第167話 ダンジョン&エルドリッチ

 日本国

 山口県下関市

 関門海峡


『ジョン・S・マケイン』と『マスティン』も艦内に残った特別警備隊隊員を再び乗り込ませるべく航行している。

 ここまでされても『エルドリッチ』は、星条旗を掲げる両艦を攻撃しない。

『エルドリッチ』の主砲がみもすそ川公園に向くが、砲身が爆発して吹き飛ぶ。


「砲口に手榴弾をいれたか」


 それでも機銃弾の攻撃は届き、海岸線の土嚢を貫き、隊員達は23式機動装甲車を盾に後退する。

 30普連に損害は無いが、背後の関門プラザが破壊されていく。

 少しして『エルドリッチ』右舷から発砲していた20mm単装機銃も破壊されて攻撃が止んだ。


「連隊長、関門橋から観測してた隊員からですが、機銃を撃っている射手の姿が見えないと」


 キャノン級護衛駆逐艦は大戦中の軍艦だ。

 現代と違い、機銃を射つことは自動化されていない。


「乗員までステルスか、全く」







 キャノン級護衛駆逐艦『エルドリッチ』


 機銃座を制圧すべく飛び込んだ特別警備隊隊員は絶句する。

 機銃座の壁から手が生え、機銃弾を射っていたのだ。

 その腕には米海軍水兵服の破れた裾が付いたまま動いている。

 見てはいけないものを見てしまった気がして、64式7.62mm小銃で粉砕して機銃を止めた。

 住吉三佐は前部甲板室のハッチを爆破し、艦内に突入する。

 そこで見たのは蠢く肉塊や壁と融合した乗員が、スプリングフィールドM1903小銃やM1911拳銃を発砲してくる地獄のような光景だ。

 躊躇うこと無く手榴弾を投擲して吹き飛ばしていく。

 大戦中の艦だが、米国本土にいた都合上、それほど銃火器は積んでいない。

 乗員は200名以上いるが、高電圧の影響で体が艦と一体化した者、体が燃えている者、凍結した者、体の一部が消失している者もいた。


「気味が悪いな」


 両舷を回っていた隊員六名と合流し、微弱な抵抗を排除して住吉三佐達は下層に降りていく。

 その機械室は鉄の隔壁に覆われていた。





 日本国

 山口県 下関市

 壇之浦


 護衛駆逐艦『エルドリッチ』を巡る攻防は、海上自衛隊特別警備隊第2中隊の突入に寄って最終局面に入ったと思われたが、みもすそ川公園の現地司令部は対応に困っていた。


「中の状況がさっぱりわからん」


 艦内に突入した隊員と全く通信が繋がらないのだ。

 第30普通科連隊連隊長高見沢一等陸佐は、仮説司令部のテントで首をかしげている。


「艦内で高周波を発生させてる影響ですが、米軍も第二陣を突入させていいか迷ってます」


 大隊長の津久田三等陸佐は、隊員をボートや自警団の漁船で突入させる準備をさせながら答える。

 確かに米海軍イージス艦『ジョン・S・マケイン』と『マスティン』は、『エルドリッチ』に再突入の進路を取っているが、先程のように衝突を前提としたものでは無く、低速で接近して飛び移らせる気だ。

