第168話 エルドリッチの帰還

  豊後水道

 護衛駆逐艦『エルドリッチ』


 九州と四国の中間地点を曳航され、陸地から遠ざかる『エルドリッチ』艦内では、第30普通科連隊連隊第1普通科大隊の隊員が作業に当たっていた。


「薬莢拾いに業務用掃除機を使っていいなんて、自衛隊も優しくなったもんだ。

 まあ、訓練じゃないし、海自の連中も何発撃ったか把握も出来ないだろうしな」


 貧乏クジを引かされた大隊長津久田三等陸佐は呆れ返っている。

 自衛隊では、内規で薬莢の回収を義務付けられていた。

 回収する実弾との数を一致させ、回収されない実弾による事故を防ぐためだ。

 しかし、転移後に実戦を経験するようになると、戦争中、或いは任務中に発砲した薬莢は放棄するよう内規は改訂された。

 津久田三佐達が今行っている回収作業は、異空間にいる筈の『エルドリッチ』本体に薬莢を吸収させない為だ。

 或いは『エルドリッチ』は、フィラデルフィア計画の逸話通りに地球に戻り、バージニア州ノーフォークに現れることも予想される。

 その際に『エルドリッチ』艦内に現代技術で生産された薬莢が残されていて解析されれば、どれだけのバタフライエフェクトが第二次世界大戦とその後の地球世界に巻き起こされるのかを上層部は恐れているのだ。

 下関市自警団日の用意して貰った業務用掃除機の効率の良さに津久田三佐は気を良くして、私費での調達を考え込んでいた。

 現状、戦闘を行っていた海上自衛隊特別警備隊第8中隊を退艦させて、第1中隊にポップさせた『エルドリッチ』乗員を拘束させてマンツーマンで見張らせている。

 乗員だけで200名以上いるので、第二中隊からも人員を割いている。

 拘束の手段は単純で、銃剣で四肢を貫くことだった。

 死なない程度にダメージを与え、艦内の道具を使って拘束する。

 下手に手錠などの拘束具を使うと、一緒に異空間に吸収される可能性もあるし、拘束を解いた瞬間に暴れられる可能性がある。

 さすがに人間の四肢を貫くのに躊躇う隊員も多かったが、他の中隊の手も借りて何とかノルマをこなさせた。

 おかげで艦内の床は血塗れだ。

 死なない限りは血も艦に吸収されることはないらしい。


「隊長、海自の艦艇がそろそろ我々を回収したいと」


 作業も概ね完了し、頃合いと判断し、津久田三佐は隊員を海自の艦艇に移乗させる命令を下した。

 目的の物も見つけ、大急ぎでカメラで撮影を続けながら指示を出す。



 海上自衛隊の艦艇は、大分県佐伯基地から派遣されたひうち型多目的支援艦『げんかい』と下関基地隊の第43掃海隊『とよしま』、『うくしま』だ。

 三隻とも曳航される『エルドリッチ』後方を半包囲する形で航行している。


「大型艦が来てないが、600人も乗せれるのか?

 回収した物もあるぞ」


 さすかに海上自衛隊だけでは無理なのか、海上保安庁が最終防衛ラインにて集結させていた海上保安庁第七管区 巡視船12隻と高知海上保安本部の巡視船『とさ』も姿を見せている。


「まあ、何とかなるかな?」


『ジョン・S・マケイン』と僚艦『マスティン』に停船の信号を送り、海自艦艇を接舷させて、隊員達を退艦させる。

『エルドリッチ』乗員の最初の一人が消滅したのは、二個中隊を退艦させた頃だった。


「カウントダウンが始まったぞ。

 各艦船に距離を取らせろ。

 曳航索も外せ!!」


 大慌ての『エルドリッチ』艦内では、『エルドリッチ』乗員との対話や曳航索の作業要員として、数名の米軍将校が乗り込んでいた。

 日本側の目を盗み、まだ消えていない『エルドリッチ』乗員のポケットにDVDとVHSテープを仕込んでいた。

『エルドリッチ』が第二次世界大戦中の米国に戻ることを期待してだ。

 DVDには『ジョン・S・マケイン』と『マスティン』が用意できた歴史や兵器情報、異世界転移に関する情報が込められている。


「なるべく士官のポケットに入れといたが、解析出来るのは2000年以降だろうな。

 まともに取り合って貰えたとしてだが」


 自衛隊側の努力を台無しにする行為だが、米軍からすれば同胞にいずれ必要になる知識を贈るのは当然の行為だった。

 解析出来る頃には技術的には帳尻が合う頃合いだ。


「ビデオテープには何が入ってたんだ?」

「艦内に何故か残っていたポルノビデオだ。

 こちらもまともに観るのを試みられるのは80年代になるだろう。

 興味を持続して貰わないといけないからな。

 さて限界だ。

 我々も艦を降りるぞ」


 やがて『エルドリッチ』は、激しく震動しながらその艦体が薄くなっており、やがて砂のように崩れて消えていった。

 また、予想通りに周辺海域の海水も消滅して穴が空いたのが観測されたが、再び海水に埋められて何事もなかったような有り様だ。

 他の観測可能な海域に『エルドリッチ』は、再びその姿を晒すことはなかった。





 日本国

 首都 東京 市ヶ谷

 防衛省 統合司令部


『エルドリッチ』が無事消滅したのを確認すると、統合司令部内では安堵の声が聞こえる。

 哀川統合司令と乃村防衛大臣も握手している。


「どうやら終わったようだな」

「念のために『エルドリッチ』が再び出現していないか、哨戒を続けます。

 聟島列島に派遣した救援部隊を復興支援部隊に切り替える仕事も残っています。

 それと、現地部隊から『エルドリッチ』のこの世界における航路図を入手させました。

『エルドリッチ』は90年近くこの世界を航行していたようです。

 連中、とち狂ってたのに律儀に記録していたようです」

「老朽化や事故の度にポップしてたのか?

 それで何かわかったか」

「もう少し、詳細を詰める必要はありますが、日本の東方に未発見の大陸ありますね」





 アメリカ合衆国

 アミティ准州アミティ島

 アウストラリス大陸特別大使館

 特別大使公邸『アミティ・ベル』


 日本本国に派遣した海軍艦艇から、作戦の無事を知らされてロバート・ラプス特別大使は胸を撫で下ろしていた。


「しかし、本当に冗談だと思っていたんだがな」


 大使の執務机には一冊の機密文書が置かれていた。

 西方大陸アガリアレプトにあるアーカム州州知事こと、マーク・アトキンスから送られてきた物だ。

 アトキンス知事の前職はアメリカ宇宙コマンド副司令官で、宇宙軍中将だった男だ。

 機密文書の表紙には『Stargate Project Ⅲ』と記されていた。






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