第224話 習志野の今

 日本国

 千葉県習志野市

 陸上自衛隊習志野駐屯地


 防衛大臣乃村利正は、公設秘書であり次男嫁の白戸昭美と統合司令哀川一等陸将を伴い、習志野駐屯地で行われる式典に参加していた。

 大臣としては就任七年目であり、そろそろ上を目指している。

 長男も樺太道知事として順調にキャリアを積んでおり、次男利伸は豊富な政治資金を稼いでくれる。

 傍らの次男嫁の昭美は産休から復帰したばかりで、そろそろ政治的キャリアを積ませてやる段階に来ていた。

 普通は若い女性秘書など連れ歩けば愛人等では無いかと疑われるが、夫の利伸の方も財界で顔が売れているから卑猥な噂話など欠片も立たない。

 最もそんなゴシップ攻撃をしようものなら政界、財界から攻撃を受けて社会的抹殺するのが、この親子の共通認識である。


「大臣、第18特科連隊です」


 哀川一将に促され、椅子から立ち上がり敬礼する。

 用賀駐屯地の音楽隊が勇壮な曲を奏でる中、行進してくる18特連の隊員達が敬礼をしながら壇上前を通過していく。

 連隊が中間に差し掛かると連隊長が、行進を止めて乃村大臣の訓示を拝聴する。

 長ったらしい大臣の無駄話が終われば、連隊旗の授受を持って式典が終わる。


「無事、連隊旗の授与が終わりましたね」

「何回やっても慣れないな。

 しかし、これで第18特科連隊の正式始動か。

 いったい自衛隊はどこまで拡大していくんだろうな?

 それだけ我が国の就職戦線に難が有るということなんだが……」


 哀川一将の労いに乃村大臣は汗を拭いながら答える。

 自衛隊において、連隊旗は自衛隊旗の通称であったが、この世界に転移後は士気を挙げる目的から法的に正式に連隊旗と呼称することとなった。

 自衛隊に対する志願者は後を絶たず、士気に関しては全く心配はなかった。

 異世界転移の影響による社会経済のダメージがまだ癒えず、職業、食料、医薬品の不足が根底に有る。

 都市部の住民が素直に移民に応じてくれる訳である。


『大陸に行けばパンと薬草くらいはあるさ』

 とは、過労死した先代首相の言葉だった。


 また、連隊旗も様々な職業いた者達が自衛隊に入隊したことから、元デザイナー経験者達によるデザイン企画部が自衛隊内に立ち上がったりしていた。

 すでに彼等の魔の手は中隊旗にまで及ぼうとしてあいた。


「まだ19普連が19即連に改編したばかりですから

 18特連の連隊旗選考にも幕僚達が寝不足になってましたよ。

 次は55普連の旗だぞ、と無数のデザイン案を送りつけたら何人か倒れてましたね。

 さて11特連は当面、この駐屯地で訓練となります」

「空挺が戻ってこないから、この広い敷地をもて余してたからな。

 千葉県の警備も兼ねて新設部隊の編成、訓練地にしてたが派遣も10年目だ。

 いい加減、アメさんにも蹴りを付けて欲しいもんだ」


 南樺太で国境を防衛する第19普通科連隊は、二列年後の大陸の王都進駐の為に第19即応機動連隊に改編となった。

 現在は改編された部隊に合わせた装備の交換と習熟訓練が行われている。

 交代として第55普通科連隊が創設され、習志野駐屯地内で編成や訓練が行われている。

 この習志野駐屯地で創設式やら訓練が行われるのは、本来のこの駐屯地の主である第1空挺連隊が西方大陸アガリアレプトに出征中で留守だからだ。

 第1空挺連隊は、この世界に転移後に第1空挺団が第1空挺旅団に改編されたことにより、所属していた普通科3個大隊が1200名規模の連隊となる。

 これに合わせて空挺特科大隊、後方支援大隊、空挺施設中隊、空挺通信中隊、空挺衛生中隊、旅団司令部中隊等が増員増強がされた。

 また、C-2輸送機が高ペイロードを有していたことから16式機動戦闘車による空挺機甲中隊や北サハリンから購入したZSU-23-4 シルカを配備した空挺高射中隊だのやりたい放題の増強ぶりで、旅団としては2600名の大所帯となってしまった。


