第118話 アクラウド川の戦い

 大陸東部

 新京特別行政区

 大陸総督府


 大会議室では第16師団長付き副官の吉田香織一等陸尉が、列席する文官、武官を相手に状況の説明を行っている。


「状況を再確認します。

 現在、ハイライン侯爵の領邦軍とテュルク民族連合軍は、アクラウド川沿いに交戦中。

 領邦軍は領境のボルビック砦を破壊されましたが、領邦軍は撤収済み、損害も無く森林地帯を利用して連合軍に損害を与えています。

 死傷者は領邦軍の方が多いのですが、近代的な武装の連合軍の損害は予想以上です。

 弾薬の補給がままならない連合軍は、弾丸や砲弾を出し惜しみしつつ、領邦軍が用意したデコイに消耗を強いられているのが原因と思われます。

 また、本来は切り札となるはずのフリゲート『ゲティス』が川を塞き止められたことで、行動の自由を奪われています。

 そこを森林に隠蔽された領邦軍の大砲の十字砲火に晒されています。

 大砲自体は距離もあることからか、『ゲティス』の装甲は抜けていません。

 華西の巡防船『宜蘭』が付近に留まっているのも攻撃を躊躇わせているようです。

 また、現在アクラウド川上流のライドル男爵領、カセンガド子爵領が川を封鎖しました。

 両貴族寮はカークライト男爵領とは、陸地で境を接していません。

 北側で境を接しているバッヘル伯爵領は領邦軍をカークライト男爵領との領境に集めて街道を封鎖しています」


 ハイライン侯爵軍の善戦は総督府にも意外な展開であった。


「だいぶ戦い方を学ばれたか、前の戦争から十年近く立つ。

 むしろ我々の驕りが目立つか」


 説明を聞いて秋月総督は苦笑する。

 その教訓を日本以外の戦力が証明してくれるなら、有り難い話だった。


「他の同盟軍の動きは?」

「華西軍は海警船隊と揚陸艦『レゾリューション』に先発隊一個中隊、輸送車両20両、AS.332M輸送ヘリコプターが2機。

海警船隊にもそれぞれSH-60Jを1機ずつ搭載されています。

航空隊に兵員を乗せれば一個小隊は明日の朝には投入できます。

華西民国空軍のH-6(轟炸六型)爆撃機は、スコータイの基地に二機着陸し、待機しています。

こちらはいつでも空爆が実施可能です」


 華西民国のSH-60Jは、日本が生産していた機体を購入したものだ。

 2005年には生産が終わっていたが、機体寿命延命措置の為に部品の生産は続けられていて、転移後に同盟軍向けに生産ラインが復活した機体だ。


 H-6(轟炸六型)爆撃機は、旧ソ連のTu-16爆撃機を中国が国産化した機体だ。

 転移に巻き込まれた機体は、宮古島近海の公海を通過した8機が転移に巻き込まれている。


「また、第2自動車化旅団本隊は装甲列車で大陸線を移動中です。

 こちらは明後日の昼頃に前線に到着します」


 華西民国軍の攻撃が本格化すれば、テュルク民族連合軍等、ひとたまりもない。

 華西民国も植民都市を複数建設したことで、独自の鉄道路線の運用を始めた。

 そして、軍の移動のスムーズ化と火力の強化の為に装甲列車を日本から購入した。

 吉田一尉に代わり、海自の地方隊司令猪狩三等海将が壇上に立つ。


「海上では南部独立都市連合艦隊がすでにハイライン侯爵領近海に展開しています。

 それと総督から本国への抗議を受けた結果なのか、突如として我が地方隊に護衛艦を1隻まわしてくれる事が決定しました」

「今更、こっちの御機嫌とりか。

 まあ、有り難く受け取って行こう」


 航空自衛隊の澤村三等空将も挙手する。


「うちにも本国から増強が」


 全員が微妙な顔をする。

 燃料の問題から航空自衛隊の戦闘機が増強されても使い道に困るからだ。


「ちなみにどれくらいの飛行機をまわしてくると?」

「不可解なことに戦闘機が48機です」

「空自はいつの間にそんな数を?」


 話が脱線しているので、秋山補佐官が咳をして注意を促す。


「テュルク民族連合の所属していた臨時政府は、連合軍との関り合いを否定してきました。

 あれは軍の独断、暴走だと」

「蜥蜴の尻尾切りか?」

