第173話 小虎族
大陸南部
自衛隊第6先遣隊から派遣された普通科小隊は、CH-47J 大型輸送ヘリコプターで密林の上空を飛んでいた。
「いけどもいけどもジャングルだな。
道なんて無いが、本当にこんなところに集落なんてあるのか?」
部隊を預かる鹿又二等陸尉は窓から密林を見降ろし、途方にくれていた。
今回の紛争に参加していない虎人族唯一の部族、小虎族。
彼等と接触し、停戦への窓口となってもらう為に捜索することになった。
彼等の所在は奴隷商人をひっ捕まえて吐かせている。
小虎族自体は虎人が行っている盗賊行為は行わないが、彼等が略奪してきた人間や物品を商人に売り渡す仲介を生業にしている。
つまり人と交渉できるのだ。
奴隷商人と商談を行うジャングルに開けた広場のような場所があると聞き出し、該当地を上空から探していた。
「隊長、少し開けた郭のような場所がありますが」
「ヘリは着陸できそうか?」
別の窓から探していた隊員が見つけ出した広場のような空間は、大型ヘリコプターを着陸させても問題無さそうだった。
「周辺を警戒しつつ、捜索を開始する。
怪しいものがあったらすぐに知らせろ」
だが広場に着陸してヘリから出ると、すぐに広場外縁に隠された小屋が散見された。
「無人か?
いや、見てるな」
ジャングルの奥から複数の視線や殺気を感じる。
このままではらちがあかないので、拡声器を持って呼び掛ける。
「我々は日本国からの使者である。
今回の紛争の仲介役として馳せ参じた。
虎人側からも交渉役を要望したい」
ジャングルの奥から数人の影が見える。
「応じないならば?」
「我々も紛争に参戦して、虎人族の抵抗勢力を殲滅する。
我々にはそれだけの兵力と武器がある。
今、諸君等が戦っている高麗民国、南部独立都市連合、貴族の領邦軍の戦力を遥かに越えている」
交渉というより脅しだなと鹿又二尉だと苦笑する。
総督府の外務局をこんな危険な地帯に派遣できないから力ずくの交渉しかない。
「そんなに脅さなくとも日本国の力は知っている。
我々は外とも接触はあるからな」
そんな声と共に彼等は密林の奥から姿を現した。
虎人にしては小柄な体躯だが、その容姿に隊員達は驚愕する。
「半獣人だ」
「本当にいたのか」
「ケモ耳美女だ」
うるさい隊員達を黙らせるが、鹿又二尉も驚いている。
これまでの虎人は虎の顔に体躯で、二足歩行で言葉を話す獣人達だった。
これは狼の獣人であるビスクラレッド族や海棲亜人も同様である。
顔が人間の特徴が強く、 耳や尻尾がついただけの度合いの者は半獣人と呼ばれ、ケンタウルスやハーピー、ラミアが該当した。
「我等は生来からの半獣人の種族ではない。
部族の者が略奪した人間と戯れに産ませた子供の寄り合い所帯だ。
故に我等は小虎等と侮られた名を付けられて放逐された」
確かに人の血が入っているからか、他の虎人と比べれば彼等の体躯は小さい。
日本人の平均よりは少し大きい程度だ。
獣人達も自分達が孕ませ、産ませた女子供には多少の情が湧いたのか、小虎族の集落に放逐するに留めていた。
その為、集落内で代を重ねる事に人に近い容姿になっていった。
「人に近い容姿だから、商人達との商売も任せられ必要な物を手に入れる。
しかし、停戦か。
我々としてはどっちも滅んでしまえ、としか思えんがな」
虎人から搾取と虐待を、人間からは迫害を受けてきた彼等ならではである。
「いっそ虎人そのものを支配する気は無いか?」
「なるほど我々に矢面に立たせて、面倒事を押し付ける気か。
御免被る。
我々は出来れば静かに生きていたいだけだ」
とりつく島も無い有り様に鹿又二尉は、途方にくれる。
「まあ、我々は言ったように寄り合い所帯だ。
奴等に復讐心を抱いてる者も少なからずいるし、略奪品による交易が途絶えると困る者が多いのも事実だ。
さあ、使者殿は我々に何を提供出来る?」
隊員の一人、狩野一等陸曹は一人の半獣人の美女に見とれていた。
獣の耳は人間の耳と同じ位置にあり、頬には虎縞の模様が見て取れるワイルドな美女だ。
