第172話 逆撃
大陸南部
タイガーケイブ上空
南部独立都市連合のヘリボーン部隊のヘリコプター28機が、270名の隊員を輸送して飛行していた。
「先行した空爆隊が爆弾を投下!!
命中!!」
髙麗民国国防警備隊第2戦闘航空団の戦闘爆撃機F-15K 3機とF-4E 3機による空爆が、虎人達が立て籠る聖地タイガーケイブと呼ばれる山中の洞窟とその周辺の建物を焼き払う。
「『捉虎甲士』突入せよ、突入せよ!!」
捉虎甲士は今回の突入部隊に名付けられた部隊名だ。
捉虎甲士とは、1416年、太宗王の時に朝鮮全土で虎の被害が多発した為に作られた虎狩り専門の部隊のことだ。
「御大層な名前だ。
おら、野郎共抜かるなよ」
着陸したヘリから柳基宗少佐が指揮する髙麗民国国防隊や他独立都市の部隊が降りてくる。
燃え盛る集落から数人の虎人が躍りかかってくるが、柳少佐は冷静にM16自動小銃で射殺していく。
一通り、射殺した後に敵の後続が続かないのと、他の味方の発砲音が少ないことに気がつく。
「まさか」
走り出す柳少佐に部下達が続くが、発砲音はほとんど聞こえない。
翼の生えた虎の銅像の足元にタイガーケイブの入り口がある。
「空爆が直撃……
したわけじゃないな?」
ならばなぜ敵の抵抗が少ないのか、答えは一つしかない。
「もぬけの殻かよ!!」
突入した柳少佐達は、タイガーケイブや集落のなかにも女子供を含む虎人達の姿を確認できなかった。
「少佐、空爆を終えたF-4Eが、翼の生えた虎に虎人達が乗って空中を移動していると連絡が!!」
「空飛ぶのかあいつら?
ふん、今さら俺達にどうにか出来るか!
第3軽歩兵連隊にも伝わってるな?
空を警戒しろと改めて連絡しろ」
前線
髙麗民国国防警備隊
第3軽歩兵連隊陣地
塹壕や土嚢、鉄条網で構成された陣地で、密林に潜む虎人族を狙い撃ち作業に専念していた。
「あん、虎共が空から攻めてくるだと?
ファンタジーも大概にしろ」
第3軽歩兵連隊連隊長李昌善大佐は、通信機を片手に怒鳴り付けるが、観戦武官の自衛官陸上自衛隊鉄道連隊第4中隊隊長の中台一等陸尉からモンスターの資料が映し出されたモバイルを見せられる。
「チョンチー?
本当にいるのか、こんな生き物」
「もうこの世界では慣れましたよ。
漢字で『窮奇』、地球人冒険者が発見し、そのフォルムから古代中国の奇書、山海経から命名されました」
「全く、バラエティーに富んだ生態系だよ。
各隊、対空監視を厳にしろ。
見付け次第攻撃していい」
そうは言っても第3軽歩兵連隊にはロクな対空装備は無い。
小銃や機関銃で弾幕を張るしかない。
しかし、虎人の空中集団はいつまで立っても現れなかった。
サイゴン市
陸上自衛隊大陸南部混成団 司令部
「各地に派遣した観測員や地球人冒険者、現地ビジネスマンより、通報が来ている。
アルバレス侯爵領、シルベール伯爵領、トリビオン伯爵領、パプリーアス子爵領、モーリッツ男爵領、カリアゲル男爵領、アンフォニー男爵領に虎人の集団が空から襲来。
領邦軍と交戦状態に入った。
こちらの予想よりも連中多いぞ。
三倍はいる」
大陸南部混成団団長井田翔太二等陸佐は、次々報告される情報から対応を考えるが、アンフォニー男爵領以外は日本の保護対象から外れていることに気がついた。
「第六分屯地には現地邦人の保護を最優先しろと命令。
あそこは現地領政府に仕官したり、誘致された企業がいたりと邦人が多いからな」
「各分屯地にチヌークが派遣されてるそうです。
戦力を抽出される前で良かった」
