第206話 890

 シュヴァルノヴナ

 とある未確認島

 日米合同キャンプ


 海上自衛隊立入検査隊、木島正道二等海尉一行は、昨晩のうちに設営したキャンプの造営を護衛艦『いかづち』の船務長糸井繁一等海尉達に任せて、朝食後に島の探検に出ることとなった。


「まずは島の外周だな。

 西回りと東回りどっちにする?」

「コイントスで決めよう。

 表が東だ」


 アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦『ステザム』から上陸した海兵隊のレイトン中尉の提案を受け入れ、コイントスで西回りを行うことなった。


 島の中央は『いかづち』と『ステザム』から発進するヘリコプターによる航空写真待ちだ。


「20キロ地点でヘリが拾ってくるから帰りは楽だぞ。

 その代わり明日はその地点までヘリで戻り、続きをスタートだ」

「半周だけでも50キロはありそうですが、探索込みなら三日は欲しいですね」


 立入検査隊の淡路俊典一等海曹が他の隊員に指示を出して荷物を準備させている。

 立入検査隊は通常一隻の護衛艦に付き3名が乗艦し、主任務の不審船舶の立入検査、海難救助、艦内の保安業務等に携わっている。

 だが今回は遠洋航海となる為にましゅう型補給艦『おうみ』からの給油中に同艦の立入検査隊も移乗してきている。

 自衛隊から6名の隊員が西回りの探索を始めた。

 なんてことは無い海岸線を歩くだけのピクニックだ。

 砂浜に岩壁、或いはマングローブ。

 複数の艦艇がいた痕跡だ。

 桟橋や火砲の着弾、上陸したであろう乗員の焚き火の跡。

 そういったものを探すが、初日は成果が上がらなかった。

 問題は二日目だった。

 もうすぐ二日目の回収地点まで数キロといった状態。

 日が落ちかけ、薄暗くなり始めた頃に異様な光景に出くわしてしまった。


 朽ちた小銃が地面に複数突き刺さっていたのだ。

 小銃が刺さる地面は少し盛り上がっており、土饅頭を思い起こさせる。


「墓かなこれは?」

「墓ですな。

 途中からは棒切れに代わってますが、間違いなく墓です。

 ですが随分数がありますね」


 海岸から見える森林に点在する墓地といったところだ。


「03式自動歩槍か。

 確か今の華西の制式銃だったな」

「でも華西が03式を復元して量産化し始めたのは建国後の筈です。

 この錆び具合から十年は野晒しに晒された感じですね。

 弾装はどれも無いですね」


 この光景は携帯電話から写メを撮り、『いかづち』と『ステザム』に送信している。

 携帯電話は2015年の転移前からほとんど発展していない。

 スマートホン等は、経済の崩壊と共に2014年頃からせっかく再建していた半導体生産施設の開店休業状態で、生産が停止した。

 今ある携帯電話は転移前から有った機種を都市鉱山から回収した部品で騙し騙し延命させた物が大半だ。

 ここ数年は大陸から獲得した資源で、少数を新規生産を行えるようになってはいる。

 需要に供給が追い付いてないので、都市部では有線式固定電話が復活している。

 木島二尉達が所持している携帯電話も『いかづち』の備品として貸与されたものだ。


「墓には漢字も書かれてるし、中国系で決まりだな。

 うちの国には無い漢字もあるし。

 まあ、小銃より気になるのは……」

「あきらかに内側から這い出て来てますよね、これ……」


 墓の中にいたのが中国人なら埋葬の仕方は基本的に土葬だ。

 十年土の中にいたのなら白骨化は待ったなしだ。

 つまりそれより前に這い出てきたか、再近死んだかのどちらかだ。

 どちらにせよ、この島にはアンデッドがいる結論になる。

 中国系人種が道教系の弔い術が確立したのはわりと最近の話で、かろうじて仏教僧侶が祭祀を取り仕切れていたが、アンデッドがいるこの島では、ままならなかったのだろう。


「隊長、アメさんが弾痕の形跡を発見したとか」

「こっちの情報も想定込みで再送しろ。

 それと、航空隊に援護、回収の要請だ」