 それが可能なほど、『エルドリッチ』は減速し、操舵のコントロールを喪失したような迷走を続けていた。


「ああ、座礁しますね、あれ……」


『エルドリッチ』は関門橋の下を通過し、船島の人工海浜に乗り上げて座礁した。

 船島は関門海峡内に在る無人島だが、一般的には巌流島の名で知られている。


「巌流島に部隊を上陸させ、『エルドリッチ』に攻め込ませろ」

「船島です。

 細かいようですが」


 下関市自警団団長にして、市役所の観光課課長として坂崎は言わざるを得なかった。





『エルドリッチ』艦内では、海自特警隊第8中隊の隊員達が、目的の機械室を前に全員が床に転がっていた。


「な、何があった」


 中隊長の住吉三等海佐は状況把握に努めるが、艦内からでは状況がわからない。

 突然艦が何かにぶつかったように上下に揺れて立っていられなかったのだ。

 米艦が再びぶつかって来たのかと思ったが、その比では無い揺れだった。

 状況がわからないならば今出来ることをするだけだ。

 機械室は鉄の隔壁に覆われており、扉を開ける為にありったけの手榴弾を投擲したが、人が侵入出来るほどの穴は開けられなかった。

 そうこうしていると、後部ハッチから突入してきた隊員達も乗員達と交戦しながら合流してくる。


「隊長、奴等変です」

「こっちの呼び掛けに応じないことか?

 転移前は日米は戦争中だった影響かと思ったが、単に正気を失っているだけだぞ、あいつら」


 住吉三佐にしても発砲の前に乗員達に英語で呼び掛け、抵抗を止める様に促したり、戦時中らしく降伏を呼び掛けてた。

 しかし、乗員達は一向に応じる事無く、銃弾や斧の振り下ろし等で返答して来ていた。


「そうじゃありません。

 確かに射殺した筈の乗員が何度も現れるんです」


 機械室近辺で射殺した死体が、床や壁に沈み込んでいく光景が目に入った。

 暫くしてその乗員が銃で撃たれた形跡も無く、奥の通路から再び住吉三佐達に襲いかかってくるのだ。


「あいつはさっき間違いなく射殺したな」

「アンデッドなら現行装備では倒しきれませんよ」


 たが機械室にいた乗員の死体が艦に溶け込み、最初にいた地点に何事も無かったかのように現れると再び暴れだして射殺される。


「リポップかこいつは」


 ダンジョンなどで、倒した筈のモンスターが、一定時間後に再び出現する現象をリポップと呼ばれていた。

 通常の遺跡や洞窟のダンジョンと違い、 古代の魔術師が恣意的に造り上げた工房を迷宮化させてモンスターを配置し、モンスターが倒されても元の配置場所に再び出現する失われた魔術の一つだ。

