第166話 アボルダージュ

 日本国

 首都 東京

 市ヶ谷 防衛省 統合司令部


 統合司令部がある庁舎G棟は、転移前は駿河台学園が有った位置に新設されている。

 ここから庁舎A棟にある大臣室までは、普通に行けば徒歩で20分掛かる。

 往復を考え、車を用意してると考えていた乃村はG棟玄関で電動キックボードを渡されて困惑する。


「これなら五分で行けます。

 お急ぎください」

「府中からのホットラインは統合司令部にも置くべきだな」


 かいた汗をタオルで拭きながら大臣執務室に入室すると、マディノ元子爵ベッセンがホットラインのテレビ電話のスクリーンに大写しで待機していた。


「これは大臣閣下。

 事態はニュース報道からも聞いております。

 あの『エルドリッチ』とやらは魔法の転移や召喚と同じ原理で何度も出現してるのでは無いかと推測したので、お話を聞いて頂きたいとお越し願いました」


 それは確かに今聞きたい推測ではあった。


「わかった。

 時間は無いから要点だけ言ってくれ」

「では、魔術における転移や召喚は異なる場所にいる対象を魔力に変換して再構築することによって成り立っています。

『エルドリッチ』はそれを機械的に再現したものじゃないかと考えます。

 魔術の場合、魔術師からの魔力が途絶えたり、魔術そのもの終わりが設定されていることから、自動的にスイッチが切れます。

 あの『エルドリッチ』、スイッチ切り忘れてませんか?

 あの艦は自分で自分を再生して召喚してるんですよ」

「いや、その仮説が正しいとして、なんで撃沈した艦が再び再生されて現れる?

 第一、その理屈なら機械が破壊されたり、動かしてる電力が切れたらおしまいじゃないか?」

「機械そのものが艦内部にあるから電力自体が再生される永久機関ですね。

 こちらの世界にいる『エルドリッチ』は、魔力でも量子でもなんでも良いが、変換されたまま異空間にまだ存在し、複製されたコピーです。

 こちらに存在しているという事実を固定する為に撃沈と同時に再召喚して出現しているのです」


 老境に差し掛かった乃村では理解が追い付かないが、義理の娘は違った。


「無限湧き?