 同時に発砲音があたりに鳴り響く。

 隊員二人が森林から海岸に発砲しながら後退してくる。


「状況、グール!!」


 隊員の叫びに木島二尉と淡路一曹も発砲する。


「いやいや、ちょっと多すぎるだろ」


 森の奥から出てきたグールは百体を超える数だ。

 再近死んだ遺体が多数有ったして、全てがアンデッド化するわけではない。

 悪霊、数十体がかりで一体のグールが誕生する。

 百体以上のグールがいるなら、この地で死んで悪霊化した人間が数千人いたことになる。

 そして、グール達の死体の損壊や腐敗はさほど酷くはなく、立入検査隊を追ってくることが出来ていた。

 立入検査隊6名は互いに援護しながら、89式5.56mm小銃を発砲しながら逃げ回る羽目になっていた。

 しかし、無数のグールが何度も前方から行く手を阻んでくれるので、後退は遅々として進まない。


「手榴弾は無いか!?」

「スタングレネードなら有りますが、効きますかね?」


 基本的に船内での活動を基本とする立入検査隊は、本隊にいる時はともかく、船体に穴を開けそうな爆発物を装備してない。

 こうなると『いかづち』からヘリコプターを呼んで回収して貰うしかないが、先に艦砲による砲撃音が遠く、聞こえてくる。


「キャンプも襲われてるな、これは……」

「我々は後回しになりますね」


 木島二尉の予想は当たっており、すぐに『いかづち』から状況を無線で伝えられた。

『いかづち』は、糸井一尉等キャンプのクルーの撤収を援護、優先しており、キャンプから30キロは離れた木島二尉達には自力で艦の位置まで近づくように求められていた。

 米軍にも救援を求めたが、あちらも同じ状況だった。


「一応、内火艇が迎えに着てくれるようですが」

「弾が尽きる方が早えいよ。

 それより気がついたか?

 あいつらが着てる服、民間人の私服に混じって、中華人民共和国の人民解放軍の水兵服や軍服だ」

「中華人、何者ですか」

「いや、何を言ってるんだお前は……

 中国人だよ、中国人、華西の連中の前身だよ。

 えっと、学生の頃習わなかったか?

 世界史とかで」


 二人はグールを仕留めながら噛み合わない話を続けていた。


「世界史?

 ああ、地球史のことですか。

 選択授業だから自分は受けてないです」


 淡路一曹はまだ二十代前半で、転移当時は小学生低学年だった。

 世界史では地球の事だか、この世界の事なのかと混乱するので、地球の事は地球史と名前を変えていた。

 すでに世界史を受講せず、地球について学ばない世代が社会に出ている。

 ちなみに木島二尉は淡路一曹は、一回り以上年長の為に転移前に義務教育は終えている。


「アメリカ人やロシア人は今でもそう名乗ってるからわかりますが、中国人は中国という国の国民だと思ってました」

「いや、間違ってないけどなあ。

 中華人民共和国とか、中華民国の略称が中国なんだよ」

「また新しい国の名前が出てきましたね。

 中華民国?」

「うるせい、面倒臭い。

 あとは事典でも読んで調べやがれ。

 とにかく地球時代の軍隊の服だ。

 しかも海軍であの数。

 当然あるんだろうな、艦艇が」


 逃げ回る内に島内奥地に入り込んでしまった。

 そこは湾内となっており、錆びだらけの1隻の艦と複数のクルーズ船が停泊していた。


「あ、ここが当たりか」

「ハズレかも知れません。

 グールがあそこから出てきてますけど……」


 艦は補給艦のようで、890という艦番号が書かれていた。


「『いかづち』に断片的に情報送って早く迎えに来て貰え。

 さすがに残弾がヤバい。

 弾が切れた奴は順次着剣!!」


 そう指示すると、木島二尉以外の全員が89式5.56mm小銃に89式多用途銃剣を着剣し、木島二尉を落胆させることに成功する。


「お、お前らなあ……」


 立入検査隊はその後30分奮戦し、SH-60K 哨戒ヘリコプターに救助される運びとなる。



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