腰布からは尻尾が穴を開けられて伸びている。
「なんだお前、さっきからジロジロと」
「あ、あの、その……
結婚して下さい」
いきなりのプロポーズに美女の後ろで睨み付けていた半獣人達も周囲にいた隊員達も呆気に取られて固まっている。
「自分は日本国陸上自衛隊一等陸曹、狩野秀俊と言います。
お嬢さん、お名前は?」
「ア、アディーバだ。
おまえ、正気で私に嫁に来いと言ってるのか!!」
「私が婿に行くのでも構いません」
若い者達のやり取りを鹿又二尉と、小虎族の代表も呆れて見ていた。
「あいつをここに置いて提供としましょうか?」
「アディーバは俺の娘なんだが、お前ら本気か?」
「総督府に問い合わせて見ますよ。
状況が動かせるなら総督府も本気になるかもしれません」
日本国
茨城県阿見町
陸上自衛隊土浦駐屯地
土浦駐屯地はその名に反して土浦市に無い。
土浦市にあるのは霞ヶ浦駐屯地なので、名称を逆にした方が良いのではという意見はあるが、旧帝国陸軍時代からの名称を引き継いでいるので簡単には行かないようだ。
現在は土浦駐屯地に第35普通科連隊第1大隊が駐屯している。
この駐屯地も連隊の定員が拡充される為に駐屯地自体の拡充を行いたかった。
しかし、近隣の耕作地に手を付けることは食料事情を考えると許されない。
逆に隣接する自動車学校は、燃料事情から閉校となり、敷地を接収している。
予科練平和記念館はそのままに平和記念公園も駐屯地敷地として確保した。
元々駐屯していた武器教導隊は富士教導旅団に合流して引き払っている。
さすがに連隊全部を受け入れる敷地は確保出来なかったので、霞ヶ浦駐屯地に第5中隊を第1飛行中隊とともに駐屯させている。
「大陸から妙な打診が来たが、派遣された隊員が半獣人の嫁取りをするから、駐屯地近所のご実家に了承を得てこいと?」
連隊長浅水一等陸佐は、防衛省経由のすっとんきょうな命令に頭を抱える。
「役人が行けよ、こういうのは」
「隊員の父親が土浦市の自警団団長なんです。
怒らせると戦車で乗り込んできますよ」
土浦市に限らず、近隣自治体の自警団は戦車を保有している。
元々はこの駐屯地に屋外展示していた展示品をレストアしたものだ。
土浦市自警団に譲渡されたのは、M24チャーフィー軽戦車で、第二次世界大戦時にアメリカが開発した軽戦車である。
日本では警察予備隊創設時に供与がされた品だ。
退役後も各地の駐屯地に展示保存されたが、皇国との戦争が始まると銃後の本国を守るために展示戦車がレストアされて戦車大隊が創設された。
戦後に第16師団が創設されて、第16戦車大隊に配備されそうになったが
「さすがにそれは無い」
との当時の防衛大臣の意向で却下された。
その後の展示戦車達は地元や近隣の自警団に譲渡されていった。
「取り敢えず菓子折りを用意してくれ」
狩野一曹の自宅を訪れた浅水一佐は、やはり近隣の自警団に譲渡された戦車をかき集められた戦車中隊で、出迎えられ面食らう羽目になる。
「うちの三男坊の門出だ。
花婿行列として、これだけの戦力を参列させれば箔がつくかい?」
狩野父の思わぬノリノリな態度に改めて浅水一佐は頭を抱えることなる。
「じ、自衛隊は船は用意できませんからね」
と、言うか用意したくない。
そう言い返すのが精一杯だった。
「ああ、問題ない。
あてはあるから」
日本国
新京特別行政区
新京港
石狩貿易本社船『クリスタル・シンフォニー』
石狩貿易CEOにしてこの船のオーナー、乃村利伸は本国から打診された依頼に爆笑して承諾した。
「正直、利益としては低いので断って欲しかったのですが」
企画部長の外山は苦言を呈してくるが、乃村は取り合わない。
「カーフェリーの1隻でも用意してやれば問題ないだろう?
今後予測される大陸南部利権に食い込めれば元は取れるさ」
「本心は?」
「こんな面白そうなことに関わらないなど有り得ない。
もっと話をでかくして派手にやろう」
そう告げると、携帯電話を手に防衛大臣秘書である愛妻に電話を掛ける。
「ああ、昭美?
会えなくて寂しいよ。
え、用件を先に?
