第198話 虜囚再び

 大陸中央部

 マッキリー子爵領 領都リビングストン 郊外

 断罪の雷の教団神殿


 みすぼらしい掘っ建て小屋を神殿と称する教団は、重機を使って土塁や堀を見る見るうちに構築していく自衛隊側を憎々しげに眺めていた。


「だがそれもここまでだ。

『御使い』の前にはどんな強固な壁も深い堀も無意味。

 各々方、覚悟はいいな?」


 復讐と嵐の教団の過激派が記した『御使い』となる福音書を自分達風にアレンジして信徒達が祈りの言葉を唱え始める。


「おおっ、我らが尊き雷と断罪の神よ。

 我らの断罪を遮る……自衛隊、思い知るがいい。

 痛みは消えず永遠に苦しみとともに生きるがいい。

 私の正義はそのまま……自衛隊は道を開けるのみ」


 同時に唱和しながら魔力や祈りの言葉を捧げた屑宝石をそれぞれの陣地に投げ込む。



 自衛隊の依頼で、土塁や堀を構築していた建設会社の作業員達は、投石された屑宝石に驚いていた。


「なんだ攻撃か?」

「これ宝石じゃないか」

「すげえ、拾え拾え!!」


 作業の手が止まり、現場監督や武装警備員の怒鳴り声に渋々、作業には戻るが、足で密かに確保するなど、明らかに作業が遅滞してしまっていた。

 現場監督や武装警備員達も屑宝石の確保に興味はあったが、どう考えても攻撃の前ふりだと警戒を強めていた。


「いいか、わかってるなお前ら。

 アレに手を出したらマスコミの餌食だぞ。

 ロクなことにはならんから諦めるんだ」


 包囲部隊の指揮官、陸上自衛隊第4先遣隊普通科中隊長の宮村一等陸尉は物欲しそうな部下達を制止するべく声を張り上げる。

 幸いにして高給取りにして、モラルの高い隊員達は、屑宝石には手を出さずに作業員達を制止する側にまわっている。


「あの隊長、説得の為に連れてきたコルネリアスが涙を流しながら祈りの言葉を唱え始めました」


 部下からの言葉に宮村一尉は、コルネリアスが乗車した軽装甲機動車を向くが、同乗していた隊員の悲鳴が聞こえて、静かになったのに驚愕していた。

 外にいた二人の隊員が、89式5.56mm小銃やAK-74自動小銃を構えて軽装甲機動車のドアに銃口を向けるが、車体の装甲をすり抜けるように腕が出てきて、89式小銃を構えた隊員の手を掴む。

 掴まれた隊員は短い呻き声を上げて倒れ伏す。

 AK-74を持った隊員はその光景に後退りしながら、車体のドアから生えた腕に向かい発砲するが、銃弾もすり抜けて揺らぐ姿を漂わせたコルネリアスが出てきた。


「神罰執行!!」


 銃弾を回避せず、体を通り抜けさせたコルネリアスは、AK-74を発砲していた隊員に接近し、その身体を通り抜けて気力を奪い、そのまま昏倒させた。


「対霊装備!!

