第222話 新年の引っ越し
2032年
大陸西部
華西民国 第4植民都市斟尋
「ご覧のように岡山県から9000人の同胞と現地配偶者、子弟が加わり、市の人口は11万5000人に届きつつあります。
ただ、年内の日本の移民計画を見てみると、鹿児島県の同胞は来年になる見込みです」
「日本任せの植民計画だからこちらも合わせるしかない。
軍の方は何かあるか?」
林修光主席は、毎年恒例となりつつある斟尋市視察で、軍や官僚からの今年の計画を確認していた。
わざわざ首都の新香港では無く、斟尋市でやるのは市の開発を忘れていないアピールと記者や陳情に訪れた面々に現地で金を落とさせる為である。
おかげで斟尋市には、市役所より大きなホテルが複数建ち始めている。
「陸軍としては、混成大隊からまた中隊が引き抜かれる現状をなんとか出来ないかと」
「海軍としては、高麗のドックに入れた3隻の復帰に合わせ、乗員の養成を行う増員と予算が必要です」
「空軍は昨年末の作戦で、燃料と爆弾のストックが有りません。
今年は動員の自重をお願いしたい」
陸海空軍ともに昨年発生した海上の友軍艦船の発見と呪術師との交戦。
呪術師の遺体を媒介にした日本国新京への呪術テロ。
テロリストの本拠地攻撃に日本、米軍、華西が参加するという一連の流れに軍が根をあげていた。
彷徨える艦船事件、新京事変、呪術動乱、ホラディウス侵攻などと呼ばれているが、統一した呼称が出てこないのは、首謀者の存在が秘匿されているからだ。
王国側、いや、大陸人にその存在が知られたら暗殺者や有志による討ち入りがアミティ島に行われかねない。
「陸軍は遊撃戦力の混成大隊から既に第一中隊が南部の国際旅団に派遣されています。
また、第二中隊がホラディウス侯爵領の治安維持活動に派遣されるので、第三中隊だけでは活動に支障が出ます」
華西民国軍混成大隊は、将来編成を夢見ている砲兵や機甲部隊、兵站や飛行部隊をまとめて遊撃戦力として活動させる為の部隊だ。
将来的には独立した連隊に育て、国防の中核になるはずだが、最近の騒乱で酷使されてるからか入隊する軍人の志願が減っていて拡大が出来ていない。
この有り様では、当然海軍の乗員増員にも支障が出ている。
逆に日本在住だった子弟は、自衛隊の外人部隊にいた戦歴の持ち主もいて期待が出来る。
「まあ、長い目でみよう。
まだ、この斟尋すら完成してないんだからな」
国民の増員が無ければ、軍への増員も不可能なのに、肝心の移民が日本頼みなのは暗澹たる思いだった。
大陸東部
日本国 那古野市
那古野港の海上自衛隊那古野基地の桟橋では、本国からの新たな仲間を乗せた艦船の入港に賑わっていた。
「昨年の12月に沢海市への熊本市からの入植が終わり、相模原市からの入植が始まった。
計画では2月末日に沢海市への入植が完了、吉備市への入植が3月1日に開始される。
諸君等の第52普通科連隊の任務は、いまだに市の防衛を委託されている警察、武装警備会社、傭兵団から任務を引き継ぐことにある!!」
第18旅団団長の高野陸将補が桟橋に並ぶ36普連の隊員達に訓示を垂れている。
高野陸将補の言説通り、第52普通科連隊は若干の異動で、昇進、昇任人事を調整してから吉備駐屯地の主になる。
南樺太の国境防衛を携わってきた52普連の隊員達は、大陸の気候が些か暑く感じてるのか、汗ばむ者も多い。
当然、52普連だけでは定員が足りず、本国で第18特科連隊が編成、訓練中である。
その横では海自のトップ達が隣の桟橋に向けて、幕僚達を引き連れて歩いていた。
「さてうちの新参はあれか?」
海上自衛隊那古野地方隊総監猪狩三等海将と第5護衛艦隊司令中川誠一郎三等海将の二人は、新たに桟橋に係留された潜水艦に近寄る。