 いえ、この場合はコンピュータープログラムの無限ループでしょうか。

 片方のスイッチを停めてしまえば、エネルギーが再生されないから湧きが止まる。

 逆に常に一隻しか存在できないから、次はどこに出現するかわからない」

「御名答。

 まあ、さすがに大陸とか、世界の反対側までは行かないと思うけどね。

 おそらく『エルドリッチ』は最初に出現しさてから長い年月彷徨ってたんだと思うよ。

 朽ちては沈み、再び現れ、この国の領海にはじめて辿り着いたんだと思う」


 乃村としてはそれだけわかれば十分だった。


 その場で携帯電話で哀川統合司令に連絡を取る。


「今いる『エルドリッチ』に対する攻撃を中止。

 移乗白兵戦が出来る戦力をかき集めてくれ」





 日本国

 豊後水道

 米国海軍イージス艦『ジョン・S・マケイン』


「日本政府から協力要請が来たが、本当にこれ、やらなきゃいけないのか?」


 艦長のアーロン・シェイファー大佐は、自艦を損傷させる前提の作戦に懐疑的だった。


「『エルドリッチ』の動きを止めるだけならミサイルや艦砲は威力が有りすぎるのはわかる。

 移乗白兵戦をする為にこの艦を減速させた『エルドリッチ』に強制接舷させるのもわかる。

 だがどうやって減速させる気だ?」

「艦長、自衛隊のヘリが着艦が求めています」

「許可する。

 艦から艦に飛び移ろうとするクレイジーな連中だ。

 歓迎してやれ」




 当初、移乗白兵戦の命令を下された海上自衛隊特別警備隊第二中隊隊長の住吉三等海佐は統合司令部の正気を疑っていた。

 確かにヘリコプターや高速ボートによる不審船への移乗強襲の訓練は出来ているが、軍艦相手となると話が違う。

 艦砲や対空機銃でこちらが蹴散らされるのがヲチだ。

 だから『エルドリッチ』と同じ米軍艦で接近するという。

『ジョン・S・マケイン』には第一小隊、『マスティン』には第二小隊が乗り込んだ。

 後は司令部がどう『エルドリッチ』を減速させるかに掛かっていた。





 山口県下関市

 みもすそ川公園


 壇之浦古戦場に面するみもすそ川公園に山口駐屯地に配備されていた第30普通科連隊の隊員達が即席の陣地や司令部を作っていた。

 間も無くこちらにやってくる『エルドリッチ』を迎え撃つ為だ。

 しかし、連隊長高見沢一等陸佐は呆れ返っていた。


「アレ、本当に使えるのか?」

「年に一回は祭りで使用してたそうです。

 念のためにカモフラージュさせてますが、使用は二回が限度でしょう」


 問われた大隊長の津久田三等陸佐が答えるが、勇ましく団員達に号令を掛けている下関自警団団長に辟易している。

 防衛大臣直々の電話で舞い上がっているのだ。

 今回の『エルドリッチ』は、陸上への砲撃は行っていない。

 だが貨物船数隻が砲弾を浴びて損傷している。

 関門橋の下には海上保安庁第七管区が巡視船12隻を結集させて最終防衛ラインとする有り様だ。


「そもそも『エルドリッチ』は誰が動かしてるんだろうな」


 それに寄ってはこの作戦は失敗する。


「火の山公園監視所から連絡、『エルドリッチ』来ました。

 追跡の米軍艦もです」


 火の山公園山頂は、瀬戸内海と日本海、関門橋、関門海峡を挟んで下関市街地と福岡県北九州市門司港を一望にできる場所にあることから監視所に最適だった。


「よし、では団長、一番槍は任せましたよ。

 合図とともに攻撃開始です」




 日本国

 山口県下関市

 関門海峡


 謎の動きを見せる大戦中の護衛駆逐艦『エルドリッチ』に対し、自衛隊は移乗白兵戦を決意した。


「艦内には異端の天才科学者ニコラ・テスラが開発したテスラコイルと呼ばれる回転増幅器と高周波発生器が下層にある機械室に設置されていると思われる。

 この装置が一連の事態の原因と考えられる。

 我々の任務は『エルドリッチ』に飛び移り、武器を破壊しつつ艦内にあるこの装置を破壊或いは停止させることだ」


 米海軍イージス艦『ジョン・S・マケイン』のブリーフィングルームを借りて、隊員に説明する海上自衛隊特別警備隊第二中隊隊長住吉三等海佐は、自分で説明しながら酷い作戦だと思っていた。

