第225話 ソリステア子爵領
大陸東部
旧天領ソリステア
町の中心にある一番大きな酒場に領内の有力者達が集まっていた。
各ギルドの長、近隣の町村の長、有力な商人に大地主。
しかし、集まった顔ぶれに代官や騎士、文官といった支配階級に連なる者が一人もいなかった。
「領の支配者が変わる」
場を取り仕切る商業ギルドのギルド長ルンデンハウスの言葉に全員の顔が強張る。
これまでは天領の領民として、低い税を納め、それなりに豊かに暮らしていたのにそれが一貴族の領地となるのだ。
今の困窮した貴族の領地となれば税は高くなり、搾り取られるのは目に見えていた。
このソリステアの領土は、日本からの鉄道が走っており、領都には駅もある。
大陸の東部地域と中央部の境目の町の1つとして要所と言えた。
「もう天領時代には戻れない。
代官所も騎士団も王都に撤収し、領邦軍も自警以外は活動停止だ。
もうすぐ御使者様が領主様がいらっしゃるまでにやっておくことを通達する。
諸君等に集まってもらったのはその為だ」
深刻そうな顔や唸り声を挙げる列席者達が座る広間の隣室である控室で、その使者たるスーツ姿の日本国行政官狩野雄一は、広間の反応を伺いながら緊張に何度も水を飲んでいた。
「落ち着きなさいな。
取って食われるわけじゃない。
まあ、最初の命令はさぞ嫌そうな顔をされるだろうが」
同じく使者として派遣されたのは、城ケ根敬三等佐が宥めるがこれで何度目だったか数えてしまう。
城ケ根三佐はこの地に分屯地を建設して駐屯する新設部隊、第13先遣隊隊長として赴任する。
それに伴い、領主館や分屯地の工事を周辺の貴族にも普請を手伝わせるが、日本人の入植が多数予測された。
現時点でも自衛官とその家族で800名、鉄道の駅職員とその家族20名が予定に入っている。
彼等を支える教育機関や商業施設も増えてくる。
日本人冒険者や運送業者、開拓民もだ。
ようするに日本人街が出来るからそのまとめ役としての狩野行政官の仕事だ。
一般的に日本では行政官とは、行政機関である府・省・庁・委員会などの職員並びに官職のことをいう。
狩野は総督府の職員であるが、総督の代理として領内に駐在し、領主の補佐として行政を司る立場となる。
このあたりは英国の海外領土の行政官を参考にしている。
時間となり多くの有力者の視線に晒されるなか、狩野行政官はある発表を行う。
「領地名のソリステアはそのまま使用されます。
よってこの領邦はソリステア子爵領となります。
また、今までは領都をそのまま領都ソリステアと呼称していましたが、これを改名。
領都財部(たからべ)となります。
公文書や看板の訂正はお早めにお願いします」
この発表に一同は驚愕する。
代表してルンデンハウスが聞き返す。
「その財部(たからべ)という文字は日本語での表記なのでしょうか?」
「はい、最初に皆さんに覚えてもらう日本の文字になります。
よろしくお願いしますね」
これは支配を認知させる一手だとルンデンハウス達は悟っていた。
最初の要求としては軽そうに見えて重い。
文字の読めない庶民はともかく、富裕層とは支配される実感に温度差も出る。
日本人の住民が増えることからも、彼等の雇用が必要となりそうだった。
「あの顔は命令への反発を許さない顔だ。
支配を大人しく受け入れるしかない」
先程から柔和な顔に見せ掛けて、全く笑っていない狩野行政官の顔に列席者達が戦慄する。
本人が緊張でいっぱいいっぱいなだけだが、それが功を奏したようだ。
「あのう……」
そんななか、一人の村長が手を挙げた。
「はい、そこの方。
お名前とお役職を先にお願いします」
「はあ、ダクネス村の村長してますテイラーといいます。
えっと、今は騎士団がいなくて、領邦軍が町や村内での自警しか出来ないんですが、野盗とか、モンスターが増えてきて……
