第177話 異世界魔術事情
大陸東部
日本国 新京特別行政区
大陸総督府
「まあ、仏教会ばかりが注目されていますが、神道系も渋谷に学部のあった大学を中心に学園化が進んでいます。
駒込と渋谷でキャンパスを造り、ゆくゆくは独立させる形ですね」
近頃話題の日本の宗教系魔術の進捗について、『日本国民戦線』党員の青塚副総督補佐官の解説を秋月総督、秋山補佐官、北村副総督が聞いていた。
ちなみに駒込が仏教系学園で、渋谷が神道系学園である。
神仏習合やアニミズム的な民間信仰は、歴史的経緯もあり、複雑な様相を呈していたが、修験道、山岳信仰は仏教寄りと判断された。
「早いもんで日本系魔術師も義務教育が終わる世代が出てきた。
大学までは保証したからまだまだ社会的影響は少ないが、ぼちぼち冒険者に夢を見ているガキが出始めている。
大陸系魔術を学んだ子に顕著にな」
こういった事情は北村副総督の派閥が詳しく、副総督自身が日本仏教連合と交流を持っている。
仏教にしろ神道にしろ、実家や後見人が寺社となので、将来的にはそこを継ぐことにはなっている。
しかし、大陸系魔術を学んだ少年少女にはそういった紐がついていない。
まあ、地球人の大陸系魔術はこの世界の住民と比べれば、稚拙もいいところだ。
今だに個人が科学で代用できる範囲以下という精度で、府中のマディノ元子爵ベッセンによると、血筋による積み重ねが足りないそうで、三世代目くらいから大陸人の魔術師と同等になるだろうと言われていた。
「一番優秀な子でも見習い魔術師くらいの実力だ。
社会的影響はまだまだ先の話だろうさ」
秋月総督も頷いて納得して見せている。
各宗教団体の上層部も実際に神仏の力が使える若手に追い落とされるのを警戒し、せめて自分達の代くらいは地位を保っていたいと、俗なことを考えて若手の社会進出の先送りに協力的だ。
むしろもっと俗なところだと、将来性の高そうな術者に自らの子女と婚姻させようと探りを入れている。
「なるほど、どこに行っても閨閥からは逃げられないんだな」
「大笑いしてますが、北村副総督。
我々政治家も似たようなもんじゃないですか」
「おっと、総督閣下。
確かにそうでしたな」
微妙な空気が流れるが、秋山補佐官が次の議題の為にモニターのスイッチを入れる。
「次はすでに社会進出している術者です。
特に知名度が高い三人をピックアップしました」
会議室のモニターには最近話題の魔法少女の格好をした配信者アイドルの放送が流れている。
「大陸系魔術師で人気の娘です。
本物の魔術が使える少女ですが、人気と魔術の力量は全然関係無いので放置していいかと。
問題は次です」
青塚副総督補佐官が配信チャンネルを切り替えると、メイドの格好をした少女が果樹園でポーズを取りながら何やら呟いている。
「おいしくなーれ、おいしくなーれ、萌え萌えきゅん~」
真面目な会議室に沈黙が流れる中、青塚副総督補佐官が語りだす。
「彼女は精霊魔術に素養があったようで、実家の果樹園にあのように毎日呼び掛けることにより、糖度の高い果物を通常の半分の期間で収穫出来る結果を叩き出しています」
「あれ呪文みたいなもんだったんだ」
「エルフの術者によると、精霊魔術はわりとノリが大事で、素養があれば十分にありだそうです」
呆れ返る秋月を他所に北村副総督は、興味深げに語りだす。
「しかし、通常の倍を収穫出来るなら大したものだ。
十分に活用できれば我が国の食糧事情を改善できるのでは?」
