第207話 過去の記録或いは記憶
大陸西部
華西民国
首都 新香港市
主席官邸『ノディオン城』
熊本県からの同胞移民を受け入れ、斟尋市の市民十万人突破記念の式典から帰還した林修光主席、今夜は早く寝れると期待に胸を膨らませていた。
そんなささやかな夢も留守を任せていた王顕竜補佐官と武装警察公安部の許忠信部長が、城門で待ち受けている姿が、見えたことから嫌な予感を覚えていた。
「正門を避けて、裏門から入ろう」
「いや、何を言ってるんですか主席閣下!?」
「いや、だってアイツ等が城門で待ち構えてる時は、必ず難題が持ち込まれてる時なんだ。
もう帰って寝たい」
主席専用車の運転手に無茶振りしたが、国家の最高権力者の要望は却下されて補佐官達に引き渡され、さらに気分が落ち込んでしまった。
「早く誰か、後継いでくれないかな……」
「閣下にはあと五年はがんばってもらいませんと。
それはそうと日米から共同で問い合わせと要望が届いています」
独立都市新香港の主席から就任十年に達する林主席は、華西民国主席は罰ゲームと噂されてるのを薄々知ってると毒づきながら、日米からの書簡を読み漁り始めた。
「福池型補給艦『巣湖』?
こっちの世界に来ていたのか」
「2015年の7月に宮古海峡から太平洋での演習に参加する為に転移領域に入っていました。
このことは、海軍のフリゲート『常州』が当時、同行していて、航行日誌にも残されていました。
また、海上自衛隊那覇基地第5航空群の哨戒機「P-3C」と呉基地第12護衛隊所属の護衛艦『せんだい』が、これを追尾し、記録に残されています」
転移当時は通信に混乱が生じ、人工衛星も消滅したことからGPS も使えなくなった。
それでも日本やその近海を航行、或いは飛行していた船舶や航空機が本来の目的地を目指してまして遠ざかっていく事態が多発した。
当然のことながら日本の海上自衛隊や海上保安庁の艦船に在日米軍、ロシアの太平洋艦隊をはじめとした転移した各国海軍艦艇も追跡して、引き返すよう通信を流した。
しかし、それを流言蜚語、謀略放送、理解不能と耳を貸さずに航行を続ける船舶が続出した。
これが航空機なら通信異常や目的地の陸地に燃料の限界まで達しても辿り着けないと、日本に引き返したり、墜落したりとわかりやすかった。
船舶の方が問題で、人工衛星や海外の無線中継所まで消失しているので、無線の届かない距離まで行かれると把握すら困難となった。
「密漁船団とかあからさまに無線封鎖してましたからな。
しかも艦艇が追い付いて説得しようとしてもバラバラに逃げだす始末です」
許部長も当時を思い出して肩を竦める。
許部長は大陸東部の新香港武装警察の主任だったが、華西民国建国とともに部長に昇進するまでになっていた。
「軍の艦艇も日本や米軍からの異世界転移なんて話を信じてませんでした。
当然、漏れがあったのが『単湖』や『長征07号』が証明してしました」
日米からの書簡によれば『単湖』と他二隻のクルーズ船を発見したが、乗員、乗客に生存者は無し、一部はアンデッド化していた為に討伐しと書かれていた。
その上で、三隻の引き取りと周辺海域の捜索に艦艇を派遣して欲しいと書かれていた。
「引き取りということは航行に耐え得るということか?
十年以上、ドックに入らなかった艦船だろ」
「錆が酷く、ガラスは割れ、計器のボタンや回線が多々腐食してるそうですが、機関は動くようです。
まあ、燃料は空ですし、無整備で長距離航海は怖いので、牽引が望ましい。
修理は日本か、高麗のドックに入れる必要があるが現役復帰の望みがあると」
「ふむ、適当な艦艇を見繕って現地に送れ。
ああ、待て。
2015年当時だったな?
