第209話 呪物
大陸南部
旧バルカス辺境伯領
ポックル族解放区
元々はバルカス辺境伯領の領都ガドリストは、辺境伯家の城下町だった場所で、当主一族や領民が退避し、陥落してから五年近くの歳月が流れていた。
現在のバルカス城は、ポックル族の戦士団の本拠地として、皇国軍と対峙していた。
そのうちの一軒の屋敷に族長となっていた勇者マサツキタカキが訪れていた。
「ウェールズ大尉はいるかい?」
「はい、倉の方の研究室に籠られています」
ポックル族少女がヴィクトリアンメイド姿が出てくる光景にマサツキは引いていたが、大尉の趣味かと、言葉を飲み込んでいた。
黒髪で小柄なポックル族には似合うのか、お付きの戦士達が格好付けてる様には呆れてしまう。
研究室となっている蔵に案内されたマサツキは、スコッチを片手に薬品保管用の冷蔵庫を眺めているウェールズ大尉に声を掛ける。
「石狩貿易の使いが来てたな。
何のようだった?」
石狩貿易とは、武器とミスリル鉱石のバーター取引で、ガドリストを訪れること少なくない。
しかし、ウェールズ大尉を訪ねるとなると事情は変わる。
現在、ブリタニカ軍を脱走した身だが、『長いトイレに行っている』扱いとなっている大尉は表だって世間に晒せない身である。
ましてや人狼となる能力を人の人格を持ったまま制御できた成功例だ。
ちなみに脱走時は中尉だったのに、いまだに口座に入金される給与は大尉のものだ。
在籍している以上は昇進してないと不自然だからと、階級章まで送りつけられてきた時は、さすがのウェールズ大尉も複隊すべきか迷ったらしい。
「スコッチとメイド服を届けに。
あとはこの注射薬品のサンプルですな」
マサツキは、メイド服に付いては触れない様にしようと決めて、もう一つの届け物を問い質す。
「まさか、実用化したのか獣人変化薬」
「試作品ですが成功したようで、小官の血液から培養した一本と虎人から抽出して培養した一本が送られてきましたよ。
好きに使ってデータが欲しいようです」
「なんだ石狩貿易の連中は獣人部隊でも作る気か?」
「まあ、魅力を感じてるのは間違いないですが、獣人化を無効化出来るワクチンの方に興味があるみたいです」
獣人化出来れば驚異的な身体能力と再生能力が手に入る。
一時的に治療化の為に獣人となるのもウェールズ大尉には悪くない考えだと思えた。
獣人化薬の開発者であるマーシャル卿の監視者として、ウェールズ大尉も専門ではないが、医学の知識はある。
しかし、こんな辺境のお手製研究室では、専門家でもないウェールズ大尉には再現が出来なかった。
ウェールズ大尉にしてもこんな体質を改善できるならしたいので、石狩貿易の研究室期待を大にしている。
「誰に使えと言うんだ、そのワータイガーのサンプル」
「致命傷を負った若い戦士に本人の意思を尊重して使えとのことです。
老人や病人には細胞変化に耐えられないかもしれないと。
結局のところ獣人化は、魔術の側面があり、化学の側面もありの呪いの一種だろうとマーシャル卿は言ってました。
神の領域を犯す、人の執念。
私の人狼化に人の理性が残っているのは、化学の割合が高く、魔力が本人に無いからだとか。
まあ、全部仮説なんですが」
この世界の人種のように生まれた時から魔力を持っていれば、獣人化は本来は起こらない。
心に信仰の神殿を造れていれば、理性を保てる。
ならば心を薬品投与で壊し、体調不良で魔力を回復させなければ、獣人化は成功するのではと行われたのが、カルシュタイン城の人工人狼達である。
マーシャル卿のマッドサイエンティストぶりには今さら背筋が凍る思いだが、逆に魔術、いや、呪いの力が高めならどうなるかは考えさせられていた。
「逆にワクチンを本物の獣人に射ったらどうなるんだろうな?」
「そっちは病気の類いじゃないからさすがに効かないと思いますが、人型に近づいたら笑っちゃいますね」
大陸西部
ホラディウス侯爵領
元アメリカ空軍中佐チャールズ・L ・ホワイトが偽名で侯爵令嬢エルナを娶り、婿養子として侯爵位を継いでから数年が経つ。
侯爵ともなれば、王都で国王に謁見などもあるのだが、病弱を理由にそれを避け、社交の場にも出席を避けて表舞台からは隠れていた。
最も日本人の施設襲撃や大砲や銃火器の密造工場を建設しているなど、日本の公安や王国の間者が入り込んでいることから、勘づかれているのは理解していた。
「今度は華西の武警かな?
