第210話 ムラドナ
大陸南部
独立都市アルベルト
奇跡の力を拠り所に出来ないキリスト教だが、それでも信仰を絶やさず、祈りを捧げる女子修道院がアルベルトに存在した。
世俗から離れた20人ばかりの修道女達が共同生活を送っており、自給自足と信者からの寄進で日々の糧を得ていた。
「父よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。
ここに用意されたものを祝福し、私達の心と体を支える糧としてください。
わたしたちの主イエス・キリストによって、アーメン」
「「「『アーメン」」」
食前の祈りを唱え、食事が始まる。
しかし、今回の食事には不浄な食材が混ぜられていた。
揚げ物となった人の指である。
ペルー人が主要層なアルベルト市では、揚げ物が多いペルー料理が主軸となる。
うっかり口にした修道女の口腔内に入ると、勝手に動きだして体内に侵入していく。
痙攣する修道女に年嵩の修道女シスターローサが声を掛ける。
「どうしましたか、シスターアンナ?
具合が悪いならお医者を……」
彼女が最後まで言う前にシスターアンナの両手が蹄にかわり、体中が黒い体毛が生え、四足の動物に変わっていく。
その体はラバの特徴に似ていたが、シスターアンナの首から上と乳房だけはそのままに修道着はちぎれ飛んでいた。
「あ、アンナが悪魔に!?」
「神よ、アンナの罪を赦したまえ」
パニックになる修道女の一人が、恐怖に怯える声で
「ムラドナ……」
と、呟いた瞬間、修道院の食堂は炎に包まれていた。
通報を受けたアルベルト市当局は、当初事態を重く受け取っておらず、消防車3両と交通整理の為のパトカー3両を現地に向かわせていた。
しかし、救助された修道女達の証言からモンスター災害と判断。
それぞれのパトカーから日本製猟銃ミロク カスタム SP-120等を取り出し、6人の警察官達は消火活動の最中、火元でもある修道院食堂を取り囲んだ。
「焼け死んでんじゃないか?」
「炎を発生させるモンスターは、火に耐性があるらしい。
自分の火で焼け死ぬなんてありえないそうだ」
燃える瓦礫を弾き飛ばしながら問題のモンスターが出てくると、さすがに警官達は絶句する。
「頭がないぞ?」
「手に抱えて持っている、いいから撃て!!」
モンスターはシスターアンナの頭部を左手に持ち、首から炎を噴き出していた。
警官達は容赦なく発砲するが、意外にあっさりと仕留めることが出来た。
「よし、仕留めたな?」
「死んだふりかもしれん。
もう二、三発撃っとけ」
警官達は油断なくモンスターの死体を取り囲み、死んでいることを確認する。
「ムーラ・セン・カベッサ……」
ガマーラ巡査部長の言葉にグスマン巡査部長が反応する。
「あん?
なんだって」
「南米各地に伝わる魔物だ。
ラバの身体に頭部がなく、炎を吐く。
アルマムーラとか、ムーラ・フライレラ、タタ・クナとか色々呼び名があるが、姦淫とか、個殺し、人食い等の罪で神に呪われ、姿を変えられるという伝承だ」
異世界に転移した後にモンスター災害に対応する必要から、警官達もその研究成果には目を通している。
しかし、地球でしか語り継がれなかったモンスターに関しては、片手落ちな点があった。
ガマーラ巡査部長が知っていたのは、祖父母から伝え聞かされていたからだ。
「ここは地球じゃないぜ?