対処はやはり子爵様が来てからに?」
この質問には城ケ根三佐が答える。
「子爵閣下が来られるまでに我々が領内の掃除を行います。
今のうちに出没範囲等の情報を各町村でまとめておいて下さい」
「ああ、出来れば至急の討伐をお願いしたいんですが……
村の兵士や雇った冒険者達が食われちゃって」
話は簡単に後回しに出来そうになかった。
先遣隊は陸海空、三自衛隊の合同部隊だ。
有望な資源のある領地や遠方で日本の軍事力が及びにくい地域の拠点などに派遣されて駐屯する。
当初は東部地域にも存在したが、植民都市の発展と共に解体となった。
第13先遣隊は久方振りの東部地域に砦を構えることになるが、要所というより政治的事情が大きかった。
分屯地全体の会計や警務、警戒レーダを運用する空自の隊員が、陸自の施設科と一緒にレーダーサイトの建設に従事しているし、海自は申し訳程度の連絡員を3名寄越してきただけだ。
オフィスの1つでも渡しておけば事足りる。
「まあ、陸自の枠を奪われても困るんで最低限の人員ならありがたいと思うだけなんだがな。
うちの命令系統に無い陸自の隊員とはどういうことだ?
しかも二個分隊とは枠削りにも程がある」
先遣隊最大部隊の普通科二個小隊を預かる羽倉一等陸尉としては、全く挨拶に来ないどころか姿も見せない隣の部隊の隊舎を眺めて首を捻っていた。
どの各科の部隊も人数は絞っており、後方支援や施設科が小隊で、特科、高射特科、機甲科が分隊、他の科は一個班程度だ。
「彼等は便宜的にこの分屯地に籍を置いてるから隊舎を置いてるだけだよ。
通常任務からして分屯地に常駐はしない」
先遣隊隊長の城ケ根三佐が言うのならと羽倉一尉も引っ込むが、確認すべきことは聞いてくる。
「どこの部隊が親なんですか?」
「大陸東部警務隊だ。
君たち問題は起こさないでね」
隊舎1つどころか、この分屯地そのものが警務隊の指揮下に入るべきという大陸東部警務隊隊長鴻池新田一等陸佐の暴論に第16師団師団長青木三等陸将、第17師団団長久田三等陸将、第18師団長代理高野陸将補がそろって反発する事態となった。
南部混成団が指揮する大陸南部の先遣隊や第18即応機動連隊の指揮下に入っている大陸中央の先遣隊はともかく、北部や西部の先遣隊は独立部隊的な性格が強い。
新設された東部の先遣隊の指揮系統に後方部隊の紐付けをさせたくなかったからだ。
このあたりは陸上自衛隊内の主導権争いの一面もあり、本国防衛省の防衛監察本部や情報本部の意向を鴻池一佐が強く受けている背景がある。
曰く『大陸の自衛隊は総督府の権力をバックに好きにやりすぎである』ということだ。
「まあ、あんまり否定も出来ないですが文句は総督府に言って欲しいですね。
空自なんか、去年派手にやったせいで、対地爆弾やミサイル、燃料なんかが底を着いたと顔を青ざめさせてましたよ。
今年は備蓄なしでやりくりしなきゃって……
うちだって20式小銃や16式機動戦闘車とやらがいつになったらまわってくるやら」
大陸の自衛隊に自衛隊が異世界転移後に開発した装備がまわって来ないのは、そういった政治的な背景がある。
すでに新式装備は第13師団まで充足していて、余剰となった装備は第14師団や第15師団や他の本国部隊、さらには海自、空自、警察、その他準軍事機関に引き渡しても大陸の陸自には先延ばしにされてきたのだ。
第16師団が在日米軍、第17師団か旧ソ連、第18師団が中韓系の兵器をそれぞれの独立国と共有しているのもそんな事情からだ。
「まあ、どうにもならん話は置いといてだ。
子爵閣下がいらっしゃるまでに領内のゴミ掃除をするぞ。
総員出動準備だ」
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