『エルドリッチ』に魔術師が関与した形跡は無いが、それと同じ現象が起きている。


「つまり『エルドリッチ』はダンジョンで、乗員はモンスターか」


 それならばリポップを発生させるダンジョンコアと呼ばれる装置がある筈だった。

 それに該当するのが


「流れ的にこいつだよな」


 隊員達は分厚い鉄の隔壁に覆われた機械室を見つめながら戦闘を続行する。

 任務は実験装置の停止か、破壊だ。

 住吉三佐は僅かに空いた穴に89式5.56mm小銃をネジ込み、ありったけの銃弾を機械室内に散布する。

 機械室の内部状況が把握できない以上は弾数で勝負するしかない。

 すぐに撃ち尽くすして小銃を引き抜くと次の隊員がすかさず機械室の穴に銃身を捩じ込む。

 弾倉の交換をしてる間も他の隊員はそこら辺に有るもので通路を塞ぐバリケードを造り、散発的に現れる乗員を殺さないように銃撃している。


「一々無傷で復活されてはたまりませんからな」


 どういう原理か、乗員が射殺されると手にした武器まで艦に溶け込み、破壊しても正常な状態で武器を手に持って現れる。


「あっちだけ撃ち放題なのはずるいな」




 巌流島こと船島にはきちんとした桟橋があるので、自警団が用意した漁船や連絡船には陸自の隊員が乗り込み、上陸を果たしている。

 砂浜や散策路には海自の特別警備隊が特別機動船(11メートル級の高速型複合艇)で無理矢理上陸を敢行している。

 どちらも『エルドリッチ』に乗り込むために梯子やロープを括り付けて乗艦を試みる。

 当然、乗員達が武器を持って排除を試みるが、展望広場や南側の休憩所に陣取った30普連の本部管理中隊所属の狙撃班が仕留めていく。

 この時、仕留められた乗員が艦に溶け込んで消えていく姿が、映像で映された。

 この映像は東京の防衛省にも当然流される。






 東京都

 市ヶ谷 防衛省

 統合司令部


「エグい画だな。

 お茶の間には流せん」


 乃村防衛大臣が辟易した声で感想を述べるが、すぐに府中からのホットラインであたふたすることになる。


「おい、府中の相談役が『エルドリッチ』が異空間に本体を置いたままダンジョン化していると、転移の装置を破壊すると一緒に本体に連れていかれると言い出したぞ」

「『エルドリッチ』の本体が異空間にあるから、巌流島の『エルドリッチ』はコピーを延々とリポップしていたのです。

 装置を破壊したことにより、隊員が影響範囲にいると、最悪、本体と融合して『壁の中にいる』か、モンスター化する恐れがあります」


 大臣の言葉だけでは理解しづらかったが、大臣秘書の白戸昭美が言葉を被せて説明してくれる。

 さすがに不味いと理解し、統合司令哀川一等陸将は現場に注意を喚起しようとするが、先に現場からの通信が届く。


「艦内の住吉三佐と通信が回復しました。

 装置の破壊に成功と」


 このタイミングでの報告に乃村大臣も哀川統合司令も天を仰いでいたが、続報が追い打ちを掛けてくる。


「30普連本部より通信、艦の甲板を制圧、リポップ地点に物や人を置けばリポップしないとのことです。

 これより艦内の特警隊救出の為に突入する、とのことです


 装置を破壊したことにより通信がクリアになったようだが、哀川統合司令はオペレーターからマイクを引ったくって、叫び出す。


「必要な人数以外は総員退艦せよ。

 艦内の味方の救出を急げ!!

 異空間に艦ごと連れていかれるぞ!!」


 通信先からも復唱もせずに退艦命令を叫んでいる声が聞こえる。


「あの……」


 大臣秘書の白戸が恐る恐る進言してくる。


「何か?」

「ふと思ったのですが、艦の影響範囲が転移するのなら、巌流島も削られるのでは?」


 哀川統合司令は絶句した後にオペレーターに米軍艦に繋ぐように指示する。





 壇之浦沖

 米海軍イージス艦『ジョン・S・マケイン』


「はっはは、市ヶ谷のパパが無理難題を言い出したぞ。

 本艦と『マスティン』で、『エルドリッチ』を曳航

 して陸地から可能な限り離れろとさ。

 本艦に曳航の装備はあったかな?」


 両艦ともに曳航索が万全との報告を受けて、艦長のアーロン・シェイファー大佐は神を罵っていた。





 日本国

 首都 東京 市ヶ谷

 防衛省 統合司令部


「府中の相談役は、『エルドリッチ』消滅までの時間はどれくらいと?」


 疑問を呈する統合司令哀川一等陸将に防衛大臣乃村利正は、怪訝な表情を浮かべる。


「今回は仕組みは同じだが、魔術じゃなく、科学の分野だから推測も出来ないとさ。

 だが段階的にモンスター化した乗員が全て消えない内は大丈夫らしい。

 隊員の状況はどうなっている?」

「拘束した『エルドリッチ』乗員を縛り付けて特警隊がばらまいた薬莢や手榴弾の破片を回収させています。

 拘束した『エルドリッチ』乗員を艦の外に引きずり出したら砂のように崩れ去り、艦内に再びポップしたので、艦内に転がしているしかありません。

 米軍が対話を試みましたが、反応は狂人のそれで、諦めたようです」


 現在、キャノン級護衛駆逐艦『エルドリッチ』は、消滅する際の余波を防ぐべく、イージス艦『ジョン・S・マケイン』と僚艦『マスティン』に寄って豊後水道を曳航されている最中だ。


「『エルドリッチ』乗員が消え始めたらカウントダウンだ。

 全ての作業を中止し、曳航索を解いて退艦せよ」


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