第174話 戦車悪のり狂想曲
日本国
首都 東京
市ヶ谷 防衛省
「意外にまだ動ける61式戦車って残ってたんだな。
こんなに集まるとは思ってなかったぞ」
防衛大臣乃村利正は、次男と土浦市からの要請により、全国の自警団に声を掛けたが、予想以上の集まりに困惑していた。
全国から集められた61式戦車の数は25両にも及ぶ。
この悪ノリに乗らなかった自治体は白い目を向けてきたが、整備の問題から参加を見送った自治体は次回には是非、と、対照的な反応を示してきた。
「ほとんどがまともに動かない筈の展示物の筈だったのですが、情熱の一言で部品の再生産、共有化、魔改造で使えるようにしたようです。
転移前にちょっとした戦車ブームで、有志がレプリカを造ったりしてたんですが、転移後に必要に迫れて本気で使用可能にしたようです」
「マニアって怖いな」
自警団戦車の輸送に手配をさせられた統合司令哀川一等陸将が、呆れた声で答えてくる。
「自走砲を保有している自警団からは出番はないのかと問い合わせがありましたが、船に積めないからと断っておきました」
秘書の白戸昭美の采配に二人は称賛の声を挙げる。
「たぶん警察がやってるんだろうが、一度自警団の連中が何を保有しているのか査閲する必要があるな」
元々自警団に供与された旧自衛隊兵器は、あくまでも自衛隊や警察がモンスター災害等の有事の際に動員されるまでの対処を期待してものだ。
いざとなれば自衛隊に返還されて、現役復帰する事が前提だ。
自衛隊の人員拡大により、各地の駐屯地が手狭になっており、展示車両にスペースを割けない事情もある。
そして各地の自警団からは演習の要請があったのは確かだ。
普段の訓練で戦車を公道で走らせるわけにもいかず、火砲をぶっぱなすわけにもいかない。
自衛隊の演習地等は自衛隊自体のスケジュールで貸し出すことも難しい。
「しかし、虎人の領域は紛争地なんですが、大丈夫なんでしょうか?」
「たぶん大丈夫だ。
領域はそもそも密林地帯で戦車の乗入れは出来ない。
小虎族自体に外縁部に出てきてもらう。
まあ、その前に各領邦に打って出てきた他部族の掃除は必要だな。
運搬船の大陸到着まで10日は掛かる。
それまでに始末をつけろ」
「我が国としてはそれで良いのですが、高麗と南部独立都市連合の不甲斐なさは問題です。
タイガーケイブに投入したヘリボーン部隊も同地の制圧に兵力を割かれ、正面に展開していた筈の高麗の国防警備隊第3軽歩兵連隊も機動力の不足から動けないでいる。
外側からチマチマ削り取っていった方がマシでした」
「国際共同旅団構想をいよいよ打ち出す頃合いかな?」
大陸東部
新京特別行政区
陸上自衛隊大陸東部方面隊司令部
司令部の会議室に呼び出された第16施設大隊隊長岡部三等陸佐と第17施設大隊隊長戸塚三等陸佐は、机に置かれた地図を見て頭を抱えていた。
「旧式戦車が通れるように道を舗装しろ?
最寄りの駅から150キロですよ」
「東部なら民間業者に協力も頼めるが南部じゃそうはいかない」
二人は生粋の施設科畑の隊員で、岡部三佐の方が一期上にあたる。
その二人が悩むように、この道路工事は難航が予想された。
まずは重機の移動だけでも厄介だ。
今の施設大隊はそれぞれ600名の隊員が所属している。
昼夜兼行でやればどうにかなるかもしれないが、留守部隊も残さないといけない。
「しかし、嫁取りに行列とは普通逆じゃないか?」
「東北とかじゃ一部あったはずです。
海自や空自に重機の輸送は協力させましょう。
応援に第16師団と第17師団の各連隊からも一個中隊が応援に来てくれるが、誰が行くかで大揉めになっているらしいですよ。」
「有事でもないのに話が急すぎだよな」
本土の古河駐屯地から第1施設大隊も応援に来てくれるが、大陸の風土に明るくない彼等には、留守居を任せることにした。
「しかし、十日じゃどうにもならんだろ」
出発から現地到着まで四日は掛かりそうだった。
「最初からうちの戦車大隊じゃ駄目だったんですかね」
第16戦車大隊は74式戦車、第17戦車大隊にはT-72戦車が配備されている。
転移前は戦車部隊は縮小の傾向にあったが、陸上自衛隊自体の拡大により、部隊の統合などは無くなった。
むしろ部隊数も隊員数も大幅に増加した。
大陸に派遣される可能性から戦車部隊も維持されたが、拡大した分、戦車の数は足りてない有り様だ。
『いつになったら来るのか10式』などと皮肉られている。
「まあ、今回は花婿の父親が動員できる戦力の意味合いが強いからなあ」
「旧式、旧式と言っても中身は現代技術で複製した別物じゃないですか。
装甲や機動力なんか当時の物とは比べるのもおこがましい
。
半分くらいは文化財扱いだから保護が目的ですよ、これ」
大陸南部
モーリッツ男爵領
虎人の一部族である羅羅族に制圧されたモーリッツ男爵領は、領都にいた男爵や一族、主だった家臣の男は全員殺された。
住民達も食料にされたり、陵辱の日々に怯えることになった。
僅かばかり生き残った領邦軍も王都ソフィアや新京にいる男爵一族を旗頭に戦いたかったが、伝令を辛うじて独立都市エウローパに送れたのを最後に羅羅族の猛攻に追い込まれていた。
男爵領は東京都ほどの広さだが、住民は4万人ほど。
最大の都市の領都は一万人ほどで、ここは既に陥落。
