第197話 神殿包囲

 大陸東部

 日本国中島市

 中島国際空港


 大陸と日本本国を繋ぐ、国内線と大陸各所を繋ぐ国際線という距離感が逆転している空港に石狩貿易CEO 乃村利伸と企画部長の外山が降り立っていた。


「エウローパがレオパルトⅡの再現に乗り気なのは助かったな。

 まあ、あくまでも試作車両を提供出来るだけだが、喉から手が出るほど欲しかったんだろうな戦車が」

「むしろアメリカがM1 エイブラムスの再現を言い出さないのが不思議なんですが?

 劣化ウラン装甲の調達は無理でもセラミック他はどうにかなるはずです」

「燃費も悪いからな。

 同世代戦車の倍は浪費し、航空燃料を使うなど、現在の産油量ではすぐに使い物にならなくなる。

 アメリカが二の足を踏むのもわからんではないさ」


 実際にはM1 エイブラムスのガスタービンエンジンはディーゼル燃料も使用できるが、出力に差が出るのが問題のようだ。

 かつての地球のアメリカのような兵站ありきの戦車と言えよう。

 同様の問題は北サハリンも抱えているが、あちらはオハ油田を抱える産油国だ。


「しかし、いきなり戦車なのはどうかと思います。

 まずは一般車両からミスリルの試用をすべきでした」

「いや、実は重機でやってみたんだよ」

「初耳です」

「思い付きで始めたからなあ。

 まあ、雇用したドワーフ職人の腕前を観たかったのもある。

 戦車に比べればミスリルの使用量も僅かだし」


 装甲ほど頑丈にする必要はないからドワーフ職人達への腕試しに最適であった。


「いったい何に使ったんです?」

「ダンプカー、ホイルローダー、クレーン車、ミキサー車、ショベルカー、ブルドーザー」

「どこにあるんです?」

「傘下の建設会社が植民都市以外の作業に使ってるよ。

 ワケ有り品だから慎重に別々の会社に預けてる。

 まあ、法には反してないけどな」


 ミスリルの使用を規制する法自体が存在しないから問題は無い筈だった。

 市場で一般に出回ってない資源のイニシアチブを握ることは、今後の資源戦争での勝利を意味している。


「色々と試すなら今のうちさ」






 大陸中央部

 マッキリー子爵領 領都リビングストン 郊外


 陸上自衛隊第4先遣隊隊長土山三等陸佐に断罪の雷の教団の神殿包囲を命じられた同部隊普通科中隊長宮村一等陸尉は、部下達の配置に苦闘していた。


「BMP-2を神殿正面を陣取らせて、30mmで睨みを効かせろ。

 LAVは他3方向に一両ずつ、

 随伴してきた隊員は土嚢を積んで陣地構築」


 先派遣隊は二百名の隊員を擁しているが、うち30名は航空自衛隊隊員であり、警戒レーダーを運用する警戒隊や会計などの事務職に携わって貰っているので動かすことが出来ない。

 陸自にしても全員が普通科の教育を受けてはいるが、段は施設科や衛生科、通信科が小隊単位で在籍し、先遣隊司令部が留守居を務めるので、普通科としてて配属されているのは1個小隊に過ぎない。


「各分隊、配置に着きましたが南側はどうします?」

「本隊から一個班抽出しろ」

「第3分隊の一部隊員が89式小銃を扱ったことが無いと」


 宮村は通信科の隊員から通信機のマイクを引ったくり


「正気で言ってるのか貴様!!」


 と、怒鳴り付けてから失言に気が付いた。


「ひょっとしてその隊員はAKしか扱ったことが無いというオチか?」


 大陸にいる自衛官達は、長らく装備面の更新が遅れていて、北サハリンから購入したソ連時代に生産された兵器を第16師団を中心に使っていた。

 少しマシになって第17師団が旧在日米軍の兵器を使用していたが、今年になってようやく第16師団に転移前の自衛隊装備が補充されたのだ。

 お役御免となった旧ソ連制兵器は先遣隊や鉄道連隊などに流されたが、たまにまわってくる89式5.56mm小銃等は見たこともないという隊員が出てくる始末であった。


「せめて20式をくれと」


「そんなもんが大陸あるか!!