じゃあ、他にもまだいるはずだな」
渡されたリストに書かれていたのは、
旅洋I級ミサイル駆逐艦『武漢』
旅洋II級ミサイル駆逐艦『長春』、『鄭州』
旅州級ミサイル駆逐艦『瀋陽』
ソブレメンヌイⅡ級ミサイル駆逐艦『秦州』
ソブレメンヌイ Ⅰ級ミサイル駆逐艦艦名不明1隻
旅滬級駆逐艦『青島』
江凱Ⅰ級フリゲート『馬鞍山』、『温州』
江凱II級フリゲート『徐州』、
『臨析』、『衡陽』、『欽州』、
江島級フリゲート艦『上饒』
江衛II級フリゲイト『三明』
071型揚陸艦『王昭』『長白山』
福池級補給艦『太湖』、艦名不明1隻
玉亭II級戦車揚陸艦『雲霧山』
東調級情報収集艦艦名不明1隻
中国海警局
『海警31239』 『海警2337』『海警2506』 『海警2149』
「24隻もの中国艦船が我が国の管理を受け付けずに彷徨ってるのか?」
「わかりません。
リストアップした艦艇は、尖閣諸島、宮古島海峡、沖縄近海、対馬沖、日本海、ベーリング海で、日本近海を当時航行していた艦艇です。
潜水艦は把握できません。
こちらの世界に来ているかどうか自体も不明なのです」
尖閣諸島への接近、宮古島海峡通過、ロシアとの日本海演習の為の対馬海峡通過、ベーリング海での離島上陸演習。
いるかどうかわからない、彷徨える船舶の為に日本本国やサハリンからも異世界転移と合流を促す通信が十年ほど毎日定期的に行われていたが、今は週一回ペースになっている。
「よくこれだけのリストを把握、保持できてたな」
前身である在日中華人民共和国大使館では、そこまで軍の情報を把握できたとは考えにくかったからだ。
である林主席の言葉に二人は気まずそうな顔をする。
咳払いをして許部長が答える。
「そのリストは日本側から提供されていたものです。
示威行動も兼ねていたから、当時の人民解放軍も海警局も隠してはいませんでしたから 」
「もう一件の要請ですが、今回発見した島での墓地やアンデッドの数が二千人近くになるので、きちんと術の行使が出来る術者による鎮魂です」
近年は道術や仏僧による法力が使える術者が出てきた華西民国であるが、日本と比べればはるかに数が少ない。
しかも何れも転移後に産まれたローティンばかりだ。
普段の日本側なら、その辺を尊重してこないのだが、今回は妙に鼻息が荒く、担当した外交官が疲弊する騒ぎになったくらいだ。
「我が国最高の道士となると、やはり……」
「若若(ルオルオ)一択でしょうね」
「阿若(アールオ)だろうな」
王補佐官と許部長が挙げた人物は同一人物である。
本名は李若汐(リ・ルオシー)であり、名前の一部を繰り返します若若は、中国北部での愛称の呼び方だ。
日本にいるパンダの名前が繰り返しになっているのはこの影響だ。
変わって南部だと、『阿a』と呼んだりする。
どちらも日本語的には若汐(ルオシー)ちゃんである。
ちなみに日本のテレビドラマなどに中国語字幕を付けている場合に、同じく名前の後ろに「酱(jiàng)」と使う場合がある。
これは日本語の「ちゃん」を中国語に訳した表現であるが、一般の中国人は使っていなかったのだが、SNSの普及で広まりつつある。
李若汐の存在は林主席も知っており、道術大家の令嬢で、術を行使できる道士の中では最年長で、容姿も相まって人気は高い。
林主席も80年代に一世を風靡した映画やドラマの少女道士に熱狂した世代であり、気持ちはわからなくもない。
若き日の郷愁である。
そして、彼女を指名してきた日本の役人にも親近感を覚えていた。
「それはそれとして、彼女は華西の至宝である。
そんな危険な場所に送るなどとんでもない。
遺体は荼毘に付し、一般的な僧侶を送るように手配しろ」
そんな林主席の言葉に感動した二人は、林主席が今後も末永く、主席の地位にいられるよう尽力することになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます