第119話 ミスリルの砲弾

 アクラウド川下流


 アクラウド川下流のハイライン侯爵領領都マローニャに、テュルク民族連合のフリゲート『ゲティス』と河川連隊が近づいていた。

 アクラウド川岸の森林各所に防衛陣地が造られ、隠蔽されていたが、一度大砲や小銃で攻撃を仕掛けると数分と立たずに河川連隊や『ゲティス』の76mm単装砲やファランクス 20mmciwsの対地攻撃で叩き潰されていた。

 逆にハイライン侯爵領邦軍の砲撃は、数隻の武装ボートを仕留めてはいたが、『ゲティス』の装甲には弾かれていた。


「くそ、せめてもう少し近寄れてれば」

「ダメです。

 川岸ギリギリまで近寄った味方は尽く、武装ボートに殲滅されてます。

 鈍重な大砲を撃たせてくれる隙を与えてくれません」


 陣地を預かる隊長は、ここが抜かれれば領都マローニャだと危惧する。

 その砲台陣地に騎竜に牽かせた大砲と砲弾を積んだ竜車が運び込まれていた。

 ハイライン侯爵領邦軍のものよりは些か型が古い。


「どうしたのだこんな旧式を持ち出してきて?」

「御領主様が総力戦だと、倉庫に保管してあった武器や予備兵の徴集を始めました。

 我々はこの大砲を持って、岸辺から攻撃しろと」

「そうか・・・

 おい、三番砲を冷やす時間が必要だ。

 そこの大砲を退かすから、代わりにこの大砲を置いてくれ」

「わかりました。

 竜車の砲弾はお任せします」


 隊長の指示で、三番砲座の大砲が後方に下げられ、旧式大砲が代わりに据えられていく。

 重い大砲を手際良く設置する彼等に感心しながら、戦況が確認できる物見台に移動して行く。


「行ったぞ」

「ああ、レーザー照準とドローンからの観測値は入力した。

 この距離なら外さんよ」

「特製の砲弾だからな。

 CICや機関に当てるなよ?」

「あの艦は大陸の大砲じゃあ、この距離は当たらんと接近してきてる。

 一発必中間違いなしさ」


 彼等は石狩貿易に雇われた白人工作員だった。

 全員が軍に在籍していた経験を持つ。

 持ち込んだ大砲も大陸の大砲に偽装したもので、ハイライン侯爵領邦軍の新型大砲など比較にならない性能だ。

 砲弾の先端にミスリルのキャップを取り付け、着弾時の衝撃による弾体の破壊を防ぎ、装甲への食い付きを良くした被帽付き徹甲弾だ。

 ミスリルの推定価格は金の十倍と想定されている。

 ハイライン侯爵領邦軍の大砲は、王国軍と違い球形ではなく椎の実型砲弾が使われている。

 工作員達は失敗の許されない砲撃の照準を『ゲティス』のブリッジに合せ、発砲した。




 鋼より硬く、軽い砲弾は、『ゲティス』のブリッジを貫き、艦橋にいた者達を肉塊に変えて、貫通したままアクラウド川に着水した。


「貫通したぞ、成功したのか?」

「想定とは違うが、ブリッジにマフメット・カサル中佐がいたことはドローンが確認している。

 砲弾の実験は貫通力が高すぎるという結果は得られたし、カサル中佐の口は塞いだ。

 問題は無い、撤収するぞ」





 テュルク民族連合軍

 旗艦『ゲティス』


 指導者層を一度に失った『ゲティス』と河川連隊は混乱に陥る。

 CICが無事な為に航行には支障は無いが、ブリッジ付近の火災を食い止める為に機関を停止する必要があった。

 後方から様子を伺っていた巡視船『つがる』が、河川連隊と『ゲティス』の間に割り込み、消火活動への助力並びに艦内の制圧を始める。

 制圧に参加したのは『つがる』の海上保安官達と、ヘリで『つがる』に移動していたアル・キヤーマ市沿岸警備隊の巡視船『ペカン(元海保巡視船えりも)』の臨検隊だった。


『諸君等の身柄はアル・キヤーマ市が預かる。

 大人しく『ペカン』並びに連合艦隊に投降せよ。

 各コミュニティはアル・キヤーマ市と合流することに同意した。

 諸君等のこれ以上の抵抗は無意味である。』


 スピーカで呼び掛けられる勧告に河川連隊の隊員達は、アクラウド川を遡上してきた南部独立都市連合艦隊の艦船に投降していく。


「納得が行くか!!

