第178話 新総督指名

 大陸東部 

 日本国 那古野市

 那古野港 石狩貿易本社船『クリスタル・シンフォニー』


 石狩貿易CEO乃村利伸は来客にお帰りいただき、ソファーにふんぞり返っていた。


「お疲れですか?」


 企画部長の外山が苦笑した顔で、入室してくる。


「次期総督就任の指示要請なんて、総理の胸先三寸だろ?

 野党の北村さんにその椅子を預けるわけ無いじゃないか。

 まあ、こっちは就任後の支持だから気楽なもんだが」

「あちらは随分、親しそうでしたが?」

「親父の大学時代の同期なんだよ。

 昔は兄貴ばかりチヤホヤしていたのに今更なんだというのか」


 先ほどまでソファーの反対側に座っていた御仁に利伸は好感を持っていない。

 そこは学生時代の利伸の素行に問題があるのだが、棚に上げておく。


「北村副総督が総督に就任すれば、拡張政策を取るだろうから財界からも支持するよう働き掛けられている。

 だが、我々の国力に見合ってないよなあ。

 暴走されても困る」

「候補者の中にはお兄様もいるようですが?」

「無いな。

 兄貴は親父の悲願だった樺太開発と政治的地盤を造るのに夢中さ」


 乃村家長男の利男は、政治家として防衛大臣の父利正の後継者と黙されている。

 まだ、30代という若さであり、父の現役時代は国政には関わらせないと樺太道豊原市の市長になっている。

 日本に帰属したばかりの豊原市は、古くからの既得権を持った住民もおらず、都市開発や移民問題で辣腕を奮いやすい。

 ここで実績をあげて、樺太道知事の椅子を狙っている。


「着実に椅子の格を上げて、親父の引退を待つつもりも無いが、一足飛びに総督の座は狙わないさ」


 総督は副総理格だが、王国や地球系独立国、独立都市、貴族との外交的折衝や軍事的判断、モンスターへの被害対応、植民都市の建設と内政、移民問題を統括して処理する。

 年季だけ重ねた政治家や官僚には、その席を座らす事は出来ない。


「思うんだが、拡大政策にしろ、大陸の内地化ブロック政策にしろ、そろそろ新京も手狭になってるんじゃないかな?

