
問題は同行するヒュンダイトラック、トラゴ2両各7名乗り。
トヨタ・コースターGX、26名乗りの3両だった。
上陸して侯爵領内の各村まではある程度の道が出来ていたのだが、それはとても狭い道であった。
せいぜい中型の馬車が通れることを考慮したものだろう。
燃料や弾薬、食糧を積んだトラックを置いていくわけにもいかない。
トラックの屋根には機関銃を装備した銃座がそれぞれ2基もあり、火力支援の為にも必要なのだ。
慎重にゆっくりと。
時には岩を木を人力や車両からワイヤーで牽引して、排除しながら進むだけで、新香港を出発して5日目となってしまった。
途中、幾つかの村があったが全て無視した。
各村から伝令が出るより武警側の方が早いからだ。
マイクロバスに乗った湯大尉は、隣に座らせた案内役の呉中尉に地図を見せて話し掛ける。
「中尉、そろそろ1キロ圏内だ。
周辺に見覚えはあるか?」
こんな深夜も近い時間に自分でも無理を言ってると自覚はあるが、さっきから中尉がブツブツ言い出して不気味なので話を振ってみたのだ。
まだまだ森林地帯だが地図では、海岸の側のはずだった。
「はい、間違いないです。
この臭い、間違いなくここです」
「臭い?」
もう一度問おうとすると前方から無数の矢が飛んでくる。
車両の装甲は射抜けるものではないが、窓に関してはちょっと心配だ。
「大尉、前方警戒の成龍2が、設置中なのか移動するバリケードと武装した一団を確認。
攻撃を受けたので後退中」
最後尾座席にいる通信兵が伝えてくる。
成龍はパジェロに着けたユニット名だ。
トラゴの方には長城だ。
「成龍1は、成龍2の後退を援護。小隊は降車!!
連中を殲滅してやれ。
長城2は待機。
長城1は、腹を奴等に向けて制圧射撃開始!!」
新香港武装警察の装備は、基本的に長年日本警察が押収した銃火器を供与されたものである。
一応はちゃんと使えるように整備や修理を行ってはいるが、些か不揃いなのと夜間用の装備がない点が弱点とはいえる。
銃座からの制圧射撃が行われる中、自らもバスを降りた湯大尉は背中にRPG-26携帯式ロケットランチャーを背負った隊員に命令する。
「長引かせる訳にはいかない。
RPGでバリケードを粉砕して、成龍1、成龍2を突っ込ませる。
合図と共に撃て」
湯大尉は元々、軍人でも人民武装警察官でもない。
学生の頃に学生の義務である軍事教練を受けて、兵役の経験があっただけだ。
叔母が日本に爆買いに出掛けるから荷物持ちとして動員されたら転移に巻き込まれてしまった口だ。
その後は、皇国との戦争が始まり日本政府が募集した第一外国人師団に志願して今に至る。
転移に巻き込まれて路頭に迷った親戚一同で一番の出世頭であり、今でも彼等の生活を支える大黒柱なのだ。
こんなところで死ぬわけには行かない。
だから弾薬の損耗を気にする上官達の顔を立て、出し惜しみする積もりは全く無い。
各車両や隊員の配置を確認すると声を張り上げる。
「今だ、撃て!!」
その弾頭はバリケードに吸い込まれるように飛んでいき、大爆発を巻き起こす。
爆風で目の前に福岡県警のシールが、飛んできたのを目にして苦笑してしまう。
当然の事だが、このRPGも日本警察の押収品である。
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