第175話 道路
大陸南部
髙麗国 李氏町
陸上自衛隊大陸東部方面隊施設団により開始された道路工事は、髙麗国任那線の終着駅李氏駅から開始された。
目的は日本本国から訪れる自警団戦車隊が通れる道を舗装することである。
李氏町の北門ゲートの街道から造り始り、国防警備隊工兵中隊も工事に加わっている。
「ご存知じの様に任那道最北端のこの町は、将来的な人口増加を想定した予備の町であり、住民は国防警備隊関係者が半数を占めています。
ここから近隣の領都を繋ぐ街道は有りましたが、虎人達の領域は獣道くらいしかありません」
現場の視察にきた石狩貿易CEO乃村利伸を任那道知事白泰英が案内をしている。
大陸における財界の要人でり、日本国防衛大臣の次男である利伸とは、次期大統領の座と百済市への遷都を考える白知事は誼みを造っておきたかったのだ。
「街道を密林に拡張するのは、時間が掛かりそうですね。
いっそ、窓口となる小虎族の集落自体を密林の街道入口に移転した方が早そうです。
総督府にはそう報告しておきましょう」
工事が最小限に出来るなら、総督府は反対しないはずだ。
「しかし、小虎族の族長の娘と婚姻させ、王国から爵位を賜り、自治領とするですか。
亜人の領域では何度か行われてきた行為ですが、王国もあっさり承諾しましたね?
襲撃を受けた貴族達はこの講和に納得してないでしょう」
白知事にしても周辺地域が安定してないのは困るので、講和自体には賛成だが、虎人族の牙はもう少し折っておくべきと考えていた。
「その為の南部独立都市連合の国際旅団の駐屯です。
髙麗国さんはその後詰めをお願いしますよ」
「戦力が足りますかなあ?
この町にはまだ準備中の砲兵連隊しかいないのに大砲が殆ど無い」
その言葉に苦笑する乃村もそこらへんは政府間で調整してくれとしか言えなかった。
「まあ、人手は必要だし、本国からの移民は積極的に支援させて頂きますよ、知事殿」
いっそ、一人残らず移民して貰えばやりやすいな、と乃村利伸は考えていた。
王都ソフィア
宰相府
総督府から派遣された外務局長杉村は、宰相ヴィクトールからある人物を紹介されていた。
南部貴族の雄、ハーベルト公爵その人である。
元エウローパ市長アントニオに正妻ローザマインを孕まされたその人である。
微妙な圧を感じながら会談は進められる。
「今回虎人達が襲撃された領邦は、アルバレス侯爵か、ハイライン侯爵の門閥ばかりだ。
ハイライン家は援軍を出したし、実子の領邦だから無理だがアルバレス家の寄り子はこちらで切り取らせて頂く。
その上で虎人達自治領の叙爵はこちらの推薦とさせて頂くが、本当に大丈夫なのか?
奴等は千年も皇国に従わなかった猛者どもだぞ」
「今回の紛争で、小虎族以外の族長は全て戦死。
族長候補の戦士達も五体満足で生き残った者は一人もいません。
聖地も制圧され、今まで見下していた小虎族の傘下に収まらざるを得ない状況です。
反対に大陸各地に散っていた半獣人たる小虎族の戦士達が自治領領邦軍に参加すべく、集落に戻りつつあります。
押さえつける事は可能でしょう」
虎人の戦士達にトドメを刺すべく出陣した日本の強さに担保された安全保障だが、ハーベルト公爵としても納得するしかない。
「まあ、モーリッツ家あたりは妻とも親しいし、協力は惜しまない。
だが、最近貴国の自衛官に妻が御執心なのは思うところがあるのだが」
杉村局長も公爵の妻ローゼマインが、水陸機動大隊隊長長沼二等陸佐やたらと連絡してきて、長沼ニ佐が辟易しているのは聞いている。
彼女の貴族側の見識には総督府も重宝しているところがあり、友好的な関係は保持させたがっていた。
「友人関係を逸脱させないよう、総督名義で命令書を出させて頂きます」
後からこの話を聞かされた秋月総督は
「なんで自衛官の私生活に命令書なんて書かなきゃいけないんだ?」
と、苦言を周囲に漏らすことになる。
「まあ、私と妻は嫡男が産まれた後は没交渉の仮面夫婦だからな。