神の奇跡も届かないのに呪いは届くのか?」
グスマン巡査部長の疑問は解消されないまま、彼の身体は火に包まれ、ラバの前足で弾き飛ばされる。
「なっ!?」
「二匹目だと!!」
燃え落ちた食堂からもう一匹、同じ怪物が、再び炎を撒き散らしている。
「火元に向けて、放水開始!!」
消防士達が消防車から放水し、放水圧力に二匹目のモンスターが弾き飛ばされる。
「撃て、撃て!!」
「待て、戻す方法が!!」
ガマーラ巡査部長は止めようとするが、グスマン巡査部長を焼死させられた警官達は、猟銃や拳銃の引き金を止めることは無かった。
事件の報告を受けたアルベルト市当局は更なる増援を出すが、既に事態は終わった後だった。
修道女達の食材に呪術の込めた指を混入させた張本人であるマカロフは、事態を観察し、困惑していた。
「何で二匹目が出たんだ?」
調理する過程で、指が切断されて複数人が食したとも考えられるが、あの指の固さは包丁で切れる程度の物では無かった。
ホラディス侯爵領にいるホワイト中佐が、この呪術をマカロフに預けた時の分析によれば、人の体内に入って初めて自壊する呪物とのことだった。
ホワイト中佐が何でそんな事を知ってるのかを問うと
「指の持ち主本人に聞いた」
と、答えた。
また、『口寄せ』とかいう霊魂を招き寄せて自分に憑依させ、予言や過去の出来事を語らせたりする降霊術 を行ったのかと理解はできた。
具現化された魔物は修道女が知識として持っていた人面獣身から選択されていた。
また、今回の呪いは女性相手に特化したもので、女性だけの修道院が狙われたのもそのためだ。
この魔物は教会内での司祭との淫行、教会への冒涜からも呪われて変化するとも伝えられている。
修道女達には一番イメージしやすかったのかしれない。
警官1名、修道女5名が死亡したこの事件は、各報道機関がセンセーショナルに伝えていた。
死亡した修道女はモンスターに変化したシスターアンナ、シスターローサ以外は炎に巻かれての焼死である。
モンスター自体は、この世界で観測された記録がなく、地球由来では無いかと報道された。
そして、様々な名称で呼ばれるモンスターは、『ムラドナ』と呼称されることが決まった。
南米の伝承は元を辿ればスペイン東部のカタルーニャ地方の伝承に端を発しているからだ。
また、伝承通りなら人の姿に戻す方法も伝えられていた。
曰く、耳や鬣を聖水で濡らしたナイフで切る。
曰く、雄鶏の3度目の鳴き声を聞かせる。
曰く、恐怖や炎に耐えて頭絡を曳く。
曰く、尖った杭などで突き刺して血を一滴でも抜く。
曰く、関係を持った聖職者なら呪いを解くことが出来る。
今回は試す間も無く、警官達が射殺し、死体は黒ずんだ塵となり散ってしまった。
検死による検証も出来やしない。
また、伝承からムラドナに変化した修道女達が性的に不道徳な行いをしていたのでは?
という風評被害を受けたのにはマカロフは、少し罪悪感を感じてしまった。
「まあ、小指を使ったテストは終わりだ。
新京行きの汽車は夜だったか」
指はまだ四本残っている。
一番小さい小指でこの騒動だったのだ。
複数同時に使えば効果の期待は大きかった。
それまでは素行が悪く、親に無理矢理修道院に入れられて食材に呪術の指を混入させること実施したシスターイザベルの身体を楽しむつもりだった。
彼女は修道院が燃えたことの避難を装い、脱走することで今回の件を引き受けたのだ。
若い美空で禁欲的な修道院生活は耐えられなかったのだろう。
『ムラドナ』の呪いの条件に当てはまりそうなのに呪いを掛ける側にまわったのは皮肉としかマカロフには思えなかった。
一連のニュースは地球系の報道機関を通じて、報じられたが、マタンゴやライカンスロープ、アンデッドの様に人間がモンスター化することは知られているので、そこまで混乱は起きなかった。
二匹目が現れたこともホワイト中佐は報道で知ったが、当初はマカロフが呪術の指を二本使ったのかと考えたが、すぐに思い直し、再び口寄せで、呪物の指の呪術師の霊から新たな情報を仕入れる。
「まったく、この術は聞いたことしか答えてくれないのが欠点だな。
しかし、やはりそうか。
魔術と違い、呪いは伝染する」
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