第194話 領境の異変
大陸中央部
マッキリー子爵領
領都リビングストン
保安官事務所の朝は遅い。
三千人もの日本人街の治安維持、犯罪捜査、拘置所管理などを担当している保安官事務所の長である岡島は眠そうな顔で、事務所の扉を開く。
「岡島さん、もう9時過ぎてますよ」
「どうせタイムカードも無いんだ。
かたいこというな」
保安官助手の六田が文句を言ってくるが、追及はしてこない。
保安官事務所の面々は、ここの弛い職場の空気が好きだし、先年の仁生寺焼討ち事件での岡島の活躍に一目置いているからだ。
「平々凡々、世は全て事も無し」
呑気にお茶を啜るが、今日もリトル新京の顔役からの陳情やマッキリー子爵の愚痴を聞く昼食会に招かれている。
「昨日はなんか変わったことはなかったか?」
ホワイトな職場で、定時には帰れるが、当番で二人は電話番やパトロールの夜勤は行わないといけない。
夜勤明けの六田が眠そうな顔で答えてくる。
「宿屋に重装備の神官が来て、飲み屋で説法して喧嘩になったそうですよ。
まあ、あっちの管轄なので領邦軍の衛兵が連れ出して神殿に叩き込んだそうですが」
「どこの神殿?」
「断罪の雷の教団だそうです。
お前たちは罪人を匿う罪深き存在だとか」
物騒な教団名だなと岡島は思いながら茶を啜る。
「今日の子爵殿の昼食会でそれとなく探っておこう」
「罪人とは何のことですかね?
我々との和平交渉に携わった子爵殿のことだったりして」
パジェロミニのパトカー仕様で、パトロールがてらに日本人街の町内会長へのご機嫌伺いに行くと、マッキリー子爵領に駐屯している自衛隊第四先遣隊
隊長土田三等陸佐も来ていた。
「珍しいですね。
なんか物騒なことでもありましたか?」
街の外を守っている土田三佐は滅多にこちらに顔は出さない。
来ても防災担当の自衛官で、先遣隊長自ら来るのは凶事の前触れにしか思えない。
「実は隣の領で政変があって、そのどさくさ紛れて異端審問が行われたらしい」
「異端審問?
30もの教団が乱立するこの大陸でいまさら?」
大陸には元々多神教で、『奇跡を具現できる力ある神』を信奉する教団が神の数だけ存在した。
そこに異世界から転移してきた日本が神道と仏教を『奇跡を具現できる力ある神』に加え、つい最近、道教がこれに加わった。
魔術や精霊の力も社会的に認められる中、何をもって異端審問の対象にするのか理解できなかった。
詳細は自衛隊も情報を収集中でわからなかったが、マッキリー子爵との昼食会の時間も迫っていたので、一緒に参加する町内会長を車に乗せて向かうことになる。
「そっちは何かきいてないんですか?」
「政変の方は聞いてます。
リトハルト伯爵家の当主が、酒色に耽り、叔父であるベルチェ子爵の諫言も聞かないので、親族の貴族と取り計らい隠居に追い込まれたそうです」
町内会長仲森敦は、岡島より年若い二十代後半の若者だ。
労働者や役人として、この子爵領に来たわけではなく、本来の肩書きはマッキリー子爵家内政顧問官である。
その手腕は確かで、領内の農地、鉱山、観光といった分野で成果を出しており、子爵領の財政を支えている。
また、子爵の末の妹を嫁に迎え、重臣、親族としても太い繋がりをもつ。
日本人内政研究会『サークル』のメンバーでもあり、同志から支援も厚く独自の情報網も持っている。
「政変が紛争に発展したらこちらに難民が流れてくるかもしれません。
領境に領邦軍を展開させるように子爵には提言するつもりですが、保安官の方でも気に掛けといて下さい」
日本人街限定とはいえ、治安関係なら当然のことと考えていた。
だが彼等の考えているより早く、事態が推移することを彼等は知らなかった。
大陸中央
王都ソフィア
在ソフィア自衛隊駐屯地
「宰相府で刃傷沙汰?
