第204話 あゝ、栄光の第2師団
大陸東部
日本国 新京特別行政区
総督府 総督執務室
「それで防衛大臣の次男は、自らの城である船に戻り、育休を宣言したようです。
その間、新規プロジェクトは行わず、社員達に既存の仕事を遂行するよう指示を出しています」
公安調査庁の波多野市局長が、佐々木総督に先日行われた経団連の使い走りに警告を与えた任務について説明していた。
秋山主席補佐官はポーカーフェイスを保っているが、川田次席補佐官は後ろ暗い任務内容に普段は快活な顔を歪ませている。
「途中で野生の人狼に遭遇し、猿人の襲撃部隊は全滅。
集落は石狩貿易とエクローペ市憲兵隊が焼き払ったと。
企業が武力を持ち始めているのは、憂慮すべき事態ですね。
何れは分社化させ、連盟という形で縛りたいですね」
「冒険者や各個人が武装化してる現状では難しいかと。
寺社でさえ武装してる現状、現代の刀狩りはモンスターがいるので名目が立ちません」
日本の支配領域では、自衛隊や警察、自警団が定期的にモンスターの間引きを組織的に行っている。
しかし、領域内でいくら減らしても地続きの王国領内から流れてきてしまうのだ。
都市自体は人口拡大を制限し、壁で覆えば良いが、壁外作業時における被害は増加傾向にあった。
これは単純に大陸における人口増加と植民都市が増えたせいだ。
「せめて内地化に合わせて都市内部だけでも民間人の非武装化を進めなければいけません。
関係部署に通達して、策を講じるようにして下さい」
波多野市局長が下がると、今度は秋山補佐官が書類を机に置いてきた。
「沢海市における新潟市の移民が終わりました。
九月からは熊本市民が入植を開始します」
新たに移民対象となった熊本市には、隣接する上益城郡、菊池郡、玉名郡、下益城郡、阿蘇郡の町村が合併して指定移民対象数を補う。
「あと22万人ほど足りませんが、相模原市が周辺町村をまとめに掛かっています。
愛甲郡、足柄上郡、中郡の町村と合併しましたが、秦野市とも協議に入っています」
「遅くても12月までには決めて欲しいですね。
来年にはようやく第52普通科連隊も来てくれます。
駐屯地の施設や隊員住居に不足は無いか、再チェックを市役所に指示して下さい」
来年度の一月には新しい植民都市の入植が始まる。
すでに名称も植民の中核をなす岡山市の意向のもと、吉備市と決まっている。
岡山市は旧備前国で合併しているので、最後の合併先を調整している段階である。
「吉備市の次は内地化に対する最後の都市です。
吉備市の植民完了と同時に総督府の移転を発動します。
新京道の成立と道知事選挙の公示をそろそろ始めますので、関係方面への通達と記者会見の準備もお願いします」
ちなみに最後とは新京道設立最後の都市ということで、総督府と移民政策の終わりを意味していない。
まだ、日本本国の食糧事情は薄氷を踏み抜いている状況なのだ。
日本国
樺太道 豊原市
陸上自衛隊 豊原駐屯地
第2師団司令部
「そうか、19普連も行っちゃうのか」
そう悲観的なことを言い出したのは、北サハリン共和国との国境を守る栄光の第2師団を率いる師団長の足尾三等陸将だ。
幕僚達は困惑しているが、進捗状況の報告のために敷香駐屯地から出頭してきた飯島悟一等陸佐はもっと困惑する。
「穴山さんもさ、大陸東部方面隊なんて重責を担うなんて大変なんだろうけど、国境防衛の我々から引き抜かなくてもいいんじゃないかと思うんだ。
しかも三年後には19普連も予約済みと来たもんだ。
北方防衛を軽視してるんじゃないかな政府も」
第19普通科連隊は、第19師団設立の基幹部隊として第19即応機動連隊に改編する準備に入っている。
そして、第19・36普通科連隊の代わりに編入されるのが、訓練中の第55普通科連隊と編成が決定したばかりの第56普通科連隊だ。