うるさいことは言いたくないが、世間体というのもある。
バレない努力くらいはして欲しいものだ」
すでにアントニオ前市長との間に不義の子まで造られておいて、何を言ってるんだこの人と杉村局長は思ったが口には出さない。
「では基本的には婿である狩野一等陸曹に自治男爵を叙爵する方向で」
「今はいいが、せめて士官に昇進させろ。
格好がつかない」
「陸曹長昇進は決まっていますが、尉官ともなりますといきなりは難しくて」
今の自衛隊は手柄次第で昇進出来る確率は高くなったが、さすがに二階級特進は簡単には認められない。
「叙爵を簡単に口を出しといて、どの口が言ってるやら。
本来、爵位はそんなに軽いものじゃないんじゃぞ」
皮肉げにヴィクトール宰相の口から語れ、肩を竦めるしかない。
「まあ、何にしても全ては婚姻が成立してからだがな」
宰相ヴィクトールが話を締めるが、千年経っても解決しなかった問題が前進するなら依存は無かった。
大陸南部
タイガーケイプ
武装解除された虎人達は、集落の住民も含めて聖地タイガーケイプに集められていた。
陸上自衛隊南部混成団や水陸機動大隊、髙麗国国防警備隊第3軽歩兵連隊が監視に当たっている。
「連中の負傷が癒えればそれなりの戦力だ。
我々がいなくなった後に小虎族だけで抑えられるのか?」
第3軽歩兵連隊連隊長李昌善大佐は疑問を呈するが、大陸南部混成団団長井田翔太二等陸佐は無理には肯定しない。
「厳しいですが、ミノタウロス共と違い、対話は可能です。
まさか無抵抗の彼等を虐殺する訳にもいきますまい」
「まあ、小虎族集落を街道入口に置くのは賛成だが、力不足は否めない。
現実的に戦力は必要だ」
半獣人たる小虎族は今となっては最大勢力だが、獣人である虎人とは身体能力に大きな差が有った。
李大佐の懸念は当然のものと言えた。
「その件ですが、半獣人問題は虎人に限らず少なからずあるようでして、ビスクラレッド子爵領の狼人やレキサンドラ辺境伯領のマノイーターの半獣人も迫害されているので、こちらに集めてしまおうかと。
彼等の中には辺境の兵士として過酷な地で働かされたり、冒険者や傭兵をやらざるを得なかった者が多数います。
即戦力としても申し分無く、安住の地も求めています」
話し合う二人の前に長沼二佐が加わり話を繋ぐ。
「あとは、南部独立都市連合の国際旅団の駐屯地をここに置けばいい。
どうせどの都市に駐屯させても文句はくるんだから」
それまでは日本と髙麗で面倒を見るしかなかった。
「まあ、獣人を皇国が迫害、懐柔したのも理由はある。
しかし、対話が可能なラミアや虎人、リザードマン、ケンタウルスは軍門に降り、海棲亜人も鮫、海蛇、亀、螺貝、イカは我々が傘下になった。
対話は出来たが、半魚人やマンドレイクは敵対している。
マノイーターことミノタウロスは対話も出来ない。
虎人にも経済的安定と教育を与えて、取り込んでいく形になっていくんだろ」
「いったいどれ程の亜人がこの大陸にいるんですかね?」
「皇国の記録がなくなって王国も人間の貴族領すら把握できなくなってるからな。
一つ一つ接触していくしかない」
地球側からの賠償を恐れて接触を断っている領邦も多く、亜人の自治領等は後回しにされてきた。
「あんたら日本も大変だな。
我々は自分達の領域だけで手一杯さ」
李大佐の言い草に、何を他人事のように言ってやがると両ニ佐は心の中で悪態を着いていた。
日本国
山梨県南都留郡忍野村
陸上自衛隊北富士駐屯地
『青木ヶ原・オブ・ザ・デッド事件』(公式事件名)で活躍した北富士駐屯地の第1特科連隊連隊長長岡一等陸佐は、板妻駐屯地で開催される当事件の合同慰霊祭に参加、したくないとダダをこね、屈強な隊員達の手で高機動車に放り込まれていた。
礼砲部隊に臨時編成した特科小隊ともに駐屯地を出発させられた後もブチブチ文句を言っていた。
「あいつら、仮にも連隊長に対する扱いが雑じゃね?」
高機動車を運転する幕僚の荒戸三等陸佐に訴えるが、彼の対応も冷ややかだ。
「今回は大臣も抜きか?
