第201話 一抜け
大陸中央部
マッキリー子爵領 領都リビングストン
マッキリー子爵家は皇国解体、王国建国の尻馬に乗って、陞爵並びに要地への転封を果たした有望な領邦である。
子爵家としては人口も多く、伯爵家領邦にも迫る勢いだ。
その領都リビングストンも相応に人口が多く、それに付随する墓の数もやはり多かった。
領都内を闊歩するグールやスケルトンは、数十体に及び、その腐りかけや白骨体を目撃した領民達は恐怖に逃げ惑う。
「う~ん、もう少し集まるかと思ったんですが?
あっ、岸川さん、日本人の墓地は無いんですか?」
何でもないことのように言い出す死霊魔術師スローンの後頭部に岸川一等陸尉は、拳銃の銃口を突き付けようとしたが、落ち着きを取り戻して引っ込める。
「日本人は火葬が習慣でな。
それよりパトカーが進めないんだが」
こんなことに巻き込まれないから良かったと心の底から思えたが、死人の群れはパトカーの進路を阻んでホイルローダとの距離を稼げない。
集結した死人達は、『御使い』コルネリアスと同化したホイルローダに突進し、行く手を阻んでいた。
当然、ホイルローダの突進力に敵う筈もなく、数体同時に弾き跳ばされるが、直ぐに次の十数体が穴を埋める。
「いや、誰が片付けるんだよアレ?」
スローン達を乗せるパトカーの運転席から岡島保安官がうんざりした声で呟く。
確かにホイルローダと死人達の衝突で、ただで腐敗、損壊していた死体がさらに飛び散り、肉片、臓物、骨が周囲に乱れ散り、二度とこんな地域に住みたくない有り様だ。
やがて騒ぎを聞き付けた領邦軍の騎士や兵士、自衛隊の隊員達が死人達に銃口や刃を向けるが、その度に保安官助手達が止めに行き、説明して困惑される有り様だ。
「いや、あれを味方と言われても……」
「大丈夫なのか、本当にこっちには襲い掛かってこないんだよな?」
「肩を並べて一緒に戦いたくない……」
領邦軍や自衛官達は口を揃えたように不満というより不安を口にする。
やはり彼等を説得する必要があり、パトカーは先に進めない。
まあ、一番不満で不安なのは、ホイルローダの運転席にいる沼田清一だろう。
無数の死人に群がられるリアルスプラッターショーをずっと見続けさせられてるのだ。
『むむっ、新手か!!』
ラジオから聞こえてくるコルネリアスの声に正面を見ると、デュラハンが数人、死体となった馬に乗って突撃してくる。
埋葬地で亡くなった騎士達は、副葬品として、愛用の鎧や剣を一緒に埋葬される事が多い。
しかし、馬までは人間用の墓場に馬までが埋葬されている筈もなく、肉屋や駅馬車、農耕馬等を死体に変えるべく、領都各所に押し入ってたのだ。
幾体のデュラハンは、近くにいた聖職者や冒険者に討伐されたが、この事は陣頭指揮に出たマッキリー子爵や領邦軍幹部を怒らせた。
「おい、あのデュラハンはほとんどが我々の親族だぞ!!
どうしてくれるんだ!!」
普段は知的に温厚なマッキリー子爵が、領邦軍幹部達とスローンのいるパトカーまで詰め寄って怒声を浴びせて、保安官助手や自衛官達にとめられている。
詰め寄って来た中には財産である馬を奪われり、家族や知人をグールに変えられて、それを目撃した領民も加わり、収拾が付かなくなっている。
そして、やはり抗議者が殺到してパトカーは進めない。
『哀れよのう。
あのような邪悪を街に入れねば、このような悲劇は避けられたものを』
他人事のように呟くコルネリアスだが、馬という質量が加わった死人の群れには、さすがに辟易としていた。
「あんた坊さんだろ?