何があったのかな」
第18即応機動連隊連隊長直江龍真一等陸佐は、駐屯地に届けられた情報から最悪はクーデターを想定して思慮を巡らせるが、そう大袈裟な事態では無いと判明し、隊員の召集を中止させた。
駐屯地司令であり、ヴィクトール宰相とも懇意な、第18即応機動連隊本部管理中隊隊長小代一等陸尉が帰還すると、大まかな事情がわかってきた。
「リトハルト伯爵家の一門の一人が王都に上って、幼少の伯爵後見人のベルチェ子爵とその一派の専横を宰相府に訴訟する事件が起きていました。」
「リトハルト伯爵って先代が高級娼婦を身請けして、妾にしようと大枚はたいて断られたから吊るし切りにしたと叩かれてた人物だろ?」
「まあ、あれはデマの類いで、実際の娼婦は幼なじみの騎士と所領で暮らしてるとか。
そんな噂が立つくらいの先代を隠居させて、幼少の当代を巡った派閥争いが今回の事態です」
ところが宰相府にて、2回目の訴訟に対する審理が行われてる最中に控え室にて、伯爵家執事が訴えを起こした一門の者を斬殺。
そのまま宰相等が審問中の部屋に抜剣のまま突入しようとしたために伯爵家王都家宰が応戦、斬り合いとなったが、宰相付き近衛騎士に双方とも斬られる事態となったのだ。
「国王陛下は後見人のベルチェ子爵家の改易を決定、他関係者も処罰の対象となりました」
「東部貴族じゃなきゃ、王都のスキャンダルとして高見の見物を決め込めたんだがな」
今頃、ベルチェ子爵領はその財産を貪り食らうハイエナの群れに蹂躙されていることは想像に難くなかった。
子爵領で行われていた開発投資や年貢をもとにした先物取引の損益分を回収すべく、商人達が押し掛けたり、領邦軍が機能停止した事により、盗賊、山賊、人攫いの類いが殺到してするからだ。
「しかし、最近この手の騒動が大いな」
直江一佐は呑気に構えているが、公安調査庁が事態の悪化を促してるとは思いもしなかった。
二人の若い男女が旧ベルチェ子爵領とマッキリー子爵領の境を越えようとしていた。
正規の街道ではなく、深夜の森を抜けるなど自殺行為に等しいが、見つかったら殺されるという状況ではどうでも良く思えてくる。
だがさすがに疲労が困憊なのか、女の方が地面に尻を着いて息を切らせている。
「ちょ、ちょっと待って」
「リビングストンまで逃げ込めば保護して貰える。
せめてあの松明の炎が見えなくなるまで頑張るしかない」
男女の後方、数キロ先には無数の松明の炎が揺らめいていた。
あれだけ目立てば、獣は逃げていくがモンスターは逆に襲いかかっていく。
しかし、追手の松明の数は一向に減らない。
モンスターはいなかったのか、返り討ちに合ったのかどちらかだが、どちらにせよ足止めにもならなかたようだ。
若い男は額に装着した個人用暗視装置ゴーグルのおかげで、黒い森でも歩けている。
若い女の方は魔術の力で、闇夜を昼間のように見える術を使っている。
だが追手の方が確実に近づいていたが、馬の嘶きとともにその足を止められていた。
「ここはマッキリー子爵領である!!
こんな夜半に集団で移動する貴様等は何者か、通行手形を見せろ!!」
マッキリー子爵家領邦軍の巡見隊が不審な松明の群れに反応して、急行してきたのだ。
夜の領境越は基本的に禁止である。
ましてや不審な松明の群れは、正規の街道からは大きく離れている。
「チャンスだ。
今のうちに距離を稼ごう」
「うん、頑張るしかないけど、気を失ったらごめんね」
「そんときはおんぶして行くさ」
いざとなれば腰のホルスターに挿した浜田二式拳銃を使用する必要があるかも知れないと心に決める。
「いざとなったら私も使うから」
「それは相手を怒らせそうだから最後の手段だ」
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