第205話 ピクニック前夜

 日本海南西約10000キロ海上


 日本国海上自衛隊

 護衛艦『いかづち』


「距離400まで接近。

 電波、発光現象、黙視による観測、異常は感知できません」


 艦長の折原拓也二等海佐は、頷くが引き続き戦闘態勢を取らせたまま、件の島に進路を取らせた。

 それなりに大きな島で、ドローンからの空撮で、140 km2程度の大きさの島と推定された。




 ことのおこりは海蛇子邦国の大使館造成完成披露パーティでの一席だった。

 海蛇子邦国の大使館は、東京の麻布台一丁目8の旧カザフスタン大使館を購入して使用している。

 一応、範囲としては麻布台一丁目8全体が大使館の敷地なのだが、外務省別館や狸穴警備派出所は省かれている。

 大使館自体は、都内の一軒家に毛が生えた程度の敷地なので、大使館業務やレセプションは隣接するテナントビルをやはり購入して使用していた。

 問題はご近所にサハリンで戦った旧ロシア大使館こと、現サハリン大使館があったり、やたらと主張の強い建築物の宗教施設があったりと悩みは尽きない。

 そんな彼らにテナントビルの改装工事が完了したので、外務省や防衛省の官僚や政治家を呼んでパーティが開かれたのだ。

 防衛大臣乃村利正は、秘書している次男の妻が孫が産んだとフィーバーしており、統合司令哀川一等陸将が制服組トップとして代理で参加していた。

 ギウミ・ベゴ大使と談笑するが、妙なことを言い出した。


「そういえばシュヴァルノヴナ海の島のひとつに地球側の軍艦が集まっていたのですが、何らかの作戦ですか?」


 シュヴァルノヴナ海は烏賊子邦国の領海であり、海棲亜人レムリア連合皇国の仮海都か有った海域だ。


「そんな話しは聞いてませんな。

 本省に帰ったら調べてみることにしますよ。

 どこら辺にある島ですか?」


 すぐに幕僚の一人を退席させて、市ヶ谷の防衛省に調査の手配を命じた。

 しかし、何分にも遠方過ぎて船を直接派遣する必要に迫られた。

 パーティから帰還した哀川司令は、幕僚達の声にうんざりした気分になった。


「周辺海域に該当船舶無し、P-1でも駄目か」

「往復で考えれば航続距離が足りません。

『コロンビア』に護衛艦『いかづち』がいますから派遣しましょう」

「そうなると米軍に知られるな。

 とりあえずこちらで情報を先取りして、主導権を握りたかったが」


『コロンビア』は、米軍が管理する海上プラットフォーム要塞で、現在は日本と西方大陸『アガリアレプト』の中間に移動し、大陸間輸送の中継地点となっている。


「やむおえません。

 どうせ厄介事ですから米軍も巻き込んでしまいましょう」



 そんな理由で護衛艦『いかづち』は探索任務を仰せつかるが、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦『ステザム』が同行することになり、艦長の階級は同じなので、指揮下に入る必要はない。