「存外に本気で焦っているようです。

 また、アル・キヤーマ市が連合の受け入れをしてよいとラクサハマ市長からです」


 アル・キヤーマ市は東南アジア、南アジアのイスラム国出身者で構成された都市だ。

 現在はイラン、タジキスタン、アフガニスタンが合流すべく交渉が行われていた。


「となると連合軍には投降を促すところだけど、そうなると『ゲティス』は華西の手に落ちるな」


 そこは避けたいところだが逃走ルートが潰されているのが辛かった。


「現地の情報が『つがる』経由なのがつらいな」

「艦爆がふんだんに使えるなら上流側に追い込むのですが」

「猪狩海将、南部独立都市連合艦隊はアクラウド川河口まで来ているんだな?」

「はい、いつでも突入できる態勢を整えています」

「堰を破壊して、『ゲティス』をそちらに追い込め。

 拿捕の名誉はアル・キヤーマ市の巡視船『ペカン(元海保巡視船えりも)』にくれてやれ」





 大陸南部

 アクラウド川


 アクラウド川の『ゲティス』の航行を妨げていた堰は、F-2戦闘機から投下されたMk.82 500lb通常爆弾により一瞬で粉砕された。

 それまでも『ゲティス』の艦砲や河川連隊の迫撃砲や手榴弾等で一部が破壊されていたことも大きかった。

 堰の上で戦っていた河川連隊やハイライン領邦軍が爆発で消し飛んだり、川に落ちたりしていたが『ゲティス』や河川連隊を追い込むようにF-2戦闘機のJM61A1 20mmバルカン砲が交代で発砲される。

 破壊されたがまだ残留物の多い堰を『ゲティス』は強引に突破した。

 華西の巡防船『宜蘭』がその動きに、突破を阻止しようと動くが、すぐに海保の巡視船『つがる』に進路を塞がれた。


「船長、『宜蘭』から早く退けと抗議が」

「あ~、聞こえない。

 俺は何も聞こえてない」


 茶番を演じる2隻を尻目に『ゲティス』はF-2戦闘機の威嚇攻撃に誘導されるように全速で、領都を目指した。

 領邦軍はこの事態に気がついてたが、いまだに森林に多数の連合軍兵士が点在している。


「日本め、我々を潰しに来たか?」


 とんだ誤解なのだが、フィリップと同様に考えた者が多数おり、各所で防衛線が突破、後退が相次いだ。

 上空を海上保安庁のシコルスキーS76Dヘリコプターが飛んでいる。


『現在交戦中の両軍に総督府の名において停戦を命じる。

 テュルク民族連合はカークライト男爵領まで、撤収せよ。

 負傷者は川岸に停泊する巡視船『つがる』が搬送に協力する。

 停戦に応じない勢力に対しては、航空自衛隊の空爆実施される。

 すでに『ゲティス』と河川連隊主力はここにはいない。

 華西民国軍も刻一刻とこちらに近付いている。

 悪いようにはしない。

 大人しく各コミュニティに復帰せよ』


 スピーカから停戦命令を伝えるヘリコプターを見てフィリップは思う。


「だいぶ、追い付いたと思ったがまだまだ差は大きいな。

 油断は出来ないが、兵士達に後退を命じよ。

 敵兵からの戦利品はしっかりと確保して、最優先で本陣に送ることを忘れるな」


 まだ戦は終わっていない。

 敵の船団が領都に迫っているのだ。

 本陣からは足の早い竜騎兵が領都に向かっている。


「まあ、落とし前は付けさせてもらうがな」





 大陸南部

 カークライト男爵領


 カークライト男爵クルトは、自邸を自衛隊の部隊に制圧されて私室に軟禁されていた。

 自衛隊の部隊は、アンフォニー男爵領に分屯地に駐屯する第6分屯隊の隊員達だ。

 さすがに一度に多くの隊員を送り込めなかったのか、第6分屯地に唯一配備されたヘリコプター、Miー24Jで8名の隊員を直接男爵邸に送り込んできた。

 深夜の奇襲であり、大半の衛兵は他領との睨み合いで出払っており、邸内の警備は手薄となっていた。



「分隊長、邸内の制圧は終わりましたが、さすがに領都守備隊が気がついて兵を集めてるようです」


 隊員の報告に佐久間守邦三等陸尉は楽しそうに指示を出す。


「屋敷の屋根に機関銃を備え付けろ。

 正門にも指向性対人地雷を忘れるな!!

