第196話 リビングストン評定

 大陸中央部

 マッキリー子爵領

 領都リビングストン 日本人街

 保安官事務所


 保安官事務所の床を聖騎士コルネリアスが転がっている。

 発砲した岡島保安官は、特殊十手型警棒をつついて生死を確認するが、銃弾は鎧に穴を開けて、コルネリアスは口から血も流している。


「まあ、生きてるか。

 鎧が頑丈で助かったな」


 保安官助手二人がコルネリアスの身体を運ぼうと近寄るが顔を手で捕まれて振り回される。


「宮下、本宮!!」


 岡島保安官は再び銃口を向けるが、二人の身体が邪魔で射つことが出来ない。


「『導きの奇跡』です。

 神の奇跡が心を満たし、恍惚状態になることで、身体の限界を超えた力を発揮できる状態となります」


 助けを求め、保安官事務所に駆け込んできた魔術師風の少女が教えてくれる。

 祈りの言葉を唱え続け、奇跡の力が発動している為か、コルネリアスの身体がうっすらと光ってるような気までする。


「ようは狂信的になることで、痛みも忘れちまうわけか。

 あんた名前は?」

「スローンです。

 魔術師をしてて、あいつらに狙われてるのを京太郎君に助けてもらっ……」


 京太郎と言うのはスローンと一緒に来た日本人冒険者のことと理解する。

 言い終わる前に保安官助手達を盾にコルネリアスが突進してくる。


「まあ、どうとでもなるけどな」


 岡島は逆に捕まれてる二人の間に入り、コルネリアスの鎧を掴む。

 二人を片手にそれぞれ掴んでいるから重心が前に傾いているのをさらに崩し、足を払って一気に投げる。

 柔道の払い腰だ。

 本宮と宮下の二人も一緒に床に倒れるのはこの際仕方がない。

 さすがに祈りの集中が途切れたのか、コルネリアスの身体を覆っていたうっすらとした光も消えていた。

 そのまま他の保安官助手達が一斉に飛び掛かり、押さえつけて手甲を脱がして手錠を掛ける。


「犯人確保と。

 後は事情聴取と事務所の被害請求の査定だな」

「愚かな。

 その愚かな魔女を殺さねば破壊の化身が降臨するぞ」


 コルネリアスの言葉に岡島は、スローンにどういう意味か、目で問いかけるが


「知りません!?

