第223話 教育的事情
大陸東部
日本国 吉備市
日本の14番目の植民都市である同市では、同地に駐屯した第52普通科連隊によるモンスター狩りが連日続いていた。
「暫く放置されてた領邦だったから数が多いな」
連隊長の五十嵐一等陸佐が言うように、駐屯地演習場に並べられたモンスターの数は多い。
それ以上に周辺の植民都市建設の狩りから逃げてきたモンスターが多く、種類が多岐に渡っていた。
「スタンピードと討伐の時期が重なってましたからね。
縄張り争いに負けた個体が空白地に集まり、我々が縄張りを駆逐して、逃げてきたモンスターがさらに空白地に集まった結果でしょうね」
大陸総督府、筆頭補佐官の秋山は、ここ半年ばかりはこの都市に造られる施設の人員確保に奔走しており、新京で起きた呪術テロの難からは逃れていた。
二人は護衛の自衛官達と共に建物だけは完成した施設に足を踏み入れる。
門の前の看板には『吉備国立魔術科学園』と書かれている。
「本国では、すでに駒込の法力科、渋谷の神道科の高校は機能していますが、大陸には今までこの手の教育機関がありませんでした。
大陸の各都市の素養のある日本人子弟とその家族を招致し、ゆくゆくは大学も開校して、在野への流出を防ぎたいと思っています」
これには各植民都市の人口増加による制限を緩和する為でもある。
また、魔術が使える子供達が社会に出てきても社会の方が受け入れる態勢が出来ていない。
また、本国と同様に寺社は自らの子弟の術師の学校を独自に作り出している。
「犯罪で使われても立証出来ない術も多そうですからな。
いっそ警察や自衛隊が先んじて確保してしまえと?
やれやれですな、どうやって魔術の使えない上官に管理させるか、自衛隊としても頭が痛い」
すでに警察や自衛隊でも魔術を運用した組織運営の研究が始まっているが、生徒達にも自分のなりたい職業に希望は当然あるだろう。
医療機関や工業ならともかく、金融業等には魔術が何の役に立つかもわからない。
「しかし、都市人口制限法はわかりますが、なんだってこの町に学園を?」
「ああ、それは招致出来る教員の大半が大陸人なので、将来的に新京都として独立した自治体となる最後の都市であるここが、境目の都市になるからです」
学園で教える魔術は大陸魔術が大半で、大陸魔術科の生徒総数は高校から幼稚園まで八百人に満たない。
各学年二クラス程度なのが現状だ。
ほぼ小学生以下がほぼ全員が大陸生まれなのは、本国政府が魔術の素養のある子供とその家族を植民の対象から外し、日本本国に留めているからだ。
それでも他の地球系独立国、独立都市からの留学生や精霊術科も加えれば3クラス目が造れるのではと期待はされている。
当然、成人教員の日本人に魔術が使える者がおらず、大陸人魔術師に教員免許資格と日本国籍の取得させて採用となった。
秋山が奔走させられたのは、そういった教員の確保である。
米軍による皇都大空襲で、魔術師とその秘伝の大半が失われ、残っていたのは皇都まで移動できない年老いた魔術師と未熟な幼い魔術師見習いばかりとなった。
在野に下っていた魔術師もいたが、全員残らず皇都で身内を喪っており、地球人に対する悪感情から距離を置かれていた。
さすがに先の戦争から十年以上も経つと、わだかりも薄れた、或いは生活に困窮した魔術師が出てきて彼等を探しだして勧誘したことになる。
「大陸魔術科に加えて、精霊術術科も併設しますが、こちらは教員のハーフエルフを探すのに苦労しました」
人間の精霊術師は農村で重宝されており、その土地の地縁や友人である精霊達との友誼から勧誘を断ってくる者がほとんどだった。
元々、自然と融和して生き、精霊術を習得した者には都市での生活に魅力を感じなかったのかも知れない。