 今すぐAKの習熟訓練をやらせろ、74か?

 突入準備かと敵が勘違いしてくれるかもしれん」

「AK-47だそうです」

「まだ残ってたのか、まあどっちだってたいして変わらんたわろ」


 自分で言ってて情けなくなってきた。


「そもそもだなあ、敵の本拠地と勇んでくれば、なんだのあの原っぱの掘っ立て小屋は!!」


 断罪の雷の教団の神殿は、領都リビングストンの郊外、街道から少し離れた原っぱにあった。

 まわりに建物や自然物といった遮るものが無い見事な原っぱに十畳間くらいの掘っ立て小屋がポツンと建っている。

 利用すべき遮蔽物が一切無いので、自衛隊側は無駄に分散して包囲することを強いられた。


「おまけに奴等自身は己の正義を信じ、士気軒昂。

 個人としてはまだ何もやらかして無いので、捜査は受け入れずでやりにくいな」


 いっそ殲滅できれば一瞬なのにと、毒づきそうになる。


「敵が銃弾を撃ってくるわけでは無いですが、どれくらい積み上げますか?」

「人間が這い上がれないくらい、堀を作ってその土を使える高さだ」

「それは土嚢ではなく、土塁ですね。

 施設か、業者の連中を呼びませんと」


 目に見えるわかりやすい圧力が必要と宮村は土嚢による陣地構築作業を土塁造りに代えさせた。

 場当たり的な対処となっているがら宮村一尉は、専念のラミアとの紛争でこの地に第6教育連隊隊員として派遣され、ダンジョンで捕虜にされた失態がある。


「両方呼ぼう。

 早めになんとかして貰わないと」





 断罪と雷の教団『リビングストン』神殿


 断罪と雷の教団は信徒数が少ない。

 先年、日本と衝突した復讐と嵐の教団も同様だったが、後者は戦争の後で遺族が大量発生したことにより、組織を拡大させた。

 しかし、復讐と嵐の教団との違いは信仰に対するモチベーションと言えた。

 復讐と嵐の教団の信徒は後天的に信仰に目覚めることが出来るが、断罪と雷の教団の信徒は先天的に自分の正義感を疑わない者が多い。

 人間は大人になれば妥協を覚えるものだが、彼等は成人してからもそのブレーキが掛からなかったヤベー奴らの集まりである。

 そんな人間が大勢いて堪るかとばかりに、信徒の数は少なく、当然寄進が少ないことが郊外の原っぱにあばら屋のような神殿しか造れない原因であった。

 しかし、拗らせた人間は逆境をバネに自らの正義をさらに拗らせて結束してしまう。


「我等の正義を邪魔立てする奴等は悪である。

 日本も断罪すべきだ」

「その方針に異論は無いが、現段階では対抗手段が無い。

 我等が全滅すれば、誰が奴等を誅伐するのだ。

 ここはまず、最初に審問に掛けた死霊魔術師を討つことに専念すべきだ」

「だがそれをするにはあの包囲が邪魔だ。

 地球人は心に神殿を持っていない。

 我等が一斉に『平伏』の祈りを唱えれば突破できるのでは?」


 だがその目論みは土塁と空堀の構築により、無理となる。

 祈りの射程距離外だからだ。


「やはりアレを使うしかないか」


 あばら屋ではなく、神殿の片隅には一冊の書と複数の宝石が入った箱があった。

 宝石自体はたいした価値がない屑石だが、大量の魔力というか、祈りが込められた怨念の匂いがプンプンする近寄りがたい代物だった。

 そして書物には大陸の文字で『御使いの書』書かれていた。

 復讐と嵐の教団の過激派が遺した人を『御使い』になる福音を簡易的にまとめた書である。

 たった一体でも日本に心胆を寒からしめた事件には彼等も快哉の声を挙げたものだ。

 そんな『御使い』が複数体。

 成功すれば包囲してる自衛隊はおろか、この地に分屯している第4先遣隊すら誅伐も夢ではない。


「やるか」


 そう言った司祭の一言に彼等の心は一つとなった。

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