第200話 地獄絵図

 大陸中央部

 マッキリー子爵領 領都リビングストン郊外

 日本国自衛隊 第四先遣隊分屯地


 第4分屯地正門前は混乱の様相を呈していた。

 正門前には車輪付きのコンクリート製バリケードや土嚢が積まれて車輪の侵入が困難なはずだった。

 しかし、自らの意思を持って動き出したホイルローダの前には、その凶暴なバケットと油圧シリンダーの前には持ち上げられて堀に捨てられて無力化されていく。

 警備に当たっていた隊員達が小銃を発砲するが、まるで効いてる感じがしない。


「どういうことだ、説明しろ」


 岸川一等空尉はやらかした死霊魔術師スローンの頭を掴んで尋問する。

 所謂、アイアンクローと呼ばれる技だが、はたから見ると野戦服を着た自衛官が少女を暴行しようとしてるようにしか見えない、酷い絵面だ。


「おそらく『御使い』を移動できるよう、あの車に魔宝石の類いを仕込み、一緒に移動してきたのでしょう。

 そこに私が一時的に『御使い』と距離をとろうと、本来封印に使うはずだった操魂術が『御使い』をあの車にぶつけた結果、なぜかミスリルが素材に使われていて、魔宝石、ミスリル、魂が揃ってしまい、魔道具として成立してしまったので……

 痛い、痛い!!

 力込めちゃイヤ!?」


 スローンの説明を今一つ我が身に起こった事態が飲み込めていなかったコルネリアスもタイヤを止めて、話に聞いている。


「じゃあ、さっさとその操魂術とやらで分離しろ。

 分屯地が酷い有り様だ!!」


 シルカは堀に落ち、警衛BOXは破壊され、フェンスや金網は突き破れている。

 ホイルローダの方を見れば、運転席で日本人作業員が窓にオイルや汚れで『SOS』とか書いている。


「その一度定着させた魂は引き剥がせなくて……

 だ、だから手に力入れちゃダメ~」



『ああ、それはワシは元の身体に戻れないということか?』


 どこから声を出してるかわからないが、震える声でコルネリアスが聞いてくる。


「はい、たぶん無理かと」


 申し訳なさそうな声でスローンは答えるが、暫くあたりは沈黙が支配する。


『やはり死霊魔術師は邪悪!!』

「ああ、俺もなんかそんな気がしてきたよ」


 そうは言うが、岸川一尉はスローンをファイヤーマンズ・キャリーの体勢、所謂お米様抱っこで抱えて、ホイルローダから逃げ回る。


「分屯地から離れてませんか!?」

「あんなのに暴れられては被害が堪らん」


 ホイルローダが追っては来るが、分屯地も残る一体の『御使い』と信徒達が自衛官達と戦い続けていた。


『同志達はここで足止めを頼む。

 彼奴らはワシが追う!!』


 爆走するホイルローダに人間の足でいつまでも逃げ切れるものではない。

 信徒達の数や強さは差程でも無いが、とにかく『御使い』には手が出せない。

 遮蔽物で身を隠そうとも突き抜けてくるし、対霊用の岩塩弾や梵字を書いた銃弾も効果がない。

 しかし、簡易な儀式で発動した『御使い』となる祈りでは、行動範囲が高濃度な魔力帯となっていたホイルローダ5まわりだけだと信徒達は忘れていた。

 岸川一尉とスローンを追っていったホイルローダが遠ざかると、『御使い』の姿が徐々に薄くなっていった。

 すぐに消えなかったのは、蹂躙した自衛官達の生命力を奪っていたからだ。


『ここにはもう用は無い。

 まだ、この身が持つうちにあの魔女を追うのだ!!』

「おいおいここまで好き勝手やって帰るなんてつれないじゃないか、もう少し付き合えよ」


 そんな声が背後から聞こえたかと思うと、『御使い』の身体が日本刀に貫かれていた。


『馬鹿な、その剣は?』

「さっきまでその魔女のお嬢さんがこの分屯地にいたんだぞ。

 魔力付与をさせたに決まってるじゃないか。

 おかわりはいるか?」


 自衛官も非番には共同農場の害獣駆除や副業の冒険者を行う者も多く、長物の刀剣や槍、斧を私物でかなりの数が持ち込まれている。

 生命力を吸われ、そこら中に転がっている自衛官達に紛れ、転がりながら接近し、一太刀浴びせたのは先遣隊隊長土山三等陸佐、この分屯地の長だ。

 それでも後付けの魔力付与では、二、三太刀斬りつけられれば効果を失い、『御使い』相手にはまだ足りない。

 ならば二本目の刀が『御使い』相手に振る舞われた。


「彼女の元にはいかせない!!」


 ずっとここまで空気な扱いだった日本人冒険者、高山京太郎だ。

 彼の刀も魔力が付与されていて、遮蔽物の陰から刀を抜き身で様子を伺い、絶好のチャンスに『御使い』を刺突したのだ。


『まだだ!!

 まだ足りんぞ!!』


 だいぶその身が薄くなって、下半身は完全に消えていた『御使い』だが、その姿は維持され生命力を補充すれば戦えた。


「お前ら我々と戦うに当たって、武器や防具に奇跡の力を付与したろ?

 盾や鎧も殴れる鈍器だよな?」


『御使い』が振り向くと、外から敗走中だった普通科の自衛官達が、制圧した信徒達から奇跡の力が付与されたメイスや槍、或いは手甲や籠手を奪い取り、その身に装着している。


「この微妙に光ってる兜もそうですかね?」

「足の鎧部分は何て呼ぶんだ?」

「脚甲や甲懸ですね。

 臭いからやめときましょう」


 自衛官達による実体を持たない相手へのタコ殴り大会が開催された。

 こうなると、他の信徒は神官戦士だろうが聖騎士だろうが問題にならない。

 全員の足を拳銃で撃ち抜いて終わりだ。

 奇跡の力で回復させようが、すぐにまた撃ち抜けばよい。

 問題は分屯地前で昏倒させられた30人近の自衛官達だ。


「いや、普通科の連中もいるから被害甚大か」


 堀に落ちたシルカをチラ見し、今後の対応に頭が痛くなる。


 しかも事態は別に終わったわけでもなかった。




 市街地を逃げていた二人だがホイルローダが路上の屋台を粉砕して追い付いてくるまでに息も絶え絶えになっていた。


「こっちだ、乗れ!!」


 声を掛けられた方を見ると岡島保安官がパトカーから手招きしていれ。


「市街地を逃げ回りやがって、どうするんだ」


 後部座席に乗った二人に悪態は付くが、路地に潜ませた保安官助手達に一斉に射撃させて時間を稼がせる。


「なんか、空いた穴ぼこが修復してるように見えるんだが?」

「魂をあの車に定着させたことで、神に生物として認識されたのでしょう。

 あれは神に祈りを捧げる言葉です」

「ラジオの音に聞こえるんだが……」


 回復も出来る機械生命体など、タチが悪いにもほどがあった。


「わ、我々がこの世界の新しいモンスターのジャンルを作っちゃいたかな?」


 岸川一尉の冗談は笑えなかった。



「西に……

 西に向かって下さい。

 そこに助けを呼んであります」


 岡島保安官は車を走らせるが、怪訝な顔をする。


「この街で武装してる奴には一応、チェックは入れてるが、援軍になりそうな奴なんていたか?」

「はい、この町に来たときに仕込んで起きました。

 彼等が時間を稼いでくれます」


 パトカーの前方に現れた集団に岡島保安官も岸川一尉も絶句する。


 それは腐敗した死臭を漂わせ、垂れた臓物を引きずり、一部は白骨化した身体を立ち上がらせ、或いは這いずりまわせて進んでくる老若男女の死人の集団だった。

 グールにデュラハン、スケルトンがパトカーや群衆に目もくれずに通りすぎていく。

 なかには知人の姿を見つけたのか、感涙して呼び掛けたり、腰を抜かせて謝罪までしている生者が見受けられる。


「あ、あんたあ、生き返ったの?」

「お、お前の女房はもう俺の女なんだ、迷い出てきたか!?」

「ちくしょう、もう一度ぶっ殺してやる!!」


 そんな光景を見せられた岡島保安官と岸川一尉は呆気に取られて、スローンを問い詰める。


「おい、何をした?」

「昨夜墓地の側を通った時に死霊の軍団を使役できる術を掛けておきました。

 夜だったら実体の無い亡霊やレイスなんかも来てくれたんですけど」

「あれ、味方なんだ……」


 ホイルローダからはコルネリアスの声で


『やはり邪悪!!』


 と、聞こえてきて日本人二人は思わず頷いてしまっていた。

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