この桟橋は第4潜水艦隊用で、今までは3隻のおやしお型潜水艦『やえしお』、『せとしお』、『もちしお』の三隻だけだった。
第4潜水艦隊も第4潜水隊しか所属していない。
桟橋では二人の男が敬礼して待っていた。
「第4潜水隊司令を拝命した内海一等海佐です。
以前はこの『そうりゅう』の艦長をしていました。
この酒井艦長は当時の副艦長になります」
「『そうりゅう』艦長の酒井二等海佐です。
那古野のお仲間に加えてもらう為に呉より馳せ参じました。
よろしくお願いします」
二人とも『オペレーション ポセイドンアドベンチャー』にも参戦したベテランのサブマリナーだ。
頼もしい仲間に猪狩海将も歓迎の言葉が出てくる。
「ああ、貴艦の配備で第4潜水隊も体裁が整った。
直に隊司令も暫くは家族の住居等で、不便を掛けるだろうがよろしく頼む」
現在の日本国の潜水艦も所属を隊群では無く、艦隊と呼称している。
整備の問題から同一艦種で固める方針だったが、たいげい型等が西方大陸アガリアレプトに派遣されている関係で、横須賀の第1潜水艦隊だけは、たいげい型とそうりゅう型が混在となっていた。
呉の第2潜水艦隊はそうりゅう型、舞鶴の第3潜水艦隊はおやしお型で統一されている。
今回は西方大陸アガリアレプトから『ちょうげい』が横須賀に帰還したので、今まで横須賀にいた『せいりゅう』が呉に、呉にいた『そうりゅう』が那古野に配備となった。
『そうりゅう』の配備は、潜水艦配備をしている地球系独立都市や北サハリンへの良い牽制となることが期待された。
「しかし、正直なところ『おやしお』あたりがそろそろ練習潜水艦隊に配備されて、こちらに艦をまわさないと思ってたな」
中川海将は素直に疑問を口にする。
在日米軍から返還された長崎県佐世保市の海軍施設に練習艦隊並びに練習潜水隊を移転させた。
練習潜水艦は何れもはるしお型潜水艦で、転移当時は除籍し、解体処分待ちだった『わかしお』まで現役復帰させて今に至る。
艦齢も40年を超えているので、不安視する声もあるが、北サハリン海軍のキロ級潜水艦などはさらに上を言ってるので、『沈むまで使え』と言ってた財務省の役人も比較されて、ドン引きしていた。
「まあ、これで潜水艦戦は大幅に向上だ。
支援体制も急いで整えないとな」
日本本国
神奈川県
相模原市 座間駐屯地
市内を巡視していた車両が駐屯地に帰ってくる。
座間駐屯地には第1使節団第4施設群を始めとする東部方面隷下部隊など、700名近い隊員がいたが、駐屯地から出ると一帯はゴーストタウンと化している。
住民がいなくなった後も市外からの火事場泥棒や不法残留者がいないか確認する任務に自衛隊も駆り出されていた。
「神奈川も寂しくなったな」
「横浜、川崎、相模原と県民の6割がいなくなりましたから、仕方がないですよ」
相模原市は移民に当たって、南足柄市、足柄上郡、足柄下郡、愛甲郡、中郡を合併し、飛び地の葉山町を加えて大陸に渡った。
隣接していた横浜市や川崎市も既に住民が移民した後なので、旧東京23区やさいたま市も加えると膨大な人口激減区となっている。
「今年の日本国人口が約10223万人、昨年比-246万人。
大陸への移民も1000万人突破で、本国人口9000万人割れ間近と見なされ、出生数は着実に伸びてるのに、この不安感はなんなんだろうな?」
政府は人口が食糧自給率に釣り合うまで移民政策、口の悪い者は棄民政策と呼んでいるが、第1の対象都市が政令指定都市だった。
その政令指定都市も残るは岡山市と静岡市だけで、次の段階に進む方針が示唆されている。
岡山市も周辺の市町村の合併を始めている。
変わり行く日本は、転移の時以上に人に変化を与え、不安を募らせさせていた。
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