第171話 タイガーケイプ
大陸南部
南部独立都市、呂宋、サイゴン、ブリタニカ、ガンダーラから攻撃を受けた虎人達は、集落を捨ててバラバラに密林に逃げ込んでいた。
討伐隊の面々は深追いを避けたが、集落に陣取り密林から虎人が姿を見せれば容赦なく銃弾の雨を降らせた。
「ゲリラの恐ろしさは我々が一番わかっている。
それに精強な虎人が集落を作って住んでいたということは、ジャングルの中にも色々いるんだろ?」
サイゴン軍警察の中隊長の言葉に他独立都市の指揮官達も頷く。
その推測は当たっていて、密林を逃亡する虎人は複数箇所でオーガや猛獣、或いはゴブリンの群れにまで襲われて命を落としていた。
「捕虜になった虎人はどうするので?」
日本から観戦武官として派遣された在スコータイ日本大使館駐在武官重留康之二等陸尉は、檻に入れられた捕虜達の扱いが気になっていた。
「あれだけの体格と膂力です。
いい、鉱山奴隷になると思わないか?」
呂宋軍警察のエンリケ・マルティン大尉は、笑って答えるが、奴隷として扱うのを疑問に思ってないのが重留二尉にはきつかった。
日本でも奴隷を使ってはいるのだが、当事者ではない重留二尉には抵抗がある。
同時に虎人が奴隷にしていた人間達の姿が目に写る。
近隣の村や旅人を略奪の際に捕まえて、召使いや武具や家具を作らせるのはマシな方で、戯れに殺したり、性的略取や繋がりがある奴隷商人に売却したりする。
最悪なのは保存食として飼育されていたりする。
軍警察や領邦軍が保護しているが、故郷に帰るアテも無いらしい。
「それ以前にあんな連中、飼い慣らせるのか?」
重留二尉は以前にも皇帝派エルフのゲリラに殺されたスコータイ軍警察の隊員の検死に立ち合ったりしている。
ケンタウルスや皇帝派エルフ討伐に赴いた自衛官同僚の話を聞いて出した結論は、亜人種はとにかく自分達の信条に頑固なのだ。
鉱山に奴隷として送り込んでも面従腹背を貫かれた時に処刑や拷問が必要だと思うし、その行為は総督府が決して許さない。
正義云々では無く、日本が出来ないことを他がやるのを許しがたいからだ。
ようは難癖を付けたいだけだが、建前は大事だと重留二尉も考えていた。
観戦武官としての報告書にこのことは重点的に書き込もうとメモに記載しながら煙草に火を点ける。
持ち込んだ軽装甲機動車内で煙草を吹かしてると、車体をノックされて慌てて携帯灰皿に入れる。
転移後の日本では、それまでの禁煙ブームなどぶっ飛び、食欲を減衰させる喫煙行為は推奨されてしまった。
大人達は喫煙行為で食料を子供達に配分する光景が各家庭で見られ、健康を害した大人達も多数でた。
それも煙草の在庫が無くなり高騰化するまでで、転移により職も娯楽も失い、自棄になってた時代の象徴として、大陸進出後は再び禁煙ブームが起きて、喫煙者は再び肩身の狭い思いをしている。
車外に出ると、軽装甲機動車をノックしていたのは中年の上級騎士だった。
「何かご用かな?」
「我輩はトリビオン伯爵家に仕えし、この度の討伐隊の指揮官を承ったトマス・リカードと申します。
日本国の士官とお見受けし、意見を具申したい」
「そういうのは合同討伐隊司令部に言ってくれ。
こっちはただの観戦武官で、オブザーバーですらない」
「意見具申は却下されもうした。
故に地球側の雄の権威をお借りしたい」
話が面倒な事になりそうだった。
「参考までに具申した意見とやらは?」
「今すぐ捕虜を全て処刑すべきと具申しました」
それは確かに却下されるなと、重留は携帯灰皿に入れた煙草に再度、火を着けて吸い始めた。
「捕虜になった虎人達は老若男女全員、負傷して捕まった者達だ。
傷がある程度癒えた瞬間に暴れだしますぞ」
「なんだって?
