第195話 招かねざる来訪者

 アメリカ合衆国

 アミティ准州アミティ島

 陸軍 アミティ基地


 自衛隊はその拠点を陸上自衛隊が駐屯地、海上自衛隊や航空自衛隊が基地と呼んでいる。

 基地は移設不可能な施設、例えば港や滑走路がある事が基準だ。

 反して陸自は、上記のような必須の施設は無く、最悪テントさえあればどこでも移動可能なので、一時的に駐屯している場所として駐屯地として呼称される。

 この点は米軍も同様だが、陸自との違いは陸軍にも基地があることだ。

 米軍基地の主な機能は司令部が有ることだが、訓練施設、軍用品の保管はおろか、軍人とその家族の居住区があり、体育館、学校、公園等の都市機能を持ったせているのが、アメリカらしいと呼べばアメリカらしいと言える。

 駐屯地にあたるのが、キャンプで、在日米軍が使用していたキャンプ座間やキャンプ富士がこれに該当する。


「そう考えれば今の大陸にある陸自の拠点は駐屯地じゃなく、基地と呼んでいいんじゃないかと思うんだ。

 何しろ内部に居住区どころか、農場や生産加工工場まで造ってるからね」

「そんな無駄話をする為に我々をここに呼んだのか?

 我々も同胞の利益の為に暇ではないのだが」



 得意気に語る石狩貿易CEO社長乃村利伸の話に水を差したのは、元在日イスラエル大使館付き駐在武官で、現多国籍軍イスラエル人中隊隊長のレヴィ・バーレル少佐だ。

 徴兵制のイスラエル国民は、日本が異世界転移に巻き込まれた後も実戦的な多国籍軍部隊を編成し、戦果を上げているが15年もの歳月は、隊員の高齢化や招き、バーレル少佐もすでに40代後半だ。

 何より問題なのは、その国民的事情からどこの国からも独立都市建設に参加するお呼びが掛からないことだ。

 むしろ各国籍の在日ユダヤ人が合流してくる始末で、約800人のユダヤ人コミュニティを形成している。


「せっかちだなあ。

 じゃあ、あれを再現してみない?」


 乃村の指差す格納庫に鎮座していたのは、イスラエル軍が誇る主力戦車メルカバだ。

 乗員の生存性を重視し、車体前方にエンジンがあるのが特徴だ。

 作成したドワーフ謹製の実物大木製模型だが、これを見たバーレル少佐は目を丸くするが、すぐに呆れたようにため息を吐く。


「随分、内部まで忠実に再現したな。

 アメリカの覗き屋の仕業か?」

「まあそれもあるけど、うちの国のプラモ屋の方が優秀だったよ」


 あまりな言い様にバーレル少佐は天を仰ぐ。


「私は技術屋じゃないが、それがどんなに無茶振りかはわかる。

 まず装甲は軍機密の複合装甲だから日本にいるような我が国技術者にはわからない代物だ。

 戦車砲は貴国の10式戦車のを流用するとして、エンジン出力は貴国のパワーパックでは60t級戦車にはきついんじゃないか?」

「90式戦車のを融通して貰う手筈は整っている。

 あれなら十分な出力だし、戦車の重量自体を軽くすれば問題ないさ」

「装甲を外せと?」


 こいつは一体何を言ってるんだという顔をするが、そこにドワーフ達が台車に金属のインゴットを持ってきた。


「そこでここに取り出したる これなる不思議金属。

 銀の輝きと軽くて鋼をしのぐ強さ、ミスリル。

 こいつを代用すればいけるんじゃないかな?

 あ、ミスリルの加工にはうちの社員の専門のドワーフ職人が加わるよ」


 バーレル少佐にしても戦車はノドから手が出るほど欲しい。

 石狩貿易はバルカス辺境伯領ポックル族解放区のミスリル鉱山との取引で、年間三トンの備蓄を確保している。


「条件は?」

「貴中隊、我が国、米軍の次にうちに献納してくれればいい。

 こちらが欲しいのはデータだからな」




 バーレル少佐との交渉が終わり、企画部長の外山が珈琲片手に話掛けてくる。


「いいんですか?