 新京特別行政区自体は内地化させて、総督府はもっと大陸内陸部に食い込むべきだ」

「面白いですね。

 絵に描いた餅みたいな遷都計画よりは、現実的で財界は食い付いてきますよ。

 政界も椅子が増えるなら歓迎するでしょう。

 数年後の話にはなりますが、提言してみましょう」


 総督府が統治しているうちは、大陸東部の日本領はいつまでたっても外地扱いだ。

 これには民間からも地方自治体化を望まれている声が挙げられている。

 だが遠く本国を離れた大陸では、政治的にも軍事的にも全権委任を託された総督は必要な役職だ。


「ならば別々に切り離し、総督府を大陸自治体を守る外郭として移転させてしまえばいい。

 提案するだけならタダ出しな」


 幸いに親族や財界というツテもある。

 表舞台には立たずに隙間の利益を得て力を付ける。

 王国領はともかく、日本の内地が荒れるのは困る。

 自治体の長の知事なら北村でも務まるだろうとは口に出さなかった。

 中央政界、財界を通じての提言は瞬く間に広がり、当事者である総督府にもその旨が伝わっていた。






 大陸東部

 新京特別行政区 大陸総督府


「どう思う?」


 まもなく勇退する秋月総督が、後継者候補である秋山補佐官に総督府移転計画を聞いてみる。


「悪くないと思います。

 正直、地方行政まで担っていた総督府は大きくなりすぎました。

 地方行政府に権限を移譲し、組織のスリム化をはかるのも悪くはないでしょう。

 ただ、計画が唐突で具体性はまだありません。

 植民都市が最低でもあと二つ成立してからの話になるでしょう」


 つまり次代の総督には移転計画も見据えた激務が降り注ぐことになる。

 秋山補佐官としては、次の次くらいの総督の椅子を狙っていたので、この激務は今回は他人に譲る気満々だった。


「君は果実だけもぎ取る気か?」

「移転計画の発表と始動だけは、閣下のお任せ出来れば、後は次代のお仕事です。

 計画からは逃げられませんから、暫くは大人しくて済むでしょう」


 報道を通じて行われた新京道(仮)と、総督府移転計画は正式なものとして発表された。

 同時に二期八年勤めた秋月春種総督の年末勇退と新総督に佐々木洋介神居市市長を指名が発表された。






 大陸東部

 神居市


 新総督府指名された佐々木洋介氏の自宅には、多数のマスコミが押し寄せた。

 ところが駅から自宅までには多数の日本人武芸者や冒険者が睨みを効かし、失礼が無いように牽制し、数人は路地裏に連れ込まれている。


「あの、これはいったい?」


 連れ込まれた新聞記者は悪評を書き立てることで、有名だった。


「いや、君達とちょっとお話がしたくてね。

 ほら先生に失礼があってはいけないから自主的に君達に礼儀をレクチャーしようと思って」


 佐々木の自宅は武道館や大規模な牧場がある。

 押し寄せたマスコミを上回る数の日本人冒険者や武芸者達に完全に圧せられていた。

 既に護衛の警官が派遣されているが、門下生の数に必要があるとも思えない。

 いや、護衛の警官も門下生だが、彼ら自身が尊敬する先生に護衛の必要を感じていなかった

 とうの佐々木は突然の総督指名に困惑していた。


「普通、こういうのは私の内諾を受けてから発表するんじゃないかな?」

「たぶん、誰かが話したろうと忘れてたのよ。

 昔からそうじゃない」


 妻に言われて消沈する。

 確かに勝手に誰かに御膳立てや忖度されて、公安調査庁の1官僚から市長にまで祭り上げられてしまった。


「どちらにしろ新京のお城まで行かないといけないんじゃない?」


 外では佐々木の総督就任を祝って、万歳三唱まで起こっている。


「いや、いま話を聞かされたはばかりなんだけど」

「これは断れない空気ね」


 そこに息子の嫁の葉子がやって来る。


「お義父さん、日本仏教連合と中島飛行機から総督就任の花輪を贈りたいから、いつ頃なら御迷惑にならないかと問い合わせが……」

「まだ、受けるって言ってないから!!

 全く、60代後半の爺さんに何をやらせようというんだ」


 総督府に一言言ってやろうと、電話を取ろうとすると、王国から国王の名代として、ナントカ公爵とやらが、祝辞を述べる使節として現れ、外堀が埋められていった。





 大陸中央部

 アウストラリス王国

 王都ソフィア


 アウストラリス王国の国王モルデール・ソフィア・アウストラリス陛下は、日本から報告された新総督の話を聞くと、即座に使節を送りながら情報を報告させていた。


「日本の諜報機関で辣腕を奮い、海賊や海棲亜人との立ち回りを演じた武道派。

 剣の達人にして、一流派閥の創始者か。

 なかなか面白い経歴だな」

「政治的にも神居市の市長を無難にこなし、数千名にも及ぶ門下生が、自衛隊、警察、冒険者にも多数いるとか。

 これは侮れませんな」


 宰相ヴィクトールも感嘆の声を挙げている。

 だいぶ話が盛られているので、佐々木本人が聞いたら悶絶していたかもしれない。


「まだ幼子だが孫娘がいるな。

 余に息子がいれば婚姻を持ち掛けるのだが」


 まだ若い国王は独身だ。

 皇弟時代は会ったこともない婚約者もいたのだが、皇都大空襲で一族郎党とともに火の海に消えてしまった。

 国王として即位はしたが、妙齢の令嬢は新京の屋敷に人質状態なので出会いすらない。


「しかし、総督府が移転となると新京の貴族屋敷も移転になるな。

 少しは王都に近くなるか」


 日本の支配領域は東部300領邦の13領にすぎない。

 間に挟む領邦の多さを思うとため息が出る。


「来年、落ち着いたら新総督の謁見があるだろう。

 宴の準備を怠るなよ」

「御意」


 佐々木新総督本人の緊張のハードルは、どんどん上がっていくことになる。





 大陸東部

 新京特別行政区 大陸総督府


 総督府が置かれている新京城特別行政区。

 新総督に指名された佐々木洋介は、話し合いの為に登城することになった。

 もう65才となる身で、公職に任じられると勘弁して欲しいところだが、まわりの空気が断ることを許してくれなそうだった。

 主に身内であるはずの門下生や神居市の支持者や後援者達がだ。


「身内に後ろから撃たれる、というのはこういうのを言うのかな?」

「何を言ってるの。

 それより貴方が総督に就任したらこのお城が私達のお家になるのかしら?」


 呑気なことを言ってくれる女房だが、公安調査庁を退官し、移民してきた当時は本国のマイホームを手離して、ふさぎ混んでいた。

 神居市の新居が大邸宅と知って、元気を取り戻したが、その新居から出ていくことに思うところはないか心配になる。


「二の丸御殿が総督公邸だな。

 五年程の仮住まいだから、今の家は洋一一家に譲って、引退後は同居かな?」


 考えてみれば長男、次男一家と離れれば、可愛い孫とも別居な事を思いだし憂鬱になる。

 新たに新居を建てる財産もあるが、70才を過ぎてからだと広い家も煩わしい、同居一択だ。


「大丈夫です。

 先生には不肖、秘書の川田雅晴が付いております。

 政財界にも多少は顔が利きますので、先生を路頭に迷う老後など送らせません!!」


 ちょっと大柄の門下生の一人であった川田は、佐々木が神居市市長に就任した時に秘書となっていた。

 柔道や剣道の有段者であり、佐々木の総督就任の暁には二等補佐官の席が打診されている。

 彼の存在も佐々木が断れない一因となっている。

 実のところ新京城に入る前まで門下生達が護衛と称して、大量の車両が付き添い、大名行列の様相を呈していた。

 新京城を警備していた第6教育連隊6教導中隊隊長柿生武志一等陸尉からは苦言を言われてしまっていた。

 ちょっとした私兵団は扱いに困る。

 総督府執務室に通された佐々木は、挨拶もそこそこに秋月総督に握手を交わされる。


「いや、お噂はかねがね。

 貴方なら各勢力の思惑を跳ね返せる逸材だと信じています」

「どんな噂かは聞くのが怖いですが、大半は買いかぶりですけどね。

 まあ、次代に繋げる中継ぎとして、精励させて頂きますよ」

「総督は副総理格の国務大臣に相当します。

 年明けに本国に戻り、宮中にて親任式と認証式が行われます。

 続いて総理官邸にて補職辞令の授受を行います。

 この辺りは退任の挨拶として私も同行しますのでご安心下さい」

「はい、御同行ありがとうございます。

 色々と不安なことばかりなので、心強い限りです」

「本国でも晩餐会やパーティーに参加となりますが、こちらに戻ってきても国王陛下への謁見や各国、独立都市との首脳会見が目白押しです」


 ちょっとスケジュールや健康に不安を覚えるが乗り切るしかない。


「留任する補佐官の秋山君と正式に護衛室長になった吉田一尉が、そのあたりをフォローしてくれます」


 紹介されたスーツの30代の男と20代の女性自衛官が挨拶してくる。

 佐々木の新総督就任は各方面に様々な思惑を施すことになる。



 新京城本丸では、斉木財務局長代理が、総督府移転計画の予算捻出に頭を痛めていた。

 新都市建設とは別に既存の施設移転も考えないといけない。

 ちなみに和風建築の城の建設は譲れないと、会議で決定していた。

 男達のこだわりは理解し難い。



「俺達も引っ越しの準備をしないといけないのかな?

 貴族どもと近くなるのは勘弁してもらいたかったな」


 杉村外務局長も新総督就任の挨拶回りに就任パーティーの仕切りと忙しくなる。


「まあ、俺はこれが最後の仕事だな。

 次の就職先探さないと」

「やっぱり杉村さんは本省には戻らないんですか?」

「外務省はなあ、国連大使も特命全権大使も無くなったから、あとは事務次官や審議官くらいしか上は無いんだよ。

 仕事も高麗か北サハリン本国との折衝や各国大使館の接待くらい。

 外交の最前線はここだから、分裂状態なんだ。

 移民もした後だと、あちらに俺の席はないよ」


 天下り先の候補は困っていないし、来年に行われる道議会議員選挙のオファーも受けている。

 50代の杉原は良いが、20代の斉木はそうはいかない。

 だがいつまでも上席の椅子を占有し続けるのは良くないのはわかっている。


「私は代理の文字が抜けるので留任します」

「今回の局長引退は俺だけか」

「菅原局長も退官するらしいですよ。

 ご家族の作っていた農園の経営にまわるとか」

「激務だったから仕方ないか」


 局長で最先任の杉村が抜けるのは自然として、他の局長は激務でリタイアが多く、年季が立っていない。

 後継は次の次の総督就任時までお預けだった。


「自衛隊も高橋陸将が退役するそうですよ」

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