ああ、じゃああれは不味いか」
重留二尉が指差した方向には赤十字のマークが描かれた複数のテントがある。
テントの内部では、負傷した軍警察や領邦軍、奴隷から解放された人間、重傷の虎人が別々に治療を受けている。
「さすがに軍医や衛生兵の治療程度ではまだ暴れないと思うが?」
赤十字のマークは野戦病院だとはトマスも聞いている。
しかし、基本的に魔術の使えない地球人では負傷者の治療は時間が掛かるものと認識していた。
「あれには独立都市の討伐隊が雇った冒険者や従軍神官が治療に当たっている。
使えるんだろ、治癒の奇跡が」
腰のホルスターからM1911自動拳銃 コルト・ガバメントを抜いて、虎人が治療されているテントに駆け出す。
事態を察したトマスも剣を抜いて後に続く。
テントの中には軍警察の隊員と領邦軍兵士が監視に当たっていたが、テントからは声が一切しない。
静かすぎると、テントの様子を外側入口を少し開いて伺うと、呂宋軍警察のベレー帽を被った生首が転がってきた。
咄嗟に拳銃を構えると、目の前には包帯だらけの虎人が右手の爪をこちらに向けて突進してくる。
重留二尉は三発の銃弾を浴びせて、虎人を地に伏せさせるが、さらにもう一人が突進してきていた。
「任せた」
「任された!!」
背後からトマスの剣を突きだし、重留二尉の右耳スレスレに虎人の眉間に突き刺さっていた。
テントの中を改めて見渡すと、四人の虎人に領邦軍兵士5名と従軍神官二人が血祭りに挙げられていて、女性看護師4人が泣き叫んでいた。
重留二尉の発砲にテントの外の呂宋軍警察の隊員が集まってくるが、虎人の突進の方が早そうだった。
大陸南部
虎人討伐隊キャンプでの負傷した虎人蜂起は、瞬く間に制圧された。
しかし、蜂起は呂宋軍警察キャンプだけでなく、サイゴンやガンダーラ、ブリタニカのキャンプでも発生し、犠牲者が出ていた。
「呂宋軍警察2名、サイゴン軍警察1名、領邦軍15名、従軍神官4名死亡。
ガンダーラやブリタニカは問題なかったのか?」
大陸南部の自衛隊を統括する大陸南部混成団団長の井田翔太二等陸佐は、帰還した重留二二等陸尉に問い質す。
大陸南部混成団は新設されたばかりの部隊だ。
大陸南部の事態に新京にいちいちお伺いを立てる無駄を省くべく、前線司令部としての機能が期待されている。
また、部隊規模の関係から他の大陸北部、西部、中央には同様の部隊は置かれていない。
「ブリタニカは油断せずに拘束や麻酔薬を投入したまま治療していたみたいで、暴れはしても大したことにはならなかったようです。
ガンダーラは見張りがグルカ兵二名で、暴れだした瞬間に6人の虎人の首をククリで切り落としたそうです」
「お、おう。
さすがはグルカだな。
その後の虎人捕虜だが……」
抵抗した虎人はともかく、捕虜の虎人を虐殺することは各軍警察、ブリタニカ軍も躊躇した。
『盗賊、海賊行為は王国法では死刑です。
我々に引き渡して貰いましょう』
トリビオン伯爵家領邦軍トマス・リカード騎士隊長の申し出はありがたかった。
他の領邦軍にも押し付けて、成年に達した虎人は盗賊行為に荷担したとして男女問わず首を刎ねられた。
「はっきり言って責任の放棄です」
「まあ、我々が参戦した作戦ではない。
貴官は良くやった」
日本としては利権に関わらない大陸南部の動向など勝手にやってくれな気分だった。
もしくは大陸南部で独立国を標榜する髙麗民国が監督すべきだとは内心考えている。
大陸南部の自衛隊を統括する南部混成団と言ってもアンフォニーの第6先遣中隊、イベルカーツの第9先遣中隊、リュビアに新設された第11先遣中隊。
各独立都市の共同基地管理小隊10個、各大使館付き武官、その他諸々1000名程度が指揮下にはいる。