 私の専門は死霊魔術ですよ。

 死体や器物に霊を降ろしたり、魂を降霊させてお話を聞いたりするだけですよ」

「それはそれで魂の尊厳と神の定めた命の在り方に背く罰当たりな行為じゃ」


 そのあたりは岡島も納得しそうになったが、スローンの行える術と行為は、日本や王国の法に反していない。


「そもそも破壊の化身ってなんだ?」

「知らん。

 そうお告げがあったのだ」


 あまりの話の途方も無さに、岡島保安官は天井を仰ぐ。


「とりあえずお前さんは逮捕だ。

 保安官事務所の襲撃は立派な暴力行為等処罰法と公務執行妨害だ」

「あの保安官、追手はあと十数人はいまして」


 スローンに同行していた日本人冒険者、高山京太郎の言葉に岡島はうんざりする。


「なに二人で見つめあって、甘い空気だしてんだ。

 あんたは逆に呪い殺しそうな眼で睨み付けるな!!」


 まるで相思相愛の少年少女に嫉妬するジジイの構図にしか見えない。


「面倒臭くなってきたから、まとめて土田さんのところに放り込むか」




 パトカーで自衛隊第四先遣隊分屯地に関係者一行を送り届けた岡島保安官は、当然の事ながら第四先遣隊隊長の土田三等陸佐の心底嫌そうな顔を拝むことになる。

 岡島保安官、そんな土田三佐に不快感を覚えることはなかった。

 なにしろ厄介事を持ち込んだ自覚があるからだ。


「岡島保安官、こういうのはまずいよ。

 街の治安はそちらの管轄だろ?」

「いやいや、保安官事務所に武装集団とやりあう武力なんて無いから。

 他領から流れてくる武装集団は自衛隊さんの管轄だよ」


 互いに宗教的な爆弾の押し付け,合いが始まるが、海千山千の犯罪者を相手に取り調べの経験のある岡島保安官に口で言い負かされていた。

 酒場を改装した木造の保安官事務所と違い、水堀に金網フェンス、鉄条網、鉄筋コンクリートの隊舎の分屯地なら簡単に攻め込めるものでもない。

 ちなみにこの地を治めるマッキリー子爵と領邦軍は、宗教勢力への不介入を決め込むが、情報だけは子爵本人が出向いて提供してくれた。


「なんか前は寺院が焼き討ちされたし、宗教問題ばかり持ち込まれない?」


 子爵の苦情に岡島保安官も土山三佐も同感しかなかった。


「まあいい。

 断罪の雷の教団だが、そこのスローン嬢を異端審問に掛けようとしたのは事実だ。

 これまではリトハルト伯爵家が彼等を抑えていたが、先日の政変の隙をみて、断罪しようとしたらしい」

「こちらでは抑えておけないので?」

「リトハルト伯爵家が抑え込めたのは、初代皇帝陛下から引き継がれた勅令があったからだ。

 アンデッドモンスターや死霊魔術に対抗する為の研究は残さなければならないとね」


 日本を主力とする地球側との戦争では死霊魔術は使われる予定は無かったが、スローンの一族や門弟達は魔術師団に組み込まれて、米軍による皇都空爆により帰らぬ人となった。

 残された年若い門弟は、学ぶべき先達や皇国から支給されていた予算もなくなり散り散りとなった。

 かろうじて一族の秘奥を託されていたスローンだが、断罪の雷教団に追われる身となってしまった。


「しかし、皇国が無くなり十年近く。

 今までよく無事でしたね?

 保安官事務所まで襲う執拗さなら領邦軍の保護下にいても安心できなかったでしょうに」


 土山三佐の疑問にマッキリー子爵は、やれやれという風に立ち上がる。


「奴等はなかなか狂信的だが、人数自体はさほどでも無くてね。

 生活とかに必要の無い断罪の使命に目覚める人間ってそうはいないだろ?

 たぶん大陸東部でも50人くらいしかいないんじゃないかな。

 絶滅危惧種だから彼女に手が回るまで時間がかかったんだろう。

 お布施も少なかったろうし、昔は領境ごとに関所もあったしなあ」


 各領境にある関所は、皇国崩壊後は主要な街道を抜かして撤廃された。

 理由は流通の妨げになるから等というものではなく、単純に兵士の数が戦争や賠償金代わりの地球側への年貢負担で足りなくなったからだ。


「あとは研究自体が皇国から秘密にされてたからだな。

 我等が女司教が神からのお告げが無ければわからなかったさ」


 何故か拘束されたまま同席しているコルネリアスが答えてくれる。


「なんでこいつここにいるんだ?」

「色々と証言が欲しくて、なんか素直に答えてくれますし。

 まあ、保安官事務所では手が余りますが、自衛隊だと過剰ですな。

 やはり領邦軍の方でなんとかしてくれませんかね?」


 三者で事態の押し付け合いをしてると、スローンが挙手をする。


「あのこの街にも墓地はありますよね?

 そこからなら私、自前の戦力を出せますが……」


 三人とも墓場から出てくるアンデッドを想像して首を横にふる。


「あいにく日本人墓地は火葬でして」

「絵面的に最悪だろ」

「領都を死体や死霊を闊歩させるなど領主として許せるわけ無いでしょう」

「だから死霊魔術師は、その在り方が邪悪と言っておるじゃろ。

 知人の死体や死霊がそこらを練り歩いてたら、生者達が癇癪を起こして暴動になるわ」


 どさくさに紛れてコルネリアスまで発言してるが、その正論に三人は頷くしかいない。


「先に相手の拠点を包囲した方が早くないですか?

 そんなことより、鉱山採掘の為に購入した重機の試運転視察があるんですから早く結論を出して下さい」


 議論の結論を促すという、日本人としてあるまじき振る舞いのマッキリー子爵家内政顧問官兼日本人街町長の中森により、自衛隊が教団のアジトというか、神殿を包囲することとなった。

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