第176話 本国駐屯地事情

 日本国

 福岡県 北九州市

 陸上自衛隊 小倉駐屯地


 小倉駐屯地を根拠地とする第4即応機動連隊は、本国の陸自部隊では比較的忙しい部隊だ。

 ハーピーに襲撃された唐津湾の戦いでは、多数の負傷者を出したりもしている。

 本年度も『エルドリッチ事件』で、九州側の防衛を携わり、沿岸部に動員された。


「負傷者が出ても他の部隊から移動や応援が来ないのが現状だからな。

 殉職者分は補充されたが、弾薬が全く補充されない。

 どうなってるんだ?」


 連隊長の鶴見一等陸佐自身もハーピーのとの戦いでは連隊司令部が壊滅状態となり、事件終結後の書類仕事の人員が足りず、自衛隊にも労働組合が必要なのではと真剣に考えた。


「倉庫内の弾薬を使い果たした訳でも無いので、財務省に相当渋られてるとか。

 まあ、確かに一会戦分くらいは残ってますが」


 幕僚の木村三等陸佐の言葉に苦笑するしかない。


「『エルドリッチ』の件で撃ちまくってやればよかった」


 二人は拡張工事中の小倉駐屯地の工事現場を視察していた。

 例によって第4即応機動連隊も隊員数を拡充させて手狭になっている。

 第4即応機動連隊は千島列島が日本に返還され、第5旅団が、同地で第5師団に再編されることになり隷下から離れて第4普通科連隊から改編された。

 遠く帯広から北九州まで移転し、それまで小倉駐屯地にいた部隊を全て移転させたが、やはり敷地が足りない。

 小倉駐屯地には医療刑務所や少年鑑別支所、拘置支所が隣接していたが、皇国との戦争でほぼ全員が第1更正師団に志願(強制)して戦死していて、収容者がいなくなり閉鎖している。

 その敷地や施設を接収して小倉駐屯地に取り込む工事が行われていた。


「こっちに予算が取られてるせいもあるんでしょうね」

「うむむ」


 鶴見一佐は呻いているが、打出の小槌を誰も持ってない以上はどうにもならない。

 既に拡張した敷地には16式機動戦闘車や23式装甲戦闘車が40両以上も駐車している。

 第4師団は転移後の新装備の配備が完了済みなのも手狭の原因だ。


「弾薬庫の拡張は後回しでいいな」

「まあ、肝心の物が届きませんから、仕方がないですね」


 駐屯地の縄張りは、駐屯地司令に権限を委譲されてからは仕事が増えてうんざりだった。


「ところで連隊長、また出たそうですが」

「接収して三件目だな亡霊には距離なんて関係ないか」


 転移当初、失業や食糧難から少なからず犯罪に走る者が続出し、全国の刑務所や拘置所は満員となった。

 皇国との戦争も始まり、自衛隊が参戦することになったが、隊員達の中には戦争による殺人行為を忌避する傾向が見受けられた。

 まともな人間ならある意味当然で、それを義務感や日本や同胞が置かれた危機感から納得していくのだが、戦争自体は待ってはくれない。

 ならば殺人行為の経験者を口減らしを兼ねて、暫くは代行してもらおうと全国から囚人が集められた。

 最初は心ある市民団体が抗議活動を行っていたが、その声は世論には響かなかった。


『1人殺すのも2人殺すのも同じことだよね?』


 彼等の犠牲になった遺族の少年の言葉に世論は賛成に舵を切った。

 実際に日々少なくなる食糧配給や元々犯罪者への厳罰を願っていた被害者、遺族、現実的に自衛隊隊員数や弾薬保有数に危機感を持っていた識者達の後押しで、第1更正師団が設立した。

