第54話 追跡行 後編
シュヴァルノヴナ海
水産庁漁業調査船『開洋丸』は、高麗を襲撃した海棲亜人の本拠地を探る為、高麗国から逃走したイカ人の軍勢の追跡を続けていた。
途中、何度も足止めの為に少数のイカ人の部隊が攻撃を仕掛けてきた。
だがその度に護衛艦『あさぎり』のインターセプトを食らった。
「左舷9度、敵対海棲生物群認む、砲雷撃戦用意!!」
「『開洋丸』からのデータ入力、完了!!」
開洋丸の魚群探知機は、こういった場合には大変有効であった。
人間大の生き物が、数十、数百と向こうから探知の範囲に入ってきてくれるのだ。
接近するイカ人の軍勢に向けて、『あさぎり』の主砲、62口径76mm単装速射砲が火を吹き、指定された海面を正確に激しく叩く。
衝撃で多数のイカ人の将兵が、死んだり、気を失い水面に浮き上がる。
衝撃波から逃れた比較的外側にいた集団にも『あさぎり』の68式3連装短魚雷発射管HOS-301から発射された12式短魚雷2本が、イカ人の群れの真ん中で爆発して同様の運命を辿らせた。
生き残ったイカ人達は、散り散りになりつつも果敢に『あさぎり』に向かってくるが、艦艇用銃架に設置された12.7ミリ機関銃の銃弾で海面近くまで浮上したイカ人を貫き海域を血で染めていく。
単身、『あさぎり』まで辿り着いたイカ人の兵士も、海面から『あさぎり』の甲板まで登ることが出来ずに、立ち入り検査隊の隊員に射殺されていく。
一部のイカ人達は、『あさぎり』を無視して『開洋丸』に向かい、甲板によじ登ろうと触手を伸ばす。
最初は船底を銛で突いていたのだが、木造船と違って穴を開けることが出来ないので戦法を変えてきたのだ。
「とにかく船に乗り込め!!
我らの勝機はそこにしかない!!」
イカ人の指揮官が叫ぶが、船上の人間達にはもちろん理解できていない。
しかし、相手のしようとしていることは理解できる。
同船に乗り込んだ漁業監督官達が拳銃や猟銃で、吸盤で船縁に張り付いたイカ人達を容赦なく射殺していく。
漁業監督官達は転移前は銃火器による武装は認められていなかった。
だが転移後の海洋モンスターや海賊による襲撃で、漁船に少なからずの被害が発生するとそうも言ってられなくなる。
法改正により、銃火器の所有並びに使用が認められると、水産庁は漁業監督官の大幅な増員を実施した。
大量採用された彼等は、海上自衛隊特別警備隊から訓練を施され、漁場の安全を守るために活躍し今に至る。
新たな装備品は、同様に武装化を進めていた法務省矯正局の刑務隊や国土交通省の国境保安局国境保安隊等と一緒に調達された。
「しかし、我々はともかく、水産庁の連中が調査任務で発砲は法的にどうなんだろうな?」
やたらと派手に射ちまくっている『開洋丸』の漁業監督官達の様子に、『あさぎり』の乗員達は疑問を抱く。
「海洋モンスター襲撃による正統防衛が適用されるのだろう。
あとは、危険生物の駆除とかかな?」
「まあ、法的解釈は水産庁が考えることだよな。
だが、これで5度目の襲撃か、いい加減うんざりだ」
部下たちの声を聞きながら、護衛艦『あさぎり』の艦長白戸輝明二佐も娘の結婚式までにこの任務を終わらせたいと、うんざりしていた。
乗員達はそんな上官に迂闊に目を合わせないように距離をとるが、報告義務のある乗員が貧乏クジをひいていた。
「艦長、『開洋丸』が追跡中の敵本隊をロストした模様です。
ですがロストした地点で海中に不審な反応を得たと、調査を申し出ています」
「あの敵の本隊を追跡してたら、敵の拠点を発見出来るんじゃなかったのか?