無駄なことを」
無数の死霊を操れるホワイト中佐は領内の各所に地縛霊を設置し、監視カメラ或いはトラップの代わりにしていた。
魔力に抵抗力の無い地球人なら取り憑かれたことも気付けず、体調不良を起こし、後方に搬送された。
迂闊に殺して、相手を本気させても不味いし、魔術が使える地球人はまだ、高校生にすらなっていないから暫くは対処方も無い。
反対に王国の方は、地球人とやりあうなら黙認という姿勢を見せている。
しかし、ホラディウス侯爵領内では直接反地球人的な行動は起こさず、隣接してない与力貴族領にて解放軍の訓練キャンプや武器の密造工場を移転させていた。
その為に西部動乱以来、弱体化した反華西民国の貴族達から一定の支持を受け、長期化するゲリラ活動の高齢化も歯止めを掛けることに成功している。
「しかし、東部貴族は基本的に親日派の王国派貴族が大半を占めていたんじゃないかね?」
「全員では無いさ。
今年だけで取り潰された東部貴族は12家。
何れも日本に親日的な傾向を示さなかった連中だ。
東部貴族の中には未開拓な南部や北部に転封を願い出る者が日増しに増えている」
解放軍の窓口的な役割を担っているフライバッハ子爵の言葉にホワイトも理解を示す。
彼はホワイト達解放軍に元フランス海軍のミストラル級強襲揚陸艦『ディズミュド』を奪取、提供した人物だ。
『ディズミュド』の航行能力はなんとか復活させたが、対空ミサイルや電子機器は腐食して使い物にぬらなかった。
それでも搭載されていたヘリコプターや車両、銃火器は、整備や代替え部品で使える物が多く、解放軍の強化に貢献した。
西部貴族は旧皇国時代の貴族が降爵され、転封された者が多く、フライバッハ子爵もその一人だ。
対して東部や中央貴族は、王国建国を支持した昇爵した貴族が多数を占めている。
「そんな東部貴族の連中は、最近何かと騒ぎや不祥事が発覚して取り潰されている。
日本の植民都市に近い奴等がな。
奴等は日本に何か騒ぎを起こして、自分達が粛清の目から逃れる材料を探していて、こちらに声が掛かったわけだ」
「適度な抑止の対象としてのテロ行為か。
舐められたものだが、現実的な我々の戦力に対する立ち位置だから仕方がない。
ちょうど面白い物が手に入ってたことだ、使わせてもらおう」
ホワイトは机から葉巻を入れるシガーケースを取り出した。
「それは?」
「人間を人面獣心のモンスターに物理的に変身させる呪物だ。
西の海で海賊をやっていた呪術師から買い取った術者自身の指だ」
「モンスター?
確かに街中で発動させれば、それなりに効果はあるだろうが、すぐに自衛隊に鎮圧されて終わりだろ」
大陸人は学術的に体系化され、洗練された魔術と比べ、蛮族や亜人が使う呪術を低く見る傾向があった。
「まあ、俺も専門家じゃないからどこかでテストしてからにしたいな。
幸い指は五本、南部のどこかの独立都市……
アルベルトあたりで実験してみるか」
効果の程は疑問だが、せっかく手に入れた呪物を無駄に放置するわけにもいかないので、フライバッハ子爵も承諾するしかなかった。
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