 しかし、転移前は世界有数の治安大国だった日本には転移後に多少は増えたといえ、殺人による囚人など400人にも満たない。

 ここに人を襲った経験のある強盗犯や性犯罪者、暴力団関係者なども追加して、最初の1万人が中世の盗賊もかくやという武装で、大陸に上陸させられた。

 監視役の自衛官達がドン引きするなか、上陸が行われた。

 この時の第1更正師団が上陸時に行った蛮行については、厳重な箝口令と当事者達が冥府に旅立ったことにより、公表はされていない。

 しかし、上陸地点を領地とするジョルト伯爵家の領邦軍が翌日には怒りに震えながらの猛攻を仕掛けてきたことからも伺い知れるだろう。

 第1更正師団は死者だけで、四千人を出す損害を被った。

 監視役だった自衛官達も残らず実戦を経験し、即座に他の部隊に転属、交代することとなった。

 ジョルト伯爵家の領邦軍も壊滅的打撃で、上陸地点で両者は一週間も睨み合うことになる。

 ジョルト伯爵家は、近隣の領邦に援軍を求めると日本も追加の一万人の囚人を上陸させた。

 囚人達の量刑はその後も下がり続け、戦争終結までに5万人が戦死することになる。


「執念だけはある連中なんでしょう。

 しかし、寄りによってここに戻らなくてもいいんじゃないですかね?」

「法力僧をまた手配してもらおう。

 しかし、実際に公的機関に徐霊出来る連中が来るんだから時代は変わったよな」


 霊を退けた記録も転移前は旧軍時代の津川謙光大佐くらいだろう。

 しかし、転移後には亡霊達はモンスターの様に現れるようになる。

 うっかり恨みを抱えたまま死なれないよう気を遣う時代となった。

 死後の弔いは念入りに行われるようになったので、葬式を取り仕切る仏教界や葬儀屋業界はウハウハとなっている。

 結果として、イジメや犯罪が減ったなら悪くはないかもと鶴見一佐には思えた。


「しかし、法力僧は高いんですよね。

 普通の坊さんへの心付けの数倍ですよ」


 現状の法力僧は最年長でも高校一年生だ。

 法力の研究をしながら教育法を模索している段階なので、東京の駒込の中高一貫校に素養のある少年少女を集めて教育している。

 仏教界としては京都や奈良を希望していたのたが、都内の敷地が移民により真っ先に放棄、接収されていたのと、海の物とも山の物ともつかない法力僧という名の国産魔術師を管理、監視をしたい政府の意向が大きく働いたからだ。

