第208話 『武漢』奪還作戦
シュヴァルノヴナ海
洋上
日本国海上自衛隊
護衛艦『いかづち』
「ようやく追い付いてみれば、まさか帆走で航行してたとわな」
艦長の折原拓也二等海佐は、前方を航行していた元中華人民共和国海軍旅洋I級ミサイル駆逐艦『武漢』を視界に捉える距離に近接させていた。、
僚艦たる米海軍アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦『ステザム』と華西民国海軍江凱II型(054A型)フリゲート『常州』と包囲して、それぞれの陸戦隊を乗り込ませる手筈だ。
仮にも現代艦の『武漢』にこれだけ接近したのは理由がある。
まず『武漢』がスクリューではなく帆を張り、帆走させていたからだ。
「操艦の仕方がわからないのか、燃料が枯渇したのか、おそらく両方だろう」
「本国でもタンカーを帆走させようと研究はされてました……まさか、現代艦で実物に御目にかけるとは思いませんでした」
立入検査隊隊長木島正道二等海尉もその光景にひいていた。
日本でも転移前から大型タンカーや貨物船を帆走させ、燃料の消費を抑えようという研究は行われていた。
それが異世界転移で備蓄燃料の枯渇が現実のものになりつつなると、食料を確保する為の漁船や一般ボートや遊覧船を改造した仮設漁船等では積極的に行われた。
概ね、一割近くの燃料消費を抑えられていたらしい。
それも過去の話で、本国の小規模だが存在する油田や返還された南樺太、北サハリンのオハ油田、華西の旧東シナ海海底油田が日本も参加する形で開発されると再び廃れてきた。
木島二尉は、これから『武漢』に乗り込む命令を受けにブリッジに来たのだが、接近する『いなづま』が一方的に攻撃を受ける場面に出くわしていた。
普通なら艦砲やミサイル攻撃を受けると艦長に抗議するところだが、飛んでくるのは槍や矢ばかりである。
しかも攻撃してくるのは、腰ミノに身体に紋様を描いた、みるからに『原住民』な連中だった。
折原二佐が近接しても問題無しと判断したのも当然と言えた。
一応は無線による通信やレーダー波照射、威嚇射撃は試した後だ。
「ちょっと中国人には見えませんね。
明らかに大陸民や『西方』民とは人種が違う。
こちらの人種にも多様性はあったようです」
「ひっつかまえてからじっくり調べるとしよう。
華西の陸戦隊が乗り込んだら、こちらも乗り込め。
『武漢』どうせ奪取してもあちらの取り分になるから、余計な犠牲は出したくない」
「せいぜい露払いはお任せしましょう。
我々はしょせんはお手伝い、無理はしませんよ」
華西民国海軍
フリゲート『常州』
仮にも華西民国海軍の旗艦が乗り出してきたのは、海軍の拡充をはかる絶好の機会だからだ。
すでに発見された福池型補給艦『巣湖』は、海警船『海警2501』に曳航されて新香港に向かっている。
「『単湖』の燃料は当然腐ってたそうだ。
使わない燃料が一年も持つわけないから当然だな」
行方不明艦船が、どこかに油田でも確保出来てない限り同じ状況になるしかない。
『単湖』も『武漢』も日本か、高麗にドックを借りて、オーバーホールのような整備が必要になるが、戦力化出来れば大きい。
『常州』艦長、董強大佐はさらに艦を『武漢』の蛮族の姿が視認できる距離まで近づけた。
「あまり艦体には傷をつけたくないから、外に出ている蛮族共は放水で海に洗い流せ。
陸戦隊は、艦を接舷させたらヘリコプター甲板から乗り込め。
それまでは個別で狙撃し、数を削れ」
『常州』から放たれた放水は、『武漢』に陣取る蛮族を艦の外に押し流し、陸戦隊は発砲しながら蛮族を射殺していく。
「機銃で帆だけを撃ち抜け!!」
「了解、射撃を開始します」
『常州』のAK-630 多銃身機関砲が粗末な布で作られた帆を穴だらけにし、『武漢』の推進力を失わせていく。
「右舷接舷用意!!
全く、まるで海賊だな」
「『いかづち』も予定通り、左舷に接舷すると連絡!!
『ステザム』は、ヘリで艦首に海兵隊を降下させると」
総勢25名程の陸戦隊だが、蛮族相手に『武漢』奪還には十分な戦力だった。
たちまち『武漢』の外側を制圧し、華西の陸戦隊は一番槍として、ヘリコプター格納庫から艦内に進入しようとした時、異変が起きた。
明らかに装飾過多で、仮面を被った蛮族の一人が、杖を振るうと長い身体の生物の尻尾が、隊員の二人をぶっ飛ばして海に落とされた。
「ラミア?
いや、あれは……」
その隊員は、最後まで言うことが出来ず、物言わぬ石像と化した。
「毛曹長の石像を守れ、今回は道士がいないから本国まで欠損は避けなければならん」
揺れる艦内で無茶ぶりを示すように毛曹長の石像はバランスを崩し、バラバラになってしまった。
隊員達は仇を討つべく、現れた化け物に銃弾を叩き込む。
その光景を艦首側から合流すべく来ていた木島二尉は、モンスターを特定すべく、携帯端末から画像を検索に掛ける。
「大陸では未発見でしたが、一目瞭然で名前は決まりですよ」
立入検査隊の淡路俊典一等海曹が横から呟いてくる。
半人半蛇の身体に頭部に生えた無数の蛇、猪のような牙、背中に金毛の翼を生やしたモンスターと言えば、ゴルゴンしかいなかった。
或いは人によってはメデューサと呼びたいかも知れない。
「顔はアジア系にしか見えないが本当にそうか?」
その疑問には傍らにいる仮面の男が答えてくれた。
「捕エタ、大キナ船、我ガ呪イデ、船二有ッタ、絵ノ怪物二、コノ女ヲ、怪物二創造シタ。
失敗イッパイ、ダッタ」
辿々しい片言中国語で語りかけてくる。
木島二尉や淡路一曹にはさっぱり意味がわからなかったが、華西の隊員達の怒りに火を注ぐには十分だった。
「火箭筒!!」
可能な限り、艦を損傷させない命令を受けていた筈の華西の陸戦隊の行動に木島達も驚く。
「おい待て!?」
「退避!!
遮蔽物の影に隠れろ!!」
89式火箭筒は、前世紀に69式ロケットランチャー(RPG-7)の後継として開発された対戦車ロケット擲弾発射器だ。
その弾頭は真っ直ぐにヘリコプター格納庫で身動きが取りずらいゴルゴンに命中し、その身体を爆砕し、仮面の原住民術士も爆風と破片を身体に受けて致命傷を負う。
「何か言い残すことはあるか?」
仮面の原住民術士からは仮面が外れ、焼けただれた顔が覗かせている。
華西の陸戦隊隊長が拳銃を突きつけるが、術士は指が一本も無い左手を見せて、笑いかけてきた。
「大陸ノ海賊、売ッタ。
アレヲ、五ツノ場所、創レル。
楽シミ二シテオケ」
そう言って事切れていた。
艦内の掃討は米海兵隊が完了させていたが、隊員の顔色は一様に青かった。
「特殊クリーニングが必要だ。
人体の欠片がそこら中に転がってる。
たぶん、見つかった客船の乗客だな、ほとんど女のだから」
外で嘔吐している海兵隊隊員達の背中を擦りながら、海兵隊隊長が伝えてくる。
放たれた扉からは強烈な死臭が漂い、華西陸戦隊や立入検査隊からも嘔吐者が出てきた。
後に検死と残された遺留品による身元捜査の結果、来日していたクルーズ船の乗客と判明した。
クルーズ船は先日、発見された島に遺されていた一隻だ。
遺体の数は数百にも及び、実験や拷問、慰み者にされたのが、ありありと見て取れた。
ミサイル駆逐艦『武漢』は海警船『海警2308』が牽引して新香港に寄港後、徹底的な特殊清掃が施され、日本と高麗に修復を依頼することになるが、事情を聞いた両国関係者は、互いその依頼を押し付け合う事態となり、復帰は大幅に遅れることになる。
「復帰してもあんな事故物件みたいな艦、誰が乗りたがるんだろうな?」
牽引される『武漢』を見送りながら、折原二佐は呟いていた。
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