「取り敢えず浅瀬に注意しつつ、上陸部隊を島に向かわせる。

 あちらと歩調を合わせるから木島二尉達にも言い含めておけ」



 艦長から協調とホウレンソウを協調された木島正道二等海尉は、うんざりした声で、吊り下ろされる内火艇のボートから無線で


「了解であります」


 と、呟いた後で、無線のスイッチを切って毒づく。


「艦長は護衛艦隊で序列最下位の艦長だから揉め事を起こしたくないんだな」

「そんなこと言わないで下さいよ。

 確かに『いなづま』は本国の護衛艦隊では、最古参の艦で艦長も就任したばかりですが、新設の第5護衛艦隊なんて、最古い艦ばかりですよ」


 木島二尉指揮する立入検査隊の淡路俊典一等海曹が宥めてくる。

 立入検査隊は各護衛艦で常設な専門部署となったが、大元の所属は各海上自衛隊の基地警備を指揮する海上特別警備旅団所属だ。

 そして木島二尉達は佐世保の特別警備第4中隊を本隊とする派遣要員だ。

 その為に艦内では無聊を囲う事が多く、わりと艦艇乗員から邪険にされることがあった。

 艦艇乗員からは


「あいつら暇そうでいいな」


 と、言われたりする。

 そのためか、たまの出番がまわってくると立入検査隊が張り切ってしまい、想定以上の戦果をあげて来て艦長が頭を抱える事態となることがしばしば見られた。

 今でこそ特別警備隊員達は旅団長という名誉職を上がりとして、海将補の階級を目指す事が出きるが、以前は中隊長の三等海佐以降は、身の振り方が悩みどころだった。

 もういっそ、陸自の水陸機動大隊に鞍替えしようかというジョークまで上がるほどだ。

 少ないパイには違いないので、目立つ手柄を立てたい傾向が加速している。


「聞いてるか?

 最近は艦隊からの嫌みに特別警備旅団司令部が、俺達に乗員の運動不足解消や筋トレのインストラクターをやらせようとしてるらしいぞ」

「どこぞのフィットネスのスタッフですか、我々は」


 すでに内火艇は『いかづち』から離れて、件の島に向けて、海上を疾走している。

 同様に『ステザム』からも内火艇が出て、海兵隊が乗船して島に向かっている。


「あっちはこういう悩みは無いんだろうな」

「規模が違いますからね」


『いかづち』からは立入検査隊5名とキャンプ設営の為に乗員から選抜された上陸班10名が内火艇に乗船している。

 責任者の船務長糸井繁一等海尉を筆頭に補給科給養員、衛生科衛生士、船務科通信士の他は手隙の乗員をかき集めている。


「捜索は明るくなり、朝食を摂ってからですな」

「そうですね。

 今日のところは設営と米軍との協議。

 先行してヘリを両艦から出してもらいましょう」


 糸井一尉の提案は妥当であり、木島二尉にも異論はない。

 第一、自分達は海自であり島を覆うジャングル内を捜索するなど、専門外にも程があった。

 今日のところはテントを張り、通信機器の設置と土嚢を積んで簡単な陣地構築ぐらいしか出来ることがない。


「後は炊事とトイレか」


 出来れば早朝の捜索などはやりたくなかった。

 この島はそれなりの大きさで、野生動物やモンスターがいたとして、活動時間は早朝や夕暮れに片寄ることがある。

 ようするに腹が減りやすい時間帯だ。

 餌を求めてさ迷い、腹が膨れたら寝たりするので昼間は遭遇率が激減したりする。

 そんな事を船上で考えてると、急に内火艇が加速し始めた。


「なんだ?

 なにか見つけたけたのか?」


 見ると米軍側の内火艇も加速している。


「いや、さもしい考えだとは思うんだが、初めて発見された島は最初に上陸した方に領有を口にする権利があると思わないか?」


 糸井一尉の言葉に木島二尉は、おもむろに内火艇の後部に翻る日の丸の旗を降ろして、テント用の棒に括りつける。

 その棒を淡路海曹に渡し訓示を与える。


「我が国の国益は貴官の双肩に掛かっている。

 浅瀬に着岸したら舳先より飛び出して、海岸に日の丸を立てろ」

「いや、今時旗を立てたくらいで領有なんて決まらないでしょう。

 外務省に怒られますよ」

「外務省がなんだ!!

 屁理屈は役人に任せとけ。

 見ろ、あいつらはやる気になってるぞ」


 見れば米軍の内火艇も屈強な海兵隊員が星条旗を肩に担いで、こちらに中指を立てている。


「負けたらおまえだけカレーから肉抜きな」

「鬼ですか、あんたは!!」


 まあ、誰も領有権なんて本気にはしていない。

 単に国のプライドを掛けたゲームが始まっただけだ。

 レクリエーションの一つである。

 両国の内火艇は加速して母艦の乗員達は、甲板に出て歓声を挙げている。

 一人冷静な艦長の折原二佐だけは


「バカ共が問題だけは起こすなよ」


 と、何かに祈りを捧げたい気分になっていた。


 なお、結果に付いては米軍キャンプにおいて、リックマン軍曹はバーベキュー肉抜きとなっていた。


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