まったく、シエラ1も見失ったのか?」
「はい、戦闘に参加させた隙を突かれました」
シエラ1は、護衛艦『あさぎり』搭載の対潜哨戒ヘリコプター、Sh-60Jのことだ。
爆発の衝撃波で気を失って浮上したイカ人の掃討を命令していたことが裏目に出てしまった。
追跡失敗を本国に報告すれば帰還できるが、任務失敗を許容出来るほど白戸二佐は若くはない。
実際、3度も追跡を振りきられていたが、その度に敵の本隊の再発見を成功させている。
「調査は許可するが、敵の本隊探知を最優先させることを徹底しろと伝えろ」
シュヴァルノヴナ海
海都ゲルトルーダ
海底宮殿
日本に派遣した軍勢三万は壊滅し、生き残ったのは700に満たない。
海底宮殿に集ったイカ人の重鎮達は対策を協議していた。
洋上に人間達の船が浮かんでいるのは、イカ人達も把握している。
しかし、地上に住む人間達は海中には手出しが出来ないと、高を括っていたので放置することになっていた。
「些か目障りだがやむおえん。
決して、兵士達に手を出させるな。
尊い犠牲を払って追跡を振り切ったのだ。
このゲルトルーダの存在を知られるわけにはいかない。
どうせ人間達には深海を探るすべは無いのだから上手くやりすごすのだ」
軍の重鎮であるウキドブレ提督の言葉に逆らう者はいない。
提督にはこの海で使用出来る最後一匹の巨大赤エイに座乗する立場にあるからでもある。
「聞けばあの船は2ヶ月も追跡を続けていたという。
食料も多くは残っておるまい。
あと少し、ゲルトルーダを知られなければ退くことだろう」
彼等は冷蔵庫や缶詰めの存在を知らない。
さらに『開洋丸』には漁船としての機能も備わっている。
多少の長期航海など苦にも思っていない。
「で、フセヴォロドヴナ海の動きはどうか?」
フセヴォロドヴナ海の海蛇人にも日本の北方を攻めさせたが、全滅の憂き目に合わされた。
そちらの外交を任せていたイカ人が答える。
「はい、フセヴォロドヴナ海は保有する戦力のほとんどを日本侵攻に割り振っていました。
まさかの一兵も帰らぬ事態に内紛が始まったとのことです」
ウキドブレ提督はこの作戦に参加を要請したことに、些かの責任は感じたが今は自分たちの足元まで火の粉が来ている為に静観を決め込む。
「そして未確認情報ですが、どうやらアガフィア海の海亀人達も日本に仕掛けて戦力の大半を失ったとのことです」
「なんと、あの海亀共もか!?」
海の民最大戦力を保有する海亀人が敗れたのはウキドブレ提督をはじめとする重鎮達にも衝撃を与えていた。
「うむ、しかし、この事態。
殿下には『島』に行っててもらってよかった」
「さよう、殿下はこのシュヴァルノヴナ海で唯一の海皇の継承候補者、我等の希望だ。
何かあっては事だからな。
伝令を出して『島』に留まるようご注進申し上げろ」
言葉が出ないウキドブレ提督にかわり、重鎮達が対策の指示を出していく。
このシュヴァルノヴナ海の長たる『深海の魔物』の異名をもつハーヴグーヴァなら、日本の軍艦に対抗出来るかもしれない。
だが現状、その身に危険が及ぶ行為は避けてもらうしかない。
現在は海中では生産できない品を生産する『島』に滞在していた。
その『島』では、西方大陸アガリアレプトから購入した人間の奴隷を使って、鉱物資源の採掘や必要な道具を生産させている。
しかし、近年西方大陸アガリアレプトの奴隷商人が次々と命を断たれて調達が難しくなっていた。
アメリカと日本の仕業であるが、イカ人達は日本の単独と考えいた。
故に日本を襲撃させた理由の1つではある。
レムリア連合皇国の主導権争いも大事だが、奴隷の不足による経済的停滞も深刻になってきたからだ。
だが、自分達の選択肢はドラゴンの尾を踏んだとウキドブレ提督も重鎮達も自覚せざるを得ない。
水産庁所属調査船
『開洋丸』
許可を得た『開洋丸』は、これっぽっちも自重しなかった。
学者が多数同行してたのもよくなかった。
様々な観測機器を動員して、周辺海域の探査を開始する。
多要素観測装置(CTD用オクトパス)。
航走中の船舶から海中にプローブを投下して探知するXCTD。
通常の魚群探知機に、魚探反応を定量化された数値に変換して出力する機能を計量魚探。
超音波のドップラー効果を利用した多層流向流速計。
数々の観測機器が僅かな時間に海底の状況が明らかにしていく。
「当たりだな、これは」
観測結果が入力されて、コンピューターが海底に都市の姿を3Dモデルを作り出していく。
海底に岩盤をくり貫いて造られたと思われる建造物や加工した建築資材を積み上げて造られたと思われる家屋の姿が確認できる。
そして、それらに蠢く人間大の大きさの複数の生物の反応。
何より追跡対象だった巨大赤エイが海底の巣と思われる場所で、停泊する姿が海中に投下した水中カメラで撮られている。
「水深は100メートル程度。
太陽の光は届いてないか?」
「範囲がどんどん拡がっていくぞ」
「この1隻だけで、やってたら何年掛かるか、本国打電!!