 何しろ装置の存在まで都市伝説頼りなのだ。

 テスラの回転増幅器は小さな鉄製の箱で、ふたつの通気口が設けられいる。

 重量は約23キロで、繋がれた数基のテスラコイルと連動して高電圧の電流を生み出すというシステムであったようだ。

 ケーブルは銅製の1セント硬貨をつなげて作られたものというのが眉唾臭い。

 このブリーフィングは僚艦の『マスティン』に乗艦する第二小隊にも通信で繋がって聞いている。


「幸い『エルドリッチ』の同型キャノン級護衛駆逐艦は、我が海上自衛隊に初代あさひ型護衛艦として配備されており、艦内のレイアウトは把握できている。

 艦内の障害を全て排除し、任務を全うせよ」


 つまり『エルドリッチ』に乗艦しているだろう米海軍乗員が抵抗したら射殺して良いとの指示を米艦内で出しているのだから、直接的表現では言えない。

 隊員達も空気を察してくれるのか、この件に関する質問はしない。

 幸いなことに『エルドリッチ』は、星条旗を掲げる『ジョン・S・マケイン』や『マスティン』を攻撃してこない。

 それにつけこみ、両艦にインターセプトコースを採らせて、『エルドリッチ』を壇之浦に誘導している最中だ。


「しかし、隊長。

 さすがに高速で航行する軍艦に飛び移るのは危険です。

 何らかの方法で減速して貰わなければ」

「その件は下関の陸自が低威力の武器で攻撃して減速させるそうだ。

 その直後にこの艦と『マスティン』で両舷から接舷して乗り込む」

「低威力の武器って何です?」






 下関市

 みもすそ川公園


 下関市みもすそ川公園には、下関市自警団が設置した大砲が6門存在する。

 元は幕末の下関戦争時に活躍した長州藩の砲台跡であることから、観光用に設置されたレプリカだった。

 転移後の自警団武装化に伴い、レプリカの老朽化を名目に長州砲(八十斤加農砲)5門を再現して実用化してしまったのだ。

 ついでに同公園に展示されていた天保製長州砲も一門再現している。


「まさかこいつらを実戦に参加させる時が来るとは思わなかった」


 公園に部隊を展開させた第30普通科連隊連隊長高見沢一等陸佐も呆れている。

 さすがに対岸の北九州市の自警団も同様に四年式十五珊榴弾砲を再現して小倉城に配備してるのは知らない。


「『エルドリッチ』接近!!」


 それでも使えるものは使うしかない。


「団長、お願いします」


 高見沢一佐に要請された下関市自警団団長こと、市役所観光課課長の坂崎は、震える声で命令する。


「よく引き付けろ……

 相手はアメリカの軍艦だ。

 下関戦争の借りを返すいい機会だ。




 撃てぃ!!」


 祭りで撃つ機会があるらしく、団員達の技量は高い。

 自衛隊にカモフラージュされていた長州砲は、関門海峡を航行していた『エルドリッチ』に三発が命中した。

 砲撃による発射時の反動で、長州砲は車輪を回しながら後退する。

 さすがに大戦中の装甲を施された軍艦に穴を開けるほどの威力はない。

 それでも砲撃による威力は、『エルドリッチ』を大きく減速させた。



「今だ、『エルドリッチ』左舷に強制接舷!!

 総員、衝撃に備えろ」


『ジョン・S・マケイン』艦長アーロン・シェイファー大佐が、ブリッジから陣頭指揮を取り、スピーカーから艦長の叫ぶ声が鳴り響く。

 五倍の重量差がある両艦の接触は激しく艦を揺らし、支え無し立っていられない。


『アボルダージュ(移乗攻撃)!!』


 衝突音に負けない最大音量でシェイファー大佐の命令が遠く下関市まで聞こえる。


「くそっ!!

 俺が言おうって思ってたのに」


 声に出して言いたい号令だ。

 住吉三佐は溜め息を吐く。

 揺れる艦板で身体を支えながらタイミングを見定める。


「各々のタイミングで跳べ!!」


 海上警備活動の為に船から船に飛び移る訓練は行われているが、軍艦から軍艦に跳び移るのは難易度が高い。


 揺れる『ジョン・S・マケイン』から跳び移れる隊員は第一小隊から七人しかいなかった。

 住吉三佐も『エルドリッチ』に跳び乗るとカラビナを手摺に引っ掛けて安全を保つ。

 同時に『エルドリッチ』右舷に『マスティン』が強制接舷して衝撃が隊員達を襲う。

『マスティン』からも第2小隊の隊員が六名跳びのって来る。

 互いの隊員達がハンドサインで三名ずつに別れて両舷の前部後部に分かれる。

 住吉三佐はブリッジ横に設置された20mm単装機銃にMK3手榴弾を投擲して爆破する。


「まずは丸腰にしてやる」





 みもすそ川公園から特別警備隊隊員達が跳び乗る光景を見て坂崎団長は呟く。


「勇壮ですなあ、八艘跳びかな?」

「壇之浦だけに?

 しかし、良く沈まなかったな」


 七倍の重量差がある二隻の艦に衝突されて『エルドリッチ』の艦体には、各所に穴が開いて浸水している筈だ。

 少し急ぐ必要がありそうだと高見沢一佐は、すぐに次の命令を下す。


「関門橋からレンジャーのリペリングを開始させろ。

 無理はするな、タイミングが合えばでいい」



 

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