混成団本部はサイゴン市に置かれていて、実働戦力は普通科一個小隊に過ぎない有り様だ。
「しかし、討伐作戦はまだ終わってないですよ。
逃亡した各部族が一ヶ所に集まりつつあります。
タイガーケイブと呼ばれる山中に戦士達を鍛える訓練施設のある部族の聖地だとか。
髙麗軍を主力に領邦軍と軍警察連合部隊が虎人主力を誘きだし、タイガーケイブにヘリボーンを仕掛けるようです」
主要な部族の集落を襲い、数を減じたとはいえ、虎人の戦士達は500はいると思えた。
虎人の集落はタイガーケイブを中心に円を描くように広がっていた。
これは略奪の為であり、獲物を狩り尽くすと集落全体を前進させていたのだ。
「部族の最弱の小虎族がタイガーケイブに一番近い集落になります。
交易中心の部族で、最弱すぎて他の部族が縄張りを先回りして略奪してるので緩衝地帯な立ち位置です」
第二次討伐作戦ではアルベルト市やドン・ペドロ市、エウロパ市、アル・キヤーマ市の軍警察が動員され、各部族を後退させている。
虎人十二部族中九部族が蹴散らされたが、強い部族が優先的に叩かれた。
「盗賊行為に荷担してないなら小虎族は討伐対象から外していいんじゃないか?」
「詳細のわからない部族なので、調査が必要ですね」
「交易ということは何か商品を扱ってるんだろ?
主力の商品は何だ?」
「略奪した品の転売を他の部族からの委託と奴隷です」
「公安に適当な奴隷商人を紹介して貰おう」
髙麗民国
任那道 李朝町
李朝町は本来、髙麗第6植民都市として建設された町だ。
しかし、移民対象者が規定人数に達していないとスコータイサミットで追及された結果、建設工事は凍結となった。
それでも髙麗の大陸における最前線基地として、真っ先に作られた国家警備隊用の基地は完成していた。
この基地に南部各独立都市からヘリコプターが集結していた。
髙麗民国国家警備隊所属
UH-60 ブラックホーク 12機
AW159哨戒ヘリコプター4機
リンクス哨戒ヘリコプター2機
Ka-32ヘリコプター2機
ヘリボーン要員198名
呂宋軍警察所属
SH-60J哨戒ヘリコプター2機
ヘリボーン要員24名
アル・キヤーマ市軍警察所属
S-70B-2哨戒ヘリコプター1機
ヘリボーン要員12名
ブリタニカ軍所属
SH-60J哨戒ヘリコプター2機4機
ヘリボーン要員24名
エウローパ市憲兵隊所属
AS 565多目的ヘリコプター1機
ヘリボーン要員10名
「思ったより少なかったな?
どの都市ももう少しヘリがあるはずだろ」
髙麗国国防警備隊第1軽歩兵師団第一軽歩兵連隊に所属する柳基宗少佐は、これまでの実積を買われて今回のヘリボーン作戦を指揮することになった。
しかし、想定以上にヘリコプターの集まりが悪いことに困惑していた。
「どの都市も転移前に持ち込んだヘリコプターばかりです。
整備や老朽化に問題が出てきて運用に支障が出て来ているそうです。
呂宋とブリタニカは日本や北サハリンから部品の取り寄せが出来ますが、それ以外のAS 565やリンクスといったヨーロッパ系の機体なんかは日本、北サハリンの部品混ぜあわせの魔改造機体ですよ。
よくあれで飛べるもんです」
「今から俺、それに乗るのに不安を煽るようなこと言うなよ。
ああ、虎の子のCH-47があればなあ。
本国は島ばかりだから仕方がないんだろうが」
髙麗民国国防警備隊は、第3軽歩兵連隊が他都市の各中隊や領邦軍と虎人主力を誘引し、柳基宗少佐のヘリボーンが聖地タイガーケイブを陥落させる作戦だ。
高句麗市に配備された国防警備隊第2戦闘航空団の戦闘爆撃機F-15K 3機とF-4E 3機も出撃準備を整えている。
負けるはずがない必勝の構えだった。
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