 勝手に始めて、勝手に終わらす気か!!」

「父上、残念ながら手出しは出来ません」


 ハイライン侯爵家の武装帆船『ギーセーラー』号で、領都近郊まで戻って来たフィリップとボルドーの二人は憤慨している。

 憤慨しているが、この状況に割り込む気はない。


「武装ボートはどれくらい確保出来た?」

「転覆や浅瀬に乗り上げたもの、移乗白兵船で拿捕したものを10隻ばかり」

「上手く隠しとけ。

 それと残った兵をまとめてカークライト男爵領を貰い受ける。

 精々損失を補填せんとな、二束三文の土地じゃがな」


 男爵の従兄であるアベル・カークライトは、ハイライン侯爵家で保護してある。

 縁戚の娘を嫁がせて、カークライト男爵領を支領にする気だった。

 多少の戦闘は覚悟していたが、まさか男爵領邦軍がすでに自衛隊に制圧されて武装解除されていたのは予想外だった。


「毒をあおったか」



 カークライト男爵クルトが自裁していたのは予想の範囲内だった。

 執務室の机には、毒が混入されたワインの瓶が残されてる。

 当主の死亡により、アクラウド川を巡る一連の戦闘は終息を迎えた。




 大陸南部近海

 豪華客船『クリスタル・シンフォニー』


 豪華客船『クリスタル・シンフォニー』は、貿易会社石狩貿易の移動本社である。

 外国籍だったが、転移に巻き込まれたところを石狩貿易に買い叩かれた船だ。


 その船のVIPルームを改装した執務室で、カークライト男爵領の報告を聞いていた石狩貿易CEO社長乃村利伸は、眉をしかめていた。

 企画部部長の外山は、今回の業務をカークライト男爵側から指導していた男だ。


「カークライト男爵が自決した? 

 三尉め、余計な事をしてくれたな」

「申し訳ありません。

 飼い犬は飼い犬なりに恩を感じて動いたようですが、所詮は駄犬だったようです」


 乃村も外山も佐久間守邦三等陸尉の報告を鵜呑みにはしてなかった。

 元々は問題のある自衛官や警察官等を金銭面や権力で保護し、子飼い化することで情報の漏洩や工作を行わせていた。

 それでも彼等自身が目を付けられないように、深入りはさせない程度のものだ。


「自決したというより、毒殺したんだろ? 