「単純に魔力が足りないので、呼び掛けは1日に果樹一本一回が限度だそうです。
また、土の養分を必要以上に吸収するので、連作には向かないそうです」
やはり上手い話しは無いらしいと、秋月総督はため息を吐く。
「精霊魔術は大自然で育った子に素養が出るらしく、アウトドア好き程度では話しにならないらしいですよ。
メイドの彼女は転移後産まれあるあるで、両親祖父母が食糧難の時代を果樹園で懸命に働いてた事から、赤ん坊の頃から寝食を過ごす場となり、精霊の声が聞こえるようになったとか」
意外に真面目な話しだったようで、全員襟を正して拝聴している。
「精霊魔術に関しては教えを乞うエルフ達に問題がありまして、その、公序良俗的に」
性に奔放なエルフ達は、一部の枯れたエルフ以外は大変教育によろしくない。
公共の場で平気で全裸になるし、道端で男女問わずアプローチしてきて行為に至る事案も発生している。
18禁な映像や出版物にも進出してきて、人間の女優やモデルが危機感を抱いている。
普段はこういうことにうるさいフェミニスト団体も抗議しにいく傍から口説かれるので、裸足どころか、全裸で逃げ出した事例があるくらいだ。
エルフ達にとっては人間の美醜や年齢など誤差の範囲らしい。
おまけに理想的な男女平等を達成しているから、フェミニスト団体の論客など相手にもならない。
フェミニスト団体の理想とする男女平等の行き着いた先が、自由奔放な性行為なのが皮肉が効いていた。
「いずれにしても素養、環境頼みで教育で育成は困難ですか。
仕方がないですね」
「エルフは種族の違いもありますし、参考と見本にしずらいので冒険者の中から指導役を雇い、教育して貰っています」
まあ、そんなところだろうと、一同一息をつく。
「では続いての映像はイタコの血筋の少女で、本人も開眼してるんですが」
「なんでさっきから女の子ばかりの?」
「男子は意外に社会に進出するのが遅くて、知名度も高まりにくいから必然的に」
「まあ、いいんだけどさ。
話を進めて」
「ご存知のようにイタコは口寄せを行う巫女のことであり、オナカマ、ミコサマ、オガミヤ、ワカサマとも呼ばれ、かつては歩き巫女と呼ばれた巫女や鹿児島、沖縄で活動するユタもこの系列に属します。
主に憑き物のお祓い、悪魔祓い、虫封じ、魔除け、身体のおまじない等を施し、霊を梓弓に宿らせ、それをさらにイタコ自身の身体に憑依させたりもします。
問題は彼女がフリーのイタコであることです」
ご存知のようにと言われても一同困っているが、誰かがツッコムだろうと、指摘しないでいたら話が続いてしまった。
「何が問題なんだ?」
「本国の警察庁がスカウトに動いています。
すでに殺人事件で被害者を憑依させることにより、事件解決に導いてる案件が五つに登ることから、将来的に捜査官として採用したいと。
ただ本人はフリーの方が儲かるからと拒んでいて、スカウトの警官の親しい人を憑依させて、泣かせに掛かってきて交渉が上手くいかないと担当者が嘆いていました。
本人曰く、政府はレアなスキル持ちに正統な対価を支払わないからやめておけと忠告されたそうです」
「誰だそんな余計な事を言ったのは!!
全く反論できないから気付かせちゃダメじゃないか」
北村副総督が声を挙げるが
「神様だそうです。
あと、本国の人口が減ったからお賽銭が減って嘆かわしいとも言われたとか」
さすがに神様と言われては黙るしかない。
「た、大陸に神社増えてきたからそのうち帳尻が合うんじゃないかな?
