第211話 新京の怪
大陸南部
日本国 新京特別行政区
桜花女子高等学校
どこの世界に行っても、虐める者と虐められる者が存在する。
それでも大陸に渡った日本人に虐めが少ないのは、未成年も成人も何らかの武器を所持しているからだ。
異世界転移による食糧難で、貧富の格差は大幅に是正された。
経済崩壊でみんなその日の食事にも困るようになったから当然だ。
普通なら弱肉強食な社会崩壊を招きそうだが、政府による自衛隊を増員してまで実施した治安維持と地元有志による自警団の結成がそれを許さなかった。
食糧確保に忙しく、良い意味で他人に構ってられない状況だったこともある。
しかし、大陸への移民が始まり、経済や食料にも余裕が出きると余計な考えを持つ者も現れていた。
それでも全員がモンスターから身を守る為に自衛の武器を持っていることは、ある種の抑止力になっていた。
そんな傾向も内地化が進む新京では意識が薄れ、自宅に武器を置い、外出する者が大半を占めていた。
さらに学校内にいる間は未成年の所持する護身用武器は、学校が預かるのが一般化していた。
基本的に学校校舎は、自然災害やモンスターの襲撃に備え、特別に頑丈に造られた避難所としても機能する。
校舎施設の見学に来た米軍や北サハリン軍の将校から
「日本の学校は要塞か何かか?」
と、お墨付きを貰えたほどだ。
元々、未成年の武装化を快く思わない教職員は、これ幸いと校内での非武装化を進めると、長年潜んでいた問題も顕在化した。
二年生に在籍する柏木早苗は、クラスの女子からは虐められていた。
原因は良くわからない。
虐めてる方も虐められてる方もそんなことは忘れてしまったのだろう。
学校に行きたくない日々に登校中に白人の男が声を掛けてきた。
「やあ、お嬢さん、辛そうな顔をしてるね?」
ナンパされるような容姿では無いと自己評価の低い早苗は逃げようとするが、前を遮られて妙な瓶を押し付けられる。
「そんな辛い日々を解決できる魔法のアイテムだ。
ピンチになったらそれを少し齧ればいい。
強力な魔力と誰にも負けない腕力が手に入る。
初回はタダでいいよ」
怪しげなドラッグの斡旋のようだが、追い詰められていれ早苗はすがりたい気持ちでいっぱいだった。
普通に魔術があるこの世界ならそんな不思議なアイテムもあるかもしれない。
元ロシアンマフィアのイワノフは、未成年少女に魔法のアイテムと称して、呪物を渡したことに罪悪感を持っていたが、任務の為には仕方がないと割りきっていた。
「ピンチの寸前に使うんだよ」
と、初回の注意を言い含めている。
齧るどころか、口に近付けるだけで勝手に体内に潜り込んで行くので、次回からの代金は受け取れないなと苦笑するのみである。
「さて次は」
車を走らせ、新京中央病院に向かう。
冒険者家業や肉体労働従事者が増えたせいで、病院も治療患者が増えて、ブラック労働の温床となっていた。
成り手自体は異世界転移の経済崩壊以来、食いっぱぐれない仕事として増加傾向にはあるが、需要に供給が追い付いてない現状だ。
医療従事者なら体内に怪しげな物を経口するなど、拒否感が出るかも知れない。
そんな看護士達から目を付けたのが、ブラック勤務の極みと言われた病院で、男性関係や金銭関係にだらしない看護士を夜勤明けを狙って声を掛ける。
「やあ、お嬢さん。
疲れや寝不足に効くサプリメントに興味はないかい?」
女性に声を掛けるマカロフを監視し、尾行する者達がいた。
公安調査庁新京支局の調査官達だ。
「マル被がまた女性に怪しげな瓶を渡した。
女性をマル対に指定、3班に監視を引き継ぐ」
平沢主任調査官に連絡を取り、マカロフを泳がせて尾行を再開する。
マカロフには数々の日本に対するテロ行為を行った 元アメリカ空軍中佐チャールズ・L ・ホワイトの右腕として、数々の容疑が掛けられている。
