第199話 分屯地の怪
大陸中央部
マッキリー子爵領 領都リビングストン
領都の市街地を日本製の建設用重機が爆走していた。
重機の周囲を『断罪と雷の教団』の信徒が道を開けるように叫びながら住民達を排除している。
衛兵等が時折、制止しようとバリケードを築いたり、飛びかかってくるが、ホイルローダに粉砕されたり踏みつけられたして、流血の道を舗装していた。
「い、今、人ひいちゃった」
『貴い犠牲だ。
我らの前に立ち塞がるからだ……
まあ、これでお主も一蓮托生だな』
運転を強要される沼田からすれば災難もいいところだった。
神殿から敗走した自衛隊普通科小隊の隊員達だが、全員が負傷や拘束されたわけではなく、数人が市街地に逃げ込んで反撃のチャンスを伺っていたが
「くそ、人が多いくて、こっからじゃ撃てん!!」
その間にも分屯地と連絡を試みようと、無線や携帯電話を使うが、何かに妨害されてるのか、雑音と祈りのような怪音しか聞こえない。
こうなれば数人の信徒は射殺して後を追跡しか出来なかった。
市街地を突破したホイルローダは、領都を守る門を破壊し、郊外に建設された自衛隊の分屯地の正門前の至近まで到達していた。
日本国自衛隊
第四先遣隊分屯地
『断罪と雷の教団』の神殿に派遣した普通科小隊が敗走し、一部が捕虜となった事態に陸上自衛隊第4先遣隊隊長土山三等陸佐は頭を抱える羽目になった。
敗走の連絡以後、小隊との連絡が付かなくなり、ホイルローダが市街地を進撃してることは伝わっていなかった。
「分屯地警備を施設科と後方支援隊から戦力を抽出しろ。
全員、普通科の訓練は受けてたろ、正門前に陣地構築して、敵を阻め。
岸川一尉、空自さんに預けてあるアレを使うことになるかもしれません」
土山三佐の言葉に空自の岸川一等空尉は渋い顔をする。
「対人相手にですか?
整備は怠ってませんが、過剰火力は批判を招きますよ」
この場合の批判は人道的な批判ではなく、予算の無駄使いによる批判である。
今だに弾薬の生産一つをとっても財務官僚に渋い顔と小言を言われる現状は変わらない。
岸川一尉は、空自のレーダーサイトに隣接する格納庫からソビエト連邦で開発された自走式高射機関砲ZSU-23-4 シルカを引っ張り出し、分屯地正門の堀の間に造られた土橋に陣取らせる。
先遣隊のような合同任務部隊では、防空任務は空自に押し付けられている傾向がある。
燃料の問題から飛ばせる機体が少ないから仕方ないのだが、さすがに自走式高射機関砲なんぞを押し付けられた時は、岸川一尉達は途方にくれていた。
「連射は厳禁だ。
4門で毎分4000発なんて、弾薬庫の在庫を溶かすわけにはいかないからか」
次の補給は通常なら来年だから使いきるわけにはいかない。
施設科の隊員が即席の土嚢を積んだ陣地を造っていると、分屯地に隣接する市街地の門がぶっ飛ばされてホイルローダと教団信徒達が姿を現した。
「隊長、来ました。
連中、ホイルローダで移動してます」
「自衛隊の車両は使わなかったか。
まあ、使いこなせなかったらただの動く箱だからな」
日本人沼田清一が運転するホイルローダには『御使い』と化したコルネリアス、その後ろを信徒達がホイルローダを盾にするように続いている。
その運転席の様子は当然のことながら双眼鏡で索敵していた岸川一尉にも見えている。
「人質のつもりか?
シルカの射線を最低位まで下げろ。
タイヤを撃ち抜いて後ろの奴等を掃討する」
自衛隊の分屯地に攻め込んで来る相手に容赦はいらない。
建設車両用の大型タイヤは頑丈だろうが、24㎜の機関砲に耐えられるわけがない、との目算が岸川一尉にはあった。
「隊長、タイヤがバケットに隠されて黙視できないんですが……
ホイルローダの背後も市街地で撃ちにくいです」
シルカの車長を任せている芦田三等空尉から苦言が入る。
「バケットの鉄板なんか撃ち抜けるだろ、23㎜だぞ、23㎜。
市街地は……
外すなよ、弾が勿体ないから」
やがて互いの車両が向き合うと、自走式高射機関砲ZSU-23-4 シルカの砲口がホイルローダに照準を合わせた。
「ダメ、もうダメ、俺は逃げる!!」
『落ち着け沼田。
神の加護が我らを護ってくださる』
「たぶん、皇都で壊滅した他の教団の騎士団や戦士団も同じこと言ってたろ。
無駄だって、あんなデカイ機関砲相手に肉片だって残らん!!」
慌てふためく、沼田に『平静』の祈りを捧げて大人しくさせると、コルネリアスは信徒達と向き合った。
『つい先ほど思い付いた思い付きだが、我らの『守り』の奇跡は防具にも付与することが出来る。
しかし、これが出来た筈の皇都の聖騎士団や神官戦士団、似たような事が出来る魔術師団もなす術もなく全滅した。
しかし、付与されるのが地球側の防具なら?
装甲が施された車両ならどうなるか?
諸君、『守り』の祝福をこの車に重ねがけ施与、神の御加護があらんことを』
ホイルローダ近辺から怪しげな祈りの合唱が聞こえ、岸川一尉も芦田三尉も訝しんだが、やることは変わらない。
「撃ち方始め!!
……撃ち方止」
空自だけに地上での陸戦は陸自式に訓練を受けている。
三秒ほどの射撃だが、二百発ほどの機関砲弾が発車され、ホイルローダのいた地点を激しい土煙で覆い隠している。
だが、土煙の中から現れたのは祈りの力で光だしたバケットに護られたホイルローダだった。
さすがに穴が多数空いてるが、機関砲弾を十分に減衰させてタイヤまで届かせていない。
「畜生、こうなりゃヤケだ!!」
沼田がアクセルを踏んでホイルローダを急発進させて、バケットをシルカに叩きつけた。
重量差は三倍以上シルカの方が重いが、芦田三尉が車両を後退させようとした瞬間だった為に後輪が土橋からはみ出し、堀の中に転落するはめに陥った。
『おお、祈りが届いた。
正義は我にあり、進め!!』
信徒達は重数名しかいないが鎧や鎖帷子で身を固め、聖騎士達は盾に『守り』の加護に付与し、突撃してる。
呆気にとられ、ホイルローダを盾に距離を殺された自衛官達は、白兵戦に持ち込まれて不利な状況に追い込まれた。
聖騎士の剣は防刃着が防いでくれるが、神官戦士のメイスで
殴られて堀に転落する者。
AK-74 小銃でメイスの打撃を受け止め、破壊されてしまう者。
『御使い』達に触れられて生命力を吸われて昏倒する者が相次いだ。
岸川一尉も『御使い』に追われて、分屯地の金網に追い込まれるが、横から死霊術師のスローンが魔力を込めた杖で『御使い』を貫くと、そのまま地面に置いておいた金属製の壺に叩き込んだ。
壺は花瓶程度の大きさだが、金属製の蓋を閉められると『御使い』が出てこれなくなった。
「そ、その壺はなんだ?」
「我が家に伝わる家宝のミスリルの壺です。
この中なら実体の無いモンスターを封印できる優れものです」
スローンがドヤ顔で自慢するが、岸川一尉には聞きたいことがあった。
「その壺はあと幾つある?」
「これ一個だけですが?」
「あいつらまだ二体いるんだけど……」
こちらに気が付いたコルネリアスの『御使い』がこちらに飛んでくる。
咄嗟にスローンはコルネリアスにも魔力を帯びた杖で貫き、放り投げるが、投げた先がホイルローダのバケットだった。
『守り』の祈りで光続けていたバケットは、『御使い』化したコルネリアスを吸収し、光が収まった。
「あのう、日本って建設機械にミスリルを使ってるんですか?」
「そんな訳あるか」
「でも、あれミスリルの板で出来てますよ」
その異変は運転席にいた沼田も気が付いていた。
「ア、アレ?
勝手に動くぞ。
おい、止まれ、止まってくれ~」
ホイルローダはその身に魂を宿し、後にキルローダと呼ばれるモンスターへと変化していた。
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