「全くだ。
しかし、他の領邦に邦人がいないとは限らない。
各分屯地には情報を収集しながら救出部隊を編成させろ」
各邦人が持たされているモバイルに安否確認メールが送信されることになった。
大陸南部
アンフォニー男爵領 領府城館
翼虎に乗って、飛来した虎人の軍団の一つ、彘虎族は牛のような尻尾が特徴の部族だ。
一匹の翼虎に二~三人の虎人が乗っており、男爵領で一番目立つ建物である領府城館の屋根や城壁に飛び降りて領邦軍の衛兵を蹴散らしている。
比較的、領邦軍に銃兵の多いアンフォニーだから抵抗を続けられているが、制圧されるのは時間の問題だった。
「いきなり本丸に攻め込まれるとは、城の存在意義がなくなりそうですね」
悪態を付く代官斉藤光夫に男爵夫人であるヒルダは呆れ返る。
「随分、余裕を見せてるけど、館内に入られたら勝ち目は無いわよ」
ヒルダは祖父フィリップから貰った魔法が付与された剣を抜いて、敵が館内に侵入してきた時に備えている。
アンフォニーの領邦軍は、日本人内政研究会『サークル』の手に寄って近代化を進められていた。
ハイライン侯爵領に工場を作り、エルフ大公国の技術支援で入手したリー・エンフィールド小銃やウェブリー・リボルバー拳銃、フリントロック式擲弾発射器を分家であるアンフォーニー男爵領邦軍にも装備させた。
元自衛官の同志を軍事顧問に散兵戦術やゲリラ戦、車両を使った機動戦、都市防衛を訓練させたが、ここまで見事に奇襲されては活かし様がない。
「まあ、普通の城館ならもう陥落しています。
鉄筋コンクリート製のこの館は簡単には侵入できませんよ」
各窓にはシャッターが取り付けられ、廊下の複数箇所は防火扉で封鎖できる。
何よりヒルダの寝室や執務室は、一時的に避難する為の少人数用シェルターの一種、セーフルームとして機能するようになっている。
「時間さえ稼げれば……
おや、思ってたより早かったな」
外から連続する銃声が聞こえ、翼虎に弾膜を張りながら、城壁の彘虎族を薙ぎ倒していく。
こんな事が出来るのは、領都に分屯する日本国自衛隊第6先遣隊しかいない。
軽装甲機動車に乗った第6先遣隊隊長柴田一等陸尉は、上面ハッチの機関銃手に援護させながら同乗していた二人の隊員と降車し、彘虎族を撃ち倒していく。
同様に後続の二両の高機動車も隊員を降車させて戦闘を始める。
柴田一尉は携帯電話を取り出し、内部の斉藤と連絡を取る。
「そっちは持ちこたえれそうですか?」
『ええ、おかげさまで。
ですが館の内外で衛兵やメイドさん達が襲われてるかもしれません。
救出をお願いします』
アンフォーニー男爵家のメイド達は、斉藤達『サークル』メンバーが趣味的に厳選した見目麗しい女性達ばかりだ。
これには隊員達も奮起し、積極的に彘虎族の駆逐を早める。
『しかし、随分早いお越しですね?』
「実は虎族討伐の援軍として出撃準備を終えてましてね。
向こうから来てくれたんで、そのまま戦闘に突入ですよ」
第6分屯地も襲撃されたが、隊員達が完全武装が完了しており、瞬く間に襲撃者達を殲滅した。
「飛んで火に入る夏の虫でしたな」
市街地を襲撃した彘虎族を蹴散らし、掃討する戦力を残しながらも城館を救出する戦力を抽出出来るくらいだった。
「ただ、他はこちらほど上手くはいかないでしょうがね」
すでに隊員達は館外の彘虎族を圧倒し、館内に侵入した敵を一方的に掃討している。
「貴様が大将か!!」
怒声とともに一際装飾の多い鎧を着た彘虎族の虎人が、槍を振り回しながら突撃してくる。
「一等陸尉だ!!
