第170話 虎人争乱

 大陸南部


 大陸を統一していた皇国崩壊後、後継国家である王国に服従せず、地球の諸勢力からも身を隠していた亜人の勢力がある。

 虎の獣人もしくはワータイガーと呼ばれる彼等は、幾つかの部族に分かれ、周辺の村を盗賊として略奪したり、傭兵、冒険者として糧を得ていた。

 彼等の過ちは近隣の貴族領から運ばれる賠償としての年貢を運ばれる輸送隊を襲ったことだ。

 通常の隊商や貴族の護衛隊ならば蹴散らして終わっていた。

 虎人の中でも最も獰猛な剣歯族は高い身体力と鋼鉄の剣とも渡り合える長い牙を持っている。

 硬いプレートメイル貫き、俊敏動き 奇襲攻撃や夜討ちも得意とし、森林や山岳は密林の暗殺者とも呼ばれている。

 そんな彼等も暗視装置を装備し、装甲を増加した車両に乗り込んだスコータイ市の軍警察隊には鋭い牙も密林からの奇襲も効果が薄かった。

 密林から飛び出した剣歯族の一人が車両の走行を鋭い爪の右手で殴り付けて骨折して、大地に転がり、二両目に跳ね飛ばされた。


「やっちまった!!」


 人身事故を犯したとアーナン軍曹はショックでハンドルに頭を叩きつけるが、助手席のイーナン曹長に怒鳴り付けられる。


「バカ野郎、敵襲だ!!」


 窓から密林にいる影に車内から拳銃を発砲する。

 簡単に当たりはしないが、発砲音が後続のパトカーや年貢を輸送していた車両に乗り込んでいた軍警察の隊員に襲撃を知らしめるには十分だった。


「車内から発砲しろ。

 運転手は車両を停めずに前進させて隊列を守れ」


 相手は人間の盗賊では無いようだが、現地人に毛と爪と牙を増やした程度の蛮族に抜かれるな車は無い。

 密林で夜襲等、夜目も利くようだが、暗視スコープ(ナイトビジョン)ゴーグルを着けた隊員が剣歯族を的確に始末している。

 スコータイ軍警察の装備は米軍供与のスプリングフィールドM14自動小銃やM1911自動拳銃がメインだ。

 随伴する高機動多用途装輪車両ハンヴィーの銃架からは、M60機関銃が掃射されて、剣歯族の盗賊共が凪ぎ払われていく。

 かつての同胞の牙で造った剣でパトカーを斬りつけると、ドアが切り裂かれたが中の軍警察の隊員から銃を連射されて、息絶える者もいる。

 スコータイ側の圧倒的な火力に剣歯族は密林の奥に後退するが、深追いはされない。

 自然地形の中では、亜人が圧倒的に有利だと悟っているからだ。

 今はこの密林の道路を抜けて、スコータイ市への帰還を優先する。


「今月三回目か。

 そろそろ何とかしないといけないな」


 イーナン曹長は遺体を検分しながら虎の獣人の体を銃剣で突ついり、裏返したりしている。

 幸いなことに軍警察側に死者は出ていない。

 虎人の遺体を放置して他の魔獣を呼び寄せたり、アンデッド化されても面倒なので、スコータイ市から同行した僧侶が経を唱えている。

 仏がこの世界に降臨し、『力ある言葉』が使えるようになったことから、この世界で産まれた市民の中からも法力が使える者が出てきていた。

 元々、仏教徒の男子は全て出家するのが社会的に望ましいとされているタイ王国の出身者の市だ。

 むしろ成人男子の嗜みにまで認められているレベルだ。

 スコータイ市に合流した旧ラオス、旧カンボジア系市民はそこまで極端ではない

 転移前の日本にも寺院が19箇所もあった程で、修行僧達の素養は高いらしいが出家の条件が20才以上なので、この世界で産まれた法力が使える僧は全員未成年だ。

 よってこの場にいるのは法力が使えない成人済み僧侶ばかりとなる。 

 それでも経を唱えて戦場の浄化はできるので、普通の僧侶も従軍してたりする。


「雌もいるが、やはり獣寄りの獣人だな。

 アニメとかである獣耳の美少女とかはいないのか?」

「そういや見たこと無いですね。

 日本のグラビアもエルフやドワーフはいたけど、それ以外は見たこと無いです」


 出家経験は有っても還俗すれば、俗世の垢にまみれてしまうのは仕方がない。