ちょっと親父のコネを借りたくてね。
いや、知人の結婚式にサプライズのお手伝いを求められさ。
結婚式のサプライズはトラブルの種だからやめとけ?
いや、そのトラブルを解決する為だからさあ」
日本本国
滋賀県 県庁
滋賀県の防災部部長山浦は、市の自警団団長を務めている。
本来、自警団は自治体の条例に基づき設置されている。
本業を別に持つ一般市民で、市町村における非常勤地方公務員である。
ただ滋賀県の場合は、海に面してない内陸県であることから、モンスターの脅威が低いと判断され、県で自警団を一元管理していた。
実際に滋賀県に出るモンスターは死霊系絡みが多く、比叡山延暦寺が組織した僧兵団の方が出番が多い。
山浦は県知事に呼び出されて、防衛大臣や土浦市自警団から依頼された内容に怪訝な顔をする。
「これは公的財産の私的利用になりませんか?」
「名目は大陸における観光はアピールの協力要請と自警団合同の演習だから法的問題はクリアしている。
なにより国益と国際貢献という大義名分も最もらしく用意されている。
それで、実際のところ可能か?」
普段は出番の無い滋賀県自警団だが、虎の子の61式戦車を保有していた。
これは高島市にある陸上自衛隊
今津駐屯地に展示していた車両だ。
この世界に転移してきたのを切っ掛けに始まった皇国との戦争による銃後の備えとモンスター対策の為に譲渡されたものを使えるようにしたものだ。
「問題ありません。
妙に熱心な団員達が十年掛けて、部品のレストアや整備を行ってきたのです。
現役時代より動けますよ」
パレード用と揶揄されてきたが、その真価を見せる時と山浦は不敵な笑みを溢す。
「わかった。
神戸の港に運搬船が来るから伊丹市自警団の61式戦車と合流して大陸に出張してくれ。
輸送は今津駐屯地の連中が手伝ってくれるそうだ」
今津駐屯地には陸上自衛隊第3戦車大隊と第3偵察中隊が駐屯している。
人員が増えたので、第10師団隷下の部隊を追い出し、10式戦車25両を運用しているので、61式戦車の輸送などお手の物だ。
「伊丹市の連中に声が掛かってるんですか?」
「それどころか和泉市、小野市の輸送も今津駐屯地の連中がやるらしい。
他の地方も似たような状況らしいぞ」
日本国
長崎県 佐世保市
海上自衛隊佐世保基地
「自警団戦車隊の護衛?」
そう命令されたむらさめ型護衛艦『いかづち』の艦長吉村二等海佐は怪訝な声をあげる。
「正確には自警団戦車隊の運搬船の護衛だな。
ちょうど大陸に向かう移民船団に紛れ込ませる。
『いかづち』も同行するのだから覚えといてくれ」
護衛艦『いかづち』の第4護衛艦隊、最期の任務としては妙な案件を持ち込まれてしまった。
「その運搬船とやらは今どちらに?」
「ここだ。
その窓から見えるぞ」
吉村二佐が窓から港を見ると、お馴染みの防衛フェリー『はくおう』に駐車している戦車が乗り込むところだった。
壮行の団体なのか、多数の民間人が手を振ったり万歳を三唱していたりしている。
「我々は太平洋戦争中にタイムスリップしたんでしたっけ?」
「異世界に転移したんだ。
戦車も61式戦車だから間違いない」
集まっている民間人達はそれぞれに久留米市、玖珠町、吉野ケ里町の旗を掲げている。
吉村二佐の目には何かの冗談にしか見えなかった。
「やっぱりタイムスリップだったんじゃないですか?」
「ん?」
「シャーマンやチャーフィーがいますよ」
玖珠町自警団が持ち込んでいたM24チャーフィー軽戦車とM4中戦車 シャーマンがフェリーに乗り込む光景には、さすがに佐世保地方隊総監も目を丸くしていた。
玖珠駐屯地の第4戦車大隊の面々が輸送に協力動員されたらしく、任務を終えて座り込んでいる隊員達が仮設テントの下にいるのに温度差を感じる。
玖珠駐屯地も隊員の増員やや10式戦車の増大により手狭になっており、展示戦車を自警団に引き渡していた経緯はある。
「シャーマンって、確か土浦や横須賀にもあったよな。
そっちも動員されてるのかな?」
横須賀のM4中戦車 シャーマンは、元は防衛大学に寄贈されていた車両で2010年代前半にテレビドラマに映ったこともある。
やはり横須賀市自警団に譲渡されており、今回の動員にも参加している。
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