第169話 海洋結界の後退

 日本国

 千島道 占守島

 占守村


 日本国に復帰した占守島には現在1800人近くの住民が住んでいる。

 その大半が自衛隊308沿岸監視隊の隊員と家族だ。

 現在は日本本国を守る地球の海水の影響と思われる海洋結界の範囲から外れ掛かっており、民間人の入植は下火になっている。

 そして、日本の北東最端部であることからも海上保安署や国境保安署も設置されている。

 海洋結界の範囲測定は、この両保安署の合同任務である。


 今回は占守島の東岸の竹田浜沿いにて調査が実施されていた。


 しれとこ型巡視船『ようてい』のクレーンが檻を吊り下げ、大陸で捉えられたモンスターが中に入っている。

 観測地点で檻ごと沈めて、モンスターが狂死する様を観察し、海洋結界の境目を判断している。


「前回の観測から一キロ後退、国端崎灯台から三キロ地点の島東岸、北岸地域を警戒対象と認む」


 巡視船『ようてい』に乗り合わせた国境保安官の認定に海上保安官達も落胆の顔を隠せない。


「北サハリンもポピキ町沿岸が完全に結界外だとか。

 高麗も本国諸島の殆どが警戒対象となったとニュースでやってました。

 占守島全域が警戒地帯になるのは二年後と専門家は観ています」


 船長の畑中二等海上保安監の言葉に国境保安官の静間保安士長も残念そうに語る。


「我々の本庁や自衛隊さんにもこちら側の防衛強化を進言しないといけないですな。

 幌筵島の39普連に巡回を増やして貰うとか」


 千島列島の防衛は第5師団の管轄であり、占守島に隣接する幌筵島には第39普通科連隊が駐屯していた。

 大陸ではモンスターが人間の生活圏に侵入するなど日常茶飯事だが、日本本国ではいまだにその認識が甘い。

 それでも各自治体で自警団的組織が結成されているのは、何れ来る海からのモンスター上陸に備えてだ。

 ましてや大型モンスターは、海洋結界内でも狂死するのに時間が掛かることがわかっている。

 空からのモンスターも事前に防ぐ手段に乏しい。

 呪的、霊的モンスターなどは、ところ構わず現れる。

 数々の前例的事件が日本本国国民の危機意識を高めているのも無理からぬ事だ。


「そういえば我が国もアメリカに習って海上プラットフォーム型要塞を創るとか。

 海保さんは絡んでないので?」

「『エンタープライズ』とか、『コロンビア』の類いの奴のことですか?