 また、魔術自体を研究、監督できるベッセンが旧府中刑務所にいたことも大きい。

 将来的には近隣の大学の白山キャンパスも取り込み、中高大の学園になる予定だ。

 肝心の法力僧派遣は駒込の学園に要請する為に交通費だけで結構な金額になる。


「新幹線も1日一本ですからね。

 それなりの宿も用意しないといけないし、儀式を用意させる近所の寺にも幾らか包まないと」

「仏事は金掛かるなあ」


 以前よりはエネルギー事情は改善されたが、利用者の激減で新幹線は各駅停車上下線一本ずつで、料金は高騰化している。

 転移前十倍とも言われている。

 自衛官同士なら連絡機にでも乗せるが、法力僧は民間人扱いで緊急性は低い事案ではそれも難しい。


「取り敢えずいつものように塩弾で対処しろ」


 亡霊相手に自衛隊も無策では無い。

 塩を固めた塩弾をショットガンで射撃し、霊体を一時的に散らせる手法や海洋結界の海水を汲んできて水鉄砲や放水銃で浄化する方法がある。

 前者は当初は岩塩を使用していたが、多少の殺傷能力や施設に傷を付けることから忌避されるようになった。

 また、散らされた霊体も翌日には復活しているので、掃除の手間ばかり嵩んで割に合わなかった。

 後者は大陸の亡霊はともかく、国産の亡霊には効果がない。


「後は予算申請か」

「来てくれますかね?」


 亡霊対処の予算申請には監査の為の事務官に視察をしてもらう必要がある。

 ようは亡霊のいる建物に一晩放り込んでおくと、翌朝には威張り腐っていた事務官達が青い顔をして素直に申請に応じてくれる。

 最近では事情を察した事務官達が、何かと理由を付けて肝だめし、もとい視察に応じてくれないのだ。


「連隊の総力を挙げて、暇そうな事務官をかっ拐ってこい」

「それが一番の難事かもしれないですな」





 日本国

 茨城県ひたちなか市

 陸上自衛隊勝田駐屯地


 第35普通科連隊第2大隊が駐屯している勝田駐屯地では、引っ越しの準備が進められていた。

 同様の準備は土浦駐屯地の第1大隊や朝日分駐屯地の第5中隊も行っており、来年7月には植民が開始される沢海市に先行して連隊を移転させることになる。


「俺は逆に移転されてくる第53普通科連隊の連隊長になる。

 35普連の新連隊長は四月には赴任する予定だ」


 連隊長浅水一等陸佐は、新連隊長と一緒に移動となる幕僚や幹部達に説明し、激励の言葉を送っている。

 第53普通科連隊は完全な新設部隊なので、本国中から昇進予定の隊員が送られて編成される。

 新設部隊とはいえ現役隊員で編成されているのだが、昨今の情勢から地域住民からは不安視する声しか上がってこない。

 同様に第54普通科連隊も編成が始まっている。


「まあ、これは毎度お馴染みだから気にしないとして、普通科連隊も53個か。

 随分、陸自もでかくなったな」


 しかも各連隊は定員1200名で、充足率は100%に達している。

 転移前とは比較にならない規模だ。

 おかげで住民が移民で立ち退いていない勝田駐屯地は、拡充もままならないのだが、転移前と比べると隔世の感がある。

 第35普通科連隊の新天地となる

 沢海市は、新潟市とその近隣市町村住民がメインの植民都市となる。

 市名の由来は新潟市内に立藩していた沢海藩が元になっている。

 第35普通科連隊の最初の任務は、市の建設予定地に最初に植民し、近隣のモンスターや盗賊を駆逐して建設業者等が安全に作業出来るようにすることだ。

 最もこれらの掃討作業は、総督府の依頼で日本人冒険者や民間の武装警備員がすでに実施している。

 総督府としては、経済振興の為に日本人だけの手で行いたいと考えていたが、百万人が住む都市の範囲は広大だ。

 最後は自衛隊による掃討作戦が肝となる。

 そして隊員とその家族が沢海市の最初の住民となる。


「問題は装備なんだが、お前ら大丈夫か?」


 今までは第1師団所属として、国産最新装備を使用していたが、それらは第53普通科連隊に移管される。

 来年は国産最新装備は第12師団に優先配備されるので、これまで同師団で使っていた装備が、第18即応機動連隊や第35普通科連隊で使用される。


「華西製や高麗製を使わされてた18即の連中は喜んでるらしいが、ロシア製なんて使ったことがないだろう。

 本省の役人供も申し訳なさそうにしてたぞ」


 小規模の兵器生産では割に合わないと華西、高麗二ヶ国は日本に兵器を売り込み、第18即応機動連隊では使われたが、転移前でいう西側兵器と東側兵器のチャンポンは、使い勝手が悪いと不評であった。

 本来なら国産旧式装備も第16師団が先に受けとる筈だった。

 しかし、創立以来使い続けていた米軍供与兵器を今さら交換するのも面倒らしく、旧ソ連規格の兵器で互換性に問題のあった第17師団に先を譲ったのだ。

 当然、余った旧ソ連規格の兵器は、第18即応機動連隊や第35普通科連隊が使うはめになる。


「まあ、あれだ。

 装備転換訓練を頑張ってくれ」

「到着早々、掃討作戦らしいですが?」


 まずは駐屯地を建設する為の敷地を確保する為に戦わないといけないのだ。

 幕僚のツッコミに浅水一佐は、聞こえないふりで対抗していた。

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