 隣で僧侶がありがたい経を唱えている横で、俗世の垢まみれの会話を始めたイーナン曹長とアーナン軍曹はもっと空気を読むべきだろう。

 さて日本を通じてエルフが性風俗や芸能活動の分野に進出が進んでいるのは周知の事実だが、一部の需要を満たす為にドワーフもこの世界に進出している。

 実際にはもう少し進んで、ケンタウルスやラミアのグラビアという業の深そうなグラビアで誌面には登場している。

 この二種族は比較的人類に似た上半身を持っているので、受け入れられているが、海棲亜人や狼人のグラビア雑誌はかなりマニアックな分野だ。

 一応、存在はする。


「まっ、やっぱり現実的じゃないよな。

 耳が四つあるなんて」


 彼等は誤解していた。

 ケモミミは別に頭の上に付くものでは無いということを






 日本国

 首都 東京


 異世界転移後に拡大した自衛隊であるが、当然の事ながら既存の駐屯地では手狭になっていた。

 例えば練馬駐屯地の第一即応機動連隊だが、定員が1200名に増加したことから装備、車両等の保管場所にも苦慮することにもなる。

 拡大当初は大陸移民も始まったばかりであり、駐屯地を拡充する事も出来なかった。


「おかげで練馬の他部隊が全部追い出されてな。

 後方支援連隊は十条駐屯地が引き取ってくれたが、師団司令部が立川駐屯地まで後退する有り様で肩身が狭かった」


 幕僚達に当時の第一師団長だった統合司令哀川一等陸将はしみじみ語っている。

 哀川司令一行は、新設される檜町駐屯地の式典の来賓として招かれていた。

 檜町駐屯地は更地にされた東京ミッドタウンを中心に赤坂9丁目全域を範囲としている。

 転移により商業関係が壊滅状態となり、住民は大陸へと移民していった。

 しかし、駐屯地化は容易な道程では無かった。

 解体から更地にするにも資材から燃料まで何もかも不足していて、放置せざるを得ない。

 大陸から鉱物資源がまともに流通するまで、皇国との戦争から十年経って、ようやく駐屯地建設の目処がたった。

 そして、転移から15年目にようやく完成の日の目を見ることになる。


「完全に旧防衛庁時代の敷地を凌駕してるな。

 境界線だった檜町公園より先まで延びてるぞ。

 檜坂から乃木坂が境目か」


 幕僚の中に明らかにショックを受けている女性幕僚がいる。

 乃村防衛大臣が祝辞のスピーチ中も乃木坂方面から視線を動かさないのだが、誰も注意できる空気ではない。


「そういえばあそこは男性アイドル事務所の本社があったところか」


 さすがにこの場では最古参にあたる哀川統合司令は、察することが出来た。

 かつての青春の思いでの場所なのだろう。

 深く追求するのは避け、他の幕僚も関わらないように距離を置いている。


「檜町公園の和風庭園は残されてるんですね」

「あそこは萩藩下屋敷跡の史跡だからな。

 来賓用とかにちょうどいいんじゃないな?」


 幕僚達も他の話題で気が付かないふりをしている。

 女性幕僚は大臣秘書官の白戸昭美女史に慰められているが、転移前は小学生だった白戸女史はあまり共感してないようだった。


 さて、当然の事ながら第一師団司令部も大幅な増員が行われており、檜町駐屯地だけでは同居人だった東部方面隊総監部並びに直轄部隊までは面倒が見切れない。

 間借りしていた朝霞駐屯地も中央即応旅団の縄張りだと追い出されている。

 用賀駐屯地を拡充し、隣接していた高校跡地に安息の地を得ている。

 尚、この拡充によって、これまでは隣接してなかった陸上自衛隊用賀駐屯地と海上自衛隊上用賀地区の敷地と隣接する珍事が起きている。

 東部方面隊音楽隊と海上自衛隊東京音楽隊の隊舎が近接しているので対抗意識から音楽が絶えない愉快な駐屯地になっており、通信科の隊員からは苦情が出ていたりする。


 スピーチを終えた乃村大臣は哀川司令に話し掛けてくる。


「まさか檜町に戻ってくるとは思わなかったな」

「大臣は旧防衛庁に来たことあったんですか?