成仏させてやればいいんじゃないか?」
『成仏は仏教の聖職者が使う言葉だな。
我等は浄化する、と呼ぶ。
まあ、そろそろよかろう』
コルネリアスが狙っていたのは、スローンが限界まで魔力を使いきることだ。
これだけのアンデッドモンスターを発生させたのは感嘆に値するが、人の身では限界なことも見て取れる。
コルネリアスは不浄なる魔力に犯され、その肉体を死後も凌辱する汚れを浄化する祈りの言葉を唱え始める。
沼田はラジオの音量を最大にして、その祈りが外に聞こえるように窓も開ける。
祈りの言葉が終わると同時にコルネリアスの魂が入ったホイルローダのバゲットとヘッドライトが発光すると、光を浴びたグールやデュラハン、スケルトンがただの死体に戻り、その場で倒れていく。
普通の祈りによる奇跡にしては、些か長い時間発光しており、死人達の半数は浄化されて元の死体に戻っていく。
「後で誰が片付けるか、ジャンケンな」
岡島保安官の言葉に岸川一尉もマッキリー子爵も身構えてしまう。
それはそうと死人の壁が無くなったことによりホイルローダが、迫ってくるが徐々に減速して停止する。
『う、動かんぞ!?
これはどうしたことか!!』
ようやく運転席が開くようになった沼田が出てきて様子を伺う一同に宣言する。
「あ~、ガス欠みたいです」
長い時間、奇跡の力を
分屯地からおっとり刀で駆けつけてきた先遣隊隊長土山三等陸佐は状況を確認して、命令を下す。
「解体しろ」
今度は空自や陸自の整備担当の隊員達がホイルローに群がっていく。
「その板の部分だけ外せば問題ないですよ。
あっ、この穴に魔宝石が引っ掛かってたから機械生命体として成立してたんですね。
回復の祈りの時に融合しちゃってるなあ」
『やめろ!!
我に触れるな、そこを外されると……』
車体からバゲットが外されると、コルネリアスの声を発していたラジオが沈黙していた。
「なあ、爺さん可哀想じゃね?
これからどうなるんだ」
それなりに怖い思いをさせられたが、言ってることは正しかったんじゃないかとスローンを見ながら沼田は思えた。
「その魔宝石を砕かない限りは魂は消滅しませんよ。
この板はミスリル製の用ですから加工してしまえば意思を持った魔導具になります。
念話の機能を持たせれば再び会話も出来るようになりますがどうします?」
その話を聞いた日本人冒険者、高山京太郎だ。以外は彼女の言葉にドン引きして
『正に邪悪』
と、心の中で呟いていた。
「自衛隊は一抜けさせてもらう。
被害甚大で今後の立て直しを考えただけで頭が痛い。
結果だけ教えてくれ」
土山三佐と岸川一尉は部下達に引き上げの命令を下す。
岸川一尉はこのまま引き上げていいのか疑問をぶつけるが
「あのままあの場に残ったら散乱した死体の処理を手伝わされぞ。
ただでさえ分屯地では80人もの隊員が昏倒して、堀に落ちたシルカや神殿を包囲してた隊員の武装や車両も回収しないといけない。
18即連に増援を要請したが、この失態は責任問題になるかもしれん。
もう構ってやれんよ」
「まだ、死人供がかなり残ってますが」
コルネリアスが浄化しきれなかった死人達は、スローンの指示で整列して待機している。
「他の教団から神官達が来てどうにかするさ。
いいかげん疲れた、帰るぞ。
我々は義理は果たした」
今回の件に関わったのはあくまで街の治安を維持する互助的な立場と同胞だが、流れの冒険者高山からの保護要請に応えた形だ。
義務では無く義理だ。
その為の被害は甚大だったが、隊員に死者はいない。
領民や領邦軍に死者は出てるが、そちらはマッキリー子爵の管轄だ。
残った死人達は墓地から死体が勝手に出てきたことにより、墓地を管理してた各教団の神官達が合同で神官戦士団を組織して処理にあたることになった。
とにもかくにも各人の共通した見解は、断罪の雷の教団とスローンに莫大な請求書を叩き付けてやることだった。
このお話はもう少しだけ続く
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