 総督府からは多少荒っぽくても構わんと御墨付きを頂いてるから心配するな」


 広間に軟禁されている使用人達に聞こえるように大きな声で指示を出す。

 カークライト男爵をびびらせろとは、命令書には書かれていたのは、さすがに佐久間三尉も驚かされたが、第6分屯地で一番荒っぽいと呼ばれる男はすぐに命令を理解し、楽しんでいた。


「どうせなら、さっさと攻めてこないかな? 

 血祭りにあげてやるのに」


 佐久間三尉は荒っぽく、パワハラ傾向のある男として問題視されているが、それだけにどこまでが許されているのか見極めの上手いところがあった。

 軟禁された使用人達がどうにか外部に連絡して、こちらの情報を流しているのを黙認して、逆に領都守備隊の動きを封じていた。


「遠巻きに包囲か、つまらん」


 双眼鏡で周囲を見渡して呟く。


「どうやら一戦交えようって、度胸のある奴はいないらしいですな男爵殿」

「そんな有能は、領境の守備に駆り出したよ」


 佐久間三尉にしても留守居の部隊は、二線級の兵士達だとは理解している。


「包囲は百名程ですかい? 

 留守居の守備兵総出といったところですな」

「それがどうした」

「いやね、こっちの第二陣がそろそろ」

『こちら第2分隊、領都守備隊本部の制圧を完了』


 無線機の声がわざわざクルトにも聞こえるように大陸語で発声されている。

 Miー24Jでピストン輸送された第2分隊が任務を果たしたことに佐久間三尉がニヤニヤしている。


「さあ、次はどこだと思われます男爵?」


 クルトはその言葉に絶望を覚え、どうしてこうなったのかに思いを馳せる。

 父の第二夫人ミディアが、亡くなった母の代わりに新京の屋敷に人質として逗留することになったのが始まりだ。

 日本は新京に貴族街と屋敷を造らせてた。

 人質は当主と第二夫人以降の妻、嫡男以外の子弟となっていた。

 隠居の身になれば、領地に戻ることが出来た。

 建設費は日本への賠償に含まれており、各貴族も自領の食料や鉱物資源の二割を徴収していった。

 さらに税率も統一され、増税や新たな税は日本の許可が必要となり、検地まで行われた。

 ここまでなら他の貴族も条件が同じなのだが、新たに正室となったミディアが、日本の商人にいいように散財させられ、男爵領の財政は厳しくなった。

 そんな中、先代のカークライト男爵である父が死に、借金だらけの男爵家をクルトが継がされ金策に勤しむ毎日だった。

 ある日のこと、まだ若い日本人の商人がアクライド川の通行税を徴収したらどうかと提案してきた。

 今をときめくハイライン侯爵家と敵対するなどは、無理だと言ったところ、商人は地球人の三千と軍艦『ゲティス』を用意して見せた。

 大陸の言語を話せる者が少ない彼等だが、自分達の土地を欲しがっているのは理解できた。

 理解は出来たが、彼等は自分の指示などは無視して商人の書いたシナリオ通りにハイライン侯爵家と戦争を始めた。

 しかも宣戦布告は、クルトの名において布告されていた。


「テュルク民族連合軍も大半が領内に退却してきたんだろ?

 この上、私に何を望む?」

「男爵閣下におかれましては、傘下であるテュルク民族連合軍の降伏の宣言をお願いしたいのですよ」

「はあ?

 連中が私の命令なんて、聞くわけがないだろ!!」

「その為の後楯と武力を日本が与えると言うのですよ。

 宣戦布告も男爵の名で布告されています。

 降伏宣言も男爵の名で行われておかしいことは無いでしょう。

 そうなれば連中も降伏する言い訳を自分達に施せるでしょう?

 文章はこちらで用意しましたから、幾つかの書類にサインを頂ければ結構です」


 クルトは他に出来ることも無いと、降伏の宣言書にサインを記した。

 書類を佐久間三尉が封筒に入れると、部下を呼び出す。


「本隊の柴田一尉に絶対に届けろ。

 ああ、不足の事態があってはいかんな。

 班員を全員連れていけ、包囲している連中にも一枚渡して見せてやれ」


 佐久間三尉がクルトの元に戻ってくる。


「それで、私の処遇はどうなる?

 この紛争を煽った商人についても幾らでも証言してやるぞ」

「それは後日、裁判の機会にでもお願いします。

 今日のところはお疲れでしょう。

 一杯どうです?」



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