第203話 警告
大陸南部
シァラトン伯爵領
エウローペ市に程近いこの伯爵領は、皇国滅亡後から猿人の盗賊団に悩まされていた。
しかし、近年は鉄道の敷設に伴いエウローペ市憲兵隊から護衛部隊が建設業者に同行する関係上、幾度かの襲撃は全て撃退されていた。
夜の闇に街道を複数の車両が夜道をライトで照らしながら走行していた。
「おかげで猿人達の勢力は縮小し、領邦軍も討伐に出る余裕が出来るようになりました」
「そいつは良かったね。
で、今回はこいつのテストを兼ねて視察となったが、例の件は大丈夫か?」
防弾仕様の装甲リムジンバスには、石狩貿易CEO 乃村利伸と企画部長の外山が同乗していた。
他にも数人の武装警備員が前方座席に待機している。
その中には白人の私服警備員も含まれていた。
「問題ありません。
警察や国境保安庁も一枚噛んでる案件ですし、兵器ならともかく、重機に新素材を使っただけです。
車体の来歴は追えますが、付属品別売りのバゲットの入手経路なんて、開拓全盛、都市鉱山フル稼働な我が国では不可能です」
「まあ、『御使い』となれる聖職者、魂を付与できる魔術師、器となる魔導媒体が揃わなきゃ無理か。
どんだけ奇跡のマリアージュだったんだあれは?」
マッキリー子爵領で起きた事件は、『キルローダー事件』と呼称されて、内外を騒がせた。
法的には問題は無い筈だが、ミスリルの入手先がバルカス辺境伯領で、反旗を翻したポックル族の解放区だということが説明を難しくさせていた。
王国は日本の保護国扱いをしているのに、日本の商人が王国に反旗を翻す武装勢力と商取引しているのはどういう了見か、ということだ。
商人である乃村は叱責程度ですむが、政治家や官僚は責任問題となるだろう。
「発覚したら問題になるから発覚させなきゃいいとお役人さん達が忖度してくれてるよ。
退官後の天下り先にも響くよと耳打ちするだけで次代に先送りさ」
「つくづく我が国らしいですな」
そんな会話をしながら書類を唱えていると、装甲バスが停車した。
「どうした?
街道は信号も無いから止まる理由は無いだろ」
武装警備員の一人が前方から状況を知らせてくる。
「街道前方に馬の無い馬車が横倒しになっています。
前方の憲兵隊とは分断されました。
猿人の襲撃かもしれません」
「どかせるのは危ないよな。
後方の憲兵隊にお任せしよう」
今回はエウローペ市憲兵隊に同行しての視察だ。
石狩貿易の車両が憲兵隊に挟まれる形で車間距離を少し取る感じで車列を組んでいた。
「いません」
「あっ?」
「後方にいた筈の憲兵隊は消えました。
前方の憲兵隊からは引き返すのに少し時間が掛かると」
武装警備員達は銃を手に取り、乃村や外山、一般社員にも渡してくる。
やがて装甲バスの前後を警戒していた警備車両からの発砲が始まる。
「猿人の襲撃です!!
バスからは出ないで下さい!!」
武装警備員達が叫びながら装甲バスの銃眼から発砲する。
馬に乗った猿人の集団が、略奪で奪った槍や剣、弓矢や小銃で装甲バスや警備車両を攻撃してくる。
装甲が施された車両はびくともしない堅牢さで、猿人達が銃弾で仕留められていくが、憲兵隊の増援が一向に来ないことが、乃村を不快な気分にさせていた。
「陰謀臭いな。
別班か、公安か……」
「そこまでしますか!?