誤解を招くようなことを言うな!!」
9mm拳銃で銃弾を、眉間に撃ち込んで倒すと、他の虎人達が
「族長!!」
「族長がやられたあ」
等と騒ぎ出す。
「大将はお前じゃないか」
柴田一尉は呆れたように呟いていた。
大陸南部
モーリッツ男爵領
モーリッツ男爵家が居館としていた館は、羅羅族と呼ばれる青い体色の虎族に襲われてる炎上していた。
衛兵達はことごとく噛み殺され、モーリッツ男爵は体を数ヶ所噛まれて門前に引きずり出された。
門前には領都の民衆が集められ、公開処刑の場と化した。
「この町の領主は弱かった。
だから我々の足元にひざまづいている。
これよりこの町の全ては我々のものだ。
その証をこれより見せる!!」
モーリッツ男爵は民衆の前で首を跳ねられ、門の前に晒された。
モーリッツ男爵家は南部では武闘派として知られた家だ。
かつてはエウローパ市前市長アントニオ・ヴェッサローニに娘が肉体関係にあった事が発覚し、兵を挙げたこともある。
領都にいた兵士や騎士達、一族の男達は、全員が戦いを辞めずに戦死した。
居館や領都では、抵抗したり逆らった住民が虐殺され、女性は略奪、子供は餌か奴隷として捕獲の対象とされた。
意外に好戦的な住民が多く、羅羅族の族長は損害に眉をしかめていた。
男爵の正妻とその子供達は王都ソフィアの屋敷、妾とその子供達は新京にいたので難を逃れていた。
アントニオ前市長と情交を結んでいた男爵令嬢は勘当されていたが、エウローパ市において男爵家が貸しを印象付ける為に捨扶持を与えて住まわせており、難を逃れていた。
彼女は故郷の危機をいち早く知り、エウローパ市に援軍を求めることになる。
同時に彼女は、陸上自衛隊水陸機動大隊隊長長沼一等陸佐の名刺も持っていた。
モーリッツ男爵領に隣接するカリアゲル男爵領も虎人の白虎族に襲われていたが
「おい待て、貴様!!
それでも貴族か」
白虎族の頭領らしき虎人が叫んでいるが、馬車に乗った男爵は意にも介さず、領都の門を突破する。
『後世に残る逃げっぷり』と言われるなりふり構わぬ逃走で男爵とその家族は難を逃れていた。
領館や領都では虐殺や略奪が行われていたが、男爵一家は隣の村で兵士達を集めて逃亡を続けることになる。
大陸南部
サイゴン市 在サイゴン日本国自衛隊駐屯地
南部混成団司令部
司令部に詰める井田翔太二等陸佐は、思わぬ虎人達の反撃に苦笑いを浮かべていた。
「やっぱり高麗を始めとする南部独立都市連合にはまだ外征
は無理だったか」
「個々には観るべきものがあるものの、実質的な兵員不足、装甲機動戦力の欠如、後方支援部隊の脆弱性、北サハリンや華西比べて見劣りします。
高麗は下手に本国があるのが、足を引っ張ってる感じです」
地球由来の領土はあるが、本国を大陸に移した華西と豊富な戦力を元々有していた北サハリンとは条件が違う。
幕僚の分析に頷きながら対応を考える。
「パプリーアス子爵領は自力で持ちこたえれそうだな」
「例の一騎討ちで家督を継いだ子爵殿がいるところです。
どうも子爵殿の個人的武力で退けたようで、一騎当千の活躍ぶりだとか。
シルベール伯爵領はケンタウルス自治伯軍の援軍で撃退したようですが、面白いですよ。
ケンタウルス達が銃騎兵と化しています。
数はそこまで多くはないですが、虎人達を蹴散らすには十分だったようです」
モニターにはケンタウルス達が戦場を縦横無尽に動きまわり、軽弓騎兵の良さを殺さずに騎兵銃を扱っている。
「おいおいあの銃は四四式騎兵銃じゃないか?」
四四式騎兵銃は三八式歩兵銃の騎銃型、三八式騎銃をベースに騎兵用に特化させた銃だ。
明治時代の軍用銃が大陸に出回り始めたのは把握していたが、ケンタウルスまで使い始めたのは聞いてとなかった。
「 今回、虎人が翼虎を使用してヘリボーンの用な攻撃を行いましたが、今までの事例で彼等がこのような運用をしたことはありません。
あれは我々の真似をしたものだと考えられます」
「だんだんやりにくくなってくるな。
それはそうと、そろそろうちの連中が接触する頃じゃないか?」
自衛隊が派遣したのは今回の争乱で唯一参戦しなかった虎人の部族の集落だった。
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