 お父上の防衛省に先に話を通さなくて」

「本国政府の肝いりだから問題はない。

 実は警察と国境保安庁がこの話に興味を示している。

 両者とも自衛隊の旧式装備をお下がりとして供与されてるが、どれも転移前の代物で半世紀近く前に生産されたものがゴロゴロしている。

 財務省の方針は『壊れるまで使え、壊れたら直して使い倒せ』で、自衛隊は新装備更新で当分は他組織に供与の予定は無い。

 老朽化で代替えは必要になるとはどこも考えているんだ」

「だからと言ってミスリルの使用はやりすぎです。

 総督府が聞いたら怒りますよ」

「まあ、試作車両が出来たら必要に応じて分量を削っていくさ。

 警察も国境保安庁も欲しがってるのは戦車じゃなく、装甲車だからな。

 メルカバを流用したナメル装甲兵員輸送車を渡すつもりだ」

「もう一つ気になることがあるんですが、ミスリルは魔法銀と呼ばれるくらい魔道具の素材となることが多いそうです。

 魔力の伝導が良いとかなんとか。

 メルカバをミスリルで造って魔術を付与したら、『魔法のメルカバ』が誕生しませんかね」


 外山の指摘に乃村はその発想は無かったみたいな顔をしている。

 せいぜい軽くて頑丈な装甲の戦車になるくらいにしか考えてなかった。


「よ、よし次は『魔法のレオパルト2A』をエウローペに打診しよう。

 連絡を取ってくれ」

「本国の意向より、完全に趣味が入ってますな。

 しかし、そこは『魔法の10式戦車』や『魔法の90式戦車』じゃないんですか?」

「本国の連中がこんな思い付きのノリと勢いだけの企画に頷く筈が無いだろ?

 前例作っちゃえば、勝手に着いてくるさ」


 その指摘だけは外山としても否定しきれなかった。




 大陸中央部

 マッキリー子爵領 

 領都リビングストン 日本人街

 保安官事務所


 その二人の男女が保安官事務所に駆け込んできたのは、その日の勤務が終わる直前だった。


「助けてください!!」


 一人はネイティブな日本語を話す、間違いなく日本人の若い男だ。

 その格好は防刃ジャケットに日本刀、背中に猟銃。

 典型的な日本人冒険者のスタイルだ。

 この街の保安官事務所としては保護対象にあたるので、夜の晩酌を楽しみにしていた岡島保安官としては、舌打ちを禁じ得ない。


「わかった。

 取り上げ受付で必要書類に記入して、明日の9時に来てくれ」

「命が狙われてるんです!!

 国民を保護するのが、仕事でしょう!!」

「いや、ここ保安官事務所だからさ、町民の安全なら最優先なの。

 観光客やビジネスで来たなら保護対象になるけど、そっちの子はなあ……

 なにやらかしたんだ?」


 黒いローブを羽織り、フードを被っていた少女は、陰気な雰囲気を気配を醸し出していた。

 黒髪黒目だが、明らかに大陸人の容姿だ。


「ミザリィと言います。

 その、魔術師してます。

 私の専門の魔術が彼等の教義に反するらしくて、ずっと追われてたんです」

「ああ、聞きたくない、聞きたくない。

 で、専門の魔術ってなんだ?

 彼等って誰だ?」


 うんざりした顔で問いながら外に異様な気配を感じ、拳銃の弾丸の確認を行う。

 それに倣うように保安官助手や事務員達も銃を手にする。


「彼等は断罪の雷の教団、彼等の教義に反した魔術は……」


 その言葉が言い終わらないうちに再び保安官事務所の扉が乱暴に開かれる。


「罪状の魔術は、死霊魔術!!

 死者を冒涜するその邪悪な魔女は、我らの聖なる裁きにて浄化せり、我が名はコルネリアス!!

 断罪と雷の教団の聖騎士として判決を下す。

 死刑!!」


 鎧を着た騎士の様な司祭がそう宣言するが、得物は抜いてないので、発砲を躊躇していると


「神の御前である『平伏せよ』」


 保安官事務所にいた全員が上から押さえ付けれたように床に倒れ伏す。

 一瞬だけの事だが銃を落とす者が複数でた。

 いや、魔女と呼ばれた少女だけは床に伏さずに中腰で立つことが出来ていた。


「その首を神の御前に捧げよ」


 聖騎士コルネリアスは腰から剣を引き抜き、斬りかかるが鎧に銃弾が着弾し、弾き飛ばされるように転がる。


「仮にも保安官事務所で何をしやがる」


 床にひれ伏し、地に寝転んでも攻撃できるのが鉄砲だ。

 床に倒れていた岡島保安官の右手には、硝煙を立ちのぼらされた拳銃が握られたままだった。

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