第193話 沢海市防衛事情と酒

 大陸東部

 日本国 沢海市


 新たに建設された日本の植民都市沢海市は、連日の建築ラッシュや移民による引っ越しラッシュで騒がしい日々を送っていた。

 だが建設作業員や先行して居住した市役所職員は、些か不安な日々を送っていた。

 市を囲う外壁が完成してないことから、そこの現場は重武装の警察官達が警備を行っている。

 警察署だけは300人規模の大規模警察署が完成して任務に当たっている。

 だが当然のことだが、この都市を守る人員としては少ない。

 第一、通常勤務の片手間に都市防衛など出来るわけがない。

 この市にはいまだに自衛隊が駐屯してないことから、それを補うべく総督府が雇用した警備会社の武装警備員達が市の防衛に携わっているが、警備会社に寄って、質とモラルに大きな差があった。


「今日の外周巡回は内警さんか」


 外壁警備の警察官が機動隊装備で呟く、国内第二位の警備会社、内国総合警備保障は200人近くの武装警備員を送り込んでおり、さすがに訓練や装備が行き届いている。

 元は昭和の御代、内務省高等警察幹部、戦後に内閣安全保障室の創設者が立ち上げた会社で、ビジネス一辺倒でなく、政府の薫陶よろしき組織となっている。

 実質、都市防衛の中核戦力だ。

 国内最大手はその辺りがビジネスライクで、オリンピックやサミットといった大規模イベントでは重宝されない傾向が転移前からあった。


「あっちはいいんだが、神居から来たThree Sの連中はなんなんだ?

 市内の警備よりモンスター狩りの方に注力してるぞ」

「まあ、適材適所なんじゃないかな?」


 新興の警備会社と聞いていたが、揃いのベレー帽に野戦服のような制服、刀剣や槍、薙刀、鎖鎌や鉄の爪、金棒など、武器がバラバラで不思議と銃を誰も持ってない。

 内総の武装警備員がSAKURA M360J 拳銃や豊和M1500ライフルで統一されてるのとは対象的だ。

 見た目も厳つく、野卑な言動に溢れているので大変怖い。

 警備員というより、武闘家の群れで好戦的である。

 佐々木総督子飼いの私兵集団とも噂され、剣豪と言われた彼の門下生達。


「総督って、見た目は普通の爺さんにしか見えないのに、あんな荒くれ者どもをまとめては凄い人なんだな」


 警官達の感想に抗議の声を挙げたいだろうご当人は遥か遠くの新京の総督府にいる。

 今日も一日平和に終わるかあと思えた午後にサイレンが鳴り響く。


『西3地区、線路敷設現場にてモンスター襲撃。

 武装警備員は持ち場を順守し、避難してくる人を保護してください』


 スピーカーが放送が流れると、警察官も武装警備員も持ち場で銃器を構えて警戒に当たる。

 だがThree Sの隊員達の反応は異なる。


「野郎共、獲物が来たぞ!!」

「ヒャッハッハッ肉だ――っ!!」

「食料も向こうから来やがったぜ!!」


 彼等は颯爽と繋いであった馬に跨がり駆け出していく。


「と、止めなくてよかったんですかね?」


 武装警備員の一人が警察官に恐る恐る聞いてくる。

 彼は中小警備会社が派遣した武装警備員だ。

 余りに多数の会社から送られてくるから200人をまとめた部隊としてるが、装備や練度もバラバラで、中には必要な資格どころか、研修も受けずに放り込まれた者も多い。

 都市内の巡回警備くらいにしかまわせない。


「止める?

 あれを?

 やだよ、おっかない」


 全力でスルーを貫いている内警に比べて、まだまだだなと苦笑する。


「しかし、日本人も順応すると、あんな世紀末ヒャッハー集団みたいな好戦的、いや野性的になるのかね?」







 沢海市の防衛には、建設作業と二足の草鞋を履くもの達がいる。

 いまだに異界の魔神達に故郷を追われたままのドワーフ達だ。

 魔神に関しては、日本も王国も積極的に攻撃を行う気がない。

 国際観艦式の前に北サハリンが大規模な艦対地ミサイル攻撃を行ったが、どれほどの魔神を仕留めれたかは、正確にはわかっていない。

 偵察隊による死体確認は18体。

 これまでの戦果と合わせれば、30体相当の魔神を討ち倒したことになる。

 ドワーフ侯爵領領邦軍が玉砕しながらも確認した魔神の数は200体余り。

 総力をあげれば勝てない相手ではないが、一体一体の戦闘能力が高く、こちらも相応な損害を覚悟しなければならない。

 繁殖能力がどれほどかはわからないが、異界への扉を開く術がないなら一体一体、削るように倒していけばよい、とは地球側と王国側の共通見解だった。

 だからといって、故郷を追われたドワーフ達に職と食を提供する必要があり、日本の植民都市建設は格好の場であった。

 人間を上回る怪力で、疲れ知らず、建築家としても一家言持つ彼等が、植民都市建設の速度をあげたのは当然の事と言えた。 

 また、戦士としての技量も優秀な彼等は、傭兵団を結成し、沢海市にも派遣していた。


「まあ、酒も旨いしな。

 地球の酒はだいたい再現可能なんじゃが、水の良い場所を確保できるかは別問題だし、大規模に造れる工場は資金が足らん。

 ところでお主、さっきから飲んでるのはなんじゃ?」


 ドワーフのブルーノが酒場で一緒に飲んでいるのは、石狩貿易のCEO乃村利伸だった。

 彼がここにいるのは、植民都市建設の資材を日本の財界に割り当てる仲介の為だ。

 ドワーフが仮設した酒場にも興味があって、メニューに無さそうな酒をわざわざ持ち込んだりしている。

 もちろんマスターからは白い目で睨まれたが、同じ物を10本プレゼントしたら特等席に招待された。


「紹興酒さ。

 私はリキュールなんかを嗜むんだが、これも嫌いじゃない。

 白人の酒は日本人には向かないが、これくらいの度数なら日本酒と変わらん。

 君等ドワーフには物足りないかもしれないが」


 乃村は数々の創作物で、ドワーフがビールを好む描写に疑問を感じていた。


「前々から疑問に思ってたんだ。

 エールもビールもアルコール度数は低めで、酒好きはずのドワーフには水と変わらないんじゃないか?」


 あのロシア人すら21世紀になるまでビールはソフトドリンク扱いしてたくらいである。

 ひょっとしたらドワーフはロシア人より酒に弱いのでは?

 という疑問が湧いてきたのだ。


「まあ、水の代わりに飲んだりしてるからな。

 儂等は人間と比べれば大食漢じゃから相当な量を飲まなければ酔うこともない。

 エウローパやヴェルフェネンクスの連中が造るウイスキーやウォッカの方が好みなのも間違いない。

 ああ、日本の焼酎は悪くないぞ」


 水やお湯で割らずにそのまま飲めばだが、という言葉は飲み込む。


「それよりお主、わざわざ酒談義に来たのか?」

「それもあるんだが、スカウトしたい職人がいてさ、酒場にいけば、いないかなと」


 紹興酒のグラスを飲み干し、乃村は目的を語り出す。

 本当は調べてから酒場に来たのだが、酒談義してみたかったのも本当である。

 公安の監視を眩ませるのにもちょうど良かった。


「ミスリルの加工が出来る職人さん。

 あんたをスカウトに来たんだ。

 他にもいたら紹介して欲しい」

「よほどの酒がないと無理だな」


 乃村は鞄の中から秘蔵のスピリタスをテーブルに置いた。


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