我々は本国における財界の窓口ですよ」
「多分、猿人に我々を害せるとは考えてないよ。
こいつは、調子に乗るな、という警告さ。
シチュエーションを整えて、サル共を誘導する。
我々が危なくなれば、颯爽と現れて恩着せがましく説教を垂れてくる。
面白くないから力ずくで噛み破るぞ。
後続のブラッドレーに連絡、オールウェポンフリーだ。
それとウェールズ大尉、サル共を蹴散らしても隠れてる連中は無視しろ。
捕まえても死んでても面倒だから」
装甲バスの後方からM2 ブラッドレー歩兵戦闘車が前に出てきて猿人の集団にM242 87口径25mm機関砲やM240 7.62mm機関銃を発砲して血祭りにあげる。
この車両は転移前の2015年まで、在韓米軍第2歩兵師団第1機甲旅団戦闘団に所属していたが、同隊が7月に解隊し、本国に戻る途中で異世界転移の網に引っ掛かってしまった。
その後は再編したアメリカ合衆国陸軍の西方大陸アガリアレプトの戦線で活躍していたが、損傷したことからアミティ島で修理を受けていた。
そこをミスリルを使った装甲材料の試験に使われ、今回のテスト運用を石狩貿易に任せたのである。
あまり実弾は持ってきてないので、すぐに火砲は沈黙すると、再び猿人達が殺到してきた。
そこに一人の男が立ち塞がる。
元ブリタニア軍のウェールズ大尉は脱走兵である。
しかし、軍の非公式で非合法な作戦に参加していたことから公式には『長いトイレ』に行っている扱いとなっていた。
「口座に給料まで振り込まれてるんだよな。
復隊しても大丈夫なんじゃないか?」
そう思わせてノコノコ出てきたところを捕獲され、解剖手術されるかも知れないと思えるのが、ブリタニカ軍の怖さだった。
暫くはポックル族の解放区に匿われていたが、たまには娑婆に出て石狩貿易のボディーガードとして日銭を稼いでいた。
猿人達が、キーキー言いながら剣を振り回し、槍で突いてくるのをいなしながら進んでいく。
その超人的身体能力は、人間としてのそれを遥かに凌駕していた。
やがて森の奥から奇声を上げながら猿人達がウェールズ大尉を血祭りにあげよううと殺到してくる。
ベルトを締め、上着を脱ぎ捨て上半身裸になったウェールズ大尉は、特に意味が無いのだが右手を高く掲げ、丹田の位置に下げて
「変身!!」
と、叫び出す。
ウェールズ大尉の身体は犬歯がキバのように伸び、全身が毛に覆われてくる。
ズボンから尻尾がはみ出て延びていき、口元も延びていき、耳が頭部に移動していく。
二足歩行の半人半狼の怪物、それがウェールズ大尉の正体だ。
ライカンスロープの因子を後天的に組み込まれ、人の意思を持ったまま変身できる遺伝子改造人間である。
強靭な脚力、俊敏な動き、高いジャンプ力を獲得し、鋭利な牙や爪は猿人達の皮膚や肉を容易に切り裂く。
その咆哮に本能的な恐怖を呼び覚まされた猿人達は、恐れおののき、逃げ出そうとするが人狼の追撃はそれを許さない。
闇夜を見通す目も隠れて観ていた地球人を見逃してやる。
変身するところを見られてなければ問題は無い。
気が付けば猿人達は、全て肉塊に変えられ、流れ出した血は池を造り出していた。
「街道側に猿人達の集落がありましたが、どうします?」
日が昇り変身が解けたウェールズ大尉は、乃村達に報告する。
「今頃駆けつけてきた憲兵隊に押し付けよう。
何が無線機が故障しただ。
ふざけやがって」
「しかし、変身の際はズボンとパンツも脱いだ方がいいですな。
偶然、現れた獣人が猿人どもを蹴散らしていったとは言い分けしずらくなる」
「いや、全裸は勘弁して下さいよ。
そこまで英国面には堕ちてませんから」
ズボンとパンツは最後の理性の象徴として、脱ぐのは抵抗があるらしい。
「で、監視してた連中はどうだった?」
「日本人ですね。
自衛隊じゃなく、おそらく公安の実働部隊。
佐々木総督の子飼いでしたっけ?」
それを聞いた乃村はうんざりした顔をする。
「やはり警告か。
仕方ない、暫くは大人しく育休でもするか」
「えっ、照美さん子供できたんですか?
早く言って下さいよ」
血生臭い現場で呑気に語らう男達の横で、エウローペ市憲兵隊の隊員が、猿人の集落に突入して銃声を鳴り響かせていた。
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