『もっと船寄越せ!!』」
千島列島新知島
千島列島中千島にある新知島は、徳之島よりやや大きい程度の島で、複数の火山で構成された火山島である。
日本と北サハリンの共同統治地域であり、民間人はほとんどいない。
北東部には2.5kmの幅の半分海没したカルデラ湖・武魯頓湾があり、天然の良港となっていた。
新香港を出港した094型原子力潜水艦『長征7号』は、北サハリン海軍のオホーツク型航洋曳船『アレクサンデル・ピスクノフ』に曳航され、潜水艦用ドックに入港する。
この島は冷戦時代にはソ連海軍の潜水艦艦隊の秘密基地が存在していた。
ソ連崩壊後の1994年に放棄されたが、転移後の千島列島返還後に日本・北サハリンの共同基地として再建された。
まだ秋とはいえ、さすがに千島列島は肌寒い。
温暖な気候に慣れていた『長征7号』御一行は、大湊で補給品として自衛隊より提供された防寒具に身をやつしていた。
日本の主に郊外を中心に多数の店舗を持つ衣料品チェーンストアで購入した品物である。
「日本としても国内では反発の強い原子力関連の開発や研究を、住民がいないこの島でやろうと思い立ったのですよ。
返還時にこの島に上陸した第五旅団の隊員もこの島の施設に驚いてましたがね」
新知基地内を島内に駐屯する第509沿岸監視隊の石本一等空尉が、『長征7号』御一行を引率しながら案内する。
千島列島防衛は陸上自衛隊第5師団の管轄である。
千島列島返還時に第五旅団は増強して師団に格上げになったが、得撫島、択捉島、国後島以外に主力部隊を置く余裕が今のところない。
北千島や中千島の島には沿岸監視部隊か、分屯地をおく程度となっていた。
「それはいいが、今回の改修に日本が加わるとは聞いていない」
『長征7号』艦長代理である呉定発武警大尉が苦情を伸べるが、石本一尉は意に介していない。
「命令書は今日中に駐日新香港大使館を通じて届きますよ。
大使自らこちらに来てくれるそうですからご安心を。
実際、修理の為の部品は日本製で代用するしかないですからね。
我々の協力無しには無理です。
工員や技術者も沢山連れてきましたから安心して下さい。
急ぐ必要も出てきましたしね」
日本としてはこの整備に人員を派遣することにより、ロシア系原子力潜水艦の技術の一端に触れる好機であった。
「急ぐ必要?」
呉武警大尉の疑問に、石本一尉は湾内を指差す。
湾内の桟橋やドックには、北サハリンが保有するオスカー級原子力潜水艦4隻が停泊している。
また、アウストラリス大陸の北サハリン領ヴェルフネウディンスク市に配備されているはずのキロ型潜水艦3隻が寄港している。
「アガリアレプト大陸のアクラ級5隻もじきに合流します。
1隻は現在も追跡任務中で現地から離れられませんが、別の場所では、デルタ型原子力潜水艦も集まってます。
『長征7号』には修理が完了次第、多国籍潜水艦隊に参加してもらいますよ。
新香港政府も了承しています」
「だから命令書を先に......
防衛機密とかに絡んで話せないのは理解するが、今からそんな話をされても困る」
何が起こっているのか事態が見えてこない。
ようするに大規模な潜水艦を使用する国際的な作戦が発動された、ということしかわからない。
「まあ、一言言えるのは敵の根拠地が2つ見つかったということですよ」
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