 2000年に閉鎖されましたからもう30年近く前ですよ。

 現役の隊員ですらほとんど覚えてないくらいです」

「親父が銀行員でな。

 そのツテで大学時代に銀行のバイトでATMの補充で出入りしてたんだ」


 哀川司令は一瞬、ギョとしたがすぐに対戦車ミサイルの話ではなく、現金自動預け払い機のことだと思い出す。

 どちらも略称はATMだからややこしい。

 ちなみ最近は誰も対戦車ミサイルを対モンスターミサイル、AMMに呼称を変えようとの話も出ていたりする。


「本当は越中島や竹橋、芝浦、豊島の駐屯地を復活させようとの案も有ったんだ。

 竹橋は皇居、越中島は海洋大学、それぞれの施設拡充に飲み込まれた。

 芝浦は国境保安庁の本部と隣接するから廃案。

 豊島はまだ住民も多かったから工事の遅れを心配された結果が檜町になった」

「まあ、自衛隊といえば東京六本木檜町でしたからね。

 結果としては良かったのでは無いでしょうか」


 首相官邸や永田町の官庁街も近く、理想的な立地といえた。

「さて市ヶ谷に帰りますか、そろそろ大陸南部の作戦が始まってる頃です」

「うちの作戦じゃないから定時には帰るからな」




 大陸南部


 虎人の1部族である猛虎族は虎頭人身で身の丈2メートルの巨漢を有している。

 剛力無双な武人揃いだが、鎧をまとい、三叉槍を振るう。

 猛々しくも文明的な部族だが、その最大の集落が襲撃を受けていた。

 ルソン軍警察一個中隊と周辺貴族の領邦軍による攻撃だ。

 SH-60J 哨戒ヘリコプターからのドアガン、ミニミ軽機関銃の掃射の後に密林に潜む軍警察部隊による射撃が行われ、騎兵を中心とする領邦軍が突入した。

 虎人の部族の勢力範囲を領地を接する18の貴族領領邦軍だ。

 奇襲を受けた猛虎族だが、戦士の技量は高く、咆哮によって兵士や騎馬を怯ませると縦横無尽に三又槍を振り回して兵士や騎兵を薙倒していく。

 最大の集落だけあって、戦士の数も百を超えている。

 しかし、家屋にいるうちから手榴弾や松明を投げ込まれてまともに武具や防具を手に取る時間を与えない。

 空中からの射撃や竜騎兵も投入されると数的な劣勢もあり、戦士達は倒れていく。


「頑丈な奴等だな。

 数発撃たれたり、斬られても致命傷になってないぞ」


 中隊を率いるエンリケ・マルティン大尉は、捕虜にした猛虎族の数が思ったより多いことに驚いている。


「強靭な肉体を持った彼等は、四肢をもごうとも牙を突き立ててきます。

 あんまり近寄りますな」


 領邦軍の代表の竜騎士団長モリアの言う通りにマルティン大尉は距離をとる。

 やがて族長の死体が運ばれてくると、その凄惨さに息を飲む。


「十数発の銃弾、身体中に矢が刺さっても暴れるのをやめませんでした。

 手榴弾も二個目の爆発でようやく仕留めた次第です」


 隊員の報告を聞いて、それでも原型を留めた族長の死体に戦慄する。


「それでもこの族長が部族最強の戦士なら、こいつより強い奴はいない。

 そして猛虎族が虎人最強の部族なら我々は貧乏くじを引いたな」


 軍警察に犠牲者はいないが、近接戦を強いられた領邦軍は十数人の死者を出していた。

 領邦軍が協力の要請に応じてくれたのは、虎人達による旅人や村への強盗略奪をほしいままにし、人攫いに食人等の恐怖を振り撒いていたからだ。

 同様の討伐作戦はサイゴンは白虎族、ガンダーラは黒虎族、ブリタニアは小虎族の討伐に参加して各部族を攻撃している。

 深追いはしない方針で、多数の取り逃がした虎人が密林に消えた。

 密林の中で虎人を追うのは愚策と領邦軍側の反対が大きかったのもある。

 もちろん空中からの追跡は続行しているし、制圧地域にセンサーを配置している。

 血気盛んな領邦軍は捕虜となった虎人達を分散して拘留すべく、鉄の檻付きの馬車に放り込んでいく。

 集落にいるのは戦士達だけでなく、女や子供の虎人もいるので、何度も往復する必要がある。


「あんなのの監視なんぞ、命が幾つあっても足りん気がするな。

 隊員達は車両内で休憩させろ。

 銃はいつでも撃てるようにしろ」


 族長が死んだから指揮系統も機能してないから心配しすぎかとマルティン大尉は苦笑する。

 彼等は自分達が虎の尾を踏んだことに気が付いてなかった。

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