翻って、人間より精霊との親和性が高いゆえに都市での生活になんら支障をきたさないエルフ達は、倫理的、教育的に採用不可であった。
「思春期まっさかりの子供達にあんなのぶつけたら性癖が破壊されます。
おまけに男のエルフは幼児だろうが、老人だろうが見境なしです」
女性のエルフは性に奔放だが、多少は容姿や逞しさを基準に相手を選ぶが、男性のエルフは幼児でも老人でも誤差の範囲ぐらいにしか思っていない。
女性のエルフは性産業に身を投じる選択があるが、男性エルフは家庭裁判所か、刑務所に投獄される事案が増えていて治安関係者は頭を痛めている。
「ま、まあうちの隊員が所持してるエロ本やDVDのエルフ物が多かったですからね」
五十嵐一佐も苦笑を禁じえない。
異世界転移で海外にサーバーを置くサイトは残らず閲覧出来なくなり、食糧不足や産業の崩壊から性産業に身を投じた女性が当然のように出てきた。
当初DVDはプラスチックで出来ている為に生産が規制されたので、紙媒体のエロ本が世に復活したことは皮肉な現状だった。
さすがに本国内や大陸内でサーバーが設置されると、ネットは復活したが、今度は若い女性の結婚、出産ブームである。
エルフ達の性産業進出は、その隙間に電撃的に侵攻してきていたのだ。
その反面に彼等彼女等から生まれたハーフエルフ達は、親世代を反面教師に身持ちが固く、本物の教師として最適といえた。
「自分達は親世代と違うと、ハーフエルフだけで造られた村が幾つか有って、外の世界に憧れるハーフエルフの方々を勧誘出来たのは幸いでした」
精霊術科の生徒達は大陸魔術科よりもさらに少なく、100人程度で、一般授業は大陸魔術科生徒のクラスにまぎれることになる。
学園の開校は四月からになるが、一年生以外は全員転校生だ。
余計なストレスを生徒達に与えないよう支援の必要はあった。
それは生徒の親達も同様で、引越し前の職業を可能な限り、損なわない形で勤め先にこの町に支店、支社、店舗を造らせる補助金を出したり、独立する為の開業支援まで行った。
現在は相模原市の住民が移民を行っている吉備市だが、三月からは岡山市の住民が植民を開始する。
すでに岡山市は、美作市、備前市、瀬戸内市、津山市と、矢掛町を除く全ての町村と合併して移民の準備を整えている。
続く静岡市も周辺自治体の取り込みを始めている。
岡山県旧奈義町日本原駐屯地も異世界転移から第13特科隊から第13特科連隊を復活、拡充させた結果、駐屯地が手狭になっていた。
日本原駐屯地の第13特科連隊以外の他部隊を岡山市内の三軒屋駐屯地に他部隊を移転させている計画が発表されていた。
その為に同駐屯地に隣接している半田町の住宅街を接収し、駐屯地の拡充工事が始まっている。
「まあ、この学園も通常の教育機関の備品、施設に加えて、各地の私塾を参考にした魔術練習用地に賠償金代わりに差し押さえた魔術書、魔道具を揃えた研究機関など存分に揃えたので当面はこれで十分だと思ってたのですが……」
「まだ、何か問題が?」
「新しいパターンが出てきました。
地球人の中からこの世界の既存の27神の奇跡の力を行使できる子が……
さすがに神殿に預けるわけにはいかないので、この学園に入れるしかないと。
教員に各神殿の神官も勧誘しないといけなくなりました」
大陸魔術は魔力が有っても知識の積み重ねが必要になるし、精霊術は精霊との交流から成長具合が予測できる。
法力や神道も大半が寺社の子弟や親族なので、管理しやすい。
使えるようになるのも生活環境が教えに準じた物だから発現しやすくなる。
本来、この世界の既存の奇跡の力も同様の筈だが、ある日突然神の声を聞いて発現する地球人の子供がいることが各地で発覚し、当局を悩ませることとなっていた。
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