あとでみんなで奉納金を少し出しておこう」
「もう一点、その神様からの御神託です」
全員襟を正して、拝聴する気分になる。
「近々、31番目の扉が開かれる。
昊天金闕無上至尊自然妙有彌羅至真高天上聖大慈仁者玉皇赦罪錫福大天尊玄穹高上帝が、御降臨しタオを示すと」
「それ全部で一つの名前なの?」
「玉皇上帝、道教における最高神です。
ちなみに近いうちというのは百年以内にだとか」
神様の時間感覚はエルフ以上だったと全員が脱力する羽目になった。
大陸西部
華西民国
首都 新香港
主席官邸『ノディオン城』
国家主席主席林修光は、第4植民都市斟尋の人口の伸び悩みについて懸念していた。
出生数自体は順調だが、日本国内に残留している中華同胞が残らず移民してきても市民定数を満たすのは難しそうだった。
「新潟の次は熊本だったか?」
「はい、在日同胞は4300人程。
斟尋の人口は10万を超えることになります」
「第5植民都市建設への道程は遠いな。
拡大路線から規模に見合った都市の最適化へと方針を転換するしかないな。
人口が増えれば、いずれは機会もあるだろう」
王顕竜(ワン・シェンロン)補佐官の指摘に気落ちしつつ、次の報告を受ける。
王補佐官は旧シンガポール系華僑の子弟で、中華人民共和国や中華民国的な考え方とは違った視点が欲しくて採用した補佐官だ。
彼は中共系の補佐官達とは違い、上司相手にユーモアを嗜む傾向があった。
「日本が武装警察公安部を通して、泰山府君がこの世界に扉を開く、とリークしてきました」
「どこ情報だよ、それ」
「ソースは不明ですが、日本からは準備しておくようにと。
わざわざ政府スジからリークしてきたのですから冗談ではないでしょう。
ちなみに現れるのは百年以内だと」
ざっくりしすぎて何を準備したらいいか、わからなかった。
今日かもしれないし、百年後かもしれない事業に人員と予算を割くのは中々厳しい。
「あんまり気にしたことはなかったが、泰山府君なら道教だろ?
在日同胞に道士とかいるのか?
いたとしても15年の間に廃業してるだろ」
転移前の中華人民共和国では、当然のことながら仏教が最大勢力だが、来日していた宗教家は大半がチベット仏教か、カトリックの関係者だった。
幸いにして台湾仏教の寺院なら東京にもあったので、そこから法力の使える僧を輩出出来てはいる。
チベット仏教関係者は新香港市設立時にチベット人に合流を拒否され、現在はガンダーラ市に籍を置かれている。
彼等の離反、離脱を招いたことは、華西民国としては痛打といえた。
「横浜や神戸などの関帝廟や媽祖廟が複数あり、道教の聖地として何故か埼玉県坂戸市に道教寺院があるので、道士もそれなりに残っているようです」
関帝はいわずと知れた三国志の関羽を神格化したものだ。
商売の神として扱われている。
媽祖は宋代に実在した官吏の娘、黙娘を神格化したものだ。
台湾では広く信仰されており、福建省における中華民国領馬祖列島の名前の由来になっていたりする。
航海・漁業の守護神として、千里眼と順風耳の二神を従えている。
人間が神格化された神も術式として発動することは、日本の神道が証明している。
「また、日本にも学会や研究会が多数あり、協力を表明しています」
「なんでそんなに協力的なんだ?」
「道教は日本の陰陽道のもとになっていますから、陰陽師の復活に繋がるのではと期待してるようです。
まあ、それ以上に彼等の関心事は……か◯はめ破が使えるかと」
「日本人らしいな、おい」
さしあたり、道教と道士の保護と研究が進められることとなった。
と、言っても可能性があるのはこの世界で産まれた少年少女達だ。
道士達の子弟達から養成されることになる。
その際に日本側が大量が提出してきた資料に華西側がドン引きすることとなる。
「なんで日本にこんなに資料があるんだ?」
「80年代のキョンシーブームで、資料だけは腐るほどあるようです。
あの当時の日本は金がありましたからね」
「だとしても何十年も取って置くものか?
うちなら女房に邪魔だと捨てられるぞ」
ふと林主席はある光景が思い浮かぶ。
「なあ、映画みたいに道士が死体をキョンシーにして、跳ねるよう整列させて移動する光景を大陸民に見せたらネクロマンサーと誤解されないかな?」
キョンシーブーム時に少年期を過ごした林主席としては、忘れられない光景である。
「死体を操ってる時点で邪教扱いされそうですね。
確かに考えておくことはいっぱいありそうです。
むしろ野良キョンシーもこの世界のモンスターに加わるんですかね?」
実現するかはわからないが、ワクワクしてるおっさん二人は、資料を読み漁ることにして会議に遅刻することになる。
「やっぱりちょっと見てみたいよな」
「当然です」
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