第202話 それはまた、別のお話
大陸中央部
マッキリー子爵領 領都リビングストン
一連の事件の重要参考人として、現地保安官事務所に拘留、もしくは保護されていた死霊魔術師スローンの前には、岡島保安官謹製のカツ丼と多数の書類の入った箱が置かれていた。
「先に飯を食え、長くなるから食いながらこの書類について説明する。
ああ、カツ丼は俺の奢りな」
「あっ、はい。
いただきます」
カツ丼をモグモグ食べ始めたスローンを前に岡島保安官が書類を最初の箱から取り出す。
「まず最初の箱の書類だが、お前さん宛の請求書だ」
その言葉にスローンは食べていたカツを喉に詰まらせて、慌ててお茶を飲み干す。
「請求書!?」
「ああ、今回は方々で迷惑を掛けたからな。
自衛隊と保安官事務所と領邦軍からの請求書は、『断罪と雷の教団』に送りつけた。
さすがに公務の一環だし、個人での支払いは無理だしな」
交渉にあたった総督府の役人は、教団に対し空爆をちらつかせたという。
さすがに教団上層部は自らの正義は譲らなかったが、今後も人々を守るために組織の消滅は避けなければいけないと、賠償の為の寄付金の調達に奔走することとなった。
「まあ、聖騎士から神官戦士に回復役の巫女さんまで動員して冒険者稼業までして足しにするらしい。
まあ、借金のカタに教団に植民都市の警備をやらせようとか案もあるそうだが、残りはお前さん個人宛の請求書になる」
請求書に記載された請求者は、この町の他の教団や商業ギルドを通じたものだった。
「この色々いる教団は、墓場の管理をしてたからな。
死人達が墓から出てきた際に破壊された棺桶や墓石の再発注。
浄化儀式の費用。
まあ、俺や岸川一尉の前で堂々と墓地に仕掛けをしたと言いやがったから言い逃れはさせんぞ」
スローンはこれが娑婆での最後の食事になるかもと、味わって食べることに決めた。
「商業ギルドは色々と撒き散らされた町の特殊清掃や知人が死人となって遭遇して、体調を崩したり、負傷したりで掛かった費用やデュラハンと化した死人が強奪した馬や鎧、武器なんかの賠償をまとめた物だ。
良かったな、ここで保護されてないと町の住民に磔にされて火炙りになるとこだったぞ」
ここには相手が死人のモンスターだと思って負傷した商人や冒険者からの治療費も加わっている。
デュラハンは駅馬車の馬も襲ってたらしく、一様に馬の首を跳ねてアンデッドに変えて立ち去ったという酷い話もあった。
馬車の撤去や暫く商売が出来なくなる費用もある。
よくも今まで火炙りにならなかったと不思議でならない。
「私の一族は、始祖が初代皇帝の建国の偉臣として、それなりの所領と爵位を貰っていました。
各地から死霊魔術師の使い手が集められ、研鑽を積む里として知られる様になりました。
しかし、専門が死霊魔術なので一族の婚姻は困難を極め、他の魔術に転向する者も増え、何度か断絶の危機に陥り、爵位を返上することなりました。
しかし、時の皇帝陛下が死霊から貴族達の弱味を握る諜報の役割を頂くことで、保護されていたんです」
ところが地球から転移して来た日本と地球系多国籍軍と戦争となり、米軍による皇都空襲で皇国が崩壊し、一族の主だった者も灰塵と帰した。
死霊魔術師の有用性は、機密扱いだったから、死体を弄ぶ変人として疎まれ、所領も無くなり散り散りとなった。
皇国の庇護が無くなれば、単なる怪しく、不気味な魔術師でしかない。
岡島保安官はそんなスローンの生い立ちには全く同情はしてない
そんなことより大事な証言を聞かされて、頭痛を覚えていた。
「まだ、他にもいるのかよ、死霊魔術師」
まあ、いるだろうとは思っていたが、聞きたくない現実であった。
請求書の金額を見て青い顔をしているスローンは恐る恐る聞いてくる。
「この金額は身を売っても足りません。
どうしましょう……」
さすがに若い娘に身を売れとは保安官である岡島には言えない。
困っていると後ろから声が掛かった。
「だったらウチて引き取りましょう。
賠償金はうちからの給料からの天引きでどうです?
