第192話ニューブラッド

 大陸南部

 高麗民国 任那道 百済市


 百済市の港に高麗民国国旗を翻した2隻の潜水艦が、国防警備隊音楽隊の国歌の演奏に迎えられながら入港しようとしていた。


「おっ、来たか」


 ターミナルで待機していた鉄道連隊第4中隊の中台一等陸尉と石出二等陸尉が展望室から双眼鏡を片手に国際観艦式の時と同様に新造艦の偵察という名の見物に来ていた。

 売店のタッカンジョンという一口大の骨なしチキンにソースがたっぷりと絡まった高麗式から揚げを買って、ターミナル展望室から堂々と見学だ。

 さすがに制服は着ていない。

 今となっては日本本国でも植民都市でも外国人が作る外国料理の店はごく僅かしか存在しない。

 異国情緒を堪能できるのは、海外派遣要員たる彼等の特権といえよう。

 さすがに異国情緒どころか、異世界情緒に関しては胃がもたれ気味であった。


「『李東寧』 か。

 また島山安昌浩級潜水艦か、何隻目だ?」

「3隻目ですが、孫元一級潜水艦も加えたら潜水艦だけで6隻目ですね」


 桟橋に繋留された潜水艦は、この度就役したばかりの島山安昌浩級潜水艦『李東寧』だ。

 今回の航海は就役後初の外洋練習航海となる。

 この世界で地球系の軍艦を造れるのは実質、日本と高麗だけである。

 高麗の巨済島玉浦造船所は、異世界転移後も南部独立都市群の海洋戦力を生産し続ける一代産業だ。

 地球でも最大級の造船所であり、現在も島山安昌浩級潜水艦4番艦を建造していたりする。

 何よりも自国で建造、整備が出きるのは大きい。

 アメリカにしろ、北サハリンにしろ本格的な整備の為には日本や高麗に頼る他無く、その水上艦、潜水艦問わず、能力や技術は丸裸にされてる有り様だ。

 玉浦造船所の存在こそが、大陸にいる独立派をして巨済島をはじめとする本国諸島を切れない最大の理由だ。

 本国諸島を守るために国防警備隊海洋部は、戦力を広範囲に張り付ける現状を苦々しく考えている。


「この艦の由来はなんだ?

 また、テロリストか」

「独立運動家です」

「それはテロリストと何が違うんだ?」

「一応、大韓民国臨時政府の大統領名ですからね。

 どこからも承認されずに戦後に、解体された組織ですが、韓国政府だけは自らの前身であると憲法にも明記しちゃってますから」


 二人がターミナルを出ると、お馴染みのデモ隊がプラカードやシュプレヒコールをあげて行進している。

 この国では日常の風景でだが、陳情の流行を把握するのには助かる存在だ。

 百済市の住民は、転移時に日本に在住か、観光や仕事で来ていた者が多く、本国諸島よりは親日的傾向が強い。

 デモに関しても反日要素は薄く、今回訴えてるのは巨済市から百済市への遷都要求だった。


「独立分離よりは現実的かもな」

「首都が飛び地のような孤島とか、笑えませんからね。

 今はこっちの方がはるかに人口も多いですし、白知事が次期大統領になる公約に掲げてるらしいですよ」


 この件に関しては日本政府と総督府の意見は別れている。

 高麗民国にしろ、サハリン共和国にしろ、首都がある地域の方が当然として防衛力が強化されるからだ。

 日本本国としては北や西方海域を両国に任せられるのは大きい。

 総督府としては、開発の注力を大陸に注いで欲しいのでオマケのような本国諸島よりは百済市に首都が遷都される方が都合がよかった。

 北サハリンに関しては油田や天然ガス確保の為にも樺太島に残ってて欲しい。

 まあ、決めるのは両国国民だから日本人の大半は好きにすればいいと考えているが、将来の日本も他人事では無くなると試金石となる両国の動向には注目していた。

 米国独立戦争のような前例は避けたいのは、両者意見が一致していた。


 改めて桟橋に停泊する『李東寧』を眺めて中台一尉は、呟く。


「しっかし、水上艦より潜水艦が多い海軍ってなんなんだろうな。

 乗員揃えるだけで一苦労だろうに」







 大陸南部

 独立都市アルベルト


 ペルー人をもとに建設され、ボリビア人が合流したアルベルト市は、来日していた観光客や留学生、労働者や両国人を配偶者とした日本人も含めて、6万人の人口を維持させていた。