後者の両普連は、本国陸自の昇進予定者ばかりで構成されている為、エリート部隊と言える筈だが編成の経緯や配属先が北の国境地帯と合って、昇進を見送ろうとする者が多数でた。
これは同じ事情の首都圏を根城にする第1師団では無かった現象である。
移民でかつての都会は土地も余りまくってるし、危ないことも少ない。
五年後に部隊を転出させる第3師団もきっと苦労しない。
反して樺太は異世界に転移したのに極寒の地のままなので誰も来たがらない。
似たような状況の千島列島に駐屯する第5師団も明日は我が身と第2師団の状況推移を戦々恐々と様子を伺っている有り様だ。
まあ、あちらは地続きにロシア人がいないからマシだと言える。
連隊の隊員集めに人事担当者が苦慮する事態となっている。
「かつての第2師団の樺太進駐は、食料事情を軽減するために国の存亡が掛かっており、みんな使命感や期待を一身に背負っていた。
しかし、今となっては大陸が国の生命線となり、寒くて怖いロシア人が地続きでいっぱいいる樺太に誰も来たがらない」
「しかし、隊員は基本的に異動を命令されたら拒否を出来ない筈ですが」
「調整の段階から圧が掛かるんだよ。
今の隊員は地縁、血縁が強いから良いところ嫁さん貰ってる奴が多くて、義理実家がさらに上官の血縁経由で口を出してくる」
異世界転移直後の日本は産業が第一次産業を除き、壊滅状態となった。
町にいた市民は血縁を頼り、農家や漁師に転職した者が多数いた。
後継者不足に悩んでいた農家や漁師は問題が解決し、地元の有力者になっていくが、受け入れるキャパシティが上限に達するのも時間の問題といえた。
そこで白羽の矢が立ったのは自衛官や警察官に娘を嫁がせたり、婿に迎えることだ。
当時の治安関係者は、食料や物資の配給は優遇されており、大陸に異動となっても未払い給料の代わりに土地家屋の支給面で厚遇されている。
何より異世界転移による混乱と治安の悪化に親族に治安関係者がいることは心強い。
かくて、第一次産業従事者と治安関係者に一大婚活ブームと、それに連なるベビーブームが起こることになる。
「その子供達がいる隊員への家族支援で、隊員の単身赴任を防ぐ形でさらなる壁になっている。
ちなみに今のは連隊幹部や陸曹の話だ。
入隊したばかりの陸士は数を揃えている」
さすがに入隊して数年以内の陸士の既婚者は少ないし、地縁や血縁が薄い隊員が中心になる。
自衛隊が入隊の年齢制限を大幅に緩和した結果、喰い詰めた中年層の陸士が増大する。
中年が喰い詰めてるくらいだ、地縁も血縁も力を持たない。
結果として新設の第55普通科連隊は、やたらと中高年の陸士が多い部隊となってしまった。
やはり新設される第56普通科連隊に待つ未来でもある。
「口の悪い連中は55普を第55即席普通科連隊などと呼んでるからな」
異世界転移による経済破綻の失業者対策で、政府を自衛隊に大量の人員を入隊させたが、持たせる装備品の不足や訓練不足で、即席自衛官などと揶揄されたものだが、当時は既存の部隊を補う形だったので、部隊まで即席呼ばわりされることはなかった。
「国境保安庁の連中もいるから、政府も安心してるんでしょう」
北サハリン共和国との国境は、無用な緊張状態を緩和する目的で、自衛隊や共和国国防軍ではなく、準軍事的組織の日本国国境保安長国境保安隊と北サハリン共和国国境警備隊が警備に当たっている。
「きっとあっちも似たような状況なんだろうな」
足尾陸将の呟きに一同頷く。
北の防人、栄光の第2師団の悩みは尽きる事がなかった。
ここから出ていく身の飯島一佐は、大変肩身が狭い思いだった。
「早く帰りてぇ」
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