ホワイト自身と接触するか、アジトの判明、もしくは新京から出ようとすれば、拘束、逮捕する予定だった。
いざという時の為に実働部隊も近隣に待機させてた、他の都市の調査官達にも逃亡を阻止させるべく各ルートを監視させている。
「無事に新京から出れると思うなよ」
マカロフには酒田港でのホワイト中佐幇助、唐津市、平戸市、長岡市のモンスター襲撃のトレイン行為に関与したと指名手配の容疑が掛かっている。
警察なら即座に逮捕だが、公安調査庁は更なる大物逮捕に結びつけたかった。
陸上自衛隊
新京駐屯地 第7教育連隊
大陸総督府は日本の城を模して建築された大城郭である。
大陸に移民した日本人のアイデンティティーを思い起こさせるというコンセプトを建前に設計者と企画担当者の趣味丸出しで建築された。
本丸は天守閣風総督府オフィスビルと御殿風総督官邸、二の丸は迎賓館となっており、洋館が建てられている。
三の丸は陸上自衛隊の新京駐屯地になっており、現在は第6教育連隊が駐屯していた。
第6教育連隊の任務は、大陸に駐屯する自衛隊隊員の新隊員教育、陸曹教育、女性自衛官教育、空挺教育、部隊訓練評価、訓練評価支援、音楽隊、儀仗隊等の活動を統括して行うことである。
ようするに他の部隊は忙しいから教育関係はまとめてよろしく、である。
「とは、言うものの。まさか総督府内で実弾演習は出来ないし、訓練自体は郊外の演習上で行っている。
この連隊のもう一つの任務が、総督府の防衛隊だな。
市街地は警察に任せてるのが基本で、他都市の援軍到着まで耐える。
まあ、ここまで攻めてくる敵がいたら、周辺都市も壊滅してるからな」
そうのたまうのは、新隊員教育中隊を任された中沢一等陸尉だ。
まだ、若い隊員は真剣さ半分、弛さ半分といったところで、女性隊員が行進している姿が目に入り、目移りしている隊員が屈強な女性教官の加東久美子二等陸尉に睨まれて目をそらす。
「お前らなあ、気持ちはわかるが、あいつら怒らすと冷や飯喰らいにさせられるぞ?
まあ、実際のところWACが先に食堂を占拠するからお前等の分が残ってるといいな」
その冗談には全員が笑いだす。
自衛隊に入隊する最大の利点は、満足に飯が食えることだ。
大陸では心配は内が、本国の食料事情はまだまだ配給頼りだ。
大陸移民に拒否者が少ない理由の一つでもある。
暫く訓練を続けていると、食堂の方から大きな音がし、女性隊員達の悲鳴に新人隊員達が困惑する。
「お前達はそこで待機!!
森田、勝沼、着いてこい!!」
新人達を残し、教官役の陸曹達と食堂に駆け寄ると、食堂から逃げ惑う女子隊員に阻まれてなかなか前に進めない。
女子隊員の教官隊員は拳銃を構え、戸口から避難を誘導している。
勇敢な隊員はモップや配膳用のお玉を突き出しながら後退している。
「何があった!!」
「わ、わかりません。
突然、食事中に加東二尉が化け物に変身し、周囲の隊員数人に噛みついて………」
中沢一尉の脳裏を巡ったのは、米軍強襲揚陸艦『ボノム・リシャール』で起こった海兵隊員が人狼化し、艦内で暴れまわり火災を発生させた事件だ。
しかし、海兵隊員と違い、加東二尉はここ数年、獣人ところかモンスターとの戦いでも負傷してない。
やがて視界が開けてくると上半身は人の姿、両手は蠍ハサミ、下半身も蠍の胴体と針のついた尻尾を持つ加東二尉の姿があった。
問題はこの化け物が加東二尉だけでなく、数体が女子隊員を捕まえて針を刺している事だ。
そして、女子隊員達がみるみる身体をこの化け物達と同じ体になっていく。
見知った顔を持つモンスター達に中沢一尉達も発砲を躊躇うことしか出来なかった。
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