身の安全も保証しますよ」
「おまえ、どっから取調室に入ってきた」
岡島保安官もスローンも気が付かなくて驚いている。
「どうもお嬢さん。
日本国公安調査庁の新京支局の清原と言います」
草臥れた背広を来た中年は、所属部署も電話番号も書かれてない名刺を渡してくる。
仁生寺焼き討ち事件で顔見知りではあるが、胡散臭さしか感じない清原を岡島は信用していない。
「警察庁が霊媒師イタコ女子高生を外部協力者として難事件を解決し始めたので、うちにもそういう人材が欲しいとは前々から言われてたんですよ。
この町にも長くはいられないだろうし、どうですお嬢さん?」
すでに賠償金の金額に首が回らなくなっていたスローンに選択の余地は無かった。
ただし、ここまで彼女を守ってくれた高山京太郎も公安の実働部隊名義で彼女の護衛として雇われることを約束させた。
その高山だが、マッキリー子爵の館に岸川一等空尉立ち会いのもと少しでも金策の足しになる物は無いかと色々持ち込んでいた。
「まあ、ロクな物は無かったですね。
それで思い付いたんですが、『アレ』を削り取れば少しは足しになるんじゃないですか?」
子爵と岸川一尉は庭先に置かれた『アレ』に目を向ける。
そこに鎮座するのは機械生命体から金属生命体に格下げされたミスリル製パゲットの聖騎士コルネリアスだった。
『まて、汝のその考えは邪悪ではないか?』
「迷惑を掛けた住民への賠償を優先しますよ。
つまりこれは『救済』。
そして、教団の負担は軽くなる。
『献身』に神様もきっとニッコリです」
神様は苦笑いじゃないかなと岸川一尉は思ったが、黙っていることにした。
『そうか、『救済』と献身か……』
早く庭先の忌々しい置物をどかしたいマッキリー子爵も
「どのみちその図体では、移動することも困難じゃないか。
切り出した破片を盾にでも加工すれば需要はある。
魔宝石部分は削り出しの剣にすれば持ち運びもしやすいだろう」
ミスリル製なら削り出しの剣でも上物が作れる。
コルネリアスは自らの身を切り出し、削られ、加工されることに同意した。
数年後、賠償金を支払い終えた『断罪と雷の教団』の神殿に一本の聖剣が寄贈された。
意思を持った聖剣は、悩む者の相談に乗り、後進を導き、傷を負った者を癒す祈り力を使える聖遺物として、数々の伝説を打ち立てて行くが、それはまた別の話である。
遠くて近い先の話……
大陸西部
華西民国
首都 新香港
新香港の郊外の道教寺院に夜遅く、複数のキョンシーを移動させる道士の姿があった。
清時代の満洲族の正装である暖帽と補褂を着た遺体の額に符が貼られて道士の誘導に従っている。
腕を前に伸ばし、足首だけで跳び跳ねて移動している。
日本からの道教資料提供と顧問にした死霊魔術師による協力で、道士達のたゆまぬ努力の成果であった。
まあ、使い道は遺体の保管所から埋葬する道教寺院への移動くらいだが、そこらのアンデッドとは比べ物にならない怪力を発揮させることが出来る。
そんな光景を物陰に隠れてみている一団がいた。
一人の聖騎士の手にはミスリル製の聖剣が握られている。
『死体をいのままに操る外法を創出するとは、正に邪悪!!』
懲りない教団と聖剣が、華西民国と道教教団と抗争が繰り広げられることになるが、やはり別の話である。
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