残りの町や村が占領されずに残っているのは、羅羅族が領都の住民を消費尽くして無いからだった。
それでも守勢に回ることは不利だと悟っているのか、毎日のように近隣の町や村の守備隊に襲いかかり、その戦力を削るのに余念がない。
「若い女以外はだいたい食いつくしたか」
「じゃあ、次の町を落とそう。
もうロクに戦える奴はおるまい」
羅羅族の戦士達は、青い虎にまたがり、男爵領第二の町リッグスに向けて進軍する。
その騎虎軍団のスピードは、騎馬隊と比べても遜色は無い。
街道が通る森の出口に三脚に乗った複数の箱が彼等の前に現れた。
森からの伏兵を警戒していた羅羅族だが、出口にある奇妙な箱には、警戒をしてなかった。
最初の一箱目が爆発するまでは。
指向性散弾 障害II型は、箱状ケースを爆発させて複数の金属球を前方方向へ飛散させる仕組みだ。
クレイモア地雷に似ている。
ただし、クレイモア地雷より大型で威力は大きい。
指向性散弾 障害II型は無線機リモコンによる遠隔操作の為に羅羅族の索敵範囲をはるかに越えていた。
「虎狩りの時間だ。
第一中隊は正面から迎え撃て、第二中隊は森の奥から退路を断て」
水陸機動大隊隊長長沼二等陸佐は、どうにか持ち込んだ水陸両用強襲輸送車AAV7のハッチから顔をだし、無線機で指示を出す。
AAV7のM85機関銃を乱射しつつ前進して、軽装甲機動車やら高機動車がそれに続く。
各車両から降車した隊員が確実に羅羅族の戦士達を撃ち取っていく。
「指向性散弾じゃ、思ったより仕留めきれてないな。
皮下脂肪が厚いんからか?
各人、死んだふりに騙されないように死体にも銃弾を撃ち込んどけ」
名目は大隊だが隊員は二個中隊しかいない水陸機動大隊から犠牲者を出すわけにはいかない。
隊員補充は難しいのだ。
隊員達は隊長の薫陶が厚いらしく、五体満足な死体には9ミリ自動拳銃で銃弾を撃ち込み、たまにあたりをひいては連射して仕留めてまわっている。
「長沼様、町の領邦軍も出撃準備が整いました」
一族を勘当されたはずの男爵令嬢が礼を言ってくる。
長沼二佐は、この男爵令嬢が情事に耽っている時に突入した経緯があり、些かバツが悪い気分だった。
「いいから引っ込んでろ。
爆発に巻き込まれるぞ」
森に潜んでいる第二中隊が迫撃砲を使って、羅羅族の後背を叩いている。
中隊の定員を充たせてないので、突入はさせずに遠距離からの攻撃に徹させている。
「それにしても本当に来てくれるとは思いませんでした」
「呼んどいてそれは無いだろう?
まあ、ローザマイン女史の政治力が無いと無理だったんだが」
ハーベルト公爵家夫人ローザマインは、総督府と王国に何かの仲介を申し出て自衛隊の出動となっていた。
「最もこちらとしては道路工事に駆り出されるよりマシだと、渡りに船だったんだがな」
モーリッツ男爵領奪還後は、不甲斐ない南部独立都市連合軍を鍛え直す予定だった。
大陸南部
カリアゲル男爵領
カリアゲル男爵領は虎人でも有力な部族白虎族の攻勢に抵抗を続けていた。
すでに領都や幾つも町や村が陥落しているが、男爵自身は無傷で転戦して、指揮を採り続ける。
勇猛な白虎族の戦士達からしたら
「あいつ、また逃げやがった!?」
「いいかげんにしやがれ!!」
せっかく町や村を占領しても男爵や領邦軍を追撃するために略奪どころではない。
おまけに占領地を維持する為に最低限の戦士達を残さないといけないので、兵力が削られていく有り様だ。
反対に領邦軍は占領地から脱出した領民を武装させて、その戦力は日増しに増大させていた。
「いよいよ反撃の時だ」
そう呟く男爵に領邦軍の幹部達は、胡散臭い目でみる。
「見よ、これだけの我が軍に対し、数を減らした奴等を蹴散らすのは容易い。
その勢いで占領地を取り戻すぞ。
突撃!!」
白虎族に突入する領邦軍は、突入するはしから蹴散らされていく。
「閣下?」
「まだだ、もう少し粘れ」
家臣達が不審な目を向ける中、ローター音ともにMi-8M 多目的ヘリコプターが現れ、12.7mmガンポッド 2基が白虎族の軍勢を掃射する。
その間に二機のCH-47 チヌークが飛来し、着陸して自衛隊の隊員達が降りてくる。
「横に広がりながら領邦軍を援護しろ!!
前に出るな、擲弾、一斉射、撃て!!」
天領イベルカーツに駐屯する第9先遣隊、千堂三等陸佐に率いられた普通科2個小隊だ。
擲弾に吹き飛ばされてもなおも立ち上がる虎人を銃撃して仕留めていく。
勢いを取り戻した領邦軍の偉そうな鎧を着てた男に駆け寄り、問い質す。
「日本国より、援軍として派遣された千堂三佐です。
男爵殿は何処におわします?」
些か古風に言ってみたが、騎士達が困惑する空気が伝わってくる。
「あ~、我等が男爵殿は先程の爆風で馬が驚いて暴走して、あちらに……」
バツの悪そうな騎士が指差す先には、立派な白馬に乗った男爵が馬を制御できずに慌てながら敵本陣に突入する勇姿だった。
「立派な最期であられた」
「いや、助けに行けよあんたら!!」
男爵当人は馬にしがみついたまま本陣を駆け抜けて、生還した。
駆け抜けられた本陣は大混乱で潰走、自衛隊、領邦軍の勝利を決定ずける戦果となった。
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