 少ない人口でもどうにか組織した軍警察は中隊にも満たない人数で、国際連隊への小隊派遣は頭が痛い問題となっていた。

 また、海上警備も呂宋市沿岸警備隊に委託しており、南部独立都市群の中でも影の薄い存在である。

 そんな中でもエリック・サイトウ市長は上機嫌で、この日の式典を迎えていた。


「やっとここまで来ましたね」


 そんな市長に声を掛けるのは、日本国大陸総督府外務局長相合元徳だ。

 相合局長は昨年、外務局長の座を退き、退官した杉村前局長の後任として就任した。

 前職は華西民国大使で、『長征07号事件』や『新香港襲撃事件』に関わっている。


「小都市だから整備も早く終わりました。

 文化的に差異も少ないので、彼等を受け入れるのに国民感情も悪くない」


 彼等が話しているのは、いまだに帰属の決まらない地球人のことだ。

 日本、高麗、華西、北サハリンの四ヶ国。

 呂宋、サイゴン、スコータイ、アルベルト、ドン・ペドロ、ガンダーラ、ブリタニア、エウローパ、アル・キヤーマの独立9都市。

 アメリカの州を自称するアメリカ合衆国アーカム州。


 これらに属さない中南米、アフリカ、アラブ諸国の地球人達は、日本と西方大陸アガリアレプトの中間にある綏靖島に難民キャンプに居住している。

 総数は5万人に満たない。

 男性のほとんどは、西方大陸派遣の外人部隊としての兵役を経験しており、アルベルト市としてはある程度は受け入れる判断を下したのだ。


「だからといって、誰も彼もというわけにはいきません。

 最低限、言語はスペイン語。

 宗教はキリスト教圏であること。

 文化的に我々と近しいメスティソが半数を越えていることです」


 エリック・サイトウ市長自身は日系人だが、そこはつっこまず、相合外務局長は同意して頷く。


「当然の結論だと思います」


 メスティソとは、白人とラテンアメリカや先住民との混血である人々のことで、特に白人と先住民との混血のことを指すことが多い。

 今回アルベルト市が受け入れたのは、


 メキシコ    3500人

 パラグアイ   2300人

 エクアドル    300人

 コスタリカ    250人

 エルサルバドル  200人

 ホンジュラス   150人 

 ニカラグア人   150人

 パナマ      100人


 合計 約6950名


 アルベルト市外の正門前広場に集まった彼等にエリック・サイトウ市長は呼び掛ける。


「大雑把に約7000名、アルベルト市民として迎え入れます。

 ようこそアルベルトへ」


 正門が開かれると軍警察の誘導に従い、新市民達は割り当てられた住居や農場に案内される。

 外人部隊の経験がある者は制服や武器も支給されて、早くも新市民の誘導に動員されている。

 相合外務局長も就任後初の大仕事を終わらせた事に肩を撫で下ろす。


「早く他の難民達も帰属を決めてくれれば良いのに」


 それは異世界転移後の地球人達が誰しも思っていることだった。

 先年のアクラウド事変におけるティルク民族連合の反乱もそこに起因している。

 次に多く人口を有しているのはイラン人4000人だが、どこと組み合わせればよいか検討もつかない。

 難民キャンプごと独立させてしまえと暴論もあるが、一応は綏靖島は日本国の領土なので割譲はしたくない。

 結果が外務局が尻を叩かれての引き取り手探しである。


「全く、ペットじゃないんだから」


 独り言でも毎日ように交渉を任せられて愚痴りたくなる心境であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る