 佐久間三尉ならやりかねない。

 さすがにグレーゾーンから逸脱しすぎだ。

 退官させて、千島列島に再就職させろ。

 あそこなら総督府の連中は何も出来ない」


 法律は原則として、日本国内の領土の全域でその効力を及ぼせる。

 この「領土」は、領海、領空も含む広義の領土を意味し、大陸東部の日本の統治地域も含まれている。

 この『クリスタル・シンフォニー』も船籍を日本国にしていたら危なかったろう。

 原則として、大陸南部のカークライト男爵領やハイライン侯爵領での今回の業務活動は国内法は適用されないが、幾つかの例外は存在する。

 海外において、日本国の公務員が職務に関し賄賂を収受した場合は、国内法で刑罰の対象となる。

 この場合、石狩貿易から金銭的援助を受けた佐久間三尉が、忖度殺人を行ったと訴えられる可能性はある。


 カークライト男爵の動向を報告するようには指示していたのは間違い無いのだ。

『ゲティス』への砲撃や勇者への支援もテロ支援行為にあたるのだろうが、現地勢力やテュルク民族連合にはバレていないから法には問われない。

 日本政府も財界の後ろ楯を持つ石狩貿易には何も追求しない。

 唯一、後始末をさせられる総督府だけが石狩貿易の懸念材料だった。


「まあ、そっちはどうとでもなる。

 ミスリル砲弾の実験結果は驚いたな。

 まさか、貫通するとは」


 用意したのが徹甲弾だったとはいえ、フリゲートのブリッジの後方まで突き抜けたのは驚きだった。

 G級フリゲート『ゲティス』は、艦橋から煙突、後部に備えたヘリコプター格納庫まで、艦の前後にわたってほぼ一体化されている。

 それは艦の全長の50%を占めており、ミスリル徹甲弾は、70メートルに及ぶ鋼鉄の壁を貫き続けたことになる。

 それを地球の基準で百年以上前の大砲でだ。

 砲弾自体はアクラウド川に着水したのだが、修理に携わる技術者達は当然疑問に思うだろう。


「工作班から回収用の船舶と潜水器具の要請が来ています」

「怪しまれない為の偽造木製漁船が妥当だな。

 手配してやれ。

 あとは大陸ではあまり採れないそうだが、ミスリルの産出地を調べあげろ。

 そこが次のターゲットだ」


 ミスリル砲弾だけはまだ誰にも知らせる気は無かった。

 何しろ日本の機械や工具を保護したドワーフの名工に作らせた一品なのだ。

 容易く量産も出来ない。


「財界への利権の提言を行わなければいけませんが」

「『ゲティス』修理は入札になるかな? 

 アル・キヤーマ市も大量の入植者が出て、建築やインフラ整備で需要が生まれる。

 ハイライン侯爵領の復興も華西だけでは賄いきれない。

 食い込むチャンスと言ってやれ」


 その物資の輸送や雑事をほぼ言い値で契約し、利益を石狩貿易の連盟子会社が貪る図式だ。


 これからの会社の方針を指示していると、『クリスタル・シンフォニー』の船長から内線が掛かってくる。



「後方の巡視船が臨検を要請してきましたが?」

「ここは領海でも公海でも無い自由の海だ。

 発砲してこない限りは無視していい。

 さて、社員諸君、次は何をして遊ぼうか」





 大陸東部

 新京特別行政区


「乃村氏の拘束に失敗した模様です。

 領海、公海の概念は大陸では適用されてないから、外国籍である本船は従う義務は無いと」

「王国にその概念が無かったからな。

 独立都市も増えたことだし、サミットの議題にあげるか。

 まあ、今回は仕方がない」


 秋山補佐官の報告に、秋月総督がため息混じりに応える。

 杉村外務局長が挙手をして報告を始める。


「王国政府はハイライン侯爵家がカークライト男爵領の領有を認めました。

 形としてはハイライン侯爵家が保護していた男爵家の人間に遠縁の娘をハイライン侯爵の養女として嫁がせます。

 その上で新京の男爵家屋敷に放り込み、捨扶持を与えて男爵領には代官を送り統治する事になります」


 すでにハイライン侯爵領邦軍は、カークライト男爵領のほとんどを制圧している。


「懸念材料はあるが、今回の紛争で消耗したハイライン侯爵家は当分は我々の脅威にはならないだろう。

 カークライト男爵領の再建も有るだろうしな」

「カークライト男爵領はどうみても不良債権ですからね。

 貴族の体面状、取り込まなければ無かったのは理解できます。

 次にアル・キヤーマですが、お手元の資料を御覧下さい」


 資料には新たにアル・キヤーマ市に植民するティルク系民族の構成や人数が書かれていた。


 トルコ 約6000人

 ウズベキスタン 約4000人

 キルギス 約600人

 カザフスタン 約400人

 アゼルバイジャン 約200人

 トルクメニスタン 約100人


 合計11300人


「これらに合流を決意して頂いた四か国が加わります」


 パキスタン 約16000人

 イラン 約8000人

 アフガニスタン 約3500人

 タジキスタン 約200人


 合計28200人


 これらに日本人配偶者も加えれば4万人を越える移住者となる。

 「アル・キヤーマ市の人口はいっきに9万人を越えるので、暫くは支援が必要になるでしょう」

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