「下志津駐屯地も拡張したからいつ帰ってきてもいいんだが目処が立たない。

 あちらも第18後方支援連隊が留守番してるだけだしな」


 下志津駐屯地は、千葉県旧若葉区若松町に所在するが、千葉市の市民のほとんどが大陸へ移民している。

 駐屯地に隣接する女子高グラウンドや廃校となった小学校、中学校の土地や住民のいなくなった住宅街を接収して拡充させた。

 本来は第1空挺旅団の司令部や第1空挺連隊以外の大隊や中隊が駐屯する予定である。

 留守番の第18後方支援連隊も大陸派遣の為に創設されたので、本国にいる間は実際の任務が少なく、今回のような式典に駆り出されている。

 両連隊とも装備だけは嵩張るので、先に海上輸送群のにほんばれ型輸送艦に船橋の港から乗せて輸送させている。

 海上輸送群は西方大陸アガリアレプトに派遣されていたが、整備の為に帰国していたところを派遣隊から引き剥がして、輸送任務に就かせた。

 にほんばれ型輸送艦は陸海空各自衛隊の共同部隊である自衛隊海上輸送群の所属で、実質陸自の隊員が操艦しているので、大日本帝国陸軍の陸軍特殊船みたいだと揶揄されてはいた。

 最も2000tクラスの輸送艦では特科連隊の装備を運び出すのには全く足りてない。

 今回はエウロペ市の補給艦『モード』が高麗民国巨済島玉浦造船所にて建造、就役したので、その処女航海に今回の輸送を依頼した。



「来年は新設の方面隊総監部隊も創らねばならない。

 植民都市建設のスピードには着いていけないな、少し加減して貰わないと」


 政権を握った際の最初の政治的テーマが固まりつつあった。

 その為には政治的手駒をもう少し増やしておきたかった。

 長男の方はもう一期樺太道知事をやらせて地盤を固めるとして、目の前の公設秘書も次の段階に進ませるにはちょうど良い時期と言えた。


「なあ昭美君。

 君は大陸では那古野市に籍を置いてるんだったな?

 次の市長選出てみないか」


 大臣自身は要職に有ったことから移民対象から外れて、いまだに東京都民のままだが、次男利伸とその嫁は一応の邸宅を那古野市に置いている。

 実際には利伸は、豪華客船『クリスタル・シンフォニー』を石狩貿易本社兼自宅としており、産まれたばかりの娘の幸(ゆき)に十分なメイドや乳母を付けて養育している

 しかし、いつまでも母親が遠距離で働いているのも良くないだろうとは相談されていた。


「確かに私も本国で働くのは公私ともに限界かなとは思ってました。

 市長選、良い機会ですのでお義父様にはご支援ご鞭撻のほど、よろしくくお願いします」


 その所作や優秀さから何であんな遊び人だった次男と結ばれたのか、父親である利正にも理解が及ばない。

 多少堅苦しいところがあるが、利伸なら権謀術数な政界を財力と悪知恵でフォローしてくれるだろうという父親としては複雑な信頼感はある。

 壇上で政治的な話を聞かされた哀川一将は、その場を離れたかったが、乃村大臣が無言の圧力を掛けてくる。


『お前、わかってるんだろ?』


 一言も口にはしないが、目は口ほどにものを言う。

 那古野市は海上自衛隊の大陸での最大の母港だ。

 防衛大臣の息子の嫁を支持しないという選択肢はとれそうになかった。

 しかも白戸昭美秘書官の父親は海上自衛官で、移民達の船舶を長年護衛してきた護衛艦『あさぎり』のベテラン艦長だ。

 イメージ的にも最適で選挙資金も潤沢。

 勝ち筋の見えた選挙にニンマリする大臣から哀川一将は、少し離れるが逃げられそうに無かった。

 巻き込まれたくは無いが人事や予算は誰に取っても恐怖だからだ。

 今日も日本国は忖度と縁故に寄って成り立っている。





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