県知事は出てくれるようだが、気合いが抜けるな」
「代わりに大陸から円楽大僧正も来てくれてるんですから問題発言はやめて下さいよ」
『青木ヶ原・オブ・ザ・デッド事件』で多大な貢献をしてくれて、日本仏教会の重鎮である円楽大僧正による読経は、静岡県、山梨県両知事が集まるくらいにはありがたがれていた。
「なおさら政府も大臣クラスが来いよと、俺には思えるね」
「それに関しては私も同感です。
それはそうと自衛隊側の仕切りは連隊長なんだから、しっかり頼みますよ」
転移当時は旧来の第1特科連隊から第1特科隊に縮小した同隊は、皇国との戦争や失業者対策の為に再び連隊としてか返り咲いていた。
代わりと言ってはなんだが、栄光の皇室・国家行事関連の礼砲部隊の座は、中央即応旅団特科隊に譲り渡してしまった。
また、部隊の拡大に伴い、北富士駐屯地から各地に部隊を派遣して対モンスター用の警戒に当たらせている。
何しろ山梨県は海に面していないからここに特科部隊を配置しておく意味は特にない。
あえて言うなら富士駐屯地と共同で、広大な北富士演習所の管理くらいだろう。
後は各所に派遣する特科隊の補給、整備の拠点として機能している。
派遣先はいわゆる旧東京湾要塞、東京湾海堡、第1海堡、第2海堡、品川第三台場。
神奈川県三崎市城ヶ島公園(旧城ヶ島砲台)。
千葉県木更津市中島地先海ほたる。
上記五ヶ所に各所各中隊から週代わりで小隊を派遣している。
正確には少しずつ特科陣地を整備させに行ってる、である。
『隅田川水竜襲撃事件』のような惨劇はあったが、基本的に日本国本土が海上、海中からのモンスターの襲撃を受け事態は少ないと政府筋は考えていた。
しかし、国民感情は恐怖を忘れておらず、政府にいざというときの対応を求めた。
政府としても少ないリソースで、国民にアピールする事を考え、東京湾に大砲という目に見える説得力を配置したのである。
実際には砲台と呼ぶには稚拙であり、潮風に晒したままにしておきたくないので、ローテーションで北富士駐屯地に帰還させているのが現状だ。
「富士教導旅団の連中が帰ってこないから俺に仕事が押し付けられてるな」
富士学校を初めとする富士教導団も旅団に格上げされ、人員が補充された。
施設科や通信科はおろか、教導会計隊やら教導音楽隊まで創設されて、まとめて板妻駐屯地に放り込まれた。
静岡県の駐屯地は全部富士教導旅団の縄張りだ。
問題なのは富士教導旅団主力自体が、米軍の要請で西方大陸アガリアレプトに派遣されていることだ。
留守居の副旅団長が板妻駐屯地司令として残っているが、階級は長岡一佐と同じ一等陸佐でも格の問題が残る。
「うちの連隊事件の当時者でもあるから逃げれませんよ?」
「ああ、スピーチしたくねぇ」
グダグダ喚いてるが、長岡一佐は板妻駐屯地の特科教導中隊を中隊長を歴任したほどの大砲屋として名声を得ていた身だ。
ここでスピーチをしないのはあり得なかった。
「ほら着きましたよ。
お迎えが来ていますよ」
長岡一佐の性格を熟知していた特科教導中隊の隊員が逃げないように待ち構えている。
逃げられないことに観念した長岡一佐は幕僚達に代筆させたスピーチ原稿を読んで見ることにした。
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