 管理はうちと海自が合同やるんでしょうな。

 まあ、詳細はわかってないですが、東京から東に1000キロの海上らしいから南千島くらいは防衛に期待していいかもしれません。

 確か計画名は懿徳(いとく)計画とか」

「こっちにもその恩恵をまわしてくれないですかね?」







 日本国

 首都 東京

 品川埠頭


 国土交通省の内部部局として新設された国境保安局は、法務省の入国管理局を吸収し、正式に国境保安庁として、年が明けると発足した。

 業務としては財務省の税関や外務省の大使館警察の吸収も狙っていたが、こちらは両省の強硬な反対により断念している。


「本国はともかく大陸の国境は新京支局に任せる。

 だが植民都市の拡大と共に国境保安官や出入国管理官の増員は必須だ。

 この品川埠頭は我々の城だが、訓練校から本部中隊の駐留まで十分な広さがある。

 組織の拡充は至上の命題と言える」


 国境保安庁は東京の港南5丁目、品川埠頭の全域を敷地としている。

 長官となった川崎徹は自衛隊や警察といった他の治安機関に対して対抗意識の強い人物だった。

 い並ぶ国境保安庁幹部達に松崎次長が説明する。


「基本方針として、国境保安署とは別に国境警備群を組織し、必要に応じた性格の部隊を創設して配備します。

 第1群は本州、第2群は北海道、樺太道、千島道。

 第3群は九州、四国、沖縄を管轄とします」

「問題は大陸の第4群だ。

 一般警察官や機動隊員以上の装備がいる。

 業腹だが自衛隊の旧式装備取得数を拡大する」


 現在は警察と同レベルの装備しか有していないが、何れはもっと強力な重火器や装甲車両が必要な時が来ると国境保安庁内部としては視ていた。

 来年度分の陸上自衛隊旧式装備移転は航空自衛隊が狙っているが、再来年度ならライバルから自衛隊が外れる。

 大陸の自衛隊より本国防衛を優先する政府方針に川崎もどうかと思うが、彼にしても優先事項は自分達の国境保安庁だ。

 最も譲渡される装備は陸上自衛隊が転移前に製造されたもので、耐久年数が限界に達しており、劣化の少ない使用可能なものを部品取りなど共食い整備で延命しているものばかりだ。

 大陸での激しい使用は不安が残るので、大陸派遣部隊には米軍、ロシア軍装備でお茶を濁させてる状態なのだ。

 そんなことを考えてると、職員が会議室に駆け込んでくる。


「北サハリン海軍から緊急連絡です。

 モンスターがイェフゲニー諸島警戒線を抜けて交戦中」

「我々にも数年後には訪れる未来だ」





 北サハリン共和国

 イェフゲニー諸島 ルースキー島


 北サハリン共和国の領土は、サハリン島もしくは日本側が樺太島と称する本島の北緯50度線(地球基準)とオホーツク海並びに間宮海峡、日本海に存在していたシャンタル諸島など島々である。

 これらのほとんどの島々は、海洋結界の範囲外であり、北サハリン政府も人口の少なさから住民の定住を諦めている。

 軍による監視所とパトロール、漁師達の避難や休養の為の小屋があるくらいだ。

 例外がウラジオストク沿岸にあったイェフゲニー諸島くらいで人口8000人住む。

 転移前は極東ロシア最大の大学が有った程で、学生並びに卒業生も多数転移に巻き込まれて、北サハリンの人口、経済、科学を支えた中核的存在となっている。

 転移後、大学はサハリン本島に移転したが、漁業拠点としてそれなりに復興していた。

 また、ロシア太平洋艦隊の母港であったウラジオストクとく橋で繋がっていた関係で、軍人達のリゾート地としても名高く、そのまま転移に巻き込まれている。

 そのルースキー島の南東海域を北サハリン海軍の第11水域警備艦大隊のグリシャ型コルベット『ウスチ・イリムスク』が砲撃でモンスターを追い立てていた。

『ウスチ・イリムスク』で仕留められれば良し、駄目でも陸上に上げて確実に屠る作戦だった。

 逃げられてチマチマ被害を重ねるより、多少の被害は甘受してでも倒そうとする意気込みはなかなか真似できるものでは無かった。





 日本国

 首都 東京

 市ヶ谷 防衛省 統合司令部


 島に上陸しようとしたモンスターは、有角鯨型四足獣で画像でモンスターの特徴や弱点を問い合わされた日本の防衛省は即座にネットに出回った画像から適当な名称を拾い取り、ウニコウル・ペレゴゼダスと命名した。


「どんな意味があるんだ?」


 防衛大臣乃村利正は国内の有事では無いので、手の空いて高見の見物と洒落込んでいる統合司令哀川一等陸将に訪ねる。


「江戸時代にオランダ人が日本にユニコーンの角と称された一角鯨の角を輸入していたそうです。

 その呼称が、「烏泥哥兒」(うにかうる)。

 また、南米で発見された4本の足を持ち、つま先にはヒヅメがある陸上歩行可能な鯨の化石。

「太平洋に到達した旅するクジラ」を意味するペレゴゼタス・パシフィカスから引用されたそうです。

 無理矢理翻訳するなら旅する角鯨でしょうか?

後で専門家に聞いておきましょう」

「それなりに意味があって安心したが、うちから援軍は出さなくいいのか?」


 もちろん北サハリン政府から要請は来ていないが、準備だけはしておくのが自衛隊である。

 しかし、哀川司令は首を横にふり否定する。


「念の為に監視はさせていますが、今回は必要ないでしょう。

 あの島は要塞でもありますから」




 

 北サハリン共和国

 イェフゲニー諸島 ルースキー島


 有角鯨型四足獣ウニコウル・ペレゴゼダスは、北サハリン海軍の第11水域警備艦大隊のグリシャ型コルベット『ウスチ・イリムスク』の砲撃でモンスターを追い立てられ、ルースキー島の砂浜にその巨体を打ち上げられながら立ち上がっていた。


「あんなでかいのが歩けるのかよ」

「所定位置に誘導する。

 抜かるなよ」


 ルースキー島は転移する前はウラジオストク市の帰属していた。

 同地に駐屯していた第155独立海軍歩兵旅団は、訓練に休暇と同島に訪れていた者が多く、その旅団団員の9割が異世界転移に巻き込まれてしまっていた。

 転移後に北サハリン共和国に忠誠を誓い、同旅団は大陸に渡るが、今でも海軍コマンド、第42海上偵察所の訓練施設を利用する為に小隊単位で同島の防衛も担ってきた。

 同旅団の三両のPT-76 水陸両用軽戦車が主砲の76.2mm戦車砲D-56Tで、ウニコウル・ペレゴゼダスを砲撃してある程度は傷つける。

 しかし、背中から高熱の汐を吹かれて、15.4tのPT-76を水圧で後退させて砲撃のタイミングをずらす芸当を見せてくれた。


「あっちちち、車内温度上昇!?」

「後退しろ、遮蔽物を盾にする」


 さすがに水陸両用戦車だけに高熱の汐が内部に直接降り掛かるわけでは無い。

 しかし、温度が高まる車内に堪らず、高熱の汐を避ける為にPT-76を乗員達は後退させざるを得ない。


 汐の高熱には海軍歩兵達も近付けない。

 それでも建物や道路の陰からAK-74やRPG-29、携帯式対戦車ロケット擲弾発射器で攻撃を仕掛けて、誘導を進めていく。

 ルースキー島は、ソ連時代からの要塞が観光地化しているが、健在で住民は要塞内部に避難させている。


「AK-74も豆鉄砲だな。

 まともな戦車は無いのか?」

「T-80は大陸に持っていかれたからな。

 博物館から引っ張り出したT-34ならあるぞ」


 軽口を叩きながら誘導を進める旅団団員達は、重火器と小銃の発砲に強弱を着けて、火線の弱い方にウニコウル・ペレゴゼダスを逃がして目標地点へと至らせた。



 この島にはヴォロシーロフ砲台と呼ばれる砲台がかつて存在した。

 冷戦期までは現役で使われていたが、ソ連崩壊と共に管理が行き届かなくなり、同島の要塞とともにリゾート化した。

 異世界転移後にこの砲台を再建し、再使用可能にした180mm沿岸砲がウニコウル・ペレゴゼダスを射程に捉えた。

 沿岸砲そのものは、第二次世界大戦前に使われていた軍艦の艦砲を転用したものだ。

 射程に入ったウニコウル・ペレゴゼダスは、沿岸砲である三連装砲が火を噴き、一撃で肉塊に変えられて港にその巨体を晒すことになった。


「よっしゃあ、仕留めた!!」

「解体して鯨肉だな」

「食えるのか?」



 その光景は、遠く日本の市ヶ谷の防衛省まで映像となって届けられていた。

 胸を撫で下ろしす乃村利正大臣に対し、統合司令哀川一等陸将は作業の遅れを気にしていた。


「なんとか片付いたか」

「これでこちらの計画も進められます。

 偵察本部、作業を再開して下さい」


 常設となった統合司令部だが、四六時中指揮権を発動しているわけではない。

 普段の任務としては各自衛隊や他機関との情報の運用である。

 一応は自衛隊内にも情報本部はあるが、統合司令部はもう一歩踏み込んだ任務を携わっていた。





 髙麗国

 琵琶島


 髙麗国琵琶島は旧北朝鮮羅先特別市に存在していた島である。

 観光名所として名高かったが、異世界転移後は髙麗国領として、髙麗国最北端の島となった。

 現在は管理できないとして、鬱陵島より北の島は全て無人島となった。

 一応は髙麗国領なので、大邱級フリゲート『慶南』の護衛としてひうち型多用途支援艦『えんしゅう』と牽引された中型漁船が接舷しようとしていた。


「よし全艦で汽笛を鳴らす。

 総員、音響に注意せよ」


『慶南』、『えんしゅう』が汽笛を鳴らして島内にモンスターが潜伏してないかを確認する。


「問題は無いな。

 接舷作業に掛かれ」


『慶南』からはAW159哨戒ヘリコプターが飛び立ち、哨戒任務にあたる。

 両艦からは警備の為の国防警備隊員と中央即応連隊の隊員が港に展開して安全を確かめる。

 中型漁船は廃船だが、通信機器やレーダー、仮設された対人センサー、監視カメラが設置されている。

 ドックから陸揚げされて哨戒施設とする予定だった。

 こうした無人島に哨戒廃船を配置して、海洋結界から外れた領域を監視する計画だ。

 廃船のタンクの燃料から発電させるが、最低限の消費量で済ますつもりだ。

 定期点検や給油は必要となるが、人間を無人島に駐在させることが出来ない以上の苦肉の策だ。

 監視システムが設置される迄は人間による索敵も行われている。


「やっぱりいたか……」


 中即旅の隊員がホテルの陰から姿を現した

 中央即応旅団の隊員は転移前は中央即応連隊として、有事における緊急展開部隊として組織されたが、人員の確保に苦慮していた。

 当初の目標であった空挺やレンジャー資格を有する隊員を連隊隊員数確保するという高いハードルの為だ。

 しかし、皇国との戦争で遊撃部隊として密林や湖沼、山岳地帯と転戦するうちにもともといた隊員が有資格を得るのに十分な技能を身に付けてしまった。

 逆に拡大した陸上自衛隊の各部隊の穴を埋める為に隊員が引き抜かれるという事態に陥り、部隊の性格を都市防衛と国家の特別なイベントや式典の保護と実施を担う部隊へと変貌した。

 一応は中央即応連隊を基幹部隊として、旅団直轄部隊が付随している。

 旅団司令部直属だがわりと他部署への応援任務に動員される普通科隊員で構成される第1中隊。

 皇居警備隊から首相警護隊、官庁警備隊を専門とする実質的に首都警備部隊である第2中隊。

 音楽隊や礼砲隊、儀仗隊、騎馬隊から冠婚葬祭を取り仕切る聖職者隊といった儀式を専門とする第3中隊。

 各自衛の秩序維持の職務に専従する統括し、一般国民に対する司法警察権や行政警察権をも有する憲兵同様の権限を持つ中央保安警務中隊である第4中隊。

 そして、かつては特殊作戦群として組織された中央特殊作戦第5、6中隊などが所属している。

 今回、琵琶島に来ているのは第6中隊の第一小隊だ。

 彼等が遭遇したのは背中に羽を生やした肉食魚、フライングスネークヘッドだ。

 ピラニアのように陸上でも襲ってくるが群れることは無い。

 大きさは50センチほどだが、狂暴な牙をもっている。

 但し飛行速度は手で叩き落とせるほど遅い。

 どうやって飛んでるのか、原理は物理学者も生物学者も匙を投げてふて寝するほどわかっていない。

 中即旅の隊員達は、慌てずに20式5.56mm小銃であっさりと退治する。

 小隊長の牛嶋一等陸尉はうんざりした声を挙げる。


「問題なのはこんなのが地球由来の島に出るようになったことか」


 今は北サハリンや髙麗国の領域だが、いずれ日本本国にも訪れる未来である。

 同行している髙麗国国防警備隊の隊員達の顔は蒼白気味だ。

 彼等とて巨斉島で海棲亜人達との戦闘経験がある精鋭達なのだ。


「全く、これが日常の大陸の連中はすげ~わ」

「隊長、朝霞の司令部からです。

 可能な範囲で島内からモンスターを駆逐せよ、と」


 日本から一日でも遠ざける為の悪足掻きである。


「さてまたなんか出てきたぞ」


 今度は名称も生態も不明な地を這う魚が複数出てきた。


「司令部から追加の命令です。

 掃討の範囲を近隣の島々に拡大させると」

「マジかあ、増援寄越せと返信してやれ。

 おら仕事だ。

 一匹たりとも逃がすなよ」


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