 伝令を仁生寺に出せ。

 今なら法力僧がいるはずだ」


 陸自の対霊装備と言っても神社や寺院で祈祷して貰った純銀弾の拳銃か、岩塩弾を詰め込んだショットガンしかない。

 どちらも使用頻度が少ないから少ししか弾丸が無い。

 しかし、それはこの際問題ではない。

 なぜなら聖なる属性の『御使い』には全く効果がないからだ。

 そもそも死霊系で、肉体を持たないのモンスターなら真っ昼間から現れることが出来ないのでこの判断事態が間違いではある。

 そもそも聖属性のモンスターは存在自体があり得ないものなので致し方ない面もある。

 大陸側にも数年前までここ数百年使い手がいなかった奇跡なのだ。

 その『御使い』を宮村一尉は純銀弾を拳銃で撃つが、着弾した『御使い』の透けた身体を通り抜け、効果の無い様子に後退りする。

 しかし、背後からの悲鳴に振り向くと、そこには『御使い』が三体いた。

 身体に触れられ、精神を衰弱させられた隊員や作業員が一人、また、一人と倒れていく。ショットガンから放たれる岩塩弾も効いていない。

 必死に『御使い』と化したコルネリアスの腕から宮村一尉も逃げようとするが、その手に掴まれて生命力を奪われて昏倒するまで、差程の時間は掛からなかった。


『貴様等も役目を負わされて来ただけだろうから命までは取らん。

 うっかり死なせて、復讐と嵐の教団のように攻め立てられても困るからな。

 何日か寝ておれ』


 微かに耳に届いた言葉も二度目の虜囚の憂き目に合った宮村一尉には、何の慰めにもならずに屈辱のまま意識を闇に落としていった。


『御使い』になれなかった教団の神官や信徒が倒れ伏した自衛官や作業員を引きずって、彼等自身が設営したテントに放り込んでいる。


『野ざらしよりは良かろう。

 まあ、半数には逃げられたようだが……』


 さっきは宮村一尉に攻め立てられても困ると言ったが、教団の本拠地もほとんどが信者じゃなく、大神殿といってもちょっと豪農の屋敷程度と知ったら、逆に自衛隊側も困るだろうなと笑えてきた。


 神殿包囲という危機からは逃れられたが、次の問題が生じていた。

 高濃度の魔力帯となった神殿周辺から『御使い』達が移動できないのだ。


『いや、待て。

 まだ意識のある日本人は捕らえられたか?』

「はい、コルネリアス様。

 腰を抜かして、逃げ遅れた作業員を一人捕らえております」


 連れてくるよう指示を出し、信徒達にまだ使えそうな魔力が注入された屑宝石を集めさせた。

 連行されてきた日本人作業員は少しの生命力を奪われただけで、立って歩くことが出来ていた。


『お主、名はなんと申す?』

「ありやれ沼田、沼田清一です」


 40代の沼田は沢海市の建設業者からマッキリー子爵領に出稼ぎに来ていた作業員だ。

 開拓事業に携われるからと、自衛隊で行われる『職業訓練指導』で、特別教育と技能講習を受講した。

 この『職業訓練指導』は、転移後の混乱で多数の人間が失業したのを受け、昨日までサラリーマンだった者が明日いきなり農家や漁師になれるわけがないと始まった制度だ。

 最も自衛官も農業や漁業なんて素人だから、最初は本職を招いて共同農場等を造るところから始まった。

 五年もたつと自衛隊も指導する側に回り、ここに開拓事業の建築や工事の職業訓練も加わるようになった。

 自衛隊側も『職業訓練指導』という新たな任務に難色を示していた。

 しかし、失業者対策で自衛隊自体に大幅な増員がされ、ろくに装備も支給出来ないことから即席自衛官用の任務として機能してしまったから受け入れることなった。

 まあ、せっかくだからと訓練中は転移前から行われていた体験入隊とセットで実施させた。

 おかげで平和に暮らしていた日本人が大陸でモンスターや盗賊に対抗したり、武装した自警団が組織されるまでに好戦的になったのはご愛敬である。


「戦い方を学んだからといって、戦えるかは別問題なんだよな」

『何か言ったか?』

「いやいや、こちらのこと。

 あれ?

 何でホイルローダに宝石を載せてるんスか?」


 信徒達が接収したホイルローダの座席下や屋根の上、エンジンの上の鉄板に屑宝石を敷き詰めていた。


『ちょっと、我等を運んで貰おうと思ってな。

 先程までの土塁造りでお主、こいつを動かしてたろ?』

「お客さんどちらまで?

 街中はさすがに厳しいんですが」

『そこまで遠くない。

 街の外周を移動すれば、やはり郊外に自衛隊の砦があるじゃろ?

 そこに我等が聖務を執行する者がおるんじゃよ』


 沼田は土塁造りを請け負っただけで、今回の件の詳細を知らない。


「危なそうなら逃げますからね、俺」




 自衛隊第四先遣隊分屯地


 神殿包囲から敗走してきた隊員達に

 第4先遣隊隊長の土田三等陸佐は驚愕していた。

 しかし、隊員達からの話を聞く限り、先年総督府を襲撃した『御使い』を教団が出してきたと見当を付けていた。


「参ったな、『御使い』って、34普連の精鋭を退けったてアレだろ」

「大丈夫です。

 私にいい考えがあります」


 保護されていた死霊